2023年5月6日

究極の選択

 

世界最高峰エベレストがそびえ、多様な民族が暮らす美しい国、ネパール。

でもアジアの最貧国ゆえに、旅をしていて大変なことも多い。

登山を終えた我がR大学山岳部は、次なる目標「アンナプルナ山群トレッキング」のために、カトマンズからポカラへ向かった。

日本でいえば、東京~大阪のような幹線道路だ。

ところが! この200キロ足らずのバス移動に、10時間かかったのである。

国土の大半が山岳地帯ゆえ、道がクネクネ曲がっているのは仕方ない。

今回はそれに加えて、断続的に、全線にわたって工事中だった。道路の至る所が掘り返されていて、乗ったインド製バスは尋常でなく揺れた。

横転するのではと思うほどバスが傾き、網棚に載せた私のザックが降ってくる。窓のすき間から入ってくる砂ぼこりが、車内に充満する。

その後のトレッキングでは、初日から高熱を出す人、下痢や嘔吐に苦しむ人が続出。2日目に全員でポカラに引き返すことになってしまった。

出発前夜、みんなで屋台の怪しげなパニプリ(ピンポン玉大の揚げ玉の中にポテトが入ったネパール風スナック)に群がったのも、悪かった。

でも原因の9割は、内臓を前後左右上下にシャッフルされ続けた、あの悪夢のバス旅に違いない。

さて、問題はポカラからの帰りだ。

飛行機を使えば、ポカラ~カトマンズ間はたったの25分。でもこの路線で2か月ほど前、乗員乗客71人全員が死亡する墜落事故が起きている。

ネパールに入り浸っている登山家兼取材コーディネーターのヌキタさん曰く、「統計的にこの区間は、飛行機が落ちるより、バスと一緒に崖から落ちて死ぬ確率の方が高い。空路の方がまだマシ」

ピオレドール賞クライマーのケンロウさんにも聞いてみた。

「ぼくが予約したポカラ行きの飛行機が、天候不良で欠航に。急きょジープをチャーターしたら、途中でタイミングベルトが切れて立ち往生。最後はトラックをヒッチハイクして、真夜中にたどり着きました」

私自身はこれまで、アフガニスタン航空やアフガン民営カム航空、イラン民営マハン航空など、世界中の危ない航空会社に乗って、生き延びてきた。

もう半世紀も生きたし、たまに落ちる航空会社を使うことに何の躊躇もない。

でもZ世代の山岳部員は、安全コンシャスだ。ネパールに来る際も、私が勧めたネパール航空の直行便を「安全性に問題がある」といって却下。わざわざ行きは香港経由、帰りはスリランカ経由便を選んだ人たちだ。

試しに、2年生のあい先輩を誘ってみた。

「帰りも10時間バスに揺られる? それとも、落ちたばかりのイエティ航空に乗って、空からヒマラヤを眺めながら25分で帰る?」

「ミヤサカさんと一緒に飛行機で帰ります!」

即座に、返事が返ってきた。

よっぽどバスに懲りたようですね。

Way to Kathmandu


2023年4月15日

ヒマラヤでもスマホ

 

 ネパールのバス旅は、とにかく面白い。

 左の窓には谷底から尾根上まで、「耕して天に至る」段々畑が広がる。

 右の窓からは、ネワール族、タマン族、グルン族、チベット系諸民族など、色鮮やかな民族衣装の人々で賑わう市場が見える。

 そして峠に登れば、はるか彼方に雪をまとって現れる、ヒマラヤの峰々。

 ダイナミックに移り変わる景色から、目が離せない。

 ああ、それなのに。

 わが山岳部期待の新人、DJモトは、最新型iPhoneを大容量バッテリーにつないで、その小さな画面から一時も目を離さない。

 外界からの情報をシャットアウトして、ず~っと下を向いたままだ。

いったい、この人とは会話が成り立つのだろうか。最初は不安だった。

でも身長182センチ、山岳部とDJサークルを兼部する異色の19歳は、さりげなく私のザックを持ってくれる、実は気配りの人なのである。

そして、歩いている時以外、いや時には歩いている時も、常に顔面から20センチに位置するiPhoneで、彼が何を見ているかというと…

ソロクライマー山野井泰史の「垂直の記憶」kindle版を読んで唸っていたり、山岳気象専門家・猪熊隆之氏の著書で、せっせと勉強していたりするのだ。

よっ!現代版・二宮金次郎!

…褒めすぎか。


 他の部員も例外なく、スマホ視聴時間は私の10倍長い。ヒマラヤ山中、とっくに電波が届かない場所でも、スマホばかり見ている。

 でも、例えばヨコ(2年・男)は、8000m峰14座を6か月でスピード登頂したネパール人登山家、ニルマル・プルジャ氏のドキュメンタリー映画をダウンロードして、繰り返し見ていたりする。

 嬉しいじゃないですか!


「ミヤサカさん、ぼくのお父さんと同い年だ」と、マサ(2年)がいう。

 でも世代が違っても、山登りという共通の趣味でつながれることに、感謝。

 

 国営ネパールテレコムのsimを入れたDJモトのスマホは、たまに下界とつながった。だから、みんな電波乞食をしていた。

「いまDJモトから電波を借りてる」。ナナコちゃん(1年)が千葉のお母さんにLINEすると、「モト君、電波塔持ってるの?」と返信が。

お母さん! さすが私と同世代。

そのナナコちゃんの目標は、「英語を勉強して国際山岳ガイドになること」。あい先輩(2年・女)の目撃談によると、ナナコちゃんは自分の部屋にテントを建てて、その中で寝ているそうだ。

Rolwaling valley, Nepal 2023


登山家たちとの遭遇

大学山岳部のあい先輩(2年生)と、ネパール中部ポカラのホテルで朝ごはんを食べていた時。

突然、大きな撮影機材を抱えた日本人の一団が、ドヤドヤと入ってきた。

アンナプルナ山中、セティコーラ源頭3900mのベースキャンプからヘリコプターで降り立った、「天国じじい」ことヌキタさんの一行だ。

小さい頃はテレビっ子だったあい先輩は、「地球の果てまでイッテQ!」も欠かさず見ていた。テレビを見ない私に、ヌキタさんがなぜ「天国じじい」と呼ばれるに至ったかを熱弁している最中だった。

ヌキタさんを見つけた彼女の眼が、一瞬でハート型になる。

テレビに出ると、女性にもてるんだなぁ。

私にとってのヌキタさんは、天国じじいなどではない。エベレスト登山がまだ大事業だった頃、たった2人でエベレストに挑んだ憧れの登山家だ。

登頂の喜びもつかの間、下山中にパートナーが滑落してしまう。栄光と悲劇の一部始終が書かれた「二人のチョモランマ」は、今でも私のバイブルだ。

ヌキタさんとは、富士山頂で一緒に高山病研究のモルモットになって以来だから、14年ぶりの再会だった。

翌日、ヌキタさんと朝食を食べてからカトマンズに飛んだ。その日の午後、2012年のダウラギリ峰登山で一緒だったケンロウさんに会うことができた。

NHK「グレートヒマラヤトレイル」で、よくテレビに出てくるケンロウさん。童顔とのんびりした関西弁からは想像もできないが、シスパーレ北東壁とラカポシ南壁の初登攀で、ピオレドール賞2度受賞のスーパークライマーだ。

山岳部のナナコちゃんがケンロウさんの大ファンなので、サインをもらった。

テレビに出ると、女性にもてるんだなぁ。

ダウラギリでテントを並べたから知ってるけど、ケンロウさんといえば、寝言やらイビキやら歯ぎしりやら、やたら夜中に擬音の多い人。

でも、ナナコちゃんには言わないでおこう。

さらにこの日は、8000m峰14座を日本人として初めて登ったタケウチさんも同じホテルに泊まっていて、11年ぶりに会うことができた。

これでハットトリック達成⁈ 日本にいたらあり得ない1日だった。

そして翌日は、マカルー東稜登山隊で一緒だったSドクターと焼肉を食べる。マカルーは95年だから、実に28年ぶりの再会だ。南極越冬隊にも参加した「スーパー辺境女医」Sさんはいま、在ネパール日本大使館の医務官をしている。

山岳部2年のマサが、「28年ぶりですか…ぼく、まだ生まれてない」

そういえば、こんなこともあった。ベースキャンプへの旅に途中まで同行してくれたシェルパのパサンさんが突然、「あなたとは会ったことがある」。

彼が見せてくれた「京都大学梅里雪山登山隊」の集合写真に、確かに私と彼が隣同士に写っている。こちらも27年ぶりの再会となった。

セピア色に変色した写真をのぞき込んだマサが、「ぼくまだ生まれてない…」

いちいちウルサイよ!

パサンさんは、エベレストに登頂すること14度名シェルパになっていた。 

Rolwaling Valley, Nepal


2023年4月14日

Z世代のジェンダー感覚

 

ネパールの首都カトマンズから、9時間バスに揺られて車道の終点へ。

ここからいよいよ、ベースキャンプまで1週間の徒歩旅行が始まる。

その夜のこと。

村のロッジに着くと、3人部屋を3つ、当てがわれた。

「じゃー、ミヤサカさんはこっち」

マソラさん(3年・女)に招き入れられたのは…なんと、女子2人との相部屋だ。

こう見えて、私は「男女七歳にして席を同じうせず」の国の末裔である。

丁重にお断りした。

そっちがよくても、こっちはよくないのだ。

 

R大学山岳部の8人(1922歳)と行動を共にして、いちばん驚いたのは、男女相部屋を全く気にしないこと。

カトマンズのホテルでも、ひなびた山村のロッジでも、そして登山中のテントでも、常に男女が混ぜこぜ。

しかもその日その日で、相部屋になるメンバーが、ランダムに入れ替わる。

登山後に戻ったカトマンズでは、ホテル側の都合で部屋がツインルームばかり。それでも、男女が混ぜこぜに寝ていた。

男同士、女同士で寝た方が、よっぽど気楽でいいと思う。

でも彼らは、そうは思わないらしい。

「いつも同じ人と一緒だと、話すことがなくなる」

そう言って、学年や性別に関係なく、部屋割は毎日シャッフルされた。

 

徒歩旅行も8日目、いよいよ標高4800mのベースキャンプ予定地に着く。雪の上を平らにして、2つの黄色いテントを立てた。

そして男子4人、女子4人が、それぞれ分かれてテントへ。

…という期待むなしく、当然のように、ここでも男女が混ぜこぜ。

もう逃げ場はない。

初めて妻以外の女性と…テントを共にしてしまった。


この高度では、酸素が平地の半分強。トイレを探して物陰に行くだけで息が切れ、エアマットに息を吹き込むと、頭がずきずき痛んだ。

しかも、かれこれ10日も風呂に入ってない。頭が猛烈にかゆい。

男女七歳にして…? 

どうでもいいや。この際。

Are you really Himalayan climbers?


2023年4月6日

Z世代は不潔に強い…?

 

 R大学山岳部のヒマラヤ登山隊に、ひとりOBとして参加した。

 私の職場、S病院緩和ケア病棟は、余命宣告を受けた患者さんばかり。

だから、1922歳の超健康な8人と過ごした一か月は、とても新鮮だった。

 

 ネパールの首都カトマンズに着き、さっそく登山隊の宿を訪ねる。未明に別の飛行機で到着した彼らは、4つの2段ベッド以外は見事に何もない部屋で、ゴロゴロしていた。

 キンポン、マサ、ヨコ、DJモト、なっちゃん、マソラさん、あい先輩、ナナコちゃん。

 互いにファーストネームやニックネームで呼び合う、Z世代の男子4人、女子4人である。

それにしても、ずいぶんな安宿だ。トイレをのぞくと、便器のすぐ横にシャワーがあり、仕切りも何もない。

1泊500円だという。

エージェントとの打ち合わせや、固定ロープとガスボンベを買い揃えるため、カトマンズに3泊した。町は未舗装の砂利道に車とバイクがひしめき、1日歩くと体じゅう、ほこりと排ガスにまみれる。鼻の中は真っ黒だ。

宿に帰ったらすぐシャワーを浴びないと、気が狂いそうになった。

ところが…

「シャワーを使うと、トイレがビチョビチョになる」

 と言って、彼らは誰ひとり、シャワーを浴びようとしない。

 マジですか。

「去年の夏山合宿で2週間半、風呂に入らなくても平気だったので」

 というのが、彼らの言い分だが…

そんなこと、自信にしていいのだろうか。

 私はもう少しまともなホテルを予約して、毎晩シャワーにありついていた。彼らほどは、不潔に強くないので。

 その後、カトマンズからベースキャンプまでの1週間、泊まり歩いた山村の簡素な宿に、シャワーはなかった。登山中はもちろん、雪上のテント生活だ。

結局、日本を発ってから連続〇〇日間、彼らは風呂なしで過ごした。

それでも…

私は1日ヒゲを剃り忘れただけでむさ苦しくなるのに、彼らは何日たっても小ぎれいなまま。

慣らし運転を終えた新車のような、輝きを保っていた。


みなぎる生命力は、不潔をも隠す。

Ramdung Peak, Nepal


2023年3月9日

世界はついに開かれた、かな?

 ヒマラヤ登山隊に参加することになり、病院にひと月の休暇をもらう。

 勤務最終日、医師や看護師に出発のあいさつ。みんな笑顔で送り出してくれたが、看護師長の眼が笑ってない。

 でも、1週間に患者さんが何人も亡くなるこの病棟で働いていると、

「死ぬときになって後悔したくない。やりたいことは、今やっておきたい」

 という気持ちが、抑えられなくなるのだ。

 マルヤマ師長、どうかお目こぼしを…

 

 海外は1年ぶり。去年は、英会話を学ぼうとフィリピンに渡った。

 コロナ禍が一段落した時期だったが、日本出国にはワクチン証明とPCR検査の陰性証明が必要。フィリピン入国では、感染で入院した場合の費用をカバーする保険と、予約済の復路航空券もいる。

 到着したマニラ空港では、迷彩服の兵士がものものしく警戒する中、書類を審査するブースの長い行列に並んだ。

 肝心の英会話学校は、すべて臨時休校中!そもそも、公立小中学校さえ休校していて、街から子どもの姿が消えている。

 電車に乗れば、2両ごとに配置された警備員が車内を巡回し、「鼻マスク」姿の乗客を注意して回る。

 結局、毎日ホテルの部屋に籠ってオンライン英会話を習った。

今回、成田空港のチェックインと出国審査は、平時と変わらないスムーズさ。バンコク経由で乗ったタイ航空とライオン・エアの客室乗務員は、マスクを着けている。目元を強調するメイクのせいか、女性CAの美しさがさらに際立つ。

乗客は、欧米人を中心にノーマスクが目立ったが、お咎めなし。警察官さえ呼びかねない一時期のピリピリした雰囲気は、まったくない。

到着したカトマンズ空港では、ワクチン証明を求められるも、けっこういい加減。友人が証明を出すのに手間取っていたら、係官に「いいから行け!」と言われたらしい。

市内は以前と変わらず、未舗装の砂利道をクルマと人と各種哺乳類が入り乱れて、それぞれの目的地に急ぐ。砂ぼこりと排ガスが充満していて、ふだんは忘れがちな私でさえ、率先してマスクを着用!

登山専門旅行社に行くと、所属の登山ガイドはほぼ全員、エベレスト方面に出かけていた。コロナが明けて、3年ぶりに登山者が殺到しているという。

ネパール全土に及んだロックダウンで、一時は3か月も自宅に軟禁されたという、旅行社のプラビン社長。

 わが登山隊の経費、〇万ドルの札束を手渡すと、えびす顔を隠さなかった。

 

Lumpini Park, Bangkok


2023年3月4日

孤高のナース

 

 就職以来、健康診断を受けてないことが、看護部長にバレた。

 しぶしぶ検診センターに予約を入れ、渡された問診票に目を通す。

「採血を自分たちでやる場合は、容器を取りに来て下さい」

「その血は直接、検査科に出すこと」

 採血を自分たちでやる場合? すげぇ。この職場ならではだ。

 午後1時半からの検診が終わるまで、食事はお預け。でも日勤ナースに頼んで先に採血を済ませれば、ランチにありつける。誰にお願いしようかな。

 捕らぬ狸の皮算用をしていた矢先に、509号室のOさんが亡くなった。

 

 ひと月前、まだ辛うじて食べられた頃のOさんに、ラーメンの出前を頼まれた。最上階のレストランに行き、660円の塩ラーメンをお盆に乗せ、片手に掲げて病棟へ。鼻歌交じりにドアを開けようとした、その時だ。

 ラーメンが音もなく、傾いたお盆の上を滑っていく。そのまま床に落下!

 覆ラーメン、盆に返らず。

 散乱した麺を手づかみでお盆に戻しているところを、通りがかった医師に目撃される。ダッシュで取って返して、ラーメンを作り直してもらった。

 

 そのOさんの湯灌とエンジェルメイクを担当したのは、いつも口数少ない孤高のナース、メグミさんだ。お風呂に入れ、ご家族が用意したかわいい浴衣を着せて、顔にメイクを施していく。眉間のしわも、指で丁寧に伸ばす。

闘病でやつれたOさんの目鼻立ちが整い、肌に潤いがよみがえっていく様は、魔法を見ているようだった。

妻がリンパ浮腫に苦しんでいた2年前、緩和ケアの夜勤ナースだったメグミさんは、勤務後に私服姿で一般病棟の妻を訪れ、ケアを施してくれた。

彼女はリンパ浮腫の専門家でもあるのだ。

そのうち妻の腕がさらに腫れて、パジャマの袖が通らなくなった。すると彼女は休みの日に街に出て、LLサイズのパジャマを探してきてくれた。

いよいよ妻の病気が進行し、一般病棟から緩和ケアに移った夜。

「夜中にナースコールを押すのを、絶対に遠慮しないで。寂しいだけでも、すぐに呼んでね」 

 メグミさんにこう言われたと、妻はうれしそうだった。

そして今、メイクの手を休めず、顔を背けたままメグミさんが言う。

「ミヤサカさんの奥さん、夜中に言ってました。スプーンしか持てなくなった右手を使って、もう一度お蕎麦が食べたいって」

 長年にわたる夜勤生活のせいか、メグミさんは心身のバランスを崩して、しばらく休職していた。そして結局、今月いっぱいで退職することに。

「ひと足先に辞めた親友ナースのMちゃんと、小さな洋菓子店を開くんです」

 姉御肌でちょっと怖いメグミさんの、柔らかい笑顔を初めて見た。



快適すぎるインド旅行

  大学院入学を控えたこの春、卒業旅行と称して南インドを旅した。 旧フランス領のポンディシェリ、旧ポルトガル領コーチン、同ゴアなど「インドの中の西洋」を巡り、1日3 食、朝からカレーを食べ続ける旅。 この辺りのカレーは「ケララカレー」といって、ココナツベースで甘みがある。...