2017年12月30日

サンタの弟


サンタに扮装して、子どもの家にプレゼントを配る。

 クリスマスイヴに、想像しただけでワクワクすることをしてきた。



 サンタ役はヨンタさん。フルタイムで働く会社員は仮の姿だ。

 そして私はトナカイ。ただ後ろで立っているだけ、のお気楽ポジションだ。



 いくぶん寒さが和らいだ今年のイヴ。まず住宅街の小さな教会でミサを受ける。海沿いに寺が密集するこの辺には珍しい、ギリシャ正教の教会だ。

ローソクのほのかな灯りに、十字架とイコンが浮かび上がる。おめかしして集まった子どもたちが、司祭の言葉に耳を傾ける。

すぐ外の路上で、ホームレス男性が寒そうに縮こまって寝ている。

ミサが終わり、駐車場の暗がりでサンタとトナカイに変身する。ゴソゴソ着替えているのを見て、道行くカップルが笑う。

そして、ヨンタさんの黄色いフランス車で夜の街へ。



去年のイヴも、このコンビでプレゼントを配った。サンタは日本語を話せないので、と無言で玄関先に立った。すると子どもはすっかりおびえて、固まってしまった。今回は、少し声を掛けることにした。

そして夢を壊さないよう、我々はサンタ業務を代行するサンタの弟、という設定に。

だから、ヨンタさん。

まず一軒め。チャイムを鳴らしても反応がない。かなりたってドアが開く。

現れた5歳の女の子は、寝入りばなをお母さんに起こされ、無理やり引きずってこられた様子がありあり。サンタなんかどーでもいい、という顔をしている。

教会に寄ったせいで、訪問が遅くなってしまった。

こりゃいかん、と道を急ぐ。お母さんたちはケータイで「ヨンタさん遅れてるね」「うちの子起きてられるかな」「今、我が家に来てくれたよ~」と情報交換している。

幸いいくつかの家庭で、飛び切りの笑顔を見ることができた。

あらかじめお母さんに、プレゼントを玄関先に出してもらっている。私たちはただ渡すだけなので、自分の懐が痛むことはない。

だから、いちばん楽しんだのはヨンタとトナカイだ。

「ヨンタさんのお髭にヒモがついてた」「トナカイがなんで車に乗るの?」子どもたちの鋭い指摘があった、と後で聞いた。

「トナカイはね、まだ見習いだからよ」お母さんに苦しい釈明をさせてしまう。

最後の一軒はよく知っている家族。つい口が滑った。

「スズちゃん、プレゼントもらえてよかったね」

「・・・なんでトナカイが私の名前知ってるの?」


2017年12月23日

クマ出没注意!


「私の投信がひどいことに・・・ちょっと見て頂けますか?」

 共働きの友人、Tさんの悲鳴が聞こえた。

 世界の株式市場が好調で、投資家の多くは笑顔なはず。不思議に思って、Tさんの口座を見せてもらった。

 保有するほとんどの投資信託が値上がりしている中、2年で87%も下落しているものがあった。その名は「日本株3.7ベア」。

この投信、日本株が値下がりすると、その下落率の3.7倍のスピードで値上がりするよう設計されている。株が下がると確信した時に買うファンドだ。

予想に反して株が値上がりすると、その3.7倍のスピードで落ちていく。

相場が動かなくても、保有しているだけでジリジリと値下がりする。およそ長期保有に向かない投信なのである。

Tさんは、普通の日本株ファンドと勘違いしていたようだ。

「北朝鮮の有事→日本株暴落」シナリオで持ち続け、一発逆転を狙うのもひとつの手。でもやっぱり売却をお勧めした。投資額が少なくてよかった。

 強気相場はブル(牡牛)マーケット、弱気相場はベア(熊)マーケットと呼ばれる。元本にレバレッジがかかって値動きが増幅する「ブルベア型投信」には、くれぐれも用心したい。

 Tさんは、NISA口座を日本株アクティブ型1、日本株インデックス型2、外国株インデックス型2、新興国インデックス型1、外国債券インデックス型1、国内外バランス型3、そして例の日本株ベア型、計11本の投信で運用している。

 ざっと計算すると、日本株39%、先進国株21%、新興国株7%、外国債券25%、REIT(国内外)8%の配分になる。

 全体の6割以上を株式が占める、積極的なポートフォリオは好感が持てる。

アドバイスがあるとしたら、バランス型投信の代わりに、株・債券・REITのインデックス投信を個別に買った方がコストは下がる。バランス投信に支払う年0.5~1%の手数料を、0.2%程度まで下げられるはずだ。

また、余裕資金が多いなら、債券部分を課税口座で運用し、NISA枠は全額株式で運用した方が、値上がり時の実質リターンが高くなる。

トランプ大統領が、「法人税減税」というクリスマスプレゼントをくれた。アメリカが引っ張る形で、株高はもう少し続くかも知れない。

それでも、世界の株式はすでに相当値上がりしている。5年というNISAの期限内に利益を出せるか、今後はわからない。

その点、来年から始まる「つみたてNISA」は、投資期間が20年と長い。ブルベア型投信のような危険な商品も含まれないので安心だ。

 ランダムな株価の上下に一喜一憂するのは、感情の無駄遣いだ。買った投信を放置できるTさんの性格は、長期の資産形成に向いていると思った。いつも感じるが、投資に関しては女性の方が積極的だ。

 人のポートフォリオであれこれ考えるのは、とても楽しい。

2017年12月16日

ベトナム格安航空のウェブサイト


前に買ったベトナム株ファンドが、いつの間にか半値になっている。

新興国は、経済成長が株式市場に反映されない時期がある、ということだろう。

 でも、日本語教室で接する若いベトナム人は、みな明るくて働き者。彼らを見ていると、この国の将来が楽しみになる。

 この冬は、ちょっとベトナムへ。様子を見に行こう。

航空券の検索サイトを調べると、VietJetAirという格安航空会社(LCC)が安く、便数も多い。国営ベトナム航空に次ぐ第2の規模で、JALとも提携している。最低限の信頼性はありそうだ。

さっそくVietJetAirのサイトに飛ぶ。

 日本語サイトが存在するのは意外だったが、その日本語が変だ。

「※というマークのところには必ずちゃんと記入してください」はまだかわいいが、「あなたのフライトを選んだ時に、セルフな性能を追加できる」とはどういう意味だろう。「フライトイ情報」って・・・?

 かえってわかりにくいので、英語サイトへ。そのトップページ、セール運賃の案内の隣に、パイロットの募集広告が大きく出ている。

給料は、年$95000から$120000だそうだ。

 サイトをたどって、行きたかったベトナム中部の避暑地ダラットから、タイの首都バンコクまでの直行便を見つけた。プロモーションで運賃「$0」とある。

 タダほど安いものはない。さっそく予約に取りかかる。

名前、住所、電話番号、生年月日、メールアドレス、パスポート番号、有効期限・・・次々に記入欄が現れる。

途中でケータイが鳴り、数分後にサイトに戻ってみると、まさかのタイムアウト。便の選択から、全てやり直す。

 やがて追加料金の請求が始まる。空港税、燃油サーチャージ、預け荷物代、座席指定料、機内食と水、保険料、クレジットカード使用料・・・「PMT fee」「APPS surcharge」など、意味不明の料金も加算された。

 $0が、みる間に$58になった。これがLCCのビジネスモデルだ。

 それでも、1000キロを飛ぶ1時間45分のフライトでこの料金。半日がかりで計3枚のチケットを買ったが、他の2区間はそれぞれ額面$18が最終的に$81、$8が$34になった。

日本やアメリカは、航空会社の寡占化で運賃が高止まりしている。それに比べれば、アジアの空は健全だ。去年ミャンマーを旅したが、最近まで鎖国状態だったかの国さえ、ここ数年で民間航空会社が10社以上も誕生していた。

 バンコク時代に出張で行って以来、10年ぶりのベトナム。その後の経済成長で、まるで別の国になっている気がする。

その変わりようを、この目で見るのが楽しみだ。


2017年12月9日

コーヨーさん


 白杖をつくMさんを助手席に導き、市立病院へ。
 途中、救急車が対向車線を突進してきた。この街の救急車は、とてもアグレッシブ。

サイレンを聞きながらMさんが言う。

「オレも2回ばっか救急車の世話になったらしいんだけどさ、自分ではぜんっぜん覚えてないのよ。急に記憶がなくなって、気がついたら病院のベッドで素っ裸にされてた。ハハハハハ」


 とりあえず一緒に笑う。今日は脳外科に行くらしい。



 近くのスーパーをブラブラしていて、移送ボランティアの会長に出くわす。東京にいた頃と違って、「スーパーでばったり」が簡単に起こる町だ。

「コーヨーさんが亡くなったわよ」

 会長は言い、買ったばかりのマロンパイを私の手に押しつけて出ていった。



 コーヨーさん・・・

 この春まで、何度か病院に送迎した。酸素ボンベが入った買い物カートを引きずりながらも、自分の足でしっかり歩いていたのに。

 いつもはおしゃべりな娘さんが付き添う。一度だけ、車内でコーヨーさんと2人きりになった。「珍しいお名前ですね」と言ってみた。

 帽子の下の、剃った頭には理由があった。彼女は尼僧だった。晃蓉と書く。

48で出家し京都の寺へ。修行で山野を駆け、滝に打たれたという。

「お坊さんの何が大変かって、怒りたい時に怒れないのが修行より辛いわね」

「葬式や法事より、車の安全祈願ばっかりやってた。でも息子を亡くした時だけは、自分でお経をあげたわよ」

 あの時の会話が最後になってしまった。



ついこの間話をした相手が、あっけなくこの世を去ること度々。

命の脆さに直面して、今更ながら自分のしていることが怖くなる。

重い病のこの人たちを、気安く車で運んでいいものだろうか。何の資格もないボランティアが。



ほんの時たま、わが会長も愚痴をこぼす。

「私たち、障がい者や病気の人を送迎して、ガソリン代プラスαのお金を頂くでしょ。そうすると『ボランティアなのに金を取るのか』って顔する人がいて。嫌になっちゃう」

 そう言いながらも、一期一会を大切に、かれこれ20年近く活動を続けている。

 湘南のマザーテレサである。


2017年12月2日

ハワイは楽園


 ハワイといえば、芸能人の御用達。まさか自分は行かないと思っていた。

 新聞社にいた頃の、ある日曜日。前夜は宿直で会社に泊まり、眠い目をこすりながらテレビをつける。すると、テロップが流れた。

「漁業実習船と米原潜がハワイ沖で衝突 行方不明者多数」

 たまたま数か月前に米国出張に行き、アメリカの取材ビザを持っていたのが運の尽き。そのままホノルル行き便に乗った。

 こういう時のために、パスポートは会社に置いてある。因果な商売だ。

 真冬の東京から常夏のハワイへ。着替えを買う間もなく、その後の数日間を長袖シャツとコーデュロイのパンツ、といういで立ちで過ごした。

 この事故で実習船は沈没、高校生ら9人が亡くなった。家族の到着から、米潜水艦艦長を裁く軍事法廷が始まるまで、ひと月をハワイで過ごした。

 観光シーズンたけなわで、ホテルの空き部屋探しには苦労した。ひと晩、ふた晩とホテルを泊まり歩いた。

 そのうち我がロサンゼルス支局長が、悠然と到着した。取材班に「ハレクラニ」という、妙な名前のホテルを手配してくれた。

 中庭では毎日、日本人カップルが結婚式を挙げている。ウェディングドレス姿の新婦の脇を、私はいつも撮影用の脚立を担いで駆け回っていた。

 帰国後その「ハレクラニ」が、ハワイ随一の格式を誇る高級ホテルであることが判明。何も知らずに2週間も泊まってしまった。

 ある時、他社のエースカメラマンとされる人物が、憔悴しきった遺族に向けてストロボを連射させた。撮らなくていい場面で。ニヤニヤ笑いながら。

あの時ほど、報道カメラマンという自分の職業を呪ったことはない。

殺伐とした取材現場に、時おりとても心地よい、乾いた海風が吹き抜けた。

確かにハワイは楽園だ。認めたくないけど。

TraveLife」(マガジンハウス)の著者、本田直之氏は1年の半分をハワイ、3か月を東京、2か月をヨーロッパ、1か月をオセアニア、アジアなどの国で暮らす。

 張り合うわけではないが、私も1年の7か月を湘南、3か月を信州、2か月を東南アジアで過ごしている。

 彼は会社社長。私はただのプー太郎。

 著者によれば、ハワイのエレベーターの多くには「閉」ボタンがない。「閉」ボタンがなければ、押すのを諦めざるを得ない。せっかちな日本人も、だんだんのんびりしてくるという。人の気持ちは伝染する。

「忙しくない街を旅して、人の優しさに触れよう。そして、自分自身も持っているナイスな気持ちを思い出し、ゆったりした自分を取り戻そう」同感だ。

 この冬から日本~ハワイ間にLCCが就航し、往復2万円台のキャンペーンを始めた。本当に「閉」ボタンがないか、行って確かめてこようと思う。


2017年11月25日

F先生の死


東京都内の老人ホームで、介護職員が入居者を浴槽に投げ入れ、湯を張って溺死させた。

逮捕された職員(25歳男)は、「夜中に布団を汚され、いい加減にしろと思ってやった」と供述。介護施設での事件が続くせいか、新聞の扱いは大きくない。

数日後。事件で亡くなったのが、私が高校時代に世界史を習ったF先生だったことを知る。同級生が教えてくれた。

享年84。



 2年ほど前、老人ホームのボランティアとして、介護の現場を間近に見た。

 その施設は認知症専門だった。ダイニングルームを囲んで個室が並び、入居者は20人ほど。ケアスタッフは20代が多く、食事・トイレ・入浴の介助、掃除、洗濯など、いつも忙しそう。

スタッフはシフト制で働き、夜勤ではひと晩中、ほとんど眠れないという。

 入居者に、30分で記憶がリセットされる老人がいた。身支度をしてスタッフを呼び止めては、「俺はこれから家に帰る。車を呼んでくれ。住所は〇市〇町〇丁目〇番地」と言う。そのたびに、スタッフに諫められる。そんな情景が、エンドレステープのように繰り返された。

 一見平和そうに暮らしている女性たちも、廊下ですれ違いざま、杖をつき合わせて大げんか。隙あらば玄関から出て行こうとする人もいる。目を離せない。

 スタッフの離職率は高く、1年ほどの間にホーム長はじめ、賄いのおばちゃん、事務のお姉さん、介護スタッフらがごっそり入れ替わった。



介護職員は全国的に、月10回以上の夜勤が常態化(「月刊医療労働」より)。それでいて、彼らの月収は全産業平均より10万円少ない(厚労省調べ)。

その結果、介護現場はいつも人手不足だ。

ある老人ホームでは、70人の入居者にヘルパーは3~4人。朝食に間に合わせるために、午前3時から着替え介助が始まる。食事の介助も順番待ちとなり、窮屈な車いすに座ったまま3時間も放置される(社会健康学者・河合薫の聞き取り調査より)。



私が属する移送ボランティアの利用者に、ある高齢男性がいた。週3回、老人ホームで暮らす奥さんを見舞う。ホームへの毎月の支払いが大変だと言い、真剣な顔で「ミヤサカ君、最後はカネだよ」と忠告してくれた。

最後はカネか。

でもホーム代さえ用意できれば、それで安心かというと・・・

終の棲家となるはずの老人ホームで、スタッフも入居者たちも追い詰められている。

先生の死は、決して偶発的な事件ではないと思った。



2017年11月18日

縮小ニッポンの衝撃


 移送ボランティアで、Kさんという男性を自宅に迎えに行った。

 海の近くの老人ホームまで、入所している奥さんに会いに行くという。

「いつも帰り際、私も連れて帰ってと泣かれてね」

 ある時、Kさんの行き先が病院に変わった。

 奥さんが脱水症状で入院したらしい。食べられなくなり、水も飲まないという。

 車中でKさん、堰を切ったように話し出した。

「明日は胃ろうの手術なんだけどね、まだ本人に言ってないんだ」「延命治療はしないで、と前に言われたんだけど」「このまま妻が干からびていくのは、見るに忍びなくて・・・」「息子も同意したんでね」

「でも本当の問題はこのあとだ」「前に入院した時、処置が終わったら早く退院して欲しいと言われた」「果たして、あの状態の妻を受け入れてくれる施設があるだろうか」

 話に気を取られて、曲がるべき交差点を直進してしまった。

 やっと病院に着くと、足の悪いKさん、杖にすがってヨタヨタ歩いていく。

「入り口に車いすがあるから便利だよ」

「車いすに乗りますか? 押しましょうか?」

「いやいい、自分で押す」

 空の車いすを押しながら、病棟に入っていく。その方が、杖より安定するのだろうか。でも後ろ姿が危なっかしい。



「縮小ニッポンの衝撃」NHKスペシャル取材班 講談社現代新書

 最新の国勢調査で、日本の人口が初めて減少に転じたことが確認された。私たちはいま、歴史の大きな節目に立っている。

 そして同書によると、東京オリンピック後の2025年には、東京圏でも人口減少が始まる。しかも人口は高齢化していて、75歳以上の3分の1が東京に集中する。

その結果、介護施設に入ることができない「待機老人」、医療機関の受け入れが困難になる「医療難民」が劇的に増加するという。

 さらに、東京では一人暮らし世帯が全体の47%を占める。身寄りのない高齢者がいったん入院してしまうと、退院した後に自宅での一人暮らしを続けることが難しくなる現実がある。

「これから7~8年という短期間に、解決困難な問題が一気に顕在化すると、社会保障の専門家や医療関係者は指摘している」(本文より)



 最近、Kさんからの送迎予約がばったり途絶えた。肝臓を壊して、奥さんとは別の病院に入院したという。今だに連絡がない。


2017年11月11日

時間どろぼう


 生活保護の子が通う無料塾で。

「あのね、ソロバン教室に通うの。近所のA教室と、遠いけど月謝が安いB教室、どっちがいい?」カンナちゃん(小5、仮名)が唐突に聞く。

「そんなのわからないよ。見学してカンナちゃんが気に入った方にしたら?」

「うんじゃあそうする」

 彼女はひと頃、学校で「離婚っ子」と言われていじめられた。少しでも異質なものを排除の対象にするのは、大人社会のマネか。

 でも本当は気が強い。ボランティアのおじさん(私)を平気で蹴飛ばす。

 数週間後。

「で、ソロバン教室どっちにしたの?」

「・・・ねえねえが予備校に行くことになったから、カンナは我慢する」



「なんとかする」子どもの貧困・・・湯浅誠 角川新書

「お金がない。つながりがない。自信がない。これを貧困と言う」。そして日本の子どもの貧困率は、7人に1人。 

著者は、子どもの貧困は理解されにくいという。特に高齢男性。「昔の方が大変だった」「大学に進学できない?自分は中卒で働いた」という。そして、この人たちが地方議員や自治会長など、社会で力を持っているから厄介だ。

 確かに途上国のストリートチルドレンや、栄養失調で腹が膨れたアフリカの子のような「わかりやすい」貧困ではない。でも、親の経済力によって子どもの希望が奪われている現実は、見るに忍びない。

 本書によると、子どもの貧困対策の、民間の2本柱が「子ども食堂」と「無料塾」だ。親が不在がちなひとり親家庭の子らに、居場所を提供している。

「子どもにはかまってもらう時間が必要だ。話しかけたり、耳を傾けたり」「一緒に過ごす時間の中で、子どもたちの中に何かが溜まっていく」「そしてある時、溢れる」「その時、子どもたちは何かやってみたい、と言い出してみたり、急に勉強し始めたりする」

自立には、依存が必要なのだ。

 著者は問う。子どもたちは「かまってもらう時間」を必要としている。「では、大人たちにその時間はあるのか?」



著者の湯浅氏とは、取材で2度会った。2度めは自宅に伺った。もし反貧困活動家が豪邸に住んでたら・・・道中、不安だった。

 内閣参与(当時)で大学教授なのに、手すりが錆びたアパートの一室で、奥さんとネコと暮らしていた。



2017年11月4日

催涙ガスの町


 テレビの旅番組で、アメリカ・シアトルが映っている。

 青い空と白銀のレーニア山。公園の芝生で散策する家族連れ。活気ある魚市場。カップルが憩う街角のカフェ。見とれるほど美しい。

でも私の中のシアトルは、銃声と硝煙の町だ。



「シアトルでWTO閣僚会議がありますが、来ますか? 会議取材は退屈でしょうが、デモ隊が生卵を投げるかも」

 出張でアメリカ東部にいた私に、経済部のA記者からメールが入る。

底冷えする晩秋のワシントンD.C.やボストンでの企画取材に、正直飽きていた。そこに、陽光あふれる西海岸からのお誘い。迷わず飛びついた。

 大陸横断の夜行フライトでシアトルへ。会議場周辺は、「大企業は途上国を搾取するな」と主張する反グローバル化のNGOや環境保護団体に占拠されていた。ウミガメの着ぐるみなど被り、まるでお祭り騒ぎだ。

 のんびりデモ行進について歩く。すると何時ごろだったか、にわかに雰囲気が変わった。デモの先頭が、警官隊と衝突したようだ。

怒号が聞こえる方を目指して進むと、参加者たちが一目散に走って逃げてきた。続いて発砲音が交錯し、まわりが褐色の煙に包まれた。

硫黄臭を感じたと同時に、マスタードとワサビを混ぜたような強烈な刺激が、目と鼻と口に突き刺さる。たまらずその場にうずくまった。

催涙ガス弾だ。

息ができない・・・苦しい・・・痛くて目も開けられない

しばらくして煙が薄れた。ハンカチで口を覆い、必死でその場を離れた。涙目の視界の中で、警官が若者の手足を4人がかりでつかみ、乱暴に引きずっていく。

ふと気がつくと、デモ隊も地元メディアの記者も、みな防毒マスクを被っている。日曜日の日比谷公園で行われる官製デモしか知らない日本人カメラマンひとり、丸腰で立ち往生だ。

やっとの思いで、プレスセンターがあるウェスティン・ホテルにたどり着く。エアコンが効いた部屋にはA記者が陣取り、ほんの数百メートル先で起きていることを、のんびりテレビ中継で見ている。

暴動はさらに激化し、シアトル市長の要請で州兵が展開、非常事態宣言と夜間外出禁止令が出された。暴徒化したデモ隊が、ナイキやGAP、スターバックスなどのグローバル企業を襲い、ガラスを打ち破って商品を略奪した。逮捕者400人余。

これは本当に「世界一豊かで自由な国」アメリカで起きているのか。わが目を疑った。まるで市街戦。次のアメリカ出張には防毒マスクが必要だ。

と、思っていたら、その後9・11同時テロが起きた。

9・11後のアメリカを思えば、あの日の出来事も、古きよき時代の1シーンだったようだ。

2017年10月28日

自信が確信に変わる時


「ミヤサカさんみたいな人を記事にしたい。ミヤサカさんで何回も連載が書けるけど、元同業者を取り上げるのはNG。だから、知り合いで似たような人いませんか?」新聞記者をしている友だちに聞かれた。

 不肖、この私でも新聞記事になるの? かなりうれしい。

でも、私に似た人ってどんな人だろう。

思い当たるのは、会社を早期退職してフリーカメラマンになった人、東南アジアをウロウロしている人、翻訳家に転身した人、改めて学校に通い始めた人・・・

知っているのは、あいにく皆、元同業者たちだ。

退職後に移り住んだ町で、私は子どもやお年寄り、女性たちとボランティア活動でつながることができている。でもそこには、見事に中年男性の姿だけがない。みな会社に行っていて、それどころではないようだ。

私の山登り友だちは、20代30代でサラリーマン生活に見切りをつけて、けっこう自由に暮らしている。でも彼らは時代の先を行きすぎていて、記事にできないかも知れない。

会社を辞めようと思った数年前、身近にロールモデルとなるような人がいなくて困った。早期退職した人のその後を知りたくて、ネット書店や図書館を巡ったが、ほとんど収穫がなかった。

その点アメリカは、とうの昔に終身雇用が崩壊し、突然のレイオフで転身を迫られる社会だ。ポートフォリオワーカー、チャンクワーカー、ライフスタイルワーカーといった言葉もあり、複線的なキャリアを送る人の本が何冊も出ている。

ネットで取り寄せて、英語と格闘しながら1ページ1ページ読み進んだ。いま思い出すと、とてもワクワクする時間だった。

気がつけば、私の毎日から通勤時間がなくなって3年。投資家を生業にする自信がついてきた。

いや、ボストン・レッドソックス時代の松坂大輔投手の言葉を借りれば、

「自信が確信に変わった」

 地方都市でぜいたくしなければ、夫婦2人のベーシックインカムは十分に賄える。今後、市場は再び暴落するだろうが、その時は回復するまで2~3年、有給の仕事を増やせばいい話だ。


 それにしても、周りに同類がいない。孤独だ。


ぜひ似たような人を探し出して、記事にして欲しいと友だちに頼んだ。

先日、早期退職した同世代の友人が、ミャンマー全州を7か月かけてバイクで踏破し、帰国した。旅先で日本人に会うと、必ず「これからどうするの?」と心配され、欧米人には全員に「おめでとう!君みたいになりたいよ!」と祝福されたそうだ。

 この対照的な反応は、ひとえに雇用の流動性の差だ。会社に雇われない人、こだわらない人が増えれば、日本はずっと居心地がよくなる。


2017年10月21日

言ってはいけない


 雨の中を送迎ボランティア。今日のおばあちゃん(89)は、胃がんと直腸がんで人工肛門。この前補聴器を買い替えて、大枚36万円払った。

「トシ取ると色々お金がかかるねえ」

 ところが新しい補聴器でも、やっぱり会話は一方通行。大声を出しても通じないもどかしさは、以前と変わらない。

 でもそれは言えなかった。



「言ってはいけない~残酷すぎる真実」 橘玲著

 本当に人間は平等で、努力は報われて、見た目は大した問題ではないのか?最新の進化論、遺伝学、脳科学から明らかになったのは・・・



容姿による収入格差はある(経済学者ハマーメッシュの研究)

 美人は平凡な女性より8%収入が多く、不美人は4%少ない。大卒サラリーマンの生涯賃金3億円に当てはめると、「美醜格差」は3600万円。

 さらに、容姿の劣る男性は平均的な男性より13%も収入が少ない。女性より格差が大きいのは、雇用主が暴力的な外見の若者を警戒し排除するから。



写真から未来がわかる(心理学者ハーテンステインの研究)

 卒業写真であまり笑っていなかった男女の離婚率は、満面の笑みの卒業生の5倍。

いっぽう、写真で判別できないのは「誠実さ」「穏やかさ」「政治的見解」。爽やかな笑顔の学生が外向的なのは想像がつくが、その笑顔は必ずしも誠実さという内面をそのまま表しているわけではない。



子どもの人格や能力、才能の形成に、親はほとんど関係ない(心理学者ハリスの研究)

 親から子への遺伝率は、音楽的才能が92%、執筆83%、数学87%、スポーツ85%など。発達障害(自閉症、ADHD)も80~87%が遺伝。遺伝の影響がきわめて大きい。

 親が辛うじて教えることができるのは言語(親の母語)だけ。それ以外に親の影響が見られるのは、アルコール依存症と喫煙。

 そうかといって、親は無力だというのは間違い。親が与える環境(友だち関係)が、子どもの人生に決定的な影響を及ぼす。だから親の一番の役割は、子どもの持っている才能の芽を摘まないような環境を与えること。

 ちなみに女性の政治家、科学者に女子校出身が多いのは、共学と違って校内で「バカでかわいい女」を演じる必要がないから、だそうだ。


2017年10月13日

マクドナルドで健康長寿


 あなたはバークシャー・ハザウェイを知っていますか?

 アメリカ中西部の会社だが、モノを作って売ったりはしていない。

その代わりコカコーラ、アメリカン・エキスプレスなどの株を大量に保有する「世界最大の持ち株会社」だ。

「オマハの賢人」ウォーレン・バフェットが会長を務める。副会長は弁護士出身のチャーリー・マンガー。2人は田舎の小さな繊維会社を時価総額3500億ドル、従業員30万人の企業に育て上げた。

いつもバフェットの陰に隠れがちなマンガーの本が邦訳された。投資に関する本だが、彼の人生論も随所で語られている。マンガーのような、並外れた胆力を持つ投資家になりたい。ページをめくってヒントを求めた。

「私の経験から言えることだが、いつも考え続け、本を読み続けていれば、働く必要はない」

 これは投資家という彼の職業に限ったことか、普遍的な真理なのだろうか。マンガーは毎日、新聞3紙と600ページの読書をするという。

「あらゆる電子デバイスを持ち、いくつものことを同時にしようとするこの世代は、ひたすら読むことに集中してきた(私や)バフェットほどには成功しないだろうと確信している」

 電子デバイスで「論語」や「ソクラテスの弁明」を読む人も、中にはいるだろう。でも日本の近郊電車で、人がスマホで見るのは、たいていゲームかSNSだ。

 新聞や本は、値段がつく程度に情報が編集されている。玉石混交のネット情報より、よほど時間効率がいい。わかっていても、手の届くところに電子デバイスがあると、ついそちらを見てしまう。

継続的かつ熱心に読み、考える。この積み重ねが、投資における複利効果のように、知識を雪だるま式に増やしていく。卒寿を過ぎたマンガーの実感だろう。


「私は食べたいものを食べる。健康に気を遣うことはない。したくもない運動をすることもない」

バフェット87歳。マンガー94歳。2人とも超がつく大富豪だが、依然としてマクドナルドのハンバーガーやコーラを好む。

そして、3度のメシより企業の財務諸表を読むのが大好き。

脂肪の塊を食べ、黒い砂糖水を飲んでなお、頭脳明晰であり続けるふたりの後期高齢者。バークシャーの企業価値は、2000年以降だけでも3倍になった。「好きなことをする」のが健康長寿のカギであることは明らかだ。

日々栄養バランスや添加物を気にするのは、凡庸な投資家の証。少しでもマンガーに近づくために、まずは不摂生から始めよう。



2017年10月7日

旅する投資家のモラトリアムな日々


火曜日 移送ボランティアで車いすのおじいさんを病院に送る

 車載リフトで障がい者を車いすごと乗せる福祉車両、彼らにとっての乗り心地は最悪。振動が直接、車いす越しに伝わる。元気な人でも、長時間乗れば病気になりそう。

 路面のいい幹線国道を選んで走り、マンホールを踏まないように蛇行し、目地段差では徐行する。

助手席に座る付き添いの娘さんと、後部座席の奥さんの会話。

「せっかく長生きしても、お父さんみたいになっちゃーねえ」

「ホント!」

 バックミラー越しに、認知症だというおじいさんを窺う。うつらうつら、目を半分閉じて、口は半分開いている。



木曜夜 隣町の公民館で、生活保護の子どもたちの学習支援

 この日担当した、小5のトウマくん(仮名)とは初対面。小学生は遊ぶべきと信じて、宿題に取り組む彼の邪魔ばかりしていた。

 生活保護世帯は母子家庭が多い。我々ボランティアに、彼らの家庭環境は知らされない。でも「去年お父さんが死んだ」、トウマくんが唐突に話し始めた。

「おばあちゃんと一緒に寝てた」「サイレンの音で起きたら、お母さんがお父さんに心臓マッサージしてる所だった」「救急車と、消防車も来た」「そうそう、そのシンキンコーソクってやつ」

 彼は10歳にして大変な経験をした。人に話せるということは、彼なりにその体験を消化しつつあるのだろう。



金曜夜 山岳部の後輩メイコさんと都内の中華料理屋へ

 去年、まだ学生だった彼女とネパール・アンナプルナ山群を一緒に歩いた。ゆっくり会うのは久しぶりだ。卒業後は、サービス付き高齢者住宅スタッフ、小学校の発達障害児支援員として働きながら、養護学校教師を目指している。

「小学1年生ぐらいだと、ほとんどの子がある意味『おかしい』。普通の子と障がいがある子、と分ける必要はないと思います」

 言われてみれば、自分にも自閉症の気がある。ADHDも病名ができる前は、多くの「活発で落ち着きのない子たち」だった。

世の中、白と黒ではくくれない。グラデーションだ。

 メイコさんは、本人のいない所で「天使」と呼ばれている。介護・福祉分野で働く人特有の、柔らかい物腰。マスコミには、ときどき猛獣のような女性記者がいた(失礼!でもホントです)。業界によって雰囲気が全く違う。

 天使でも猛獣でも、なりたい自分になれれば、それが一番・・・?!


2017年9月30日

イチローは理想の上司?


 日経ビジネスオンラインで、働き方に関するライフネット生命創業者・出口治明氏のインタビューを読んだ。とても共感できる内容で、会社で働いていた頃を思い出した。

「上に立つ人間は、元気で明るく楽しい顔をしていなければなりません」「上司が元気で明るく楽しそうにしていれば、職場は楽しくなるんですよ。楽しくなれば、みんながんばるんです」「暗い顔や怖い顔をしている上司は、どんどんクビにして行けばいいんです」

 私が25年のサラリーマン生活で仕えた10人の部長は、みな怖い顔をしていた。局長や社長や会長がとびきり怖い顔をした人たちなので、「上司は怖くあるべき」という刷り込みがあったのかも知れない。

 プレッシャーがきつい立場に同情はする。だが、「部下の能力を発揮させて成果を上げる」という彼ら本来の役割からいえば、逆効果だった。ミスを恐れて縮こまるムードが、職場に蔓延した。

「プレーヤーとマネージャーは違います。例えば高校野球で言いますと、昔はエース4番がキャプテンも兼ねていたんです。でも今は、補欠でもキャプテンをやっている選手がいっぱいいます」「みんなをまとめるのがうまい人がキャプテンをやる方がいい。マネージャーは150キロの球を投げなくても、ホームランを打たなくてもいいんです」「そもそも、プレーヤーからマネージャーにするという考え方自体が間違っています。役職は偉さでなく、機能と考えなければ」

 前の会社では、部長席にはふかふかのクッションと高い背もたれ、立派な肘掛けがついていた。そういう会社側の仕掛けが、部長たちを「役職は機能ではなく偉さである」と勘違いさせていたかも知れない。

「マネージャーとして大切なのは、部下の話をよく聞かなければならないということです」「そういう話を講演会でした時、手を挙げた人が「私もそう思ってこの10年来、ほぼ毎日飲みニケーションをやっています」と言ったんです」「すごく申し訳なかったんですけど、僕は「あなたは今すぐ管理職を辞めるべきです」と言ったんです。部下が教義によって飲酒が禁じられているイスラム教徒だったり、お酒が飲めない体質の人だったらどうするのか。グローバル企業だったら絶対に許されないことです」「そもそも、コミュニケーションは退社後ではなく、勤務時間内にやるべきです」

 我が部長たちは、就任すると必ず部下を飲みに連れ出した。「年間360日、夜は家に帰らない」ことが自慢の人もいた。私はなぜか、1度も誘われなかった。「絶対に行きたくない」という気持ちが、つい顔に出てしまったか。

 恒例の「理想の上司ランキング」で、今年もイチローが1位だった。稀代の名選手も、マネジメントができるかどうかは別の話。個人的には、出口氏のような人が理想の上司だ。


2017年9月23日

3GBの宇宙


「ロケットマン」がミサイルを発射した朝も、信州にいた。

 標高1500メートルの森を散歩していたら、下から町内放送が聞こえてきた。「北朝鮮・・・ミサイル・・・」

 いま避難しろと言われても、点在する山荘の軒先を借りるくらいだ。

構わず歩き続けた。

 数日前の朝もミサイルが放たれた。森の家のダイニングで妻のケータイが鳴る。目覚ましのアラーム音?起きてきた妻がケータイを開き、1時間後にJアラートだったと知る。

なぜ自分のケータイは鳴らない。不公平に思っていたら機内モードだった。鳴らないはずだ。

でもJアラートが有効なのは、国民全員分の核シェルターがある時だけ。下手に都会で鳴ればパニックだ。対処できない警報をもらっても仕方ないから、ケータイは機内モードにしておこう。どうせ電話かかってこないし。

この夏もテレビ・ラジオなしで暮らした。情報源は、ひと月3GBでデータ契約したタブレットと、毎朝届く新聞のみ。

 3GBでフェイスブックを開いたりグーグル検索したりブログをアップしたりしたら、半月でなくなった。その後は数日おきに、歩いて森のwi-fiエリアに通っていた。特に支障はなかった。

 秋になって街に下り、今はふたたびwi-fiつなぎ放題。テレビもあって便利は便利。でも、いささか情報過多。情報に振り回される自分がいる。

私が最低限の生活費を得ている「パッシブ運用による国際分散投資」では、日々の株価変動は、本質的価値とは何の関係もない単なる雑音だ。でもテレビをつけると、定時のニュースで株価や為替が速報される。

つい見てしまう。そして、無駄に心が揺らぐ。

タブレットのトップ画面をニュースサイトに設定している。でも日々報じられる政治家の発言、外国の選挙、地震など、ほとんど自分でコントロールできない点では雑音のようなもの。北朝鮮のミサイル発射も、雑音。

雑音を聞くために日々を過ごしている。

SNSは、常にネットにつながれた環境では、友人知人との距離が密になりすぎる。たまに覗くぐらいがちょうどいい。

この春、深夜に着いた中国の空港。やっとネットにつながったのに、グーグルやフェイスブックが開けない。検索ができなければもメールも読めない。あの時は心細かった。当局がブロックしているのだ。



自らを情報社会から遠ざけたいが、それを政府が勝手に行う社会は怖い。

「テレビがない森の中+ネット3GB」「人の会話が理解できない外国+政府が干渉しないネット環境」。こういう場所に身を置きたい。


2017年9月16日

カルーアミルク


 湖畔のポカラ食堂に団体予約が入り、ふたたび手伝いに行った。

 アカシアが黄金に色づき、店には暖房が入っている。

「いらっしゃいませ!」現れたのは、今夜も台湾の学生さんたちだ。

ひとりが「〇▲×ミルク、クダサイ」と言った。ミルク?酒やジュースならあるが、牛乳は。断る前に、念のためメニューを確認した。

カクテルのページに「カルーアミルク」とある。

 店主のタイキさんに注文を伝える。彼の手元を見ていると、コーヒーリキュールを冷たい牛乳で割っている。この世にこんな飲みものがあったとは。

 男子が頼んだカルーアミルクを、女子たちが味見。そして、「カルーアミルク下さい」「カルーアミルク」「私も」

 あっという間に10杯売れた。思わぬ展開にタイキさんも笑顔。前回は女子がジュースしか飲まず、赤字だったのだ。

うっかり「牛乳はない」と断らなくてよかった。

宴もたけなわ、みんな楽しそう。私が学生の頃は「イッキ飲み」最盛期で、先輩に酒を強要された。いまだにアルコールが苦手で、旅行でイスラム教国に行くとホッとする。物理的に酒がない世界は気持ちいい。

社会人になり、パキスタンに出張した。治安が悪いため、現地支局長のSさんは、妻と小さな娘を残して単身赴任していた。鉄格子で囲まれた支局に籠城しながら原稿を書く姿には、鬼気迫るものがあった。

 そして彼は、アフガニスタンにも毎月のように入っていた。かの地は、さらに治安が悪い。見上げた記者魂だと思った。

 ある時、アフガン取材に同行した。出発前から、妙に彼の表情が明るい。「いや、アフガンはパキスタンより酒が手に入りやすいんです」。

女性がブルカで顔を隠すアフガン。イスラムの戒律がとても厳しい国だ。そんな国でも酒の在り方を探り当ててしまう、鋭い酒飲みの嗅覚。

 アフガンに着いたSさん喜々として、外国人が飲んだくれているレストランに出かけていく。私もついて行ったが、いかにもイスラム過激派の標的になりそうな場所だ。

 と、思っていたら案の定。後日、そのレストランに自爆テロ犯が突っ込み、多くの死傷者が出た。

 そこまで危険を冒して・・・

見上げた酒飲み魂だ。

 大学を出てかなりたち、子どものような世代の学生たちと酒席を共にした。酒を勧められた彼ら彼女らは、「私は未成年ですから」。堂々とジュースを注文していた。

いい時代になった。

霧の白樺湖


2017年9月9日

クライマー村の人々


 八ヶ岳の麓に、山登りが好きで都会から移り住んだ人たちのコミュニティーがある。

 我が森の家から、村をひとつ挟んだ隣町。車で1時間ほどの近さだ。

ソバの花とコスモスが競演する秋の日、コミュニティーで暮らす夫婦に会うことができた。近くの古民家カフェで話を聞いた。

 最近結婚した2人は、ともに30代。夫はこの夏、友人とヒマラヤへ行き、40日かけて6000メートル峰の垂直な岩壁を初登攀した。

 帰国後すぐ、国が主催する登山研修の講師として北アルプス剣岳へ。テレビ局から依頼を受けて、国内外の険しい山で撮影をこなすこともあるという。

妻は旅行会社勤務の後、フリーのツアーコンダクターに。この夏はお客さんを連れて、コーカサスやドロミテ、カムチャツカの山を案内した。

八ヶ岳山麓の自宅に戻れば、野菜作りに精を出す。今年はトマトが食べきれないほど採れた。

そして、来月は夫婦でヨセミテへ。岩壁の下にテントを張り、クライミング三昧の日々を送る予定だ。

好きな山に住み、好きな山登りで収入を得て、好きな時を休日にして山に登る。ふたりは、そんな暮らしを実現させている。

もちろん病気やケガに見舞われれば、収入がなくなる厳しさはある。その時は一方が生計を担うのだろう。コミュニティー内でも、お互い仕事を融通し合っている。山岳ガイドで生計を立てている仲間が多い。

不安定なようで、あんがい安定して見える。

小さな仕事をつないで暮らすのは、地方ではそれほど難しくない。私も最近わかってきた。東京で暮らしていた頃は想像もできなかったが、こちらで人とつながっていると、口コミで仕事が降ってくる。

都会のサラリーマンが収入をひとつの組織に依存するのと、どちらが安定しているか。一概には言えないと思う。

あるいは、賃金の高い東京で「自分の意思で」長時間労働する時期と、地方で家庭生活を大事にする時期を選べれば、なおいい。

物質的なぜいたくの代わりに、水や空気、食べものの新鮮さ、時間的なゆとりを優先する。そんな価値観を持つ人には、彼らの生き方が参考になる。

ふたりの友人はこの秋、小学生のわが子を人に預けて、海外の山登りに発つ。好きなことを優先する親を見て、子はどう思うだろう。

一時は寂しい思いをしても、「子どものために」我慢して長時間労働する、ストレスだらけの親の元にいるよりは幸せなはずだ。


「この国には何でもあるが、希望だけがない」(作家の村上龍)

もっと大人が好きなことを大切にして、笑顔になる。その笑顔を子どもに見せることが、この国の希望を作っていくことなのだと思う。


肉食女子

わが母校は、伝統的に女子がキラキラ輝いて、男子が冴えない大学。 現在の山岳部も、 12 人の部員を束ねる主将は ナナコさんだ。 でも山岳部の場合、キャンパスを風を切って歩く「民放局アナ志望女子」たちとは、輝きっぷりが異なる。 今年大学を卒業して八ヶ岳の麓に就職したマソ...