2017年11月4日

催涙ガスの町


 テレビの旅番組で、アメリカ・シアトルが映っている。

 青い空と白銀のレーニア山。公園の芝生で散策する家族連れ。活気ある魚市場。カップルが憩う街角のカフェ。見とれるほど美しい。

でも私の中のシアトルは、銃声と硝煙の町だ。



「シアトルでWTO閣僚会議がありますが、来ますか? 会議取材は退屈でしょうが、デモ隊が生卵を投げるかも」

 出張でアメリカ東部にいた私に、経済部のA記者からメールが入る。

底冷えする晩秋のワシントンD.C.やボストンでの企画取材に、正直飽きていた。そこに、陽光あふれる西海岸からのお誘い。迷わず飛びついた。

 大陸横断の夜行フライトでシアトルへ。会議場周辺は、「大企業は途上国を搾取するな」と主張する反グローバル化のNGOや環境保護団体に占拠されていた。ウミガメの着ぐるみなど被り、まるでお祭り騒ぎだ。

 のんびりデモ行進について歩く。すると何時ごろだったか、にわかに雰囲気が変わった。デモの先頭が、警官隊と衝突したようだ。

怒号が聞こえる方を目指して進むと、参加者たちが一目散に走って逃げてきた。続いて発砲音が交錯し、まわりが褐色の煙に包まれた。

硫黄臭を感じたと同時に、マスタードとワサビを混ぜたような強烈な刺激が、目と鼻と口に突き刺さる。たまらずその場にうずくまった。

催涙ガス弾だ。

息ができない・・・苦しい・・・痛くて目も開けられない

しばらくして煙が薄れた。ハンカチで口を覆い、必死でその場を離れた。涙目の視界の中で、警官が若者の手足を4人がかりでつかみ、乱暴に引きずっていく。

ふと気がつくと、デモ隊も地元メディアの記者も、みな防毒マスクを被っている。日曜日の日比谷公園で行われる官製デモしか知らない日本人カメラマンひとり、丸腰で立ち往生だ。

やっとの思いで、プレスセンターがあるウェスティン・ホテルにたどり着く。エアコンが効いた部屋にはA記者が陣取り、ほんの数百メートル先で起きていることを、のんびりテレビ中継で見ている。

暴動はさらに激化し、シアトル市長の要請で州兵が展開、非常事態宣言と夜間外出禁止令が出された。暴徒化したデモ隊が、ナイキやGAP、スターバックスなどのグローバル企業を襲い、ガラスを打ち破って商品を略奪した。逮捕者400人余。

これは本当に「世界一豊かで自由な国」アメリカで起きているのか。わが目を疑った。まるで市街戦。次のアメリカ出張には防毒マスクが必要だ。

と、思っていたら、その後9・11同時テロが起きた。

9・11後のアメリカを思えば、あの日の出来事も、古きよき時代の1シーンだったようだ。

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