2020年12月4日

熱帯のストア哲学

 

 ・・・楽しかったなぁ。

 この世にコロナが現れるまでは。

 Mystery shopperってわかる? 私、ファーウェイや石油企業と契約して、覆面調査員やってたんだ。よく遠くの町にも調査に行ったよ。医師の夫が週3日勤務だから、家族と一緒に泊まりがけで。

 ホテル代は会社持ちだし、評価レポート書いて送っちゃえば、あとは自由。7歳と5歳の子どもを連れて、ビーチで遊んだりしたよ。

 でもコロナで依頼が全滅して、今は専業主婦。名門フィリピン大学で生物学と環境資源管理、2つも学位を取ったこの私が。

 午前中は、こうしてオンライン英会話講師のアルバイト。自宅でできる安全な仕事だけど、給料は安いよ、とっても。

いまキッチンで、同居のお母さんがご飯作ってくれてる。このレッスンが終わったら、や~~っと朝ご飯だよ。あぁお腹空いた!

(ミンダナオ島在住・36歳・女性)

 

フライト・アテンダントやってたぼくの友だちが、コロナで飛べなくなってすぐ、家でケーキを焼いてFacebookで売り始めたんだ。観光産業で働いてた友人は軒並み解雇されたけど、みな新しい商売を始めてるよ。

ぼくはフルタイムのオンライン英会話講師で、つくづくラッキーだったよ。1日16コマのレッスンを20コマに増やしたけど、すぐ予約で埋まるんだ。日本人もコロナで外出を控えて、前より時間があるんだろうね。

ステイホームでできる新しい趣味をと考えて、最近始めたのがガーデニング。裏庭でハーブを植えたり、キュウリを育てたりしてるよ。

でも外出できないストレスで、自分がToxic person 家族にとって迷惑な存在になってる気がして、いまストア哲学の本“Daily Stoic”を読んでるところ。コロナ禍の世界は変えられなくても、自分は変えられるんじゃないかと思ってね。

え? 常夏の国に居ながらストイックになれるのかって?

ハハ、難しいかもね!

(ボホール島在住・36歳・男性)

 

フィリピン各地で暮らすオンライン英会話の先生は、コロナでも全くへこたれない。少し話すだけで、自分の硬いアタマがどんどん柔らかくなる。

ひとり暮らしでも、数千キロ離れた人と毎日話せる、すばらしいこの世界。

「初月1円キャンペーン」に釣られて再入会したら、最低6か月の継続が付帯条件だった。

 がんばらないと。

Odawara Japan, October 2020




2020年11月28日

初雪

 

 小田原市から松本市へ、人生28度めの引っ越し。

 200キロほどの移動だが、引っ越し業者の都合で、荷物搬出から搬入まで中1日空く。23日の旅になった。

Go To トラベル」を利用し、1泊目に熱海の温泉宿、2泊目は松本のホテルに泊まる。今まで住んでいた部屋のカギを手放してから、新しい部屋のカギを受け取るまでの「家なき子」状態は、何度経験しても気持ちいい。

 松本市役所に転入の届出をしに行くと、「博物館パスポート」を手渡された。国宝・松本城や旧開智学校など、市内21の美術館・博物館が、1年間入場無料だという。松本に来たことを歓迎してもらったような、いい気分。

 ちなみに松本市の姉妹都市は、ネパール・カトマンズ。何やら縁を感じる。

ある日、一通のハガキを受け取った。日本年金機構からで、このハガキを持って事務所に来てくれと書いてある。年金をもらうには、10年早いはず。

自転車で年金事務所を訪ねると、端末を叩いた職員が、「この夏に奥様を亡くされましたね。あなたには60歳から5年間、遺族年金が支給されます」。

 “働き手の夫を亡くした寡婦”が受け取るもの、と思っていた遺族年金が、少額ながら自分にも支給される。申請していないのに、わざわざ呼び出してお金をくれるこの国は素晴らしい。妻からの、思わぬプレゼント。

 段ボール箱との格闘に疲れて、森の家に逃げ込んだ翌朝。

雪が舞った。



2020年11月21日

外食の風景

東海道の城下町から、信州の城下町へ。

部屋探しと引っ越し本番で、それぞれ23日の旅をした。

 最初に泊まったホテルでは、朝食が「30品目ビュッフェ」から、お仕着せセットメニューに変わっている。新型コロナ感染拡大防止のため、という。

 次のホテルはビュッフェ形式だったが、入り口で体温を測られ、「料理を取るときに使って下さい」と、各自ビニール手袋を手渡された。

 料理や飲み物を取りに行くたび、マスクをして手袋をはめる。

昼時、不動産屋に勧められたラーメン屋へ行くと、歩道に2メートルずつ等間隔に、人が並んで立っている。誰に言われるともなく、若い男女が「ソーシャルディスタンス行列」を作っていた。

 夜、駅ビルのレストラン街は、軒並み店じまいして閑散としている。まだ午後7時半。コロナで営業時間が短縮されていた。

 下戸の私が飲み屋街に繰り出し、イタリア風居酒屋でペスカトーレを注文。見渡すと、コロナ時代の新マナー「食事の時は会話を控えめに」など、皆どこ吹く風。顔を寄せ合い、大きな声で話に花が咲いている。

これが居酒屋の、本来あるべき姿だ。でも「夜の街」「感染拡大」など、最近新聞の見出しで見かける言葉が、ふと頭をよぎった。「Go To イート」の影響か、どの店もよく繁盛していた。

 そして新居も定まり、暮らしは非日常から日常へ。「野菜のみそ汁と雑穀米、豆か魚料理一品」という超ワンパターン100年前の日本人的自炊生活に戻って、ほっと一息・・・




2020年11月13日

引っ越しはインド風に

 友人が、800キロ離れた地方都市に引っ越していったとき。

 会社から転勤の内示が出たのが、赴任2週間前だった。

 理由は「社員の不正を防ぐため」。彼が勤める金融業では普通らしい。

 欧米の大企業や国際機関では、転勤は希望者のみだ。人気のない任地、危険な任地に社員を送るときは、それに見合ったインセンティブが提示される。

紙切れ一枚でいきなり社員を動かすのは、日本の会社だけだ。

 

「紙切れ一枚」で、4転勤した。

引っ越しで持ち物を「断捨離」するチャンスが、8回あったことになる。

たしかに海外赴任の時は、「航空便100キロ、船便10立方メートル、国内倉庫に20立方メートルまで」という会社規定があったから、かなり断捨離した。

でも国内異動には制限がない。引っ越すたび、逆に荷物が増えていった。

段ボール箱が100個を数えたのは、いつの頃だったか。最後の転勤では、トラック2台に荷物を満載して、1000キロ離れた任地に向かった。

晴れて着任したその朝、会社の経理担当に呼び出された。

「キミ、引っ越しにいくら使うつもりなの? なんぼなんでも高すぎるよ!」

 

 フリーランスになった今、自分で自分に辞令が出せる。その代わり、引っ越し代も自腹。以前は「妻が風邪で」と言って、ちゃっかり梱包まで会社経費でやってもらったりしたが・・・

 今回はきちんと断捨離した上で、引っ越し業者に見積もりを頼んだ。

 やってくる営業担当者は、ほとんど男性。電話で「ほんの30分」といっておきながら、契約を勝ち取るまで帰らないゾ、という気概に満ちている。1時間以上も粘る。

 どの社も最初は、「20万円以上かかります」という。「A社は8万円だったよ(←半分ハッタリ)」「B社は粗大ごみの処分もやってくれるよ」といって各社を競わせると、見る間に言い値が下がり、半額以下になっていく。

 このあたり、けっこうインド的。定価などあってないようなものだから、振れ幅が大きい。きちんと準備して臨まないと、ボラれそう。

 この春に東京から長野に引っ越した家族の情報を、前もって仕入れてある。あらかじめ相場がわかれば、有利に交渉できる。

でもギリギリまでは値切らず、最後は人となりで決めた。

 

その担当者は、電卓を叩きながら、途中で何度も本部に電話していた。

 ・・・そこを何とか・・・もっと値引きを・・・お願いします・・・

 上司とのやりとりを聞かせて、「私はお客様の味方です」とアピールする。

 彼の工夫と熱意に負けました。 



2020年11月7日

ウルサイ日本と私

 

「クリエイティビティは移動距離に比例する」

 こう言ったのは、実業家の本田直之だったか。

彼はハワイに自宅を構えて、日本と往復する生活をしている。

ちなみに、毎日2便飛んでいたANAの東京~ハワイ線は、コロナ禍のいまは「毎月2便」に激減している。

 

 クリエイティビティは、移動距離に比例する。

 新聞社の海外特派員だった3年間、飛行機でアジア諸国を飛び回った。年間100フライト以上、距離にして約10万マイル。

でも、偉大なクリエイターにはなれなかった。

それどころか、どんどん疲弊していくばかり。

行き先が大地震の被災地だったり、自爆テロ現場だったり、クーデターが起きた国だったせいだろうか。

やっぱり、行き先はハワイに限る。

 

コロナを奇貨として、ローカル線で小さな旅に出た。

富士と甲府を結ぶ身延線と、松本~糸魚川の大糸線。

車窓を移ろう錦繡の山を眺めながら、どんどん自分がクリエイティブになっていく。

・・・と言いたいところだが、思わぬ伏兵が。

車内アナウンスだ。

やれ整理券を取れだの、ドアは自動で開かないからボタンを押せだの、この駅は一番前のドアしか開かないから気をつけろだの、切符は運転士に渡せだの、精算機は1000円札しか両替できないから小銭を用意せよだの・・・

駅を出発した後と、次の駅に到着する前の2回、ほぼ同じ文言が、大音量の人工音声で繰り返される。

耳栓代わりのイヤホンが、何の用もなさないほどうるさかった。

身延線88キロ、39駅。

大糸線105キロ、41駅。

はぁ・・・

旅情に浸るどころか、終点に着くころには廃人寸前。

間違っても俳人にはなれない。

急ぐ旅でもないのに、帰りは新幹線や特急に乗って、別ルートで帰った。

もし外国人がもっと増えて、英語や中国語、韓国語のアナウンスが追加されたら、ローカル線の車内から静寂が消えてしまう。

私が特別、音に対して繊細すぎるのだろうか。



2020年10月31日

Go To おもてなしの国

 

Go To トラベル」に誘われて、友人が暮らす金沢へ。

 八ヶ岳西麓から、クルマとJRで4時間ほどの旅。

 友人は、「Go To トラベル」に東京発が追加され、「Go To Eat」も始まったら、いきなり街に人が増えたと言っていた。確かに、「ひがし茶屋街」などの観光スポットや飲食店街は、かなり賑わっている。

 

 今回はホテルが軒並み35%off なので、金沢でも3本の指に入る高級ホテルに泊まってみた。

 世界的ブランドを冠したホテルだが、ツインルームの広さは最小限。しかも、壁が薄い。夜中に目覚めたら、隣室の声が聞こえてくる。

「金沢駅近くのセブンイレブンが・・・」

 セリフまで、はっきり聞こえた。

コロナ対策とかで、朝食ビュッフェがお仕着せのセットメニューになっている。平日にも関わらず、入り口には順番待ちの行列。給仕するスタッフも忙しそうで、「ありがとうございました」が、「ありゃ~とやんした~」に・・・

一流ホテルが、これでは居酒屋チェーンだ。上品な白人老夫婦が、居心地悪そうにしていた。

週末になると、1泊3万円に値上がりする。この連休は満室になる。

相当な殿様商売だ。

 いつかコロナ禍が収まって外国人旅行者が戻っても、有名観光地のホテルがこの程度では、「インバウンド景気」は頭打ちになると感じた。

それとも貧弱なハードを、日本が世界に誇る「おもてなし」でカバーする?

 物量の劣勢を精神力で取り繕う発想は、75年前の対米戦争と同じだ。

 

 いままで、仕事でいろいろなホテルに(たぶん500回以上)泊まったが、いちばん快適だったのは、中国・瀋陽のシェラトンホテルだ。

チェックインからチェックアウトまで、全くストレスフリー。

 そこかしこに、スタッフのさりげない心遣いを感じた。

思うに、「おもてなし」は日本の国民性でも何でもなく、すべての人に備わっている。スタッフからその心を引き出すのは、マネージャーの腕次第。国籍なんか関係ない。

 

35%引に釣られてツインルームに泊まったら、部屋に戻るたび、片方のベッドが使われないままなのを見ることに。

 次からは、おとなしくシングルを取ろうと思う。



2020年10月23日

見えない相手の顔色は?

 

 その日訪ねた3つめの物件は、マンションの最上階にあった。

 オーナーの男性は、マンション2棟50室を経営しながら、自身は整体師をしているという不思議な人だ。

「体のどこかが痛くなったら連絡ください。ぼくが診ますよ」

との声に送られて室内に入り、まず目に飛び込んできたのが新雪の常念岳。ダイニングの窓の向こうに、白銀に輝く北アルプスの山々が連なっている。

ここに案内してくれたのは、駅前不動産の若手社員。自信を持って勧めた物件には「あー」とか「うー」とか言うだけだった客が、にわかに窓にくぎ付けになっているのを見て、

「あなたのツボはそこだったんですか・・・」

と言いたげに、私を眺めている。

 交渉にはポーカーフェイスが必須だが、心中を見透かされた。それでも彼は「ここに決めて頂けるなら」と、オーナーに頼んで家賃を値引きしてくれた。

 賃貸暮らしは、2年ごとに更新料を払わなければならない。4年も住めば、

「意味不明のお金を払うぐらいなら、いっそ見知らぬ街に引っ越したい」

という衝動に抗えなくなる。いま住む家の、6年目の更新料支払いが迫る。

 でも会社に守られていた頃の引っ越しと違い、フリーランスにとって大きなハードルになるのが「賃貸保証委託会社」だ。

 家賃支払いの連帯保証人を誰かに頼むのは気が引ける。となると、残るは保証会社のみ。

ところがこの保証会社、サラリーマンや年金生活者など、定期的な収入がある客には寛大だが、フリーランスには俄然、審査を厳しくする。確定申告書類など、何かしらの収入証明を求めてくる。

しかも、保証会社の顔が見えない。不動産業者を介して「給与明細を」「確定申告書を」と要求してくるだけで、会ったり電話で話したりできないのだ。

もっとも、たとえ直談判できたとして、

「財産のほとんどは価格が乱高下する外国株で、自分でも時価がわかりません。しかもここ数年、勤労収入は限りなくゼロで・・・」

こんなたわけたことを言う人には、誰も部屋を貸さないだろう。

 恐る恐る、あまり説得力があるとはいえない額を預けてある銀行の「取引残高報告書」を送る。するとあっさり、「審査を通りました」ときた。賃料が安い地方都市の中古マンションだと、チェックも甘いのか。

 

「この家って結婚してから10軒目なんだね。11軒目はどこになるんだろう」

 春先にそんなことを言っていた妻は、夏の終わりに天上へと旅立った。

地上に残された夫は、保証会社という見えない相手の顔色を伺いながら、ゴソゴソ引っ越しを繰り返すのだと思う。




HIKIKOMORI

  不登校や引きこもりの子に、心理専門職としてどう関わっていくか。 増え続ける不登校と、中高年への広がりが指摘されるひきこもり。 心理系大学院入試でも 、事例問題としてよく出題される。 対応の基本は、その子単独の問題として捉えるのではなく、家族システムの中に生じている悪循...