2015年2月15日

ピンチ脱出


 切羽詰まった事情で、入国管理局(イミグレ)に出頭した。

 タクシーでドムアン空港近くのイミグレに向かう。首都高では4回も料金を取られ、おまけに渋滞で1時間以上かかる。政府庁舎の広大な敷地内に入ってから、イミグレのある一角にたどり着くまでもひと苦労。書類に記入し、順番待ちの番号をもらって待合室に入ると、すでにたくさんの人が席を埋めている。

日本人はノービザで30日間、タイにいられる。最初の滞在がひと月になったときは隣国カンボジアに出て、また戻ってきた。2度目のタイ滞在もはや一か月。今回はイミグレで延長手続きをすることにした。万一認められないと、来週からは不法滞在者になってしまう。

 制度はひんぱんに変更され、ノービザで30日の滞在延長が認められるようになったのはつい最近だ。もしかしたらまた変わっているかも知れず、不安だ。

小部屋に通され、パスポートとコピー、顔写真を揃えて入管職員の女性に提出する。「顔写真が若すぎる、もっと最近のものを」と、正しい指摘をされて差し替える。手数料1900バーツを払うと、「名前を呼ぶまで近くで待っていて下さい」と言われる。なんとか不法滞在という最悪の事態は免れたようだ。

でもここからが長かった。申請はどんどん受理するが、パスポートの返却は遅々として進んでいない。正午になると昼食休憩に入り、すべての業務がストップする。1日仕事になるのを覚悟した。

暇つぶしがてら見ていると、イミグレで働いている職員は女性が多い。書類をめくる手は止めないが、同僚と楽しげに話しながらのゆったりした仕事ぶり。人を待たせている件については、あまり考えないようだ。少し急いで、とお願いしたくなるが仕方ない。競争原理のないお役所仕事なんて、どこの国でも似たようなものだ。職場に笑顔があるのがうらやましい。赤いベストを着た若い訓練生だけが、忙しそうに机の間を飛び回っている。

1時間以上待って、ようやく自分の名前が呼ばれる。無事にタイ出国期限が延長されたパスポートを手にすることができた。

地元紙によると去年は、タイを訪れる日本人と、日本を訪れるタイ人の数が拮抗したという。タイ航空に勤める知人の話でも、最近は日本人よりタイ人乗客が多いフライトがあるという。以前は考えられなかったことだ。日本が2年前、タイ人へのビザを観光に限って免除して以来、状況が一変した。

それまで長い間、タイ人の来日にはビザが必須で、しかも日本人の保証人まで必要だった。不法就労が問題化した時期があったとはいえ、日本もひどい差別をしていたものだ。私のタイ赴任が決まった10年前、在京タイ大使館が渡航前日までビザを発給してくれず、冷や汗をかいた。これはタイ人にビザを出さない日本への報復の意味もあったらしい。

将来、日タイの経済力が逆転し、今度は私が不法就労を疑われる日が来るかもしれない。

2015年2月11日

ブタが大好き


 タイ語学校に行き始めた。

 BTSでふた駅の通学。なにしろ1日24時間が自由時間なので、用事が出来るとなんだか真人間に戻った気になる。

 2畳ほどの個室で、清楚な女の先生に個人レッスンを受けている。タイ語は発音が難しく、先生に苦笑されながら2時間もがき苦しむ。 

以前タイ人に、「あなたはタイ語がうまい」と言われた。ところが、バンコクに住んだことがあるとわかった途端に、彼の態度が一変。3年もいてそれしか話せないのか、という憐みの視線が痛いほど突き刺さった。以来、過去は決して明かさず、一介の旅行者を装い続けている。

欧米人には、何年滞在しようが決して現地の言葉を覚えようとせず、英語一本で押し通す人も多い。それと比べれば、意欲だけでも買って欲しいと思う。

これでもバンコク駐在時代、赴任してしばらくはタイ語学校に通った。暑い日の午後、そっと会社を抜け出して、さまざまな年齢の外国人と一緒に教壇を囲んだ。

とてもユニークな授業で、先生がペアになって交わすタイ語会話を、生徒はただ聞くだけ。

「赤ん坊は、周囲の大人たちの言葉を聞いて、ある日突然話せるようになる。それが語学習得の自然な摂理」
 と入学案内にある。初めの800時間を受講するまで、生徒は決してタイ語を口にしてはいけない。毎日2時間としても3年かかる。一言もタイ語を話さないうちに、帰任の日が来てしまいそうだった。

ある日、小林克也に似た50代の先生が、「チョープ」(好き)という言葉をテーマに話をしてくれた。

彼はタイ東北地方の出身。実家近くでブタ70頭を飼っていて、生まれた時からブタ小屋のにおいの中でご飯を食べていたという。

先生が5歳の時、そのブタ小屋が撤去されてしまった。とたんに彼はご飯を受け付けなくなり、みるみるやせ細っていった。

困り果てた父親は一計を案じ、茶碗に盛ったご飯を手にした彼をバイクに乗せて、10キロ離れた別のブタ小屋に連れて行った。ブタの体臭と糞尿が混じった懐かしいにおいを嗅いだとたん、先生の食欲が復活。そばにしゃがみこんで、もりもりとご飯を食べ始めたそうな。

食事のたびに父親のバイクでブタ小屋に通う日々は、彼が10歳になるまで続いたという。

授業が終わると、教室中に大きな拍手がわき起こった。

その後、出張が続いて授業から足が遠のいた。「チョープ」以外のタイ語は何も覚えていない。その学校も、いつの間にか建物ごとなくなってしまった。
 
 
白いワンピースを着た今の先生の大好物は、「ココイチのブタしゃぶカレー」だそうだ。そんなメニュー、あったっけ。



2015年2月8日

ユートピア


 バンコク東部の新興住宅街オンヌットに引っ越してきた。専有面積200~300㎡もある豪華マンションが目立つトンロー以西のスクムビットと違って、この辺はワンルームや1LDKといった間取りの、主にタイの若夫婦向けコンドミニアムが次々に建てられている。BTS駅直結の巨大スーパーはリラックスした服装のタイ人でにぎわい、これまでより一段とローカル色が強い。

私たちが借りた7階の部屋からは、正面に高速道路が見える。夜、流れる車の赤いテールランプが美しい都会的な眺めだが、明け方、周辺で飼っているニワトリのけたたましい鳴き声で起こされた。ここは建物が何棟もある大きなコンドミニアムで、一部が日割り家賃で貸し出されている。トイレのドアが閉まらなくて修理を頼んだり、シャワーの温水が出にくかったりと、やや安普請のよう。こういった点は、実際に泊まってみないと外からではわからない。

日本を発ってからこの部屋で11か所め。バンコク市内だけでも6か所を転々としている。将来、住まいを一か所に定めて数か月単位で暮らすことを考えて、今回は候補地の住み心地を確認しながら回っている。今までのところ、バンコク中心部から少し離れた、静かな環境にあるタウンハウスが好みだが、自然豊かなチェンマイもいい。一方でこの辺も比較的家賃が安く、予算的に好ましい。どこも一長一短あり、結論が出るまでもう少しかかりそうだ。

先日、同時期に早期退職した会社の同僚が、バンコクに遊びに来てくれた。ゴーゴーバーが軒を連ねるナナに泊まっていると聞いた妻がひと言「・・・目的が明白」。でも手ごろな宿がナナにあっただけで、私と同様、彼も夜遊びには全く興味がないという。

 昨年夏、私は退職願の書き方がわからず、安直にもグーグル検索でトップに出た書式をコピペして上司に手渡した(一応、敬意を表して肉筆で)。彼もまったく同じことをしたらしく、一字一句違わない2つの退職願を見比べた上司が
「お前ら、グルだろう!」
「いえ、ググっただけです」

 それはともかく、彼は会社員時代も何回かバンコクを訪れているが、その頃は数日で飽きたという。ところが今回バンコクを訪れてみて、早くも次回、次々回のタイ訪問を、それももっと長期でと考え始めている。会社を辞めて環境を変えた彼にとって、タイの空気がこれまでと違って感じられたとしたら面白い。
 それどころか、彼はこの滞在中、毎日タイ料理のガパオ(豚ひき肉バジル炒めごはん)を食べ続け、まったく飽きることがなかったらしい。まあそのうち飽きる日がくるのは私が保証する。
 
 これからも、自由な生き方を好む友人たちと、タイでの時間を共有することができたらいいなと思う。



2015年2月4日

ターボメーター


 そのタクシーが走り始めてすぐ、異変に気がついた。

 スワンナプーム空港を出てものの数分で、早くもメーターが100バーツに届こうとしている。

 これは・・・メーターを改造した悪質タクシーか。

乗り込んだ時に車内がタバコ臭く、メーターを布で見にくくしてあるので、嫌な感じはあった。運転手の人相が悪いのは毎度のことなので、それだけで判断するのは難しい。助手席から様子を伺うが、彼は特に変わった様子もなく、平然としている。

 バンコクのタクシーとは長い付き合いになる。これまで遠回りをされたり、メーターを倒さずに走って、目的地に着いてからとんでもない料金を請求されたり、メーターを覆い隠す布をどかすと初めから回っていたり、すごいスピード狂だったり、とにかく色々あった。居眠りができる日本のタクシーとは全く別物だ。

 そもそも乗る時からして難易度が高い。手を上げて空車を止めるところまでは万国共通だが、助手席のドアを開け、行き先を告げて運転手が首を縦に振るのを待たなければいけない。私の場合、なぜか乗車拒否に会うことが日常茶飯事。近すぎるとか遠すぎるとか、メシの時間だとか子供を迎えに行くとか、運転手にもいろいろ事情があるのだとは思う。でもなぜか、妻が交渉すると一発でOKする。彼女に言わせれば私は「笑顔が足りない」のだそうだ。そんなこと言われても・・・いままでの経験で初めから警戒心があるうえに、繰り返し乗車拒否されると、暑さと焦りでどんどん表情がこわばる。

 以前ベトナムのハノイで乗ったタクシーも、走り始めた途端、メーターがものすごい勢いで回り始めた。その時は、100メートルほど走ったところで赤信号につかまったので、さっさと降りて別のタクシーを探した。だが今回は高速道路上で、しかも後部座席に女性3人を乗せている。乗車中に不正を指摘して、逆切れされたら大変だ。

 難しい局面にぶつかった時ほど、人生を楽しもう、人生を楽しもうと心がけている。この時も、そう心がけようとしたが、無理だった。

1時間後、川沿いのアパートに着いた時のメーターは550バーツ(約2000円)。

普通は200~300バーツのはずだ。大きいミニバン型タクシーだったので、割高なのかも知れないが、それでも2倍はしないだろう。

 以前はケンカしていたが、最近はつい相手の立場を考えてしまう。バンコクのタクシーは、初乗りが100円そこそこ。混沌きわまる路上を30分走っても、メーターは1000円もいかない。いくら何でも安すぎやしないか。会社に車両のレンタル料を払い、ガソリン代を払ったら、彼らの手元にはいくら残るのだろうか。

現地の物価に慣れると550バーツは大金だが、円換算してしまえば、目くじら立てるほどでもない。何も言わずに払った。

2015年2月1日

ミニスカートの美容室


 日本を出てひと月半が過ぎた。

 日に焼け、服もこちらで買ったりしているので、先日はタイ人にタイ語で道を聞かれた。ちょっと嬉しい。

 この際、髪もタイスタイルにしてみようか。

 以前、1000円カットの「QBハウス」がバンコクのBTS駅に進出しているのを見た。こちらでは100バーツ(約370円)という価格設定で、いつか試してみようと思っていたら、今回は見かけない。日本ではインパクトがあったが、こちらでは街角の床屋さんも100バーツ以下なので、競争に負けてしまったのだろうか。

 地元の床屋で万が一、変な頭にされても、もう同僚から笑いものにされたり、業務に支障を来たしたりすることはない。これからは、どんなヘアスタイルにしようが自由の身だ。

 でも結局、日本人の扱いに慣れている理容室をネットで探してしまった。

 店に入ると、スタッフのお化粧が濃いのにたじろぐ。おまけに、理容室にありえないスカートの短さだ。駐在時代に行きつけだった店は、スタッフがそこらの屋台のおばちゃん風だったのに・・・。今回、歓楽街タニヤのど真ん中にある店を選んでしまったのを後悔した。

 この上なく丁寧なシャンプーとヘアカットののち、軽く肩と背中を揉まれて・・・無事解放された。心配は杞憂に終わった。客に無用な緊張を強いるファッションはやめて頂きたい。

私は人に体を触られるのが大の苦手だ。30年来、タイマッサージの誘惑からも逃げ回っている。理容業の方々も、できれば私の首から下は触らないでほしい。

でも日本で受ける歯石除去だけは快楽だ。歯科衛生士は女性が多い。間近に迫る息遣いを通して、彼女たちの並々ならない集中力が、目を閉じていても伝わってくる。しばしば痛みを伴い、口中が血だらけになったりもするが、歯周病が防げて長生きもできる。健保も効く。

タイの理容室では、シャンプー担当の人にチップを忘れずに、とネットにある。全く気付かず、屋台のおばちゃん風スタッフには3年間あげなかった。帰りがけ、真っ赤な口紅のシャンプー担当に40バーツ渡すと、びっくりした顔をされた。ここは日本人が多いので、チップの習慣がないのだろうか。店を出てから悩む。

アパートに戻ってプールで泳ぐ。働きに出ている住人も多いので、平日は閑散としている。今日も貸し切り状態だ。

結局、肩が凝ったわりには、変わり映えのしない頭になって帰ってきた。一度はドレッドヘアにしてみたかったが、もう髪の毛が足りない。

プールに浮かんで空を見ながら考えた。自由ってなんだろう。


2015年1月28日

路上観察業


 今週は通称「バンコクの青山通り」こと、ランスアン通りのサービスアパートに泊まっている。14階の部屋は2ベッドルームにダイニング、ソファ、ライティングデスクがあり、バスルームも2つ。こんなぜいたくが出来るのは、予約していた小さめの部屋を、受付の女性がアップグレードしてくれたからだ。33階の屋上にはプールもあり、発展を続ける都心を一望できる。

 早朝ジョギング中に、マンション建設現場に入っていくトラックの荷台で、作業員がハンモックに揺られながら寝ているのを見かけた。走行中の荷台は風通しも良く、適度に揺れてさぞ気持ちがいいだろう。この上なく優雅な出勤方法だ。

 車のタイヤを3本頭からかぶり、おなかに巻いてバイクで走っているおじさんを見かけた。どこかに届ける途中だろうか、これも東京の青山通りでは見かけない風景だ。タイヤを3本バイクで届けてくれと言われたら、確かにこの方法しかない。それに、もし車とぶつかって跳ね飛ばされても、タイヤと一緒にコロコロ転がって、多少目は回るが無傷で済む。日本では道交法違反に問われるのだろうか。むしろ一石二鳥の良いアイデアだと思う。

 大学生が集うおしゃれなスターバックスの店先で、農家のおばちゃんがヤシの実を売っている。もぎたてのヤシの実をトラックで運んできて穴をあけ、ストローを差して1個20バーツ(約75円)。スタバのトールラテは日本と変わらない値段なので、その5分の1だ。見ていると、通りがかりのお金持ちにもよく売れている。スタバの零細株主である私としては、やや気が気でない。どこかほかの場所で商売してくれないかな・・・

 角のローソンでは、おにぎりや焼き魚弁当、おでんといった日本のコンビニおなじみの品のほかに、石焼き芋まで売っていた。この暑い国で石焼き芋が売れるのだろうかと思っていると、若い女性が買っていった。この店は両方の通りに面して入り口があるため、歩行者の「冷房の効いた近道」代わりにされている。何も買わずに店内を通過していく人が引きも切らないが、店員は何も言わない。株主ではないので私も何も言わない。

 ランスアン通りの両側は再開発の最中で、建設現場だらけ。今は空き地になっている場所も、そのうち工事が始まりそうだ。数年後には全く別の街に変貌するだろう。

相次ぐ政変で、経済が停滞していると報じられるタイ。だが、バンコクやチェンマイは訪れるたびにどこかしら変わっていて、飽きることがない。なんとなく緩い空気を保ちながら、発展途上の国特有のエネルギーと無秩序さで、前に進んでいる。現状維持が精いっぱいに見える日本にいるより、ここに身を置いているだけで気持ちが軽くなるような気がする。

問題は、この街で何をするかだ。

 世の中に、路上観察業、という職があればいいのにと思う。

2015年1月25日

労働許可証ありません


 タイにはリタイアメントビザというありがたい制度があり、50歳になると同時に長期滞在が可能になる。

 私がなぜこのタイミングで会社を辞めたかがばれてしまう。

 ところがこの制度には条件がいくつかある。ひとつは「タイの銀行口座に80万バーツ(約300万円)以上の預金残高があること」だ。だがこの条件をクリアするためタイの銀行に行くと、「労働許可証のない人は口座を作れません」と言って追い返される。

 普通、リタイアメントビザを取る人はリタイアした人なのでは?

 労働許可証と言われても・・・

 バンコクの旅行代理店で、雑談でこの件を愚痴ると「知り合いの仲介業者を紹介できます」「この仲介業者は入国管理局に強力なコネがあるので、銀行口座がなくても確実にビザが取れます」「ついては代行手数料○万バーツです」とのことだった。

 さすが、融通無碍なタイ!お金さえ払えばどうにでもなるらしい。

 賄賂が必要な場面に出会った時、その国が嫌いになってしまう人もいるだろう。私は大好きだ。

とはいえ、その○万バーツが惜しい。ネットには「○○銀行××支店では労働許可証なしでも口座が開けた」「先月は開けなかった」など色々書いてある。情報を総合すると、銀行口座を開設できるかどうかはいくつかの銀行の、特定の支店の、その時の担当者次第ということらしい。これは手間がかかりそうだ。

先日チェンマイで、銀行口座開設にトライした。向かうはバンコク銀行ニマンヘミン支店。女性行員に英語で「口座開設したい」と告げパスポートを渡すと、「ワークパーミットは?」と恐怖の問いかけが。「実は観光ビザしか持っていません」「でも大好きなチェンマイに移り住みたい」「そのために貴行に口座を開き、日本からお金を送る必要があります」と必死に説明する。

 行員が奥に引っ込む。上司の判断を仰いでいるようだ。ひと月前、バンコクのカシコン銀行でにべもなく断られた経験が頭をよぎる。その時は妻の友人(現地在住)に「パスポートと一緒に札束を差し出せば」と言われ、1ドル札30枚の両端を100ドル札で挟んだものをちらつかせた。何の効果もなかった。

彼女が戻ってきた。「運転免許証は?」想定外の質問だ。「・・・持っていません」絶体絶命。

 ところがその後、言われるままにデポジットを渡し、日本とタイの住所と電話番号を記入、10回ぐらいあちこちにサインして20分後。あっけなくバンコク銀行の青い通帳と、VISAデビット付キャッシュカードを手にすることができた。

 何が幸いしたかわからない。とりあえず、第一関門を突破したようだ。
チェンマイ市内フードコートの午後6時

快適すぎるインド旅行

  大学院入学を控えたこの春、卒業旅行と称して南インドを旅した。 旧フランス領のポンディシェリ、旧ポルトガル領コーチン、同ゴアなど「インドの中の西洋」を巡り、1日3 食、朝からカレーを食べ続ける旅。 この辺りのカレーは「ケララカレー」といって、ココナツベースで甘みがある。...