2025年9月12日

HIKIKOMORI

 

不登校や引きこもりの子に、心理専門職としてどう関わっていくか。

増え続ける不登校と、中高年への広がりが指摘されるひきこもり。心理系大学院入試でも、事例問題としてよく出題される。

対応の基本は、その子単独の問題として捉えるのではなく、家族システムの中に生じている悪循環にアプローチしていくことだという。

 

「社会的ひきこもり~終わらない思春期」(PHP新書)の著者で、不登校やひきこもりの事例に長年関わってきた精神科医の斎藤環氏のインタビュー記事の一部を、日経ビジネス電子版より紹介します。

・「Hikikomori(ひきこもり)」は英語になって、辞書にも載っている。日本には、成人した子どものケアを両親がナチュラルに続ける文化がある

・英国や米国では、成人した子どもは家から出ざるを得ず、社会参加できなければホームレスになる。日本における「ひきこもり」に該当するのは、英米では「ホームレス」

・でも最近は英米でも、子どもがかわいそうだから家で面倒をみよう、という親が増えている

2022年度の統計で、不登校は小・中学校で約30万人。原因の1位は「子ども同士の人間関係」で、いじめも含まれる。2位は「教師との人間関係」で、ハラスメントも含む。3位は「家庭の問題」で、ネグレクトなどの虐待

・逆にいえば、子ども本人に原因があるケースはほとんどない

・ところが文部科学省の調査では「不登校の主な要因」で最も多いのが生徒本人の「無気力・不安」で、次が「生活リズムの乱れ・あそび・非行」。「生徒本人のせいだ」という回答が6割以上を占める

・自分たちのせいにしたくないので、子どものせいにしている

・親の対応としては、不登校の子には学校の話をしない、ひきこもりなら仕事の話や将来の話は一切しない。これが大前提で、それ以外のおしゃべりを親子でたくさんすること

・親としては難しいことだが、そこを我慢する。そして、「話すことを我慢している」ことを子どもに分かるようにする。手のうちを全部見せることが、信頼関係につながる

・暴言や暴力も、不登校・ひきこもりに伴いやすい。親は「私は暴力を受けたくない」「私はイヤです」と言っていい。「ダメ」は「禁止の言葉」で子どもには全く通用しないが、「イヤ」は「拒否の言葉」で結構効く

・親の家出も有効。1週間ほど家出して帰る頃には、子どもの暴力が収まっていることが、かなりの確度で期待できる

・ひきこもりの解決策の優先順位は、「親のセルフケアが1番。2番目が子どものケア」。そうしなければ、共倒れになってしまう

Matsumoto Japan, 2025


2025年9月5日

昭和の新入社員 令和の新入社員

 

山岳部の後輩で4月に就職したなっちゃんと、社会人2年めのマソラさん。

八ヶ岳登山のついでに、わが家に寄ってくれた。

「会社で働くのは楽しいです!」 なっちゃんが、生き生きとした顔で言う。

は? 会社で働くのが、楽しい?

(ぼくは25年会社で働いたけど、楽しいと思えたのは3分だったよ涙)

彼女の会社は、完全フレックスタイム制。出社時間も退社時間も、自分で決められる。

(なっちゃん、ぼくが就職した頃はね、新入社員は誰よりも早く出社しなきゃいけなくて、夜は上司が帰っていいと言うまで毎晩、残業だったよ涙)

マソラさんはというと、新卒で入った組織にさっさと辞表を出してきた。

医療系の国家資格を取るべく、再び学校で勉強するという。

この2人と自分とは、仕事観、職業観がまったく違うんだろうなぁ。

 

『働くということ』(集英社新書)の著者で組織開発コンサルタントの勅使川原真衣氏が、「職場をダメにするブレない上司~成功体験にこだわり部下をつぶす」と題してインタビューに答えている。

こういう上司、いたいた! ウチの職場にも。

日経ビジネス電子版から一部を紹介します。

・一元的な能力主義で組織を運営するマネジャーは、誰に対しても同じ態度で接しようとする。一見、公平でいいことのようだが、多様な人たちに対して同一のモノサシを当てて評価するので、個人の持ち味の違いをうまく引き出せない

・その人がマネジャーに抜てきされたのは、「過去に」成果を上げたから。だから、そのときの成功体験をどうしても引きずってしまう

・一元的な能力主義の下、「強くあれ、勝ち続けろ」「優秀さのみが正しさである」という価値観で仕事をしてきた人が、マネジャーとしてチームを率いる立場になると、部下にも同じことを求めてしまう

・部下が成果を出せないときに、「自分の側が変えられることはないだろうか?」と思えればいいが、相手の問題にするほうが楽。部下が弱かったから、能力がなかったからと考えたほうが「優秀な自分」を温存できて、精神衛生にいい

・マネジャーが自分の成功体験を引きずり、それだけを正攻法だと捉えて部下にも同じやり方を押しつけてしまうと、それが合わない人は認めてもらえなくなる

・いまだに大企業は「優秀な人」を求めている。職務要件をはっきりと定めず、「どんな部署でも頑張れる人」を採りたがっている。求める人材像は「即戦力」で「万能選手」。そんな、スーパーマンみたいな人はいない

Shanghai China, 2025


2025年8月28日

やられたら、やり返せ!

 

学生時代の同級生Z子さんが、わが森の家にやってきた。

昔からの彼女の印象といえば、「まじめ」「物静か」「しっかり者」「努力家」。

卒業後、実業家の夫と結婚して3人の娘をもうけた。

上の2人はもう社会人だ。

娘さんたちは今、恋多き年ごろ? それとも草食系だったりするのかな。

聞いてみたら、長女と次女にはボーイフレンドがいるという。

 

長女に恋人ができたらしいことには、うすうす気づいていたZ子さん。

そのうち、あろうことか、その彼と、夜中に、自宅の洗面所で、鉢合わせするようになった。

「あ、どーも」

「あ、ども…」

お互い、軽く会釈してすれ違う。

そのうち、冷蔵庫の中身が、異常な早さでなくなるように。

そこで初めて、わが娘の部屋にオトコが住んでいることに気づいた。

カセットコンロを持ち込んで、煮炊きしていたという。

「だって私、昼間は仕事でいないし…」

「それにウチは会社兼自宅で、リビングは3階、娘の部屋は1階だから…」

と、言い訳するZ子さん。

「まさか…ダンナも気づかなかったの?」

「彼はほら、あの通り愛想のない人だから」

夜中の洗面所で娘の彼氏と鉢合わせしても、チラッと一瞥をくれるだけ。

ダンナさまも、特に気にしていないという。

隣にいたK子さん(Z子さんの親友)(同じく20代の娘の母)が、口をあんぐり開けて、Z子さんを見つめていた。

 

そして最近、次女にもボーイフレンドができた。

夜になっても、帰って来ない。

どうやら、彼の部屋で同棲を始めたらしい。

ここまで話したZ子さんが、低い声で呟いた。

やられたら、やり返せ! だよ」

やられたら、やり返せ…?

 

長女の彼も次女の彼も、

「2人とも、とってもいい人」

だ、そうだ…

Cebu Philippines, 2025


2025年8月22日

命の恩人

 

猛暑の東京から、今年もXさんがやってきた。

お盆の帰省客に混じって、赤いTシャツに薄いサングラスの怪しい男が、ホームに降り立つ。

こう見えてもXさん、大手新聞の海外支局を渡り歩き、現在も社の中枢を担う敏腕記者である。遠い目をしながら知的な語り口で、理路整然と話し出す。

「赤坂の△△ホテルにナース兼デリヘル嬢のサトウさん呼んで〇〇〇プレイしてたら…」

実は彼の話の8割が、エッチ系下ネタ。カードキーなしでエレベーターに乗れる(=部屋にデリヘル嬢を呼べる)都内の高級ホテルを、完璧に把握しているからすごい。

「そうしたらナースのサトウさんが『Xさん、前立腺が腫れてるよ』って。検査してみたら、放っておけば命に関わる病気が見つかったんです」

〇〇〇プレイ転じて、福となす。

触診で病変を見つけた看護師兼デリヘル嬢サトウさんは、Xさんの命の恩人だ。

(その後も下ネタが続いたが、当ブログの貴重な女性読者を失うので控えさせて頂きます)

「治療のためのホルモン注射で男性ホルモン値がゼロになったから、最近は煩悩も全くありません」と、Xさん。

その割に、先日も真夜中の銀座・ポンパドゥールで、疲れた顔をした水商売の女性にパンを大量におごって、連絡先を聞き出したという。

どこが煩悩ゼロなんだか。

ま、お元気そうで何よりだ。

コロナ禍以降、銀座の夜の店も12時には閉まるようになった。東京メトロ銀座線の終電は、ドレスの上にコートを羽織った物憂げな女性で満員だそう。

八ヶ岳の森から、大都会の夜を垣間見た。

Xさんは世界を取材して歩き、南米もほぼすべての国を制覇している。

「観光旅行で南米に行くとしたら、どの国に行けばいいですか?」

「なんといっても、コロンビアです」

「コロンビア? へぇー、そんなにいい国なんだ」

「ベネズエラもきれいだけど、あそこは整形が多い」

あ、そっち方面の評価ね。

「私は夜型人間だから、朝はいつもコーヒーだけ」

と言った翌朝、Xさんはゆで卵4個にバターを山盛りにして食した。

彼が去った後の食卓には、大量の卵の殻が散乱していた。

私生活での言行不一致が、記事の信憑性を損なう事態に発展しないか心配だ。

帰りの車内で社説を書くそうですが、くれぐれも、あらぬ方向に筆を滑らせないように…

Bangkok Thailand, 2025


2025年8月15日

逃げ腰スクールカウンセラー

 

中学校のスクールカウンセラーの相談室に、3年生の女生徒がやってきた。

そして突然、軽い調子で

「先生、実は生理が遅れているんだけど、やばいと思う?」と聞いてきた。

12月の初めに知り合った男の子と実はセックスしちゃった。コンサートに行って知り合った子で、本名もどこに住んでるのかも知らない」とのこと。

父子家庭で父親は仕事が忙しく、夜遅くまで帰って来ない。

「パパには絶対話さないで。担任にも話さないで」という。

「もし妊娠していたら、あなた一人ではどうにもならないよ」というと、

「テレクラで金のありそうなおじさんと知り合って援交して、お金をもらっておろす」という。

【あなたがスクールカウンセラーだったら、この生徒に対してどのように対応するか。30分、600字以内で答えよ】

 これは先日、名古屋の心理系大学院予備校で出された問題だ。

「事例問題」といって、大学院入試でよく出るスタイルらしい。

この設問も、実際に東京の某女子大学院で過去に出題されたものだ。

もし、本当に女子生徒からこんな告白されたら?

自分なら、大パニック間違いなし。

女性の養護教諭を探し出して、3秒でバトンタッチしたい。

でも、受験本番で答案用紙にそう書けば、3秒で不合格になる。

大汗かきながら、なんとか600字は埋めたが、支離滅裂な答案になった。

帰宅後にテキストの模範解答を読んだら、プロはこのように対応するらしい。

・早急な対応が必要で、受容・共感的なカウンセリングだけをやっていればよいケースとは異なる

・まず援助交際や不特定多数との性行為など、これ以上自分を傷つけないようにすることを要請する

・中絶に伴う困難、出産する場合の困難などの情報を伝える

・産婦人科はハードルが高いので、市販の妊娠検査薬の使用を勧める

・カウンセラーだけでの対処はあり得ない。養護教諭や担任、場合によっては児童相相談所や医療機関とも連携し、チームで対応する

・「あなたにとって一番良い方法を一緒に考える」というスタンスを堅持して、様々な関係者との連携を模索するための下地作りをする

 

ちなみに、この生徒には「躁的防衛」が見られ、「超自我的な抑制」が弱く、親子関係の不全が根底にある「境界例的心性」が想像される、とのこと。

かろうじて、「養護教諭との連携」だけは正解だったけど…

大学院合格への道のりは、かなーり険しいね。

Nagoya Japan, august 2025



2025年8月8日

100日間世界一周の真実

 

セブ島英語留学で知り合ったドクター・ミワのダンナ(略してDD)が、勤めていた大企業を辞めて、船で世界を一周してきた。

これはぜひ話を聞かなくては! 

夫妻が暮らす和歌山まで行ってきた。

予備校の講義を終え、気温38度の名古屋から西へ。城下町・和歌山は海風が吹き抜けて、意外にも涼しい。ま、名古屋と比べての話ですが。

地元っぽい小料理屋の個室で3人、おいしい魚を頂きながら話を伺った。

DDさんが乗った客船は、定員1800人。3分の2が日本人客で、平均年齢76歳。日本を出港してから最初の寄港地までの間に、3人が亡くなったという。

「そういう死に方、本望かも知れませんねー」と、DDさん。

全財産を船室に持ち込んで、船を住処にして地球をグルグル回っている富裕層もいるらしい。

命が尽きるまで海の上…?

寄港地は全部で17か所。今回の航海では南半球をぐるりと回って、南極の氷も見ることができた。

「ペンギンって、群れで水面を滑空するんです。水族館のペンギンとはぜんぜん違った!」

DDさんが大ピンチに見舞われたのは、マダガスカル。日帰りのつもりで内陸のバオバブ林を見に行った帰り、港に戻る飛行機がまさかの欠航。予定外の1泊を強いられた。その間に、無情にも船は出港してしまった。

着の身着のまま、飛行機を乗り継いで船を追いかけ、なんとか1週間後に合流できたという。

南米の寄港地では他の日本人客が強盗に襲われ、金目の物をすべて奪われた。

貧しい国の強盗たちからすれば、お金持ちが豪華客船に乗ってやってくるのは、まるで鴨が葱を背負って来るようなものだろう。

世界一周100日間の船旅は、一見優雅なようで、実はいろいろあるみたい。

いったん帰国したDDさん、今度はモロッコに3週間滞在。魔窟のようなスーク(旧市街)でホームステイしながら、フランス語学校に通った。

そして先月は、娘さんと2人でスイス・アルプスへ。

糸の切れた凧だ。

その間、ドクター・ミワは「私が稼ぐからいいわよー」とばかり、連続36時間勤務の夜勤を挟みながら、病院で働いたという。

ああ見えてDDさん、よっぽど今まで奥さんに徳を積んできんだろうな。

「さすがに金がなくなった。いま妻に離縁されたらすごく困りますー」

最近、DDさんは料理の腕を磨いて、夕食作りを買って出ている。

「妻には、ご飯がおいしいから家に帰るのが楽しみと言ってもらえます」

がっちり、奥さんの胃袋を掴んでいる様子。

策略家である。

Wakayama Japan, 2025


2025年7月31日

自己愛性パーソナリティ

 

心理的障害のひとつに、「自己愛性パーソナリティ障害」がある。

自己愛性パーソナリティの特徴は、アメリカ精神医学会の診断基準では

・自己の重要性に関する誇大な感覚。業績や才能を誇張する

・限りない成功、権力、才能、美しさの空想に囚われている

・自分が特別で独特で、他の地位の高い人にしか理解されないと思っている

・過剰な賞賛を求める

・特権意識があり、自分の期待に自動的に従うことを理由なく期待する

・自分自身の目的を達成するために他人を利用する

・共感の欠如。他人の気持ちを認識しようとしない、または気づこうとしない

・しばしば他人に嫉妬する。あるいは他人が自分に嫉妬していると思い込む

・尊大で傲慢な行動または態度

・男性に多い

…この性格特徴、某超大国の現職大統領に、ほとんどの項目が当てはまってしまうのでは? 


予備校のミヤガワ先生の話では、幼少時にほとんど叱られず、褒められすぎて育つと自己愛性パーソナリティになりやすい,、という。

現代日本で、子どもは「褒めて育てる」が基本だ。

日ごろ親から褒められて育った子は、自己愛が肥大化する。たくさん賞賛されないと、承認欲求が満たされなくなる。SNSの自分のポストにたくさんの「いいね」がつかないと、不安になってしまう。

何ごとも、ほどほどがよろしいようで。

でも、自己愛性パーソナリティの人が持つ傲慢さ、尊大さ、妥協を許さない心は、創造的な営みにおいては非常に大切らしい。

「誇大ともいえる自信があるからこそ、誰にもなしえない成功ももたらされるのである」(岡田尊司著「パーソナリティ障害」PHP新書より)。

同書によると、アーティストや芸術家にこうした特性は不可欠。画家のサルバドール・ダリ、ファッションデザイナーのココ・シャネル、彫刻家のオーギュスト・ロダンも、自己愛性パーソナリティの持ち主だったようだ。

そしてそして。

引きこもりも、自己愛性パーソナリティ障害の随伴症状だという。

「自分が抱いている偉大な成功と、卑小な現実が釣り合わなくなった時、ナルシシストは、自分の小さな世界に閉じこもることによって、失望したり、傷つくことから身を守るのである」(同書より)。

 

超大国の大統領や芸術家と引きこもりが、同じ精神病理で語られるとは…

心理学って面白い。

Cebu city Philippines, 2025


2025年7月24日

孤独に苦しむのも、孤独を楽しむのも脳

 

毎週、八ヶ岳中腹の自宅から名古屋を往復する。

標高1600mから下った夏の名古屋は…やっぱり暑い!

「まるで、街全体がサウナみたい」と形容しようと思ったら、実はサウナって高温だけど湿度は低いそうですね。知らなかった。

名古屋の夏は正真正銘、高温多湿だ。そして、連夜の熱帯夜。

早朝に名古屋城を走って一周しただけで、汗だくになる。

でも名古屋は、地下街がとても発達している。名古屋駅を中心に四方八方に伸びていて、かなり遠くまで地面の下を歩いていける。中はエアコンが効いて涼しい。

通路の両側には店舗が軒を連ね、まるで名古屋の下に、もう一つ別の地下都市があるみたい。フランス風ビストロや南インド料理専門店など、おいしいレストランもある。

そして地下街を歩く女の人が、東京駅の地下街より数段おしゃれで、美しい。

いやこれ、ホントの話。駅前にモード学園があるせいか? その差は歴然。

名古屋の地下街歩きが、最近の密かな楽しみに…

 

話は変わって(笑)、

脳科学の最新の研究では、孤独は健康リスクとされる一方、脳の創造性や想像力を高める側面もあることが明らかになったという。

『最新研究でわかった!くじけない脳のつくり方』(毛内拡著、日経ビジネス人文庫)から一部を紹介します。

 ・孤独でいるとアルツハイマー病などの認知症になりやすいなど、健康に悪影響を及ぼす。孤独は、肥満や飲酒より健康に悪いという報告もある

・しかし、意図的に孤独の時間を楽しむことで内面の充実や創造性を追求する人も増えている。孤独に苦しむのも、孤独を楽しむのも脳

・カナダのマギル大学の研究によれば、孤独を感じる人の脳は体積が大きく、空想、回想、創造などを司る脳領域の内部ネットワークの接続性が強化されている

・孤独な脳では、デフォルトモード・ネットワークの接続性が向上する。孤独によって将来の計画を立てたり、想像力、創造的思考、シミュレーション能力が向上したと解釈できる

・孤独は、身体に悪影響を及ぼすものとしてネガティブに捉えられがちだが、その一方で、孤独を通じて自分自身と向き合い、内面の豊かさや独自の視点を育むポジティブな側面もある

・最近はSNSやオンラインツールの発展によって、孤独を感じづらくなってきている。「孤高」という言葉もあるように、独創的でありたいなら、あえて一定の孤独状態を保つことも、創造性を引き出す1つの方法

Nagoya Japan, 2025


2025年7月18日

フラーリッシュ

 

全国紙のY新聞に、「シングルスタイル」というコーナーがある。

独身やひとり暮らしの中高年の生き方にスポットを当てて、著名人にインタビューしたり、読者の投稿を紹介したりする。

自分もひとり暮らし歴5年目なのでたまに読むが、そのたびに違和感を覚える。ほぼ毎回、「ひとり暮らしは孤独」「独身は寂しいもの」という考えを前提にして、どうやってそれに対処するかが書かれているのだ。

ひとり暮らしって、そんなに孤独で寂しいものなのかな。

 

「幸福度」の新しい国際的新指標「フラーリッシュ」で、日本はまたまた?最下位になったそうだ。ナショナルジオグラフィック日本版の記事を、さわりだけ紹介します。

・「フラーリッシュ」は持続的幸福度の尺度。22か国20万人に「人生の目的を理解している」「あなたの身体的な健康状態はどれくらいですか」「通常の月の生活費が足りるかどうか心配する頻度はどれくらいありますか」などを質問

・その結果、人々の持続的幸福度は、お互い助け合うことで高まることが明らかになった。深い満足感やウェルビーイングの感覚を与えてくれるのは、所有物やバーチャルな関係ではなく、個人やコミュニティーによる選択

18歳から29歳の人は各国とも持続的幸福度が低い。現代の若者は、生活費の問題やコロナ禍の影響、将来の仕事への不安、宗教や政府など社会制度のほころびといった問題に頭を悩ませている

・人々が感じる人生の意味と持続的幸福度は、その国の1人当たりGDP(国内総生産)と逆相関の関係。人生の意味と目的については、常に第三世界の人々の方が高く回答している

22か国の持続的幸福度1位はインドネシア。インドネシアの1人当たりGDPは約5250ドル(約75万円)で、下から3番目。幸福度が最も低かった日本の1人当たりGDPは約35600ドル(約510万円)

・出生率の低下、家族形成の難しさ、社会的に孤立している男性の多さなどの問題や、宗教行事に参加する人の少なさが、日本人の持続的幸福度の低さに影響を及ぼしている可能性がある

・日本は過去150年間に経験した急激な経済的、文化的な変革のせいで、持続的幸福の多くの領域で比較的高い犠牲を払うことになったと思われる

・ボランティア活動やボウリング大会などの世俗的なコミュニティー行事への参加は、幸福度を大きく上昇させる。グループ活動に参加することは社会的つながりの感覚を高め、よりよく生きる助けとなる

・誰かと一緒に食事をすることも幸福感と強く関連する。だが米国人の4人に1人が、前日の食事は1人で食べたと報告。韓国と日本では過重労働文化の影響か、誰かと夕食を共にするのは1週間に1、2回だけという人が増えている

Shanghai China, 2025


2025年7月11日

もし親友から愛の告白をされたら?

 

予備校の心理学の授業で、面白い研究論文が紹介された。

題して、「同性愛開示と異性愛友人の行動と態度」。

タイトルは論文調だが、ぶっちゃけて言えば「もし同性の友だちから愛を告白されたら、あなたならどうする??」という実験だ。

この研究者によると、

・日本性教育協会の調査では、同性同士が性的行為をすることを「構わない」と答えた大学生は、男子25.8%、女子26.7

・このような状況下では、同性愛者が自分の性指向をカミングアウトすることは社会的不利益になる。多くの同性愛者は異性愛者を演じなければならず、そのストレスにより抑うつ、不安、孤独感が高い

・同性愛者の個人特性に関する先行研究は多いが、同性愛を告白された側の研究はいまだ少ない

そして研究者が実験前に立てた仮説は、

・もし同性の親友から愛を告白されたら、その親友との関係は疎遠になる

・同性の親友から同性愛者であることを告白され、でも自分は恋愛対象ではないとわかった場合は、同性愛者一般に対する見方はより受容的になる

というものだった。

さて、実験の結果はいかに…?

・男子大学生90人、女子大学生154人に質問紙を配布

・まず最も親しい同性の友人を思い浮かべてもらい、その親友Aさんとの親密度を調査

・次に、同性愛に対する態度を「同性愛は自由な恋愛の対象だ」という寛容な態度から「同性愛と聞くとつい特別視してしまう」という態度まで調査・分類

そして次の質問紙で、

・ひとつのグループには「Aさんはあなたに同性愛者であること、そしてあなたが恋愛対象であることを打ち明けました」

・別のグループには「Aさんはあなたに同性愛者であることを打ち明けましたが、あなたは恋愛対象ではありません」と記し、態度の変化を男女別に調べた

実験の結果、男子は研究者の予想に反して?告白前と告白後での親友に対する態度の変化は明白には見られず。

女子は仮説通り、告白後に親友との行動を減らしたい傾向が見られたが、自分が恋愛対象でない場合は、その差は少なかった。

 

同性愛やその他LGBTQを知識として理解し、当然の権利だと考えていても、いざ自分事として親友から愛の告白をされるとまた別の要素が絡んでくる、という実験結果なのだろう。

ちなみに、予備校のミヤガワ先生によるとこの研究、「一部尺度のα係数が0.7に満たない」「条件操作後の男子の主効果が有意水準に満たない」「男女のサンプル数に偏りがある」等々、かなりツッコミどころが多いそうだ。

Vientiane Laos, 2025


2025年7月4日

幸福な75歳

 

八ヶ岳山麓で生まれ育ったシゲちゃん(75)とミネちゃん(75)は、小学生の頃からの仲良し同士だ。

時々、ふたりの同窓会に混ぜてもらっている。

そのたび、農家の食卓って豊かだなぁと思う。

けさ畑から採ってきたばかりの野菜で作った、てんぷら、おひたし、胡麻和え等々5~6品と、自家製米の炊き込みご飯が、テーブルいっぱいに並ぶ。

「コロナの頃、県民割で1泊数万円の温泉旅館に泊まってみたけど、出てきた『ご馳走』がウチの夜ご飯みたいだったのよね~」

と、シゲちゃん。

いやホントこれ、高級旅館の夕食みたいでございます。

「今日の材料費、ほぼ0円よ!」

ミネちゃんは、朝3時に起きて畑仕事に精を出す。採れた野菜は近くの農産物直売所に持っていくが、夕方、売れ残りを回収する手間もあるという。

「朝から晩まで働いて、もうけはたったの300円よ~」

それでも、ふたりとも元気いっぱいだ。

 

彼女たちが話題にしていたのが、倍賞千恵子主演の「プラン75」という映画。配給元のあらすじ紹介によると、

「少子高齢化が一層進んだ近い将来の日本。満75歳から生死の選択権を与える制度「プラン75」が国会で可決・施行された。夫と死別し、ひとり静かに暮らす78歳の角谷ミチは、ホテルの客室清掃員として働いていたが、ある日突然、高齢を理由に解雇されてしまう。住む場所も失いそうになった彼女は、「プラン75」の申請を検討し始める…」

実際に見てみると、「プラン75」は政府が現金10万円をエサに、元気な高齢者に安楽死を選ばせるという、かなり露骨な話だった。

そして映画の後半には、アウシュビッツさながらの光景が描かれる。

アウシュビッツ絶滅収容所を題材にした洋画「シンドラーのリスト」や「戦場のピアニスト」は、史実を元に描かれている。辛いシーンも、がんばって見なければと思う。

でも100%フィクションのこの映画は、高齢化社会の捉え方が一面的で、あまりにも悲観的。75歳のふたりには、とても勧められない。

クールで優秀な市役所職員を演じる磯村勇斗クンの大ファンだというなら、無理には止めないけど…

 

別れ際、「熱中症に気をつけて下さいね」と言うと、

「その瞬間まで畑で仕事して、あれ?と気絶して、やがて息絶えて…なんて悪くないなぁ! 天からのご褒美みたいな死に方!」と、ミネちゃん。

さすがは生粋の農家さん、腹が据わっている。

Bangkok Thailand, 2025


2025年6月27日

真夜中の避難と正常性バイアス

 

名古屋のビジネスホテルの、午前4時。

突然鳴り響いた、けたたましいサイレンに飛び起きた。

12階で火災発生! すぐに避難して下さい!!」

人工音声のアナウンスが流れる。

げ…

たしかこの部屋は、最上階の14階だ。

これは…マズいかも…

と焦りつつ、その一方では「正常性バイアス」が働いて、

「どうせ大したことないでしょ…」などと考えてしまう。

パンツ一丁で逃げて何事もなかったら、赤っ恥だ。しっかり着替えて、財布とケータイを持って廊下に出た。

屋外に設置された非常階段は、避難者たちで大渋滞。ちょうど火元とされる12階あたりでつっかえて、それより下に降りられなくなってしまった。

もし、ここで火や煙が見えたりしたらパニックだ。

幸い、その気配はない。

見渡すと、他の人も漏れなく「正常性バイアス」が働いたとみえ、皆さんしっかり着替えてきた。両手に大荷物を抱えた人や、妙にヘアスタイルが決まった女の人もいる。

ある高齢の避難男性は、背広上下にオシャレな帽子をかぶり、手にはステッキといういで立ち。まるで、「東京物語」の笠智衆さんみたい。

午前4時の、笠智衆。

その頃になって、ようやく制服姿の従業員が階段を上がってきた。12階の非常扉から、館内に入っていく。

「ただいまの火災警報は誤報でした」

というアナウンスが流れ、みんな「やっぱりね~」という顔をして、三々五々、部屋に戻っていった。

服を脱いでベッドに入り、さぁもうひと眠り…と思ったあたりで、サイレンとともに、階下に消防車が到着した気配。

遅いよ。

さらにひと騒ぎあって、やれやれ今度こそ眠れる…と思ったあたりで、

「ただいまの火災警報は誤報でした」の館内放送が、今度は中国語と英語の大音量で繰り返された。

 早く眠らせてくれ~


県外への予備校通いでこの半年、週末ホテル泊を繰り返すことになった。

なんだかんだで、今年は(今年も⁈)外泊が100泊を超えそう。

毎年こんなことをしていると、いずれ旅先で客死することになるのかも。

文豪みたいでカッコいいじゃん!

でも「東〇イン」で焼け死ぬのは…なんかカッコ悪い。

もし焼き鳥になるなら、リッツカールトンかペニンシュラ、マンダリン・オリエンタルあたりがいいよね。

Midnight evacuation, Nagoya 2025


2025年6月20日

閉じたひと 開いたひと

 

心理系大学院受験のための予備校で、ちょっと意外に思ったこと。

う~ん、なんていうか……わりと「閉じた」感じの人が多いのだ。

社会人のクラスメートとは、講義が終わってから焼き鳥屋に行ったりもする。でも大学生たちは休憩時間もテキストを開き、マスクとイヤホンをして、ずっとうつむいている。

教室内はしんと静まり返って、取り付く島もない。

同じ大学生でも、セブ島の英会話学校のクラスメートはオープンマインドだった。週末も一緒に遊んでくれたんだけどなぁ。

比較の対象が間違ってるのか…? でも将来、心理職として対人援助の仕事をするなら、もっと周囲の人にも関心を持った方がいいかもよ。

 日経ビジネス電子版で、公衆衛生学者のキャスリー・キラム氏が「つながりの健康」について解説していたので、ちょっとだけ紹介します。

・これまで健康は「体」や「メンタル」の面から議論されてきたが、最近は「社会的(Social)」な健康が注目されている。人とのつながりや関係に由来するから「つながりの健康(Social Health)」

・どんなに体やメンタルを整えても、人間関係がうまくいかず孤独を感じていては健康になれない

・数十年にわたる研究により、人とのつながりは心臓発作や認知症、鬱、糖尿病などにも影響することが科学的に証明されている。感情論で重要といわれているわけではない

・米調査会社ギャロップの調査によると、世界では4人に1人が孤独感を抱えている

・結婚せずに1人で暮らす人は増えているし、スマートフォンにばかり気を取られてリアルの人間関係を構築できず、どんどん孤独に傾倒していく流れもある。米国では、孤独による経済損失は年間4000億ドルという試算がある

・私たちは人生の多くの時間を労働に充てている。一緒に働く人との関係性はイヤでも私たちのつながりの健康に影響する

・多くの調査により、職場に友人がいる人は生産性が高いことが分かっている。ギャロップの調査では、「職場に親友がいる」と回答した人は、いない人に比べて7倍もエンゲージメント(仕事への熱意)と生産性が高く、職場でけがをする確率も低い

・米マイクロソフトには「自分の失敗を認める会」がある。チームごとに自分の失敗談と、そこから得た学びを話し合う。ここで重要なのは、一番偉い人から話し始めること。失敗を共有する行為は、職場での心理的安全性にも寄与することが分かっている

・体を鍛えたり、メンタルケアをするように、つながりも鍛えたり、ケアしたりしないといけない

Bangkok Thailand, 2025


2025年6月12日

人生最後に残る趣味

 

「結局、人生最後に残る趣味は何か」 林望 草思社

(こんな本を手に取るようになった自分に、驚く)

果たして、御年75歳になったリンボウ先生がたどり着いた境地とは?

ほんの一部だけ紹介します。

・普段から仕事一辺倒で、人間としての「余白」がまったくない人は、周囲からつまらなそうに見えてしまう

・つまらなそうに見える人は、周囲の人との関りが乏しくなり、ますます退屈な人生を送るという負のスパイラルに陥る

・名誉ある孤立を保つ人は「秘密のポケット」を心に持っている。その中には、その人にとって大事な宝物が入っている。この宝物こそが趣味というもの

・趣味を持つことの意味は、人間関係を豊かにすることでもあり、自分の人生を楽しみ多いものにすること

・でも最初から「趣味で友だちを作ろう」とは考えない方がいい。そこで良友を得るかどうかは「結果論」でしかない

・趣味を始めようとする人の中には、友だちを増やしたいとか社交の機会を増やしたいという目的を持つ人がいる。草野球よりも試合の帰りに居酒屋に寄って仲間と飲み食いするのが楽しみ、など

・飲み会でだらだらしゃべっているような仲間は、友だちと呼べるのか?何年も会わなくても、常に心を通わせている関係こそ友だちというのではないか

・そして、趣味は大真面目にやった方がいい。無限の向上心と熱意とを持って、やめることなく継続する。継続すれば必ず上達できるし、最終的には思いがけない自己実現につながる

・「できなかったことができるようになる」ことが人間の大きな楽しみ

・適性がある趣味を選ぶこと。それをしている時間が楽しくて寝るのを忘れてしまう、ずっとやっていても苦にならないというのが適性がある証拠

・ピアノの適性がある子は、上手に弾けるのが楽しいからたくさん練習する。自分でも上手になるのが実感できるから、さらに練習する。先生や周りの大人からも褒められるから、さらに練習して上達するというサイクルに入っている

・芸術は、少しでも自分でやった経験を持っている方がより深く楽しめる。絵を描いた経験がある人は絵の見方に熱意と深みが出るし、音楽をやっている人は音楽の聴き方・味わい方が深くなる

・文学は、人に教わらず自己流で取り組んだ方がいい。夏目漱石や森鴎外の作品も、文章の先生について学んだわけではなく、その心の中から自発的に湧き出てきた世界。文学や絵画はほんらい誰からも独立の世界であるべき

・時間を節約するためのもっとも正しい方法は「やらなくてもいいことをやめる」こと

・人生において、時間を無駄にする一番の元凶は「惰性による人づきあい」

Bangkok Thailand, 2025


2025年6月4日

セラピストを目指すワケ②


「はるばる長野から来られてるんですか?」

予備校の教室で、見知らぬ学生や社会人から、声を掛けられる。

「泊りがけで長野から通ってくる人がいるのよ!」

予備校窓口のオグラさんが、誰彼かまわず言いふらしているみたい

心理系大学院受験のための予備校で、一番近かったのが名古屋。地方暮らしのつらいところだ。

でもこのぐらいの距離は、まったく苦にならない。

移動することで、かえって脳が活性化される…ような気がする。

 

心理学概論の講義は、ひとコマ120分。

我ながらすごい集中力で、先生の言葉をひと言も聞き漏らすまじ、と机にかじりつく。受講料、安くないし。

ところが…

私のすぐ後ろに、ガタイのいい、若い男が座るようになった。

顔もデカい。少なからず、圧迫感を感じる。

しかも、机の下からはみ出した30センチはありそうな足で、私のイスを蹴ってくる。

気が散るんだよ、このデ〇!

先日、ついにその男と言葉を交わす機会がやってきた。いよいよ決闘だ!


彼の名は、インさんという。

中国からの留学生だ。

内陸部の湖北省で日本語を学び、7年前に名古屋にやってきた。

「…インさんにとって日本語は外国語ですよね。日本語で心理学を? 大学院で研究したい? マジか」

ハルの動因低減説、アドラーの器官劣等、チョムスキーの生成文法理論、サピア・ウォーフの言語相対性仮説、コフートの双極性自己、帰納的推論と演繹的推論、丁度可知差異、般化勾配、特性不安と状態不安、論理情動療法…

私がなんとか理解しようと七転八倒するこれらの概念を、中国からきたインさんは、言葉のハンディを背負いながら勉強しているのだ。

「日本語の壁? あんまり意識したことないっすけど」と、インさん。

どんだけ優秀な人なんだ…

ゆくゆくは資格を取って心理クリニックを開き、在日外国人の心のケアをしたいという。

心理職の給料はとっても安いらしいけど…それでもいいのか?

 

「後ろの席のうざいデ〇」は、一瞬にして「イン様」へ。

彼を見かけるたび、その姿に後光が差す。

思わず、両手を合わせて拝んでしまう。 

Shanghai China, May 2025



2025年5月30日

セラピストを目指すワケ①

心理系大学院受験の予備校では、現役大学院生から直接アドバイスを受けられる。

アポを取って3人めにお会いしたKさんは、東京出身の50代女性。とても柔らかい雰囲気の人だ。

Kさんが大企業で働いていた時、同じ職場の女性が相次いで心を病み、離職していった。なすすべもなく、それを見送るしかなかった。

もし自分に心理学の知識があれば…

と、50歳で退職し、名古屋の大学に入学した。

「ど、どうしてまた名古屋に?」

「日本で最初に心理学部を作ったのが、名古屋のC大学なんですよ」

卒業後は公認心理士の資格を取り、産業カウンセラーとして働く女性を支援したいという。

 

早稲田大教授で人類学者の長谷川眞理子氏は、「女性活躍を本気で考えている日本企業はごく一部」だという。だが、希望もあるらしい。

以下、日経ビジネス電子版の同氏インタビューから一部を紹介します。

・米国で第2次トランプ政権が立ち上がり、DEI(多様性、公平性、包摂性)の方針を撤回する動きが広がっている。西洋文化は歴史的に女性に対する差別的感情が根深く、トランプ政権を機に逆回転が始まってしまった

・そもそも米国は基本的に西部劇のような文化。白人の男性が荒野を切り開いて国をもり立ててきた。黒人や女性などのマイノリティーを差別してはいけないと頭では理解していても、文化の根本はやはり西部劇。DEIに嫌悪感を持つ白人男性は多い

1780年代から英国で奴隷貿易を禁止する動きが始まったが、最終的に制度が消滅したのは1888年。約100年もの歳月がかかったのは、奴隷がいなければ成り立たない経済ができてしまっていたから

・男女の溝は根深く100年以上かかると思われるが、ダイバーシティーを進めたほうが経済に良い影響をもたらすと明確になれば風向きが変わるはず

・日本政策投資銀行が特許の経済価値と開発チームの男女比の関係性を調べたところ、同性のみのチームよりも、男女混合のほうが経済価値の高い特許を生み出していた。様々な意見が出されることで、使い勝手の良い特許になる

・日本は男女が共に働く農耕社会だったため、本質的な対立は西洋ほど根深くない。明治時代に西洋文化を取り入れるまで、男女はほぼ平等だった

・男性ばかりの日本企業がうまくいっていたのは、やるべきことが明確な高度経済成長期だったから

・多様な価値観を持つ人が一緒に働くと最初は生産性が落ちて苦労するが、課題に対する新たな解決策が見つかるなどの効果も出てくる

・米国での反DEIの動きも、長い目で見れば一時的な揺り戻し。4年後には以前の状態に戻っていても何ら不思議ではない

・「反DEIの波に翻弄されるな。日本企業はぶれない軸を持て」

Nongkhai Thailand, 2025


2025年5月23日

快楽原則、道徳原則


久しぶりの横浜で。

昼過ぎのJR京浜東北線で横浜から関内に向かっていた時、初老の男性が、すぐ近くに座っていた中年女性に歩み寄った。

「携帯電話での通話はご遠慮ください」

その時初めて、女性がケータイを耳に当ててヒソヒソ話をしているのに気がついた。男性はそれを、遠くから目ざとく見つけたようだ。

そそくさと通話を終えようとする女性。その耳元に思い切り顔を近づけた男性が、今度は怒気を含んだ大声を出した。

「携帯電話での通話はご遠慮ください!」

女性に怯えた表情が浮かび、慌ててケータイを切る。その時ちょうど、駅に着いてドアが開いた。逃げるように、ホームに降りる女性。

その背中を追いかけて、3度めの大声が響く。

「携帯電話での通話はご遠慮ください!」

 

精神分析の創始者フロイトは、人の心が「イド」「自我」「超自我」の3つで成り立っているとした。快楽原則に基づく「イド」を、道徳原則に基づく「超自我」が検閲し、現実原則に基づく「自我」がその2つを調節する。

予備校で心理学概論を教わっていた時、講師のミヤガワ先生が呟いた。

「最近の日本人は、ちょっと超自我が強くなりすぎている気がしますねー」

 

名古屋から2時間半のフライトで向かった、週末の上海。

日が暮れると黄浦江沿いの西洋建築がライトアップされ、歩道は人であふれる。中国の人たちは元々声が大きいが、解放感に浸ってますますボリュームアップ! すごい騒ぎになっていた。

若いカップルの愛情表現もストレートだ。「公衆の面前で」なんて、ハナから気にしていない。あちこちで熱いキスを交わしている。

(思い返せば昭和のニッポンでも、カップルが電車内でキスしていたような…)

老若男女ともども、感情豊か。休日の高揚感がビンビン伝わってきた。

 

日本の子どもは、

「人さまに迷惑をかけないようにしなさい」と教えられる。

中国の若い世代は、

「人に迷惑をかけないで生きるなんてムリ! だから、あなたも他人に寛容でありなさい」と言われて育つのかも。

「イド」(快楽原則)を大切にする生き方も、それはそれで悪くない。

 

帰国の朝、空港行の上海地下鉄2号線に乗った。

平日の車内は意外にも(?)、東京メトロ並みに静かだった。 

Shanghai 2025


2025年5月16日

上海のお上りさん

 

初めて中国の土を踏んだのは、20歳の時。

当時は車が少なく、街は自転車の海。人々はみな、灰色の人民服姿だった。

ジーンズとTシャツで街を歩いていると、1キロ先からでも外国人とわかってしまう。四方八方から、ものすごい視線が飛んできた。

その後、かれこれ10回ぐらい中国に行った。学生時代の夏休みは新疆ウイグル自治区からチベットのラサまで、長距離トラックをヒッチハイクしながら中国大陸を縦断した。

卒業後は報道カメラマンとして、登山隊の取材でチベットへ。雪山にテントを張って3か月過ごした。

10万人の死者を出した四川省大地震の取材では、ズタズタに寸断された道を、自転車と徒歩で震源地へ。被災者のテントに転がり込んで、その片隅で夜を明かした。朝起きてみると、一夜にして髪が真っ白に。

「ボクも苦労したんだなぁ…」一瞬、感慨にふけりかけた。

何のことはない、枕にした小麦粉入りの麻袋が破れただけだった。

 

コロナ以降、ずっと入国制限をしていた中国政府が最近、日本人にもビザなし渡航を認めるようになった。

そうだ、久しぶりに中国に行こう! 

名古屋の予備校で講義を受けたその足で、中部国際空港から上海に飛んだ。

海外旅行なのに、なぜか上海に着いても非日常感が少ない。思い返せば、名古屋で定宿にしている「東横イン」がいつも中国人の団体に占拠されていて、出発前から「ここは本当にニッポンか?」という状況なのだった。

大都会・上海は、道行く人が洗練されている。ユニクロを着て歩く私は、透明人間並みに無視される。昔はもっと注目してもらえたんだけどなぁ。

自慢じゃないけど、中国語は「トイレはどこですか?」しか話せない。

仕事で大連に行った時、美人のウェイトレスさんに旅慣れた口調で尋ねた。

「厠所在哪里?」

ウェイトレスさん、なぜか無言。

隣にいた、某新聞北京支局長のYさんが赤面している。

「あのねミヤサカさん、現代中国では、もうトイレのことを厠所なんて言わないんです! 洗手間(シーショウジェン)と言って下さい!」

今回、Y支局長に「中国はキャッシュレス社会だから、現金なんか持ってても何もできませんよ」と脅された。だから出発前、スマホにAlipayのアプリを入れ、クレジットカードと紐づけておいた。

おかげで地下鉄にも乗れたし、食事にもありつけた。

街を走るバイクは100%電動で、音もなく近づいてきて危ない。クルマもEVが多い。何度か乗った二階建てバスも電動で、静かなのに加速が強烈だ。

ホテルでエレベーターに乗ろうとしたら、小学生ぐらいの背丈の円筒形ロボットがついてきた。何やら、ひっきりなしに中国語で呟いている。

颯爽と16階で降りて行った。

フロントスタッフに聞くと、きれいな英語で事もなげに言う。

「彼には、お客様に歯ブラシを届けに行ってもらいました」

ハイテク中国!

Shanghai, May 2025


2025年5月9日

「わからないこと」「忘れること」が大事

 

「自尊感情」と「自己肯定感」。

この2つの言葉の違いが、よくわからない。

名古屋の予備校で臨床心理学の講義を受けた後、講師のミヤガワ先生に質問に行った。丁寧に説明して頂いたのだが、それでもわからなかった。

「コフートは自己愛の概念を整理して、自己愛心理学を確立しています」

「自己効力感なんていう言葉もありますよ」

…聞けば聞くほど、わからない。

心理学は「こころ」という目に見えない対象を扱う。

すっきりした正解は、最初から期待しない方がいいのかも。

 

『知性の罠 なぜインテリが愚行を犯すのか』 デビッド・ロブソン著 日経ビジネス人文庫

本書によれば、知性を高めるためには「わからない」と思う状態が必要なのだという。

(日経ビジネス電子版に掲載された抜粋を、さらに抜粋しておきます)

・ピアノ、新たな言語、あるいは新たな仕事など、新たなスキルを身につけようとしている時に、あなたが「日々たくさん学ぶほど、最終的な学習量も多くなる」「理解しやすい内容ほどたくさん覚えられる」「忘れることは非生産的である」と考えたとしたら、それらはすべて誤解

・最新の神経科学では、わからないと思っている時こそ学習効果が最大に高まることが明らかになっている

・学校の教科書で、見栄えのする図や箇条書きなどわかりやすい形で提示することは、かえって長期記憶を妨げる。専門的表現や微妙な言い回しを多用し、潜在的問題や矛盾する証拠を示す複雑な資料を読ませた方が学習成果があがる

・わからないということは否定的にとらえられがちだが、実際にはそれは何かを学び、深く理解するチャンスなのだ

・また、1日の成果を意識的に抑えるほど、翌日の成果が高まる

・イギリス郵便公社の職員1万人がタイピングとキーボードの使い方を練習したところ、1日1時間練習したグループで一番上達の遅い職員が、1日4時間練習したグループで一番上達の速い職員より短い時間で技能を習得した

・学習を小さな塊に分割することで、学んだことを忘れてしまう時間ができる。次に学習を開始したとき、何をすべきか頑張って思い出さなければならなくなる。この一度忘れ、再び覚え直すというプロセスが記憶痕跡を強め、長期的にはより多くを覚えていられるようになる

・この一旦忘れて学習し直すというプロセスはつらいからこそ、長期記憶が促されるのだ

Cebu Philippines, March 2025


2025年5月1日

週末は予備校生

 

ミヤガワ先生は、名古屋の大学院受験予備校で心理学を教える47歳。

小学4年生を筆頭に、3児のパパだ。

ある日、仕事で大阪に出たミヤガワ先生、用事を済ませてハタと思い立った。

「そうだ、話題の大阪万博に行ってみよう!」

ChatGPTに道順を聞きながら、電車を乗り継いでいく。

すると、やがて街並みの向こうに…

あろうことか、「太陽の塔」が見えてきたという。

「…やっちゃった!」

そして同時に「あぁ、家族が一緒じゃなくてよかった!」

ホッと胸をなでおろしたそうだ。

 

4月から、金土日の2泊3日で名古屋に行き、ミヤガワ先生に「心理学概論」「臨床心理学」「心理統計法」を教わっている(心理英語は別の先生)。

実は去年、独学で心理系国立大学院の入試に挑戦し、見事に玉砕したのだ。

受験科目は心理学(すべて論述問題)と英語(研究論文の読解)。さらに修士論文を念頭にした研究計画書の提出も求められ、面接もある。

2月に受けた春季試験の競争倍率は10倍だった。想像以上の狭き門、しかもライバルは心理学部の現役4年生ばかり。こりゃ、合格まで100年かかりそうだぞ…ということで、予備校に通うことにした。

長野の自宅から2時間かけて名古屋に出て、ビジネスホテルに2泊する。最初の週は、いきなり市内のホテルがどこも満室! 隣の知多市にやっとひと部屋見つけて事なきを得た。

偶然、鈴鹿サーキットの開催日と重なっていたようだ。

そんな苦労はあっても、生で聴くミヤガワ先生の講義は、毎回抜群に面白い。

去年、先生が著した参考書をほぼ丸暗記しているのだが、その付け焼刃で平面的な知識が、どんどん立体的になっていく。

モノクロームの知識が、色鮮やかに彩られていく。

志を同じくして学ぶ生徒は15人ほどで、雰囲気はアットホーム。そして、校内には現役の大学院生が詰めていて、相談に乗ってくれる。

講義をオンラインで視聴する「通信コース」も選べたが、やっぱり通学コースを選んでよかった。

 

修士論文を書いて大学院を卒業し、試験を突破して公認心理士や臨床心理士になっても、給料は安い。そもそも、フルタイムで働ける職場が少ない。

キャリア的には「高学歴ワーキングプア」一直線だ。

そこまでして心理専門職を目指す人は、きっと何か熱いものを内に秘めているのだろう。

(こうして傍観者を装って自分が不合格だった時の口実にすることを、心理学用語でセルフハンディキャッピングという😁)

Nagoya Japan, April 2025


2025年4月25日

人生は経営でできている

 

「世界は経営でできている」 岩尾俊兵著 講談社現代新書

「経営」と聞くと、つい企業経営のことばかり思い浮かべてしまう。

だが経営学者である著者の岩尾氏によれば、経営の目標は

「自分と他者を同時に幸せにすること」

そして私たちの日常は、経営の視点で見れば改善できることばかりだという。

本書で「その通りだなぁ」と思った部分を、ちょっとだけ紹介します。

 

憤怒は経営でできている

・こちらに対して一方的に怒りをぶつけてくる人を相手にする時は、相手の怒りの本当の理由を明らかにするという一種の推理クイズが始まったと思えばいい

・怒っている人は、脳という「人間が持つ最も有力な器官」を「怒りという何も生み出さない活動」に浪費してしまっている損な人

・怒りに身を任せる人は、いろんなところで相応の報いを受けている可哀そうな人でもある

・「短気」な人は「長期」の利益は得られない。そう考えれば、こちらも少しは優しくなれる

・我々が何かに憤慨する時は、相手や出来事そのものに怒っているのではない。自分で膨らませた想像に対して怒っているのである

・我々は、犬に糞尿をかけられようと猫が恩知らずだろうと激怒したりはしない。同じ人間相手だからこそ、さまざまな想像をしてしまうだけなのである

家庭は経営でできている

・現代の共働き家庭は、お金がある代わりに夫婦で余暇時間を奪い合っている。片働き家庭は、時間がある代わりにお金を夫婦で奪い合っている

就活は経営でできている

・とことん幸福を追求したいという強欲な人も、合理的に強欲を追求していけば、ある程度お金を稼いだところで、お金より時間と健康が大事になる。さらには、社会貢献などの精神的満足が大事になるはず

・まともな論理力があれば、誰でもいずれこの結論に至る

人生は経営でできている

・本来の経営は「価値創造=(他者と自分を同時に幸せにすること)という究極の目標に向かい、中間目標と手段の本質・意義・有効性を問い直し、究極の目的の実現を妨げる対立を解消して、豊かな共同体を作り上げること」だ

・千年前の王族より、現代の先進国における一般市民の方が豊かな生活を送っている

・昆虫から見れば、地球は千年前から何も変わっていない。変わったのは気温と人間の多さと…数えるぐらいだろう

Matsumoto Japan, April 2025


2025年4月18日

マニラの24時間

 

セブ島英語留学を終え、いよいよ帰国の朝がきた。

フライトは午前11時発。学食でのんびり最後の朝ごはんを食べながら、何げなくケータイをのぞく。

ガーン!! 搭乗予定のフィリピン航空が、2時間遅れている。

その帰国便は、まずセブからマニラまで国内線で飛び、2時間20分の待ち合わせで成田行の国際線に乗り継ぐことになっていた。

普通なら、時間的には余裕のはず。でもマニラ行きが2時間遅れとなると、乗り継ぎ時間はたったの20分。その間に別のターミナルに移動し、出国審査も受けなければならない。

どどど、どーなるんだろ? とりあえず空港に向かった。

チェックインカウンターで、私のチケットを手に空港スタッフが端末を叩く。

やがて、顔を上げた。

「あなたのフライトは、もう成田行に間に合いません。マニラから先は、明日の便に振り替えになります」 

謝罪の言葉も悪びれる様子もなく、あっさりと宣告された。

「なにぃ? 明日は朝から大事な会議があるんじゃ! どーしてくれるねん!」

と血相を変えて叫べば、あるいは別の展開があったかも知れない。

しかし、自分にはそのような切迫した用事は一切ない。

マニラのホテルと3度の食事、空港送迎はフィリピン航空持ちという。ここは、流れに身を任せることにした。我ながら、すぐ懐柔される乗客だと思う。

当てがわれたホテルは、ベッドだけでいっぱいになる狭さ。食事時間になると、弁当が部屋に届いた。コロナで隔離生活をしているような気分になる。

ホテルは治安のいいマカティ地区にあり、グリーンベルトやレガスピ公園も徒歩圏内。そして今回は、自由に外に出られる。夕方散歩に出ると、並木道の両側に石造りの重厚なアパートが並び、アメリカ東部の古い街を思わせるいい雰囲気だった。

コロナ禍真っ最中の1年間は、毎日自宅でオンライン英会話のレッスンを受けていた。毎回違う先生を予約したが、全員がフィリピン人の先生だった。

日本社会がほぼ正常に戻った時、対面で英会話を習うため、満を持してマニラに飛んだ。どの英会話学校も事前申し込みを受け付けていないのが、不思議といえば不思議だったが…まぁ行けばなんとかなるやろ。

深夜のマニラ空港に着くと、武装した迷彩服の兵士が厳戒態勢を敷いている。翌朝街に出ると、英会話学校はおろか、市内の小中高校すべてが休校中。子どもの姿が、街から消えていた。

通勤電車内には制服制帽の「マスク警察」がいて、マスクから鼻が出ているだけで注意される。とてもじゃないけど、気安く街を出歩けない。

結局、マニラでもホテルに籠ってオンライン英会話をやった。

 

3年ぶりにデラローサ通りの高架歩道を散歩し、平和が戻った夕暮れのマニラを眺めた。

自由に街を歩けるって当たり前のようで、実はかけがえのないことなのかも。

Manila, March 2025


HIKIKOMORI

  不登校や引きこもりの子に、心理専門職としてどう関わっていくか。 増え続ける不登校と、中高年への広がりが指摘されるひきこもり。 心理系大学院入試でも 、事例問題としてよく出題される。 対応の基本は、その子単独の問題として捉えるのではなく、家族システムの中に生じている悪循...