2015年2月11日

ブタが大好き


 タイ語学校に行き始めた。

 BTSでふた駅の通学。なにしろ1日24時間が自由時間なので、用事が出来るとなんだか真人間に戻った気になる。

 2畳ほどの個室で、清楚な女の先生に個人レッスンを受けている。タイ語は発音が難しく、先生に苦笑されながら2時間もがき苦しむ。 

以前タイ人に、「あなたはタイ語がうまい」と言われた。ところが、バンコクに住んだことがあるとわかった途端に、彼の態度が一変。3年もいてそれしか話せないのか、という憐みの視線が痛いほど突き刺さった。以来、過去は決して明かさず、一介の旅行者を装い続けている。

欧米人には、何年滞在しようが決して現地の言葉を覚えようとせず、英語一本で押し通す人も多い。それと比べれば、意欲だけでも買って欲しいと思う。

これでもバンコク駐在時代、赴任してしばらくはタイ語学校に通った。暑い日の午後、そっと会社を抜け出して、さまざまな年齢の外国人と一緒に教壇を囲んだ。

とてもユニークな授業で、先生がペアになって交わすタイ語会話を、生徒はただ聞くだけ。

「赤ん坊は、周囲の大人たちの言葉を聞いて、ある日突然話せるようになる。それが語学習得の自然な摂理」
 と入学案内にある。初めの800時間を受講するまで、生徒は決してタイ語を口にしてはいけない。毎日2時間としても3年かかる。一言もタイ語を話さないうちに、帰任の日が来てしまいそうだった。

ある日、小林克也に似た50代の先生が、「チョープ」(好き)という言葉をテーマに話をしてくれた。

彼はタイ東北地方の出身。実家近くでブタ70頭を飼っていて、生まれた時からブタ小屋のにおいの中でご飯を食べていたという。

先生が5歳の時、そのブタ小屋が撤去されてしまった。とたんに彼はご飯を受け付けなくなり、みるみるやせ細っていった。

困り果てた父親は一計を案じ、茶碗に盛ったご飯を手にした彼をバイクに乗せて、10キロ離れた別のブタ小屋に連れて行った。ブタの体臭と糞尿が混じった懐かしいにおいを嗅いだとたん、先生の食欲が復活。そばにしゃがみこんで、もりもりとご飯を食べ始めたそうな。

食事のたびに父親のバイクでブタ小屋に通う日々は、彼が10歳になるまで続いたという。

授業が終わると、教室中に大きな拍手がわき起こった。

その後、出張が続いて授業から足が遠のいた。「チョープ」以外のタイ語は何も覚えていない。その学校も、いつの間にか建物ごとなくなってしまった。
 
 
白いワンピースを着た今の先生の大好物は、「ココイチのブタしゃぶカレー」だそうだ。そんなメニュー、あったっけ。



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