2019年11月16日

フィリピンは英語大国


 オンライン英会話のサービスのひとつに、電話カウンセリングがある。

日本人カウンセラーの質問に答えると、学習プランを立ててくれる。

「あなたが英会話を学ぶ目的は何ですか?」と聞かれて、

「ヒマラヤの山旅で、同宿したインド人に巻き舌の英語で議論を吹っかけられた時に、受けて立ちたいんです」

 と答えたら、カウンセラーが混乱していた。



 ビデオ・レッスンを受けている先生は、全員フィリピン人で、とても流ちょうな英語を話す。イギリスで看護師をしていた女性はもちろん、国から一歩も外に出たことがないと言う人も。

「フィリピンでは保育園から英語を教えているし、小中学校では国語(タガログ語)以外の授業を英語でやるんだよ」

クラーク旧米軍基地近くに住む、50代の先生が言っていた。



空き時間にレッスン相手を検索すると、たちどころに100人以上の先生の顔写真が並ぶ。その中から適当に選んでいるはずが、つい「講師経験が浅く、写真映りがよくない30~40代女性」を選んでしまう。

男の先生は明るくてジョーク好きだが、ルーズで覇気がない人もいる。その点、女の先生は熱心で、ホスピタリティに溢れている。

たとえネット環境が悪くても、女性だと発音もクリアに聞こえる。

若くて写真映りのいい先生は、あえて選ばない。また、保育園で働いていた人も要注意だ。

たどたどしい私の英語を聞くと、職業病が顔を出す。そうでちゅよ~、よくできまちたね~、急に幼児をあやすような話し方になる。けっこう傷つく。

バリバリの「ザ・英語教師」は、さすがに教え方がうまい。そして、他に本業を持つ「アルバイト教師」は、ときどき仕事の話をしてくれる。

「この間までシティバンクで働いてたんだ。でも、いつも低い査定しかくれないから辞めちゃった」(20代男性)

「毎年、韓国人の子たちのサマースクールで英語を教えるんだけど、彼らすぐ仮病で休むのよ。で、引率の先生が、平気で子どもを殴るんだ」(30代女性)

「朝5時から夜11時まで、112コマ英会話を教えてる。でもきつくないよ。常連さんばかりで、教えるというより、おしゃべりだから」(30代女性)

  早くアンジェリカ先生と、自在におしゃべりできるようになりたい・・・

  先生の中に、なぜか「フィリピンの東大」ともいわれる、フィリピン大の卒業生がいる。

国の将来を背負って立つ秀才が、私などに付き合っていて、いいのか??




2019年11月9日

25分106円、一本勝負


 外国特派員。同時通訳者。翻訳家。英語教師。外資系企業勤務。

 友人知人に語学の達人がいると、かえって英語をやる気が萎える。

 それでも、恥を忍んで、オンライン英会話を始めてみた。



 まずは環境整備から。物置部屋でコソ練しようと思って、無線LAN中継器を買った。ところがドアを全開にしないと、居間の電波が届かない。

下手な英語が、家じゅうに響き渡ることになった。

 数ある中から選んだスクールは、キャンペーン中で月謝3190円。毎日受講すれば、1レッスンが106円。やるっきゃない。

レッスンでは25分間、初対面の外国人と「電話で」「英語で」話すのだから、恐怖そのもの。Skypeは相手の顔が見えるから、少しは楽かと思ったがダメ。簡単な英単語さえ、口から出てこない。七転八倒、悶絶、失神寸前。

レッスン前の緊張は体に悪いので、いつも30分前に予約を入れ、怒涛の勢いで教材を予習し、直前にSkypeを起動する。

千人いる先生は、全員がフィリピン人。「ハロー!日本は寒いの?こっちは気温34度だよ!」。自分の部屋と3千キロ離れた南国が、ネットで瞬時に結ばれる。

初対面のあいさつ中、背後でニワトリが鳴いた。生活ぶりが伺えて、心が和んだ。

 先生方は皆、フィリピン人のイメージ通りに明るくて率直。でも男性陣は、いささか率直すぎる。髪に寝癖をつけたまま画面に現れ、「初めまして、ぼくの名前はジェイ。5分前に起きたばっかり」

そして年配の先生は、男女を問わず話好き。「ずっと大学で教えてたけど、去年晴れてリタイアしたよ!」「ダンナと別れて子育ても終え、犬5匹と暮らしてるの」。自己紹介が、どんどんプライベートな話に流れる。

教材を使ったレッスンをリクエストしておいても、一切お構いなし。最後までフリートーク(雑談)で終わることが、ままある。

早口の英語を浴びて呆然としていると、家人がダメ押しのひと言。

「へーとかホーしか聞こえなかったけど、英会話やってたんじゃないの?」

翌日、先生から送られてきたフィードバックを読む。「あなたはリスニングが素晴らしい」。記者時代に身についた、ひたすら人の話を聴く癖が、完全に裏目に出ている。



フィリピン人中心のスクールが多いが、東欧出身の先生が多い学校、100か国以上の先生と話せる学校もあるみたい。

オンライン英会話は、世界の窓。



2019年11月2日

灯台下暗し!


「市内の家が浸水して、ひどい状況です。畳の運び出しを手伝ってもらえませんか?」

社会福祉協議会のヤマダさんから、電話をもらった。

あの日、確かに大型台風が町の真上を通過したが、ニュースになっているのはもっぱら千葉や長野、東北方面だ。

 さっそく350円のボランティア保険に加入し、自転車で現場に向かう。なんとなんと、わが家の目と鼻の先が、被災していた。

 そこは、海と川が交わる角にある住宅地。でも川面からそれなりの高さがあり、水が来たとは信じ難い。

 被災家屋で待っていたのは、一人暮らしの50代女性だった。あの日、町内放送で避難勧告を聞いた女性は、風雨の中を避難所に向かった。そして翌朝戻った自宅で、床上浸水という、思ってもいなかった光景を目にした。

台風の通過時間に高潮が重なって、海水が川を逆流したらしい。

住み慣れた家に、もう土足で上がるしかない。その時の心境は、察して余りある。近くのラーメン屋や寿司屋は、何事もなかった。わずかな土地の高低差が、明暗を分けたのか。

 この日、集まったボランティアは5人。元気な70代の2人組は、市内の山岳会に所属する山男だ。東日本大震災の時も、ボランティアで東北に通った。

今回も、2人はまず千葉の被災地に急行したという。このフットワークの軽さ、まさにスーパーボランティアだ。千葉では、家じゅうの家財道具が流されて玄関に積み重なり、中に入るのも一苦労だったという。

マスクと軍手をつけた我々は、靴のまま女性宅に上がった。塩水に浸かった畳が異臭を発し、壁のあちこちからカビが生えてきている。豪雨で雨漏りしたのか、食器棚の天井に置かれた皿にまで、泥水が入っている。

女性は、もうこの家を出ていくと決めている様子。

居間の仏壇に、ご両親の遺影が見える。長年、家族3人で暮らしてきたらしい室内には、たくさんのモノがあった。汚れて、ほとんどゴミとして出すしかないのだが、その分別に手間取った。

自治体の決まりで、衣類は「燃えるゴミ」でも「燃えないゴミ」でもなく、資源ゴミとして「紙ゴミ」と一緒に出すことになっている。でも今回のように水に浸かった衣類は、「燃えるゴミ」になるそうだ。

人のスーパーボランティアは、悩む私を尻目に、慣れた手つきでどんどん分別して、外に運び出していく。

外は、申し分ない秋晴れ。社協のヤマダさんが、「この辺で休憩しましょう!」と、お茶やチョコレートを出してくれる。スーパーボランティアに導びかれて体を動かし、女性からは感謝の言葉を頂いた。

つなぎの作業着で駆けつけた自分ではあったが、見かけ倒しに終わった気がする。でも貴重な時間だった。



2019年10月26日

寿命が縮んでいく国


 1999年秋、ITバブル崩壊前のアメリカに約2か月、出張した。

 社会部のジェイクと、フロリダで待ち合わせる。彼は日本で新聞記者になり、サツ回り(事件取材)に情熱を燃やす、変なアメリカ人だ。

その日、ジェイクと向かったのは“Gated Community”

富裕層が危険から逃れるため、身を寄せ合って暮らす「要塞町」。

 壁とフェンスに囲まれたコミュニティーの入り口ゲートで、警備員の厳重なチェックを受ける。中に入ると、豪邸や高層アパートと並んで、商店街やレストラン、ゴルフ場まであった。住人は、一歩も外に出ることなく生活できる。

 マンションの21階、大西洋を一望する部屋に住む女性は、

「毎日、散歩できるのがいい。マイアミでは、1人歩きなど自殺行為だった」

 と言いつつ、なぜか暗い顔をしていた。

 守るべき財産があると、大変だ。金持ちになることは、必ずしも幸福には結びつかない。この取材で、そんな思いを抱いた。



 今、アメリカ人の寿命が縮んでいる。

CNNの番組”Newsmakers Today”などによると、米国人の平均寿命は3年連続で縮小。特に白人女性の寿命が、過去18年間で5歳、白人男性も3歳短くなった。ソ連崩壊後、ロシア人男性の寿命が7歳縮んだことに匹敵する変化だ。

死因で目立つのは、飲酒による肝硬変、薬物中毒、自殺などの「絶望死」。

オートメーション化とアウトソーシングが進んで、白人労働者階級の仕事がなくなり、賃金も下がった。中間管理職、中産階級さえ、自分の将来を見通せなくなり、人々の大きなストレスになっているという。

番組では、サルを使った実験が紹介された。2匹のサルに芸を教えて、うまくできたらキュウリを与える。それを何度も繰り返した後、ある時点で右側のサルにだけ、キュウリの代わりにブドウを与えた。サルの大好物だ。

それまでキュウリで満足していた左側のサルは、不公平に気づくと、もらったキュウリを実験者に投げ返した。

そしてブドウをもらったサルも、同様にストレス症状を示した。

格差社会では、持てる側も持たざる側も、ストレスにさらされるのだ。



 ジェイクらと作った連載記事は、「覇権大国アメリカ」という本になった。

光と影はあっても、超大国アメリカの地位は、今後100年揺らがない。

政治部、経済部、社会部、科学部など、取材に当たった記者はそのように結論し、自分もそう思った。

そのアメリカが、冷戦で負かしたはずの旧ソ連と同じ「寿命が縮んでいく国」になった。経済規模(GDP)でも、10年以内に中国に追い抜かれそう。

ジェイクも私も、2,30年先を見通すことさえできなかった。

やれやれ。


2019年10月18日

転勤


 山崎豊子の小説「沈まぬ太陽」の主人公は、実在のJAL元社員とされる。

モデルとなったその人は、組合活動で経営陣と対立したばかりに、パキスタン、イラン、ケニアで延々10年の「僻地」勤務を強いられた。

まだインターネットもSNSもなかった時代。家族と遠く隔てられ、極度の孤独から酒と狩猟に走り、精神の破綻寸前まで追い詰められていく。読んでいて、鬼気迫るものがあった。

平成元年入社の私は、辞令1枚でどこにでも行くことを当然と思っていた世代。でも日経ビジネス電子版で行われた、河合薫(社会学者)と中野晴啓(セゾン投信社長)の対談では、転勤について次のように語られる。

・「君、明日から仙台だからね」と言われて、転勤したくないと思っても「社命だからしょうがない」と転勤する。こういう例は、実は海外にはない

・日本企業は人事権が異様に強大で、いわゆるパワハラ異動みたいなのが、当たり前に成立している

・2年に1回社員を動かすローテーションというのも、わけが分からない。あっちからこっちへと、パズルを組み合わせるような玉突き人事が行われている

・いろいろな部署を回るのは、キャリアアップではない。外国人には理解不能

・日本は人事部の力が強すぎる。人事部長が出世コースになるのは日本だけ。人事部の地位を低くしないと、誰も何も言えなくなるのでは?

 また出口治明・立命館アジア太平洋大学学長も言う(日経ビジネスより)。

・転勤の強要はパワハラ的マネジメントのひとつ。その社員が地域のサッカーチームで子どもたちに慕われているかも、という発想がない

・そしてその社員のパートナーは専業主婦(夫)だから、黙ってついてくると当然のように思っている。会社が転勤を強要できるという考え方は、この二重の非人道的な、あり得ない偏見の上に成り立っている

・世界的に見れば、転勤するのは希望者と経営者だけだ



私は先手を打って?積極的に転勤希望を出し続け、国内外に4度転勤した。中には左遷人事もあったかも知れないが、「これが同じ会社?」と感じるほど雰囲気の違う職場で、新鮮な気持ちで働くことができた。

見知らぬ街で暮らすことも、これまた快感だった。だから本人は幸せだったし、会社側としても、動かしやすいコマだったと思う。

去年、妻と2人の子持ちの友人が突然、800キロ離れた地方都市への異動を告げられた。「2週間で赴任せよ」と命ぜられ、慌ただしく旅立っていった。

内示が直前になるのは不正防止のため、というのが彼の見方。職種は金融関係だ。もし本当なら、社員を信用しない、そんな会社の商品は買いたくない。

どのみち優秀な人材が集まらなくなって、経営が傾くのだろう。


   ナベちゃん元気? キミもそろそろ転職しちゃえば~(^O^) 




2019年10月12日

インターンも良し悪し


 バンコクで記者をしていた頃、日本から学生インターンがやってきた。

 ちょうどタイ政局が荒れていた時期で、毎日反政府デモが繰り広げられた。彼らを現場に案内し、合間においしいイタリアンをごちそうした。

 ミナガワさんはこの旅が初の海外だったが、果敢にも(無謀にも)エア・インディアでやってきた。案の定、帰国フライトが24時間遅れた。彼女を家に泊めて、翌朝空港まで送り届けた。インターンの受け入れは、ちょっと大変。

 一方ムラモト君は、なんとその後、新聞社に就職した。報告を聞いたとき、記者冥利に尽きるというより、罪悪感の方が勝った。

 在学中に仕事の実際を知ることができるインターンは、素晴らしい制度だ。でも新聞社の場合、見せ方が難しい。海外で国際ニュースを追う機会なんて、記者生活のほんの一部でしかない。

 ふだんは国内で、雨の中を立ちっ放しで張り込みしたり、消防無線を聞きながら宿直して、夜中の3時に火事現場に向かったりしているのだ。

 私の学生時代はまだ、インターン制度がなかった。記者稼業の大半を占める泥臭さを知った上で、なおこの世界に入ったかどうか。何も知らずに飛び込んで、いきなり激流に呑み込まれて・・・迷う暇もなくて、かえって良かった。

 ミナガワさんもムラモト君も、APU(立命館アジア太平洋大学)から来ていた。大分県に立地しながら世界80数か国の留学生を受け入れ、教員の半数が外国籍。英語で行われる授業も多い。

 そして今年、一般公募でAPU学長に就任したのが、出口治明・元ライフネット生命会長。かなり思い切ったことを言う人だ。(以下、日経ビジネスより)



30年前、世界の時価総額トップ20社中14社が日本企業だったのに、今はゼロ。日本は、GAFAのような新しい産業を生み出せていない

・「土地・資本・労働力」から、今は「アイデア勝負」の時代。会社で夜10時まで働いてから上司と飲みに行き、家では「メシ・風呂・寝る」の生活では、経済をけん引するようなイノベーションは起こせない

・脳が疲れやすいことを知っているグローバル企業は、残業しない

・年13001500時間労働で2%成長の欧州と、2000時間労働(正社員)で1%成長の日本。これでは「骨折り損のくたびれ儲け」そのもの

・これからは「メシ・風呂・寝る」より「人・本・旅」。早く帰って面白い人に会い、たくさん本を読み、いろんな所に行ってみる。脳に刺激を与えることが、生産性と創造性を引き上げるカギになる

・イノベーションは既存知の組み合わせ。既存知間の距離が遠ければ遠いほど、面白い発想が出てくる

・「変わらなくてはいけないのは、まずは大人です。大人が変わらなくて、どうして若者が変われますか」


Tateshina Japan, autumn 2019

2019年10月4日

ミカンひと山100円の町


 東京を脱出し、関東の端に引っ越してきた5年前。

 裏山をジョギングしていたら、ミカンの無人販売所を見つけた。

 ひと山、100円。

「安い!」と大感激。以後、ポケットに100円玉を入れて走った。

 ところが知り合いが増えてくると、あちこちでミカンを頂く。

 近所のお母さん、NPOで知り合ったおばあちゃんから、車を借りたレンタカー屋のお姉さんまで・・・

毎日のようにミカンをもらって食べた。

ミカンは、お金を払って買わなくてもいいんだ!もしミカンが、全ての栄養素を備えた食品なら、収入ゼロでも生きていける・・・かも。



先日ある会合で、この町の市議をしているSさんに出会った。

50歳ぐらいの人で、奥さんと子ども2人の4人家族。

そして実家はミカン農家。今朝もひと仕事してきたという。

趣味は読書、旅行、草刈り。

何となく隙があるスーツとネクタイ姿から、土の香りが漂ってきそう。



Sさんに裏山の100円ミカンの話をしたら、「実はあれ、すごく儲かるんですよ!」と、嬉しそうに言う。

 キズがあったり小さかったりする規格外のミカンは、おいしくても農協に出荷できない。かといってミカンの缶詰工場に卸すと、1キロ当たり7円にしかならない。

 その同じミカンを裏山に置いておくだけで、不思議や不思議、7円が100円に・・・

「でも、『監視カメラ作動中』の貼り紙がある無人販売所も見かけますよ。実は大変なんじゃないですか?」

「あ、国道に置いちゃダメ。ごっそり持って行かれるから」

 あまり目立たない農道沿いに置くのがコツらしい。

Sさんが夕方、料金箱を開けてみると、100円に混じって1円玉が入っていることがある。それでも、代金回収率は平均99%だという。



「でも早朝から農作業して昼は議員活動、大変ですね~」

「いや・・・むしろ、議員報酬を月に何十万ももらえてしまう方が苦痛です。陰でアイツ何もしてないのにって言われるし」

「そもそも、好きで議員になった訳じゃないんです。地元のしがらみがあって・・・2期務めたから、もうやめたいな」

 仕事で出会った、中央の政治家たちとは大違い。

 どこまでも正直で、欲のないSさんなのであった。



Mt. Tateshina, autumn 2019

私はカモシカ

  ・もし、自分を動物に例えるとしたら? A 子「リス」  B 子「カモシカ」  C 子「飛べない鳥」  D 子「ウサギ」  E 子「フクロウ」 ・あなたが人生の最後に食べたいのは? A 子「オムライス」  B 子「あん肝」  C 子「寿司」  D 子「オムライス」 ...