切羽詰まった事情で、入国管理局(イミグレ)に出頭した。
タクシーでドムアン空港近くのイミグレに向かう。首都高では4回も料金を取られ、おまけに渋滞で1時間以上かかる。政府庁舎の広大な敷地内に入ってから、イミグレのある一角にたどり着くまでもひと苦労。書類に記入し、順番待ちの番号をもらって待合室に入ると、すでにたくさんの人が席を埋めている。
日本人はノービザで30日間、タイにいられる。最初の滞在がひと月になったときは隣国カンボジアに出て、また戻ってきた。2度目のタイ滞在もはや一か月。今回はイミグレで延長手続きをすることにした。万一認められないと、来週からは不法滞在者になってしまう。
制度はひんぱんに変更され、ノービザで30日の滞在延長が認められるようになったのはつい最近だ。もしかしたらまた変わっているかも知れず、不安だ。
小部屋に通され、パスポートとコピー、顔写真を揃えて入管職員の女性に提出する。「顔写真が若すぎる、もっと最近のものを」と、正しい指摘をされて差し替える。手数料1900バーツを払うと、「名前を呼ぶまで近くで待っていて下さい」と言われる。なんとか不法滞在という最悪の事態は免れたようだ。
でもここからが長かった。申請はどんどん受理するが、パスポートの返却は遅々として進んでいない。正午になると昼食休憩に入り、すべての業務がストップする。1日仕事になるのを覚悟した。
暇つぶしがてら見ていると、イミグレで働いている職員は女性が多い。書類をめくる手は止めないが、同僚と楽しげに話しながらのゆったりした仕事ぶり。人を待たせている件については、あまり考えないようだ。少し急いで、とお願いしたくなるが仕方ない。競争原理のないお役所仕事なんて、どこの国でも似たようなものだ。職場に笑顔があるのがうらやましい。赤いベストを着た若い訓練生だけが、忙しそうに机の間を飛び回っている。
1時間以上待って、ようやく自分の名前が呼ばれる。無事にタイ出国期限が延長されたパスポートを手にすることができた。
地元紙によると去年は、タイを訪れる日本人と、日本を訪れるタイ人の数が拮抗したという。タイ航空に勤める知人の話でも、最近は日本人よりタイ人乗客が多いフライトがあるという。以前は考えられなかったことだ。日本が2年前、タイ人へのビザを観光に限って免除して以来、状況が一変した。
それまで長い間、タイ人の来日にはビザが必須で、しかも日本人の保証人まで必要だった。不法就労が問題化した時期があったとはいえ、日本もひどい差別をしていたものだ。私のタイ赴任が決まった10年前、在京タイ大使館が渡航前日までビザを発給してくれず、冷や汗をかいた。これはタイ人にビザを出さない日本への報復の意味もあったらしい。
将来、日タイの経済力が逆転し、今度は私が不法就労を疑われる日が来るかもしれない。
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