2025年6月27日

真夜中の避難と正常性バイアス

 

名古屋のビジネスホテルの、午前4時。

突然鳴り響いた、けたたましいサイレン音に飛び起きた。

12階で火災発生! すぐに避難して下さい!!」

人工音声のアナウンスが流れる。

げ…

たしかこの部屋は、最上階の14階だ。

これは…マズいかも…

と焦りつつ、その一方では「正常性バイアス」が働いて、

「どうせ大したことないでしょ…」などと考えてしまう。

パンツ一丁で逃げて何事もなかったら、赤っ恥だ。しっかり着替えて、財布とケータイを持って廊下に出た。

屋外に設置された非常階段は、避難者たちで大渋滞。ちょうど火元とされる12階あたりでつっかえて、それより下に降りられなくなってしまった。

もし、ここで火や煙が見えたりしたらパニックだ。

幸い、その気配はない。

見渡すと、他の人も漏れなく「正常性バイアス」が働いたとみえ、皆さんしっかり着替えてきた。両手に大荷物を抱えた人や、妙にヘアスタイルが決まった女の人もいる。

ある高齢の避難男性は、背広上下にオシャレな帽子をかぶり、手にはステッキといういで立ち。まるで、「東京物語」の笠智衆さんみたい。

午前4時の、笠智衆。

その頃になって、ようやく制服姿の従業員が階段を上がってきた。12階の非常扉から、館内に入っていく。

「ただいまの火災警報は誤報でした」

というアナウンスが流れ、みんな「やっぱりね~」という顔をして、三々五々、部屋に戻っていった。

服を脱いでベッドに入り、さぁもうひと眠り…と思ったあたりで、サイレンとともに、階下に消防車が到着した気配。

遅いよ。

さらにひと騒ぎあって、やれやれ今度こそ眠れる…と思ったあたりで、

「ただいまの火災警報は誤報でした」の館内放送が、今度は中国語と英語の大音量で繰り返された。

 早く眠らせてくれ~


県外への予備校通いでこの半年、週末ホテル泊を繰り返すことになった。

なんだかんだで、今年は(今年も⁈)外泊が100泊を超えそう。

毎年こんなことをしていると、いずれ旅先で客死することになるのかも!

文豪みたいでカッコいいじゃん。

でも「東〇イン」で焼け死ぬのは…なんかカッコ悪い。

どうせ焼き鳥になるなら、リッツカールトンかペニンシュラ、マンダリン・オリエンタルあたりがいいよね。

Midnight evacuation, Nagoya 2025


2025年6月20日

閉じたひと 開いたひと

 

心理系大学院受験のための予備校で、ちょっと意外に思ったこと。

う~ん、なんていうか……わりと「閉じた」感じの人が多いのだ。

社会人のクラスメートとは、講義が終わってから焼き鳥屋に行ったりもする。でも大学生たちは休憩時間もテキストを開き、マスクとイヤホンをして、ずっとうつむいている。

教室内はしんと静まり返って、取り付く島もない。

同じ大学生でも、セブ島の英会話学校のクラスメートはオープンマインドだった。週末も一緒に遊んでくれたんだけどなぁ。

比較の対象が間違ってるのか…? でも将来、心理職として対人援助の仕事をするなら、もっと周囲の人にも関心を持った方がいいかもよ。

 日経ビジネス電子版で、公衆衛生学者のキャスリー・キラム氏が「つながりの健康」について解説していたので、ちょっとだけ紹介します。

・これまで健康は「体」や「メンタル」の面から議論されてきたが、最近は「社会的(Social)」な健康が注目されている。人とのつながりや関係に由来するから「つながりの健康(Social Health)」

・どんなに体やメンタルを整えても、人間関係がうまくいかず孤独を感じていては健康になれない

・数十年にわたる研究により、人とのつながりは心臓発作や認知症、鬱、糖尿病などにも影響することが科学的に証明されている。感情論で重要といわれているわけではない

・米調査会社ギャロップの調査によると、世界では4人に1人が孤独感を抱えている

・結婚せずに1人で暮らす人は増えているし、スマートフォンにばかり気を取られてリアルの人間関係を構築できず、どんどん孤独に傾倒していく流れもある。米国では、孤独による経済損失は年間4000億ドルという試算がある

・私たちは人生の多くの時間を労働に充てている。一緒に働く人との関係性はイヤでも私たちのつながりの健康に影響する

・多くの調査により、職場に友人がいる人は生産性が高いことが分かっている。ギャロップの調査では、「職場に親友がいる」と回答した人は、いない人に比べて7倍もエンゲージメント(仕事への熱意)と生産性が高く、職場でけがをする確率も低い

・米マイクロソフトには「自分の失敗を認める会」がある。チームごとに自分の失敗談と、そこから得た学びを話し合う。ここで重要なのは、一番偉い人から話し始めること。失敗を共有する行為は、職場での心理的安全性にも寄与することが分かっている

・体を鍛えたり、メンタルケアをするように、つながりも鍛えたり、ケアしたりしないといけない

Bangkok Thailand, 2025


2025年6月12日

人生最後に残る趣味

 

「結局、人生最後に残る趣味は何か」 林望 草思社

(こんな本を手に取るようになった自分に、驚く)

果たして、御年75歳になったリンボウ先生がたどり着いた境地とは?

ほんの一部だけ紹介します。

・普段から仕事一辺倒で、人間としての「余白」がまったくない人は、周囲からつまらなそうに見えてしまう

・つまらなそうに見える人は、周囲の人との関りが乏しくなり、ますます退屈な人生を送るという負のスパイラルに陥る

・名誉ある孤立を保つ人は「秘密のポケット」を心に持っている。その中には、その人にとって大事な宝物が入っている。この宝物こそが趣味というもの

・趣味を持つことの意味は、人間関係を豊かにすることでもあり、自分の人生を楽しみ多いものにすること

・でも最初から「趣味で友だちを作ろう」とは考えない方がいい。そこで良友を得るかどうかは「結果論」でしかない

・趣味を始めようとする人の中には、友だちを増やしたいとか社交の機会を増やしたいという目的を持つ人がいる。草野球よりも試合の帰りに居酒屋に寄って仲間と飲み食いするのが楽しみ、など

・飲み会でだらだらしゃべっているような仲間は、友だちと呼べるのか?何年も会わなくても、常に心を通わせている関係こそ友だちというのではないか

・そして、趣味は大真面目にやった方がいい。無限の向上心と熱意とを持って、やめることなく継続する。継続すれば必ず上達できるし、最終的には思いがけない自己実現につながる

・「できなかったことができるようになる」ことが人間の大きな楽しみ

・適性がある趣味を選ぶこと。それをしている時間が楽しくて寝るのを忘れてしまう、ずっとやっていても苦にならないというのが適性がある証拠

・ピアノの適性がある子は、上手に弾けるのが楽しいからたくさん練習する。自分でも上手になるのが実感できるから、さらに練習する。先生や周りの大人からも褒められるから、さらに練習して上達するというサイクルに入っている

・芸術は、少しでも自分でやった経験を持っている方がより深く楽しめる。絵を描いた経験がある人は絵の見方に熱意と深みが出るし、音楽をやっている人は音楽の聴き方・味わい方が深くなる

・文学は、人に教わらず自己流で取り組んだ方がいい。夏目漱石や森鴎外の作品も、文章の先生について学んだわけではなく、その心の中から自発的に湧き出てきた世界。文学や絵画はほんらい誰からも独立の世界であるべき

・時間を節約するためのもっとも正しい方法は「やらなくてもいいことをやめる」こと

・人生において、時間を無駄にする一番の元凶は「惰性による人づきあい」

Bangkok Thailand, 2025


2025年6月4日

セラピストを目指すワケ②


「はるばる長野から来られてるんですか?」

予備校の教室で、見知らぬ学生や社会人から、声を掛けられる。

「泊りがけで長野から通ってくる人がいるのよ!」

予備校窓口のオグラさんが、誰彼かまわず言いふらしているみたい

心理系大学院受験のための予備校で、一番近かったのが名古屋。地方暮らしのつらいところだ。

でもこのぐらいの距離は、まったく苦にならない。

移動することで、かえって脳が活性化される…ような気がする。

 

心理学概論の講義は、ひとコマ120分。

我ながらすごい集中力で、先生の言葉をひと言も聞き漏らすまじ、と机にかじりつく。受講料、安くないし。

ところが…

私のすぐ後ろに、ガタイのいい、若い男が座るようになった。

顔もデカい。少なからず、圧迫感を感じる。

しかも、机の下からはみ出した30センチはありそうな足で、私のイスを蹴ってくる。

気が散るんだよ、このデ〇!

先日、ついにその男と言葉を交わす機会がやってきた。いよいよ決闘だ!


彼の名は、インさんという。

中国からの留学生だ。

内陸部の湖北省で日本語を学び、7年前に名古屋にやってきた。

「…インさんにとって日本語は外国語ですよね。日本語で心理学を? 大学院で研究したい? マジか」

ハルの動因低減説、アドラーの器官劣等、チョムスキーの生成文法理論、サピア・ウォーフの言語相対性仮説、コフートの双極性自己、帰納的推論と演繹的推論、丁度可知差異、般化勾配、特性不安と状態不安、論理情動療法…

私がなんとか理解しようと七転八倒するこれらの概念を、中国からきたインさんは、言葉のハンディを背負いながら勉強しているのだ。

「日本語の壁? あんまり意識したことないっすけど」と、インさん。

どんだけ優秀な人なんだ…

ゆくゆくは資格を取って心理クリニックを開き、在日外国人の心のケアをしたいという。

心理職の給料はとっても安いらしいけど…それでもいいのか?

 

「後ろの席のうざいデ〇」は、一瞬にして「イン様」へ。

彼を見かけるたび、その姿に後光が差す。

思わず、両手を合わせて拝んでしまう。 

Shanghai China, May 2025



2025年5月30日

セラピストを目指すワケ①

心理系大学院受験の予備校では、現役大学院生から直接アドバイスを受けられる。

アポを取って3人めにお会いしたKさんは、東京出身の50代女性。とても柔らかい雰囲気の人だ。

Kさんが大企業で働いていた時、同じ職場の女性が相次いで心を病み、離職していった。なすすべもなく、それを見送るしかなかった。

もし自分に心理学の知識があれば…

と、50歳で退職し、名古屋の大学に入学した。

「ど、どうしてまた名古屋に?」

「日本で最初に心理学部を作ったのが、名古屋のC大学なんですよ」

卒業後は公認心理士の資格を取り、産業カウンセラーとして働く女性を支援したいという。

 

早稲田大教授で人類学者の長谷川眞理子氏は、「女性活躍を本気で考えている日本企業はごく一部」だという。だが、希望もあるらしい。

以下、日経ビジネス電子版の同氏インタビューから一部を紹介します。

・米国で第2次トランプ政権が立ち上がり、DEI(多様性、公平性、包摂性)の方針を撤回する動きが広がっている。西洋文化は歴史的に女性に対する差別的感情が根深く、トランプ政権を機に逆回転が始まってしまった

・そもそも米国は基本的に西部劇のような文化。白人の男性が荒野を切り開いて国をもり立ててきた。黒人や女性などのマイノリティーを差別してはいけないと頭では理解していても、文化の根本はやはり西部劇。DEIに嫌悪感を持つ白人男性は多い

1780年代から英国で奴隷貿易を禁止する動きが始まったが、最終的に制度が消滅したのは1888年。約100年もの歳月がかかったのは、奴隷がいなければ成り立たない経済ができてしまっていたから

・男女の溝は根深く100年以上かかると思われるが、ダイバーシティーを進めたほうが経済に良い影響をもたらすと明確になれば風向きが変わるはず

・日本政策投資銀行が特許の経済価値と開発チームの男女比の関係性を調べたところ、同性のみのチームよりも、男女混合のほうが経済価値の高い特許を生み出していた。様々な意見が出されることで、使い勝手の良い特許になる

・日本は男女が共に働く農耕社会だったため、本質的な対立は西洋ほど根深くない。明治時代に西洋文化を取り入れるまで、男女はほぼ平等だった

・男性ばかりの日本企業がうまくいっていたのは、やるべきことが明確な高度経済成長期だったから

・多様な価値観を持つ人が一緒に働くと最初は生産性が落ちて苦労するが、課題に対する新たな解決策が見つかるなどの効果も出てくる

・米国での反DEIの動きも、長い目で見れば一時的な揺り戻し。4年後には以前の状態に戻っていても何ら不思議ではない

・「反DEIの波に翻弄されるな。日本企業はぶれない軸を持て」

Nongkhai Thailand, 2025


2025年5月23日

快楽原則、道徳原則


久しぶりの横浜で。

昼過ぎのJR京浜東北線で横浜から関内に向かっていた時、初老の男性が、すぐ近くに座っていた中年女性に歩み寄った。

「携帯電話での通話はご遠慮ください」

その時初めて、女性がケータイを耳に当ててヒソヒソ話をしているのに気がついた。男性はそれを、遠くから目ざとく見つけたようだ。

そそくさと通話を終えようとする女性。その耳元に思い切り顔を近づけた男性が、今度は怒気を含んだ大声を出した。

「携帯電話での通話はご遠慮ください!」

女性に怯えた表情が浮かび、慌ててケータイを切る。その時ちょうど、駅に着いてドアが開いた。逃げるように、ホームに降りる女性。

その背中を追いかけて、3度めの大声が響く。

「携帯電話での通話はご遠慮ください!」

 

精神分析の創始者フロイトは、人の心が「イド」「自我」「超自我」の3つで成り立っているとした。快楽原則に基づく「イド」を、道徳原則に基づく「超自我」が検閲し、現実原則に基づく「自我」がその2つを調節する。

予備校で心理学概論を教わっていた時、講師のミヤガワ先生が呟いた。

「最近の日本人は、ちょっと超自我が強くなりすぎている気がしますねー」

 

名古屋から2時間半のフライトで向かった、週末の上海。

日が暮れると黄浦江沿いの西洋建築がライトアップされ、歩道は人であふれる。中国の人たちは元々声が大きいが、解放感に浸ってますますボリュームアップ! すごい騒ぎになっていた。

若いカップルの愛情表現もストレートだ。「公衆の面前で」なんて、ハナから気にしていない。あちこちで熱いキスを交わしている。

(思い返せば昭和のニッポンでも、カップルが電車内でキスしていたような…)

老若男女ともども、感情豊か。休日の高揚感がビンビン伝わってきた。

 

日本の子どもは、

「人さまに迷惑をかけないようにしなさい」と教えられる。

中国の若い世代は、

「人に迷惑をかけないで生きるなんてムリ! だから、あなたも他人に寛容でありなさい」と言われて育つのかも。

「イド」(快楽原則)を大切にする生き方も、それはそれで悪くない。

 

帰国の朝、空港行の上海地下鉄2号線に乗った。

平日の車内は意外にも(?)、東京メトロ並みに静かだった。 

Shanghai 2025


2025年5月16日

上海のお上りさん

 

初めて中国の土を踏んだのは、20歳の時。

当時は車が少なく、街は自転車の海。人々はみな、灰色の人民服姿だった。

ジーンズとTシャツで街を歩いていると、1キロ先からでも外国人とわかってしまう。四方八方から、ものすごい視線が飛んできた。

その後、かれこれ10回ぐらい中国に行った。学生時代の夏休みは新疆ウイグル自治区からチベットのラサまで、長距離トラックをヒッチハイクしながら中国大陸を縦断した。

卒業後は報道カメラマンとして、登山隊の取材でチベットへ。雪山にテントを張って3か月過ごした。

10万人の死者を出した四川省大地震の取材では、ズタズタに寸断された道を、自転車と徒歩で震源地へ。被災者のテントに転がり込んで、その片隅で夜を明かした。朝起きてみると、一夜にして髪が真っ白に。

「ボクも苦労したんだなぁ…」一瞬、感慨にふけりかけた。

何のことはない、枕にした小麦粉入りの麻袋が破れただけだった。

 

コロナ以降、ずっと入国制限をしていた中国政府が最近、日本人にもビザなし渡航を認めるようになった。

そうだ、久しぶりに中国に行こう! 

名古屋の予備校で講義を受けたその足で、中部国際空港から上海に飛んだ。

海外旅行なのに、なぜか上海に着いても非日常感が少ない。思い返せば、名古屋で定宿にしている「東横イン」がいつも中国人の団体に占拠されていて、出発前から「ここは本当にニッポンか?」という状況なのだった。

大都会・上海は、道行く人が洗練されている。ユニクロを着て歩く私は、透明人間並みに無視される。昔はもっと注目してもらえたんだけどなぁ。

自慢じゃないけど、中国語は「トイレはどこですか?」しか話せない。

仕事で大連に行った時、美人のウェイトレスさんに旅慣れた口調で尋ねた。

「厠所在哪里?」

ウェイトレスさん、なぜか無言。

隣にいた、某新聞北京支局長のYさんが赤面している。

「あのねミヤサカさん、現代中国では、もうトイレのことを厠所なんて言わないんです! 洗手間(シーショウジェン)と言って下さい!」

今回、Y支局長に「中国はキャッシュレス社会だから、現金なんか持ってても何もできませんよ」と脅された。だから出発前、スマホにAlipayのアプリを入れ、クレジットカードと紐づけておいた。

おかげで地下鉄にも乗れたし、食事にもありつけた。

街を走るバイクは100%電動で、音もなく近づいてきて危ない。クルマもEVが多い。何度か乗った二階建てバスも電動で、静かなのに加速が強烈だ。

ホテルでエレベーターに乗ろうとしたら、小学生ぐらいの背丈の円筒形ロボットがついてきた。何やら、ひっきりなしに中国語で呟いている。

颯爽と16階で降りて行った。

フロントスタッフに聞くと、きれいな英語で事もなげに言う。

「彼には、お客様に歯ブラシを届けに行ってもらいました」

ハイテク中国!

Shanghai, May 2025


2025年5月9日

「わからないこと」「忘れること」が大事

 

「自尊感情」と「自己肯定感」。

この2つの言葉の違いが、よくわからない。

名古屋の予備校で臨床心理学の講義を受けた後、講師のミヤガワ先生に質問に行った。丁寧に説明して頂いたのだが、それでもわからなかった。

「コフートは自己愛の概念を整理して、自己愛心理学を確立しています」

「自己効力感なんていう言葉もありますよ」

…聞けば聞くほど、わからない。

心理学は「こころ」という目に見えない対象を扱う。

すっきりした正解は、最初から期待しない方がいいのかも。

 

『知性の罠 なぜインテリが愚行を犯すのか』 デビッド・ロブソン著 日経ビジネス人文庫

本書によれば、知性を高めるためには「わからない」と思う状態が必要なのだという。

(日経ビジネス電子版に掲載された抜粋を、さらに抜粋しておきます)

・ピアノ、新たな言語、あるいは新たな仕事など、新たなスキルを身につけようとしている時に、あなたが「日々たくさん学ぶほど、最終的な学習量も多くなる」「理解しやすい内容ほどたくさん覚えられる」「忘れることは非生産的である」と考えたとしたら、それらはすべて誤解

・最新の神経科学では、わからないと思っている時こそ学習効果が最大に高まることが明らかになっている

・学校の教科書で、見栄えのする図や箇条書きなどわかりやすい形で提示することは、かえって長期記憶を妨げる。専門的表現や微妙な言い回しを多用し、潜在的問題や矛盾する証拠を示す複雑な資料を読ませた方が学習成果があがる

・わからないということは否定的にとらえられがちだが、実際にはそれは何かを学び、深く理解するチャンスなのだ

・また、1日の成果を意識的に抑えるほど、翌日の成果が高まる

・イギリス郵便公社の職員1万人がタイピングとキーボードの使い方を練習したところ、1日1時間練習したグループで一番上達の遅い職員が、1日4時間練習したグループで一番上達の速い職員より短い時間で技能を習得した

・学習を小さな塊に分割することで、学んだことを忘れてしまう時間ができる。次に学習を開始したとき、何をすべきか頑張って思い出さなければならなくなる。この一度忘れ、再び覚え直すというプロセスが記憶痕跡を強め、長期的にはより多くを覚えていられるようになる

・この一旦忘れて学習し直すというプロセスはつらいからこそ、長期記憶が促されるのだ

Cebu Philippines, March 2025


2025年5月1日

週末は予備校生

 

ミヤガワ先生は、名古屋の大学院受験予備校で心理学を教える47歳。

小学4年生を筆頭に、3児のパパだ。

ある日、仕事で大阪に出たミヤガワ先生、用事を済ませてハタと思い立った。

「そうだ、話題の大阪万博に行ってみよう!」

ChatGPTに道順を聞きながら、電車を乗り継いでいく。

すると、やがて街並みの向こうに…

あろうことか、「太陽の塔」が見えてきたという。

「…やっちゃった!」

そして同時に「あぁ、家族が一緒じゃなくてよかった!」

ホッと胸をなでおろしたそうだ。

 

4月から、金土日の2泊3日で名古屋に行き、ミヤガワ先生に「心理学概論」「臨床心理学」「心理統計法」を教わっている(心理英語は別の先生)。

実は去年、独学で心理系国立大学院の入試に挑戦し、見事に玉砕したのだ。

受験科目は心理学(すべて論述問題)と英語(研究論文の読解)。さらに修士論文を念頭にした研究計画書の提出も求められ、面接もある。

2月に受けた春季試験の競争倍率は10倍だった。想像以上の狭き門、しかもライバルは心理学部の現役4年生ばかり。こりゃ、合格まで100年かかりそうだぞ…ということで、予備校に通うことにした。

長野の自宅から2時間かけて名古屋に出て、ビジネスホテルに2泊する。最初の週は、いきなり市内のホテルがどこも満室! 隣の知多市にやっとひと部屋見つけて事なきを得た。

偶然、鈴鹿サーキットの開催日と重なっていたようだ。

そんな苦労はあっても、生で聴くミヤガワ先生の講義は、毎回抜群に面白い。

去年、先生が著した参考書をほぼ丸暗記しているのだが、その付け焼刃で平面的な知識が、どんどん立体的になっていく。

モノクロームの知識が、色鮮やかに彩られていく。

志を同じくして学ぶ生徒は15人ほどで、雰囲気はアットホーム。そして、校内には現役の大学院生が詰めていて、相談に乗ってくれる。

講義をオンラインで視聴する「通信コース」も選べたが、やっぱり通学コースを選んでよかった。

 

修士論文を書いて大学院を卒業し、試験を突破して公認心理士や臨床心理士になっても、給料は安い。そもそも、フルタイムで働ける職場が少ない。

キャリア的には「高学歴ワーキングプア」一直線だ。

そこまでして心理専門職を目指す人は、きっと何か熱いものを内に秘めているのだろう。

(こうして傍観者を装って自分が不合格だった時の口実にすることを、心理学用語でセルフハンディキャッピングという😁)

Nagoya Japan, April 2025


2025年4月25日

人生は経営でできている

 

「世界は経営でできている」 岩尾俊兵著 講談社現代新書

「経営」と聞くと、つい企業経営のことばかり思い浮かべてしまう。

だが経営学者である著者の岩尾氏によれば、経営の目標は

「自分と他者を同時に幸せにすること」

そして私たちの日常は、経営の視点で見れば改善できることばかりだという。

本書で「その通りだなぁ」と思った部分を、ちょっとだけ紹介します。

 

憤怒は経営でできている

・こちらに対して一方的に怒りをぶつけてくる人を相手にする時は、相手の怒りの本当の理由を明らかにするという一種の推理クイズが始まったと思えばいい

・怒っている人は、脳という「人間が持つ最も有力な器官」を「怒りという何も生み出さない活動」に浪費してしまっている損な人

・怒りに身を任せる人は、いろんなところで相応の報いを受けている可哀そうな人でもある

・「短気」な人は「長期」の利益は得られない。そう考えれば、こちらも少しは優しくなれる

・我々が何かに憤慨する時は、相手や出来事そのものに怒っているのではない。自分で膨らませた想像に対して怒っているのである

・我々は、犬に糞尿をかけられようと猫が恩知らずだろうと激怒したりはしない。同じ人間相手だからこそ、さまざまな想像をしてしまうだけなのである

家庭は経営でできている

・現代の共働き家庭は、お金がある代わりに夫婦で余暇時間を奪い合っている。片働き家庭は、時間がある代わりにお金を夫婦で奪い合っている

就活は経営でできている

・とことん幸福を追求したいという強欲な人も、合理的に強欲を追求していけば、ある程度お金を稼いだところで、お金より時間と健康が大事になる。さらには、社会貢献などの精神的満足が大事になるはず

・まともな論理力があれば、誰でもいずれこの結論に至る

人生は経営でできている

・本来の経営は「価値創造=(他者と自分を同時に幸せにすること)という究極の目標に向かい、中間目標と手段の本質・意義・有効性を問い直し、究極の目的の実現を妨げる対立を解消して、豊かな共同体を作り上げること」だ

・千年前の王族より、現代の先進国における一般市民の方が豊かな生活を送っている

・昆虫から見れば、地球は千年前から何も変わっていない。変わったのは気温と人間の多さと…数えるぐらいだろう

Matsumoto Japan, April 2025


2025年4月18日

マニラの24時間

 

セブ島英語留学を終え、いよいよ帰国の朝がきた。

フライトは午前11時発。学食でのんびり最後の朝ごはんを食べながら、何げなくケータイをのぞく。

ガーン!! 搭乗予定のフィリピン航空が、2時間遅れている。

その帰国便は、まずセブからマニラまで国内線で飛び、2時間20分の待ち合わせで成田行の国際線に乗り継ぐことになっていた。

普通なら、時間的には余裕のはず。でもマニラ行きが2時間遅れとなると、乗り継ぎ時間はたったの20分。その間に別のターミナルに移動し、出国審査も受けなければならない。

どどど、どーなるんだろ? とりあえず空港に向かった。

チェックインカウンターで、私のチケットを手に空港スタッフが端末を叩く。

やがて、顔を上げた。

「あなたのフライトは、もう成田行に間に合いません。マニラから先は、明日の便に振り替えになります」 

謝罪の言葉も悪びれる様子もなく、あっさりと宣告された。

「なにぃ? 明日は朝から大事な会議があるんじゃ! どーしてくれるねん!」

と血相を変えて叫べば、あるいは別の展開があったかも知れない。

しかし、自分にはそのような切迫した用事は一切ない。

マニラのホテルと3度の食事、空港送迎はフィリピン航空持ちという。ここは、流れに身を任せることにした。我ながら、すぐ懐柔される乗客だと思う。

当てがわれたホテルは、ベッドだけでいっぱいになる狭さ。食事時間になると、弁当が部屋に届いた。コロナで隔離生活をしているような気分になる。

ホテルは治安のいいマカティ地区にあり、グリーンベルトやレガスピ公園も徒歩圏内。そして今回は、自由に外に出られる。夕方散歩に出ると、並木道の両側に石造りの重厚なアパートが並び、アメリカ東部の古い街を思わせるいい雰囲気だった。

コロナ禍真っ最中の1年間は、毎日自宅でオンライン英会話のレッスンを受けていた。毎回違う先生を予約したが、全員がフィリピン人の先生だった。

日本社会がほぼ正常に戻った時、対面で英会話を習うため、満を持してマニラに飛んだ。どの英会話学校も事前申し込みを受け付けていないのが、不思議といえば不思議だったが…まぁ行けばなんとかなるやろ。

深夜のマニラ空港に着くと、武装した迷彩服の兵士が厳戒態勢を敷いている。翌朝街に出ると、英会話学校はおろか、市内の小中高校すべてが休校中。子どもの姿が、街から消えていた。

通勤電車内には制服制帽の「マスク警察」がいて、マスクから鼻が出ているだけで注意される。とてもじゃないけど、気安く街を出歩けない。

結局、マニラでもホテルに籠ってオンライン英会話をやった。

 

3年ぶりにデラローサ通りの高架歩道を散歩し、平和が戻った夕暮れのマニラを眺めた。

自由に街を歩けるって当たり前のようで、実はかけがえのないことなのかも。

Manila, March 2025


2025年4月11日

セブ島英語学校の先生たち

 

セブ島英会話学校、ランチ後のレッスンが始まる午後1時。

学校の廊下に、100人近い若い女性の行列ができる。

遅番の先生が続々と出勤し、タイムレコーダーに並んでいるのだ。

先生の9割が女性で、そのほとんどは20代。狭い通路の両側に並ぶ先生の間をすり抜けて教室に向かうと、たどり着く頃にはフラフラになる。

大量のフェロモン(?)が放出されてるみたい

この学校に在籍する先生は約600人。授業をマンツーマンで行い、オンライン・レッスンを提供する先生も登校して仕事をする。だから校内は常に、生徒より先生の方が多い。

セブ島の英会話学校は、極端な労働集約型産業だ。

 この日、ランチ前のマンツーマンレッスンはキーロフ先生だった。

韓流ドラマが大好きな彼女は、メイクもKコスメでばっちり決めている。

「でも昨夜は、日本映画で泣いちゃった」

その映画のタイトルは「Flying Colors」。検索したら「ビリギャル」のことだった。小4の学力しかない女子高生「学年ビリのギャル」が熱血塾講師と出会い、半年で偏差値を40上げて慶応大に合格する、ウソのような本当の話だ。

以前、有村架純演じる「ビリギャル」小林さやかさん本人の講演に行ったことがある。教育関係者が目立つ聴衆に向かって、初っ端からタメ口が炸裂した。

ああ、この人は本当にギャルだったんだなぁ。

でもキーロフ先生のツボは、本筋にはない。ビリギャルの弟が、プロ野球選手になる夢を父親に強要されてグレ、確執が生まれる。映画の後半、その父子に和解が訪れるシーンで涙が流れた、という。

家族の絆を大切にする、フィリピン人らしい感性だと思った。

グループレッスンのジャスティン先生は、学校でただひとりのアメリカ人。そして希少な男性教師だ。腹は出ていても、まだ30代。フィリピン在住8年目、こちらで妻帯した。

日本やタイでも暮らしたが、外国人がいちばん住みやすいのがフィリピンだったという。

「東京にいた頃は、半年間で2回も警察官の職質を受けたよ。こっちに来てからは、7年でまだ0回」

日本人の私は生まれてこの方、職質を受けたことがない。日本警察は、外国人を犯罪の温床と見るのだろうか。住みにくいわけだ。

ジャスティン先生も株式投資をしている。授業で一緒になった奈良女子大の学生たちに、彼と2人がかりで

「アメリカ株のインデックスを買えば、5年ごとに2倍になるよ」

「働いて給料をもらうようになったら、すぐ資産運用を始めた方がいいよ」

と勧めてみた。でも、果たしてどこまで伝わったか…

「なんや胡散臭いおっさんが、けったいなこと言うてはるなぁ」

みたいな顔をしていた。


Teachers at Cebu English school

English school in Cebu, 1:00 p.m., when the first lesson begins after lunch time.

A line of nearly 100 young women forms in the hallway of the school.

The teachers who work the late shift line up in front of the machine to punch in their arrival time.

Ninety percent of the teachers are women, most of them in their twenties. Slipping between the teachers lined up on either side of the narrow aisle to get to class, I am dizzy by the time I reach my classroom.

It seems I inhale a large amount of pheromones ...

The number of teachers at this school is as many as 600. In addition to selling one-on-one English conversation lessons, teachers who offer online lessons also come to school to work. Therefore, there are always more teachers than students in the school.

English conversation schools in Cebu are extremely labor-intensive industries.

 My one-on-one lesson before lunch was with Ms. Kierulf.

She loves Korean dramas and wears a lot of K-cosmetics in her makeup.

But last night, she said she cried at a Japanese movie.

The movie is called “Flying Colors". I searched for the title of the movie and found that it was “Birigyaru,” a movie about a high school girl with the academic ability of an elementary school kid. The story is about once she meets a passionate cram school teacher, improves her deviation score by 40 points in six months, and passes the entrance exam to Keio University.

I once went to a lecture by Sayaka Kobayashi herself, “Biri Gyaru,” played by Kazumi Arimura. She spoke to the audience, which consisted mostly of middle-aged and older educators, in a very casual manner from the very beginning! Oh, she really was a gyaru, wasn't she?

But Ms Kierulf's pressure point is not a success story. The younger brother of the “birigyaru,” who was entrusted by his father with the dream of becoming a professional baseball player, falls behind, becomes a gregarious jerk, and a feud develops between him and his father. In the latter half of the film, when the father and son reconcile, Ms Kierulf's tears flowed.

I thought this was a very Filipino sensibility that cherishes family ties.

 Mr. Justin is the only American at the school and a rare male teacher. He may have a big belly, but he is still in his 30's. He has been living in the Philippines for 8 years and is married here.

He has lived in Japan and Thailand, but he said the Philippines was the most comfortable place for a foreigner to live.

"When I was in Tokyo, I was questioned by police twice in six months. Since I came here, I have not been questioned in seven years" he said.

In all my life, I have never been questioned by a police officer for more than half a century. I wonder if the Japanese police view foreigners as a breeding ground for crime. No wonder it is so difficult to live there.

Justin is also a stock investor. One day, a group of students from Nara Women's University were in class with us.

So I and Justin told them, “If you buy an index of U.S. stocks, it will double every five years"

“You should start investing your money as soon as you start earning a salary!"

We tried to encourage them to do so. But I wonder how much they really understood...

They looked at us like, “What a suspicious old man talking nonsense"

I was not sure how much I got through to them.



2025年4月3日

ERナースと「睡蓮」

 

ランチタイムの、セブ島英会話学校カフェテリア。

大学生か社会人か、いつも4~5人で群れている若い日本人男子がいる。

夜な夜な、マッチングアプリで現地の女性と遊んでいる。その様子を、卑猥な言葉で自慢し合う。

この人たち、何しにここに来たんだろうね。

 一方で誰ともつるまず、ひとり黙々と食べるカッコいい日本女性がいる。

あかりさんと、ももかさんだ。

2人とは、入学オリエンテーションで知り合った。休日に、一緒に遊んでもらった。

ふんわりしたファッションと明るいブラウンヘアのあかりさんは、東京の大学生。見かけ都会のお嬢様だが、ラオスのビエンチャンからバンビエンを経てルアンパバーンまで陸路で旅するなど、なかなかの大物だ。

市内見物に行った時は、誰よりも電波を拾うスマホで配車アプリを使いこなし、カルボン市場やサントニーニョ教会、あちこち連れて行ってくれた。

でも Google Map を見ていながら、なぜか反対方向に歩き出す。サンペドロ要塞にたどり着けたのは、この私のおかげです。

留学生活も2週間を過ぎた頃、「そろそろ飽きてきた」と、ひと言。

こっちは毎日、レッスンに食らいついていくだけで必死なのに…

やっぱり、あかりさんは大物だ。

 ももかさんは、泣く子も黙るERの看護師。ふとした眼差しに、スペシャリストのプライドが滲む。この学校には医療英語のコースがあるので、さらなる高みを目指す医療従事者が集まるのだ。

郊外をバスで走っていた時。窓からぼんやり熱帯雨林を眺めていたももかさんが、救急車とすれ違ったとたん、活気づいた。

「フィリピンの救急車ってどんなかなぁ。車内を見学したいな!」

血が騒ぐらしい。

交通法規などあって無きに等しい、混沌としたセブ市内。彼女と歩いていると、得も言われぬ安心感がある。いまクルマに轢かれても、ナースももかさんが救命してくれる!

彼女の趣味は、絵画鑑賞だ。モネの「睡蓮」が大好きで、作品が日本に来た時は必ず足を運ぶという。

去年、パリのオランジュリー美術館で私も「睡蓮」に向き合った。心が邪念だらけなせいか、いまいち、その世界に入り込めなかった。

救急救命センターで急患対応に明け暮れていると、魂のレベルで「睡蓮」の静謐さを欲するのかも知れない。

 週末ランチに、セブ島名物レチョン(子豚の丸焼き)を食べた。2人とも、見ていて気持ちがいい食べっぷり。きれいに平らげて、まだ足りなそうだった。


ER nurse and The Waterlilies

Lunch time, English School cafeteria in Cebu.

There are always four or five young Japanese guys, probably university students or working adults, huddled together.

They are playing with local women on a matching app at night. They brag to each other in an obscene manner about their activities.

What these people are doing here...

 On the other hand, there are cool Japanese women who don't hang out with anyone and eat quietly by themselves.

Akari and Momoka.

I met them at the orientation. They hung out with me on their days off.

Akari, with her fluffy fashion and light brown hair, is a university student in Tokyo. She may look like a city girl, but she is quite a big shot, traveling overland from Vientiane, Laos to Luang Prabang via Vang Vieng.

When we went to see the city, she used a car-dispatch app on her smartphone that picked up more signals than anyone else and took us to the Carbon market, Santo Niño Church, and many other places.

But while looking at Google Maps, she sometimes started walking in the opposite direction. I made it to the San Pedro Fortress.

After two weeks of studying abroad, she said one word to me, “I'm getting tired of it.

I'm just trying to keep up with the lessons every day...

Akari is a big shot after all.

 Momoka is an ER nurse who silence the crying child. The pride of a specialist is evident in her eyes. The school offers a medical English course, which attracts medical professionals who aspire to higher levels like her.

Once we were driven a bus in the suburbs. As soon as she passed an ambulance, she became animated.

"I wonder what an ambulance is like in the Philippines. I want to see the inside of one!"

Her blood was boiling.

Cebu city is a chaotic place, where traffic laws are as rare as they are nonexistent. Walking with her, I felt an indescribable sense of security. Even if I were hit by a car, Nurse Momoka would save my life!

Her hobby is to appreciate paintings. She loves Monet's “Waterlilies” and always goes to see them when they come to Japan.

Last year, I also had the chance to see “Waterlilies” at the Musée de l'Orangerie in Paris. Perhaps it was because my mind was full of evil thoughts, but I could not enter into the world of the work.

Perhaps it is because she spend most of her time at the emergency room dealing with urgent patients that she crave the serenity of “Water Lilies” at the level of her soul.

 We had the Cebu specialty, lechon (whole roasted suckling pig), for lunch on the weekend, and both of them were very pleasant to watch as they ate their fill, and it looked as if they still had more to eat.

2025年3月28日

カフェテリア点描

 

今年のセブ島英会話学校には、カフェテリアが併設されている。

朝ごはんは「コーンフレークと菓子パン」とか「コンビーフとご飯」とかのしょうもないメニュー。でも昼と夜は5~6種類のおかずがビュッフェ形式で並ぶ。味はともかく、肉と野菜、果物のバランスは取れている。

南国だけあって、果物は特に豊富だ。スイカ、パイナップル、ブドウ、バナナ、オレンジなどが日替わりで出る。週2ぐらいは、マンゴーも食べ放題だ。その日はみんな、トレーのおかずスペースをマンゴーで山盛りにしている。

最初は大喜びで食べていたが、そのうち食傷してきた。

「マンゴーも食い飽きたな」

このセリフ、一度は言ってみたかった!

誰も聞いちゃいないけど。

去年の英会話学校は学食がなかったので、このカフェテリアの有難さは身に染みている。なにしろフィリピンの街中はファストフード店のオンパレード、その上地元料理は肉ばかりで野菜に乏しく、しかも油まみれなのだ。

3食10ドルの学食代を惜しんで、外食ばかりしていた人がいた。関西弁の元気な女性だったが、体調を崩し、予定を切り上げて帰国していった。

カフェテリアの料理はマイルドな味付けで、油も控えめなのだが、それでも腹を壊す人が続出している。

フィリピン料理、恐るべし。

私は学生時代の貧乏旅行中、インドで赤痢、ミャンマーでA型肝炎にやられ、隔離病棟への入院も経験した。それで免疫ができたのか、以来、どんな環境でも鉄壁の胃腸を誇っている。

レッスンの合間に、カフェテリアで人を眺めるのが楽しい。

いつも派手なレギンス姿は、元ANACAさん。これ以上習う必要あるの?と思うほど英語がうまい。彼女の目指す先は、どこにあるのだろう。

深紅のワンピースは、ベトナム人の中国語教師。

とびっきりの爽やか系イケメンは、YouTubeやブログで旅行情報を発信するタイ人インフルエンサーだ。

ノースリーブから出た右腕、全面にタトゥーを描いたパンク系白人女性がいる。どこの人だろう、外国人はいちいちキャラ立ちがすごい。

モンゴル人留学生も見かける。女性たちは顔立ち東洋系なのに、背がすらりと高く八頭身だ。

ロシアの大男アレクサンドルは、超がつくシャイな性格。背中を丸めて、蚊の鳴くような声で話す。モスクワでエンジニアをしていたらしい。

英語の勉強なら、もっと近くでできるでしょうに。例えばヨーロッパとか。

…ハタと気がついた。彼の国はいま戦争中。ロシアのパスポートで入国できる先は、本当に限られてしまうのだろう。

もしかしたら、徴兵忌避の平和主義者? そんな雰囲気もあった。

ある日の学食ランチ


2025年3月22日

眠らない街

 

今年のセブ島英語留学では、「ITパーク」にある学校を選んだ。

ITパークはその名の通り、欧米のテック企業や大手金融機関、外資系会計事務所などのビルが並ぶ、セブ市内でも特別なエリアだ。

ビルに入る時には、ドレスコードのチェックがある。ノースリーブや短パン、サンダル履きでは入館できない。

そうは言っても、ここはフィリピン。朝の出勤時間帯にエレベーターに乗り合わせた女性が、のんびりアイスをなめていたりする。あまりの緊張感のなさに、膝からガクンと崩れ落ちそうになる。

 週末、共に学ぶ大学生に海に誘われた。ジンベエザメと一緒に泳げるよ、という。でも「行く」と言ってから後悔。午前3時、学校前に集合だという。

アラームの電子音にたたき起こされて、真っ暗な中を学校に向かう。ITパークに入ると、ビルというビルの窓に明かりが灯っている。

歩道の人混みも車通りの多さも、日中とまったく変わらない。レストラン街もほとんどが営業中で、むしろ昼間より客が多い。新宿の歌舞伎町でさえ、終電が出てしまえば閑散とするだろうに。

服装チェックの女性警備員も、1日3回通って常連になったコーヒー屋台の店員も、みんな昼間と同じ顔ぶれ。いったい何時間働くのだろうか。

週明け、学校の先生に事情を聞いて納得した。

このITパークには、グローバル企業のコールセンターが集まっている。働く人の多くはアメリカ人の顧客を相手に、アメリカ時間で働いているのだ。

セブ島の土曜日午前3時は、アメリカ東部時間の金曜日午後1時。彼ら彼女らは、完全に昼夜逆転の生活を送っている。

顧客のアメリカ人には、フィリピン訛りの英語を嫌う人もいる。ストレスの多い職場で、体調を崩す人もいるらしい。

 

この英会話学校は、600人いる先生のほとんどが2030代の女性たち。みな対面授業の他にオンライン授業も受け持っているから、生徒の国の時間帯に合わせて、とんでもない時間に働いていたりする。

欧米の英語ネイティブと違って、フィリピン人教師の母語はセブアノ語だったり、ワライ語だったり、タガログ語だったりだ。英語を流ちょうに繰るまで、相当な努力をしてきた。

日本に来れば、まず間違いなく英語人材として上位1%に入りそうな人が、割に合わない給料で外国人相手の英会話教師や、コールセンターでの深夜業務をしている。

1日6時間、マンツーマンでいろいろな先生のレッスンを受ける中で、若さに似合わない、翳りのある表情を見せる人がいた。

Teacher's dance performance, Cebu 2025


2025年3月14日

野獣とキャミソール

 

今年もやって参りました! セブ島英語合宿シーズン!

といっても、まだ2年連続2回目だけど。

セブ島といえば、ビーチリゾートとして有名だ。でも楽園は、高級ホテルのプライベートビーチだけ。セブ市内は、ものすご~くごちゃごちゃしている。

日課の早朝ジョギングに出ると、寝ているホームレスの方々の足を踏みそうになったり、野良イヌに吠えかかられたり。おまけに交差点には信号がないから、大通りを渡るのは命がけだ。1時間走ると、20回ぐらい命がけになる。

早々に心が折れて、フィットネスクラブでゴムベルトの上を走っている。

テレビのCNNニュースを見ながら走っていると、隣ではマッチョな方々が、重いバーベルを持ち上げている。野獣のような唸り声が、響き渡る。

学校への通学路にも、交通量の多い大通りがある。慣れた様子の地元市民を楯にして、その陰に隠れて、恐々と横断する。

ちょっと前までアラブ系、ロシア系の生徒が多かったという英会話学校は、日本人大学生が目立つ。はるか北のニッポンは、いま春休み中…

同じ大学生でも、ふだん私が接している母校の山岳部員とはタイプが違う。女子に目立つのは、短パン+ヘソ出しキャミソールな人たちだ。

朝は野獣→昼はヘソ出しキャミソール

朝は野獣→昼はヘソ出しキャミソール

朝は野獣→昼はヘソ出しキャミソール

おかげさまで、変化に富んだ日々を送っている。

勇気を出して、女子学生に話しかけてみた。彼女は東京の大学の「海洋生命科学部・食品生産科学科」で、大学院進学を目指してアミノ酸の研究に取り組んでいた。人を見かけで判断しちゃいけないなぁと、改めて思う。

1日6時間受ける英会話レッスンのうち、マンツーマン・レッスンが4時間。その中に「カランメソッド」のレッスンが含まれている。先生が早口で繰り出す質問に、即座に応答しなければいけない…のだが、うまく口が回らない。

M1自動小銃の連射に、ぽろりぽろりと三八式歩兵銃で対抗しているような気分になる。

たまに挟まるグループレッスンは、ちょっとだけ憩いの時間だ。クラスメートのデイジーは、美しい韓国人女性。31歳になったので、子作りのために会社を辞めて、夫と一緒にやってきたという。

「日本人は風呂上がりにコーヒー牛乳を飲むのがお約束だけど、韓国ではバナナ牛乳よ」だって。ホントかいな。

先日はクラスを2つに分けて、英語のRiddle(なぞなぞ)合戦をした。負けた班は罰ゲームに、ニワトリの真似をして踊らなくてはならない。

いい年した大人が、これ以上ないほど真剣な顔になる。

やばい、英語が上達しちゃうかも!

Cebu Philippines, March 2025


2025年3月8日

海は分かれ、道は開かれる(上海にて)

 

昼間でも氷点下、まるで冷凍庫のような信州をエスケープ!

毎冬恒例の、東南アジア周遊に出た。

今回、skyscannerで中部空港発・上海経由でラオスのビエンチャンまで、片道3万円という破格のチケットを見つけた。

まずは上海まで、上海航空という中国の民営航空で飛ぶ。切符はLCCより安いが、れっきとしたフルサービスのエアラインだ。

機内食も出れば、アルコール飲料も無料。キャビンアテンダントも、笑顔でそつのないサービス。定刻前に離陸し、定刻前に上海に到着した。

機内はとても静か。昨年乗った満席のデリー発成田行きエア・インディアはカオスだったが、上海の人たちは落ち着いている。

 上海・浦東国際空港は、空港内を無人運転の電車が走るほど巨大だ。乗り継ぎ時間は1時間足らず。悪いことに、トランジット客用のイミグレーションには長蛇の列ができている。

これは…マズいかも。乗り遅れるかも…

行列の中で交通整理をしていた強面の係官が、私のボーディングパスを一瞥して、大声で何かを叫んだ。

すると私のためだけに、魔法のように新しい窓口が開設された。

長い行列を、一瞬ですり抜ける快感。海は分かれ、道は開かれた! まるで旧約聖書の出エジプト記だ。

共産主義一党独裁の中国は、実はニッポンの入管より融通が利くのだった。

 駆け込み乗車した次のビエンチャン行きは、中国東方航空。ネットの口コミではあまり評判のよくない国営航空会社だ。

でもLCCと違って温かい食事が出るし、ガタイのいい男性客室乗務員たちが、愛想こそないが、こまめにキャビンを回って乗客の安全チェックをしていた。

そして当たり前のように、定刻に雨のビエンチャンに到着した。

 この1月、中部~台南間で乗ったバティック・エアというマレーシアのLCCは、機内サービスはほぼなし。それどころか、乗務員は機体最後尾のカーテンの奥に閉じこもり、離陸から着陸まで、ほとんど出てこなかった。

緊急事態が起きても、まったく当てにならなそう…

 中国系エアラインは以前から激安で、数年前には北京、成都経由ネパールのカトマンズまで、中国国際航空で4万9千円で往復したことがある。

機内食はいつも茶褐色で見た目はよくないが、不思議と口に合う。

という訳で、至れり尽くせりの日本的過剰サービスさえ期待しなければ、中国系エアラインは「推し」です。

China Eastern Airlines  MU283 PVG-VTE Feb 24, 2025


2025年2月27日

パリのメトロと営団地下鉄

 

去年の今ごろ、ヨーロッパを旅行していた。

まず思い出すのが、パリのメトロ車内がとんでもなくウルサかったこと。

「口から先に生まれてきた」ようなフランス人が肩を寄せ合うのだから、結果は推して知るべし。ひとり客も負けじと、ケータイでしゃべり倒す。マナーモードなんかクソ食らえだ。とにかく騒々しい。

ロンドンの二階建てバス車内も似たようなものだった。英語の他に、アフリカや南アジア系の言語が飛び交っていた。

ひと月ぶりに帰国して乗った、平日の東京・営団地下鉄。車内の誰もが黙りこくった静けさに、かえって違和感を覚えた。

同じ違和感を持った人を見つけた。米ベンチャーキャピタルFloodgate共同創業者のアン・ミウラ・コーさん。DeNA創業者で経団連副会長の南場智子さんと対談した、その一部を紹介します(日経ビジネス電子版より)。

 ・来日するたびに痛感し、正直少し怖いと感じることは、地下鉄に乗る時は家族に「静かにしなさい」と注意すること。それが日本のルール。日本には数多くのルールがあり、それを守る人が報われる社会

家族で来日し、子供を日本の小学校に通わせた知人は、子供が給食を全て食べるよう先生から指導されて驚いていた。給食を残すので母親が学校に呼ばれたそうだ

・何を食べるか、自分が何を口に入れるかはものすごくパーソナルな問題で、個人が決めるべきだ、という米国の常識とのギャップを感じていた

ルールを破るのは全てが本当に悪なのか。むしろ今までの常識を覆すきっかけと捉えたら、報いるべき場面もあるのではないか。ただ「やめろ」と止めるのではなく、どういう意図を持ってルールを破ったのかに関心を持つべき

常識に抗うことが素晴らしい起業家の出発点となっている場合が多い

偉大な起業家の多くはパターンブレイカー、前例を踏襲せずに既存のルールを破る。そこに自分の存在価値を見いだす。一方の日本ではルールを守ることが最上級に重視されている

AIの登場により何もかもが変わるクレイジーな時代だが、これは大きなチャンス。どこの国の誰であっても、次々に登場するすべてのAIツールを使いまくって何ができるか見極めるという点では同じ学習曲線に乗ることができる

・私は子供たちにAIを使うように言っている。教師が何を言おうと気にせず使うように。これは破るべき重要なルール(笑)

・すべてのツールを使ってみて、毎日使ってみて、何ができるか発見してみて。頭の中に質問が浮かんだら、クロードやチャットGPTに聞いてみて

・私は子供たちに、グーグルの検索を使わず、まずそういったAIツールを使ってみるように言っている



2025年2月20日

子育てしやすい国はどっち?

 

沖縄より南なのに、けっこう肌寒かった台南の夕暮れ時。

安食堂で肉そぼろぶっかけ麺をすすっていたら、5つあるテーブルは満席。私以外はみな、仕事帰りの女性のひとり客だった。

東南アジアは街の至る所に食堂や屋台があり、早朝から深夜まで営業している。若い世帯はみな共働きだから、平日に子連れでそういう店を利用する。

前に暮らしたバンコクでは、キッチンのない賃貸マンションもざらにあった。

翌日、ホテルで朝ごはんを食べていたら、隣のテーブルは1歳ぐらいの子を連れた夫婦。ママがゆったり食事を楽しんでいる間、パパは座る暇もないほど子どもの世話に明け暮れている。日本では見かけない風景だ。

台湾で子育て中の日本人ママにこの話をしたら、「台湾は女性が強いですからね~」といって笑っていた。

 子育てしやすい社会はどう実現したらいいのか。

企業の働き方改革を支援する「ワークライフバランス」の小室淑恵社長が具体的な提言をしていたので、一部紹介します(朝日新聞2月17日付朝刊より)。

・長時間労働社会のまま女性活躍を進めたことで、日本は女性だけでなく、男性も含めてみんなつらい社会になった

・夫婦の関係は対等だと思っていたのに、女性は子どもを産んだ瞬間から現実はそうではないと気づく。ワンオペ育児の中で夫への不信感や嫌悪感を募らせていく

・一方、男性も長時間労働や職場でのプレッシャーは強いままにもかかわらず、働く妻から家事・育児への参画を求められ、心身ともに限界がきている

・労基法で定められている残業代は、「通常賃金の1.25倍以上」。この程度だと日本の経営者は社員数をギリギリに抑えて、今いる社員に残業させた方がお得になる。日本以外の先進国は1.5倍だ

・残業ができないという理由だけで、見劣りする人材として評価を下げられてしまうという問題もある

・勤務間インターバル(1日の勤務終了後、翌日の始業までに一定の休息時間を設ける制度)は、EUでは11時間空けることが義務だ。日本は「努力義務」

11時間あれば、睡眠時間の確保だけでなく家族との時間も保障される

・勤務間インターバルを導入した企業では、優秀で長時間働ける人に集中していた仕事も他の人と分担して進めざるを得なくなり、情報共有が進んだ

・そうなれば、育児や介護などを抱えて長時間働けない人も責任ある仕事を引き受けられる。夫婦ともに仕事を辞めず、家事・育児を協力しながら、安定して家計を回せるようになる

・日本政府には、従来の枠組みにとらわれず強力に議論する場を設けてほしい

Tainan city, winter 2025


2025年2月14日

「ダブルリミテッド」

台南では、「シャングリラ台南」という五つ星ホテルに泊まった。

ウワサでは「世界で一番コスパのいいシャングリラ」。

ルームチャージは「シャングリラ東京」の5分の1。円安ニッポンから来てもなお、お財布に優しい。

大企業の社員としてブイブイ言わせていた頃、出張経費で「シャングリラ・ジャカルタ」を定宿にしていた。退社とその後の円安で、もう海外の高級ホテルには縁がないと思っていた。

再びシャングリラに、今度はポケットマネーで泊まれて嬉しい。

 ホテルのフロント係は英語を話す(ものすごい訛りがあるけど)が、ひとたび街に出て、電車やバスに乗ったり食堂に入ったりすると、周りの人が話す言葉がまったくわからない。

これって中国語? それとも台湾語? ただのひと言も、理解できない。

それが快感。 カ・イ・カ・ン!

日本で暮らしていると、周囲の言葉が全部聞き取れる。同じ日本人同士、思考回路や行動様式も読めてしまう。それがとても疲れる。言葉がまったく通じない国に、逃避したくなる。

こういう感覚、他の人にもあるのかな…?


シャングリラ台南の34階で、快適に本を読む。昨年亡くなった佐々涼子さんの著書「夜明けを待つ」(集英社)の中で、「ダブルリミテッド」という言葉に出会った。佐々さんは、作家になる前は日本語教師をしていた人だ。

一部を紹介します。

「(在住外国人の)親は生活のため朝早くから夜遅くまで働いており、会話をする機会が少ない。すると、毎日学校で日本語だけを聞いているうちに、いつの間にか親の話す言葉がわからなくなってしまう子どもたちが出てきた」

「ダブルリミテッドとは、日本語も母語も年齢相応の言語力に達していないことをいう」

「子どもが当たり前にもらうはずの『言葉』という贈り物を、なんらかの原因でもらい損ねた状態」

「子どもが母語を失うと、親と交わせる会話は簡単な挨拶と日常会話のみ。親に自分の想いが伝えられず、親の想いが子に伝わらない」

「形のない心や考えを表す言葉は、自分自身の心情を理解し、表現するのにとても大切だ。胸のあたりに心の痛みを感じた時、それに名前がつかなかったとしたらどうだろう」

「せつない、さびしい、ねたましい、こわい、いとおしい、こいしい、にくい、つらい、なつかしい…。言葉によって説明できない苦しさを胸に抱えた子どもは、心の出口を失う」

「今ではダブルリミテッドのままで育った人が、子どもを育てる年齢にさしかかっているという」 

Tainan, February 2025


2025年2月6日

末期の言葉は日本語で

 

台湾の南西部、台南という町に行った。

バティックエア・マレーシアというLCCが、名古屋から台南の隣町、高雄まで直行便を飛ばしている。4時間ほどのフライトだった。

ホテルのすぐ隣は、国立成功大学。その名を台湾の英雄、鄭成功にちなんだ名門大学だ。いま台湾を率いる民進党・頼総統の母校でもある。

日本でいえば、さしずめ京大だろうか。

大学構内はだだっ広い。しかも緑が多くて、まるで日比谷公園。街中の歩道は段差だらけ、しかも夥しい数の駐輪バイクで埋め尽くされているから、このキャンバスでのジョギングはとても気持ちいい。よそ者も出入り自由だ。

早朝のキャンバスは、お年寄りの憩いの場になっている。菩提樹の大木の下、輪になって太極拳や法輪功(?)をしたり、飼いイヌを散歩させたり。

きれいに整備された芝生のど真ん中で、大型犬がウンコしている。台湾の京大は、とても大らかだ。

調子に乗ってたくさん走ったら、力尽きた。朝ごはんの後は観光もせず、部屋で本を読む。

わざわざ台湾くんだりまで来て、それでいいのか? それでいいのだ!

kindleにダウンロードして読んだのが、「夜明けを待つ」。

「エンジェルフライト~国際霊柩送還士」や「エンド・オブ・ライフ」など、死をテーマにしたノンフィクションを書き続け、昨年56歳で亡くなった佐々涼子さんの、遺作となったエッセイ集だ。

作家になる前は日本語教師だった佐々さんが、こんな問いかけをしている。

「今でこそ日本は裕福な国だが、将来にわたってそうであるとはとても思えない。このような外国人に閉鎖的な現状では、優秀な人材はやがて日本に来なくなるだろう」

「いつか日本人だけでは介護の現場が回らなくなった時、日本語を勉強して理解してくれるような優秀な人材を日本国内に確保できているだろうか」

「将来、大量の移民を受け入れなければならないという運命を避けることはできない。とするなら、問題はいつの時点で我々は覚悟を決めるか、なのだろう」

「将来、高齢化が進んで就労人口が減った時、もしかしたら、(しも)の世話をしてくれるのも、末期の言葉を聞いてくれるのも、日本語が母国語ではない外国人かもしれない」

「今生の終わりに託す『言葉』をその人が理解してくれるかどうかは、日本語教育にかかっているのだ」

「はたして私たちは最期の言葉を日本語で伝えられるだろうか。それとも、片言の英語で最期のお別れを言うことになるのだろうか」



真夜中の避難と正常性バイアス

  名古屋のビジネスホテルの、午前4時。 突然鳴り響いた、けたたましいサイレン音に飛び起きた。 「 12 階で火災発生! すぐに避難して下さい!!」 人工音声のアナウンスが流れる。 げ… たしかこの部屋は、最上階の 14 階だ。 これは…マズいかも… ...