「はるばる長野から来られてるんですか?」
予備校の教室で、見知らぬ学生や社会人から、声を掛けられる。
「泊りがけで長野から通ってくる人がいるのよ!」
予備校窓口のオグラさんが、誰彼かまわず言いふらしているみたい。
心理系大学院受験のための予備校で、一番近かったのが名古屋。地方暮らしのつらいところだ。
でもこのぐらいの距離は、まったく苦にならない。
移動することで、かえって脳が活性化される…ような気がする。
心理学概論の講義は、ひとコマ120分。
我ながらすごい集中力で、先生の言葉をひと言も聞き漏らすまじ、と机にかじりつく。受講料、安くないし。
ところが…
私のすぐ後ろに、ガタイのいい、若い男が座るようになった。
顔もデカい。少なからず、圧迫感を感じる。
しかも、机の下からはみ出した30センチはありそうな足で、私のイスを蹴ってくる。
気が散るんだよ、このデ〇!
先日、ついにその男と言葉を交わす機会がやってきた。いよいよ決闘だ!
彼の名は、インさんという。
中国からの留学生だ。
内陸部の湖北省で日本語を学び、7年前に名古屋にやってきた。
「…インさんにとって日本語は外国語ですよね。日本語で心理学を? 大学院で研究したい? マジか」
ハルの動因低減説、アドラーの器官劣等、チョムスキーの生成文法理論、サピア・ウォーフの言語相対性仮説、コフートの双極性自己、帰納的推論と演繹的推論、丁度可知差異、般化勾配、特性不安と状態不安、論理情動療法…
私がなんとか理解しようと七転八倒するこれらの概念を、中国からきたインさんは、言葉のハンディを背負いながら勉強しているのだ。
「日本語の壁? あんまり意識したことないっすけど」と、インさん。
どんだけ優秀な人なんだ…
ゆくゆくは資格を取って心理クリニックを開き、在日外国人の心のケアをしたいという。
心理職の給料はとっても安いらしいけど…それでもいいのか?
「後ろの席のうざいデ〇」は、一瞬にして「イン様」へ。
彼を見かけるたび、その姿に後光が差す。
思わず、両手を合わせて拝んでしまう。
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Shanghai China, May 2025 |
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