2019年8月16日

ゲストハウスの夏


 夏休みの親子連れでにぎわう、とある信州湖畔の宿。

 朝、無心で廊下を掃除していたら、よれたTシャツを着たメタボおじさんの足が・・・ただブラブラと歩いている。

(掃除の邪魔だあ。早く出発してくれないかな)

 そしてその日の清掃を終えて、若き支配人のたまちゃんから衝撃の事実が。

「あの人、オックスフォード大学の教授らしいですよ」

「エーッ」

「本人は『別に有名でも何でもない』って言ってたけど」

 たまちゃんがもらった名刺でググったら、ホントにオックスフォード大公式HPに写真入りで紹介されている。リウマチ研究の専門家、とある。

ガーガーと掃除機で追い立てたりしなくてよかった・・・



 お盆などの繁忙期に、ここの客室係をさせて頂いて3シーズンめ。

この宿、普通のホテルと違い、「ホステル」や「ゲストハウス」と呼ばれている。個室もあるが、2段ベッドの相部屋もある。大きなダイニングと共同キッチンを備え、自炊ができる。宿泊料は、地域で1,2を争う安さ。

 ユニークな宿ゆえ、お客さんも実に様々だ。

 先日は初老のスペイン人男性が、外国ナンバーの大型バイクでやってきた。ユーラシア大陸を横断して、はるばる日本まで走ってきたのだろうか。

 ヤクザ風のこわもて男性が帰り際、黙って宿の周りの雑草を刈っていってくれたりもする。

 フィリピン女性10数人を引き連れて泊まりに来る、謎の日本男子も。

 また、某大学「星空研究会」の合宿地にもなっている。彼らはいつも未明に戻ってきて、昼間はひたすら寝ている。

チェックアウト時間が過ぎて、誰もいない女子トイレを掃除していたら、寝ぼけ眼の「星空」女子が入ってきて焦った。



宿では旅人のために、朝食を無料で提供している。でも時おり想定外のことが起き、私が9時ごろ出勤すると、支配人がゲッソリしている。

「あの人、ひとりでソーセージ20本食べたんですよ!」

「子連れの一家が、お米を5合も食べて・・・ごはん炊き直しました」

「自転車ツーリングの外国人に、スクランブルエッグ3キロ食べられた~」




助っ人客室係は盛夏の高原で、布団の上げ下ろしにいい汗をかく。

でもオーナーや支配人を見ていると、この世界も大変そう。


Kirigamine, summer 2019

2019年8月10日

トイレの彼方にエベレスト


出家僧のようなスキンヘッドの、ビルマの竪琴さん。

 竪琴さんは私同様、50歳前後で会社を辞めて、名実通り?ミャンマーに渡った。その後日本で何度か会ったきり、ずっと消息不明になっていた。

「おととい9か月ぶりに帰国したよ。王将のギョーザはおいしいね~」

 ひょっこり姿を現した竪琴さん、ずっとネパールやインドを放浪していたらしい。昨冬は、富士山より高いヒマラヤの村で暮らしていたという。

車道の終点から歩いて1週間、プロペラ機が離発着する小さな飛行場からでも、徒歩2日かかる。そんな村の、トイレもシャワーも、暖房さえない石組みの空き家を借りて、5か月間。

「一体全体、そこで何してたんですか?」

「特に何も・・・ただ生活してただけ」

 私も正体不明の人に見られることがあるが、この人は完全に解脱している。

 標高3800メートルの村の朝は、室内でも気温マイナス6度。竪琴さんは物置で見つけた、過去の登山隊が残していった寝袋にくるまり、子猫を胸に抱いて、ひたすら部屋の空気が太陽で暖まるのを待った。

 ネットはつながらない。本さえ持参しなかった竪琴さんは、湯を沸かして紅茶を作り、日がな窓からヒマラヤの雪景色を眺めて過ごした。勝手に入ってくる近所の女の子(3歳)が、話し相手だったという。

家にトイレがないので、日が暮れてから外の畑で用を足す。ついでに坂道を30分ほど登り、峠に出る。その彼方には、世界最高峰エベレスト。

月明かりに照らされて、黒々と佇んでいる。

竪琴さんは2~3週に一回、バザールが開かれる大きな村へ買い出しに行った。エベレスト街道沿いのその村は、外国人トレッカーで溢れていた。

欧米人の他に、最近は中国や東南アジア、地元ネパール人客も多い。現地では「日本人は短い休みに無理やり来て、高山病で死にそうになって歩いているから、ひと目でわかる」と言われている。

ここではカフェが軒を連ね、スターバックス(の豆を使った)コーヒーも飲める。その賑わいとは逆に、竪琴さんが滞在したような周縁の村は、空き家だらけになっている。

村の男たちは、主に北欧へ出稼ぎに。登山道作りが得意な彼らは、豊かな国の自然公園に仕事を得て、海を渡るのだ。

その子ども世代は、英語圏に留学する。クルマも通らない寒村は外国人相手に稼いで、意外にリッチなのである。

村を出たシェルパ族に代わってひと儲けしようと、低地に住む他部族が外国人の道案内をするようになった。その挙句に山岳ガイドが高山病に罹るという、笑えない事態になっている。

こんな話をしてくれた竪琴さん、今頃はどこの旅の空・・・

Tateshina, summer 2019

2019年8月3日

樺太から東京へ



玄関に、シカの糞がてんこ盛りになっている。

 家の前を、キツネが横切る。

ミズナラやカラマツの木立に囲まれて、部屋は昼なお薄暗い。

 そして8月でも、朝起きてから灯油ストーブをつけている。

 我が家は信州の山奥。標高1600メートル。



 一般に、高度を100メートル上げると、100キロ北上したのと同じ気候になると言われる。東京~稚内間が1100キロだから、この辺は樺太並みの気候ということになる。

 札幌でさえ、今年は熱帯夜になる。

もしかしたら、日本屈指の冷涼な土地かも知れない。



 お盆前後のひと時、周囲に点在する家に明かりが灯る。でも、厳しい気候や人里離れすぎているために、定住者はまれだ。

 一番近いコンビニまで、歩くと2時間半。

 バス停まで、林の踏み跡を近道しても15分。そこから最寄りのJR駅まで40分。そのバスは1日3本しかない。

 ケータイの電波は微弱で、先日は家族の急を知らせる電話が届かなかった。緊急地震警報でさえ、鳴ったり鳴らなかったり。

台風で一帯が停電した時は、電気も水もなしで3日間過ごした。

そんな我が家にも、郵便局や新聞配達のクルマが、つづら折りの山道を上がってくる。頼めば、生協のトラックが食料を届けてくれる。

中には、クルマなしで定住しているツワモノがいるらしい。覚悟さえあれば、何とかなるのだろうか。でもウチでは、2か月借りっぱなしのレンタカーがライフラインだ。



先日森の家を出て、東京に向かった。

距離200キロ、標高差1600メートルの旅。

谷間を走る高速道路までクルマで行き、ハイウェイバスで、一路大都会を目指した。

「東京まで50キロ」の標識近くで、赤いフェラーリが炎上する事故。延々2時間の足止めを食う。朝はシカに気をつけながら運転したのに、東京に近づくにつれて、事故も都会的になる。

そして着いた午後7時の新宿は、気温30度超。深山の冷気とバスの冷房から、やっと解放された。

「樺太」から下りて来ると、この暑さがありがたかった。

(最初の5分だけ)


我が家(の6軒隣の家)

2019年7月26日

ランチタイムは10分


「中学生の登山ガイド、お願いできませんか?」 「はあ」

 誘われて、なぜか山岳ガイドになった。

 まだ梅雨が明けない霧の中、他のガイドたちと登山口で待つ。やがて6台の貸切バスが現れ、1年生270人と引率の先生方が、わらわらと降り立った。

今どき珍しい男子校。声変わりしかけた怪獣たちの世話は、大変そう。

でも彼らはきちんと整列し、おとなしく先生の注意を聞いている。東京・世田谷の学校だそうだ。ガイドのひとりが呟いた。

「中学1年生というより、小学7年生」

 そして登山ウェアを忘れた私は、ユニクロのシャツとパンツ姿の「なんちゃって山岳ガイド」。ベテランガイドに先頭を任せ、隊列の最後を歩いた。

霧の高原に、色とりどりの花が咲いている。たとえ生徒に「この花、何ですか?」と聞かれても、わからない。ガイド失格。でもスマホで花を撮れば、アプリが瞬時に名前を教えてくれる時代。聞かれなくてよかった。

 ときおり前方から、担任のソーマ先生のだみ声が飛んでくる。「おーい、一列になって歩け!すれ違う登山者に道を開けろ!!」。彼がクラスを完全に掌握しているので、ガイドは何もすることがない。

 山頂に着くと、ソーマ先生が高らかに宣言した。「みんな集まれ!これから弁当を食べて、1235分に出発だ!」。えっ、あと10分しかないよ。「ありえない・・・」男の子たちと一緒に、目を白黒させながらおにぎりを頬張った。

 驚異的な速さで食べ終わったソーマ先生が、物陰を探している。それを見つけた生徒が囁いた。「先生何してんだ」「トイレか?」「あ、タバコ出した」「せっかくの大自然の中でタバコですか」「ありえない」

 養護教諭が体調の悪い生徒を集め、別コースからリフトで下山させた。そして本隊は、予定の午後2時30分きっかりに下山口に到着。再びバス6台を連ね、整然と帰っていった。

 ユニクロを着た「なんちゃって山岳ガイド」は、ブラブラと4時間ついて歩いただけで、全く出番なし。あっけにとられるほど、見事な集団行動だった。

子どもの頃、フランスでバスツアーに参加した時を思い出す。我々一家以外は、全員フランス人。案の定、行く先々で、集合時間を守らない人が続出した。予定をズタズタにする、恐るべき個人主義者たち。

集団行動優先と、エゴの塊。その間のどこかを、自分の立ち位置にしたい。



この登山と同じ頃、ベルリンではヒトラー暗殺未遂75周年の式典があった。ドイツ軍に入隊した新人兵士に向かって、メルケル首相が呼びかけた。

「(上官の命令に)従ってはならない時があります」

行き過ぎた全体主義の帰結を知る国の、首相の言葉は尊い。

 次の機会があったら、子どものために、ランチタイムの延長を申し出よう


2019年7月20日

看板娘の勇気


 この夏も、レンタカーを2か月借りっぱなし。

 ここ数年、年間3か月以上は借りている。

 ・・・いっそ、クルマを買った方が得かも。

 でも「所有」より「シェア」の方が、なんとなくカッコいい世の中だし。



 親しくしているレンタカー屋さんは、家族経営の小さな店。本業の自動車整備工場を両親が切り盛りし、片隅にあるプレハブで、娘さんがレンタカー業務を一手に引き受けている。

朝8時から夜9時まで年中無休で、「連休が取れるのは正月の2日間だけ」。クルマを返す時は、お母さんがミカンや泥付きダイコンをくれる。

以下は、先日娘さんに聞いた話だ。

 ある日、上品な身なりの女性がクルマを借りにやって来た。その後も何度か、その人から予約が入った。時には、かわいい孫と一緒だった。

 すっかり信用していたある時、返却時間をすぎてもクルマを返してくれない。ケータイに電話しても、つながらない。

 SMSでメッセージを送ると、「いま取り込み中なので、しばらく待って欲しい」と。「次の予約があるので延長はできない」と返すと、とたんに連絡が取れなくなった。

 2日待って、警察に相談した。そして、警察に通報した旨をSMSで知らせた。すると、ほどなくクルマが戻ってきた。

 運転席から降り立ったのは女性ではなく、ガタイのいい見知らぬ男。クルマは無傷だったが、せっかくの禁煙車の車内が、むせ返るほどタバコ臭い。

「延滞料金、違約金と合わせて○○円頂きます」

そう娘さんが告げると、真冬なのにパーカー1枚のその男は、「暑いねえ」と言いながらそのパーカーを脱ぎ捨てた。

バーン! Tシャツ姿の首から腕にかけて、鮮やかな刺青が現れた。

「そ、それで、どうしたんですか?」と私。

「頂くものはきっちり頂きましたよ。決まりですので」

 男と対峙した娘さんは、天井から下がる監視カメラと集音マイクを、無言で指さした。

すると男はパーカーを着直し、金を置いてそそくさと帰っていったという。

「ここで甘い顔をしていたら、お客さんの質がどんどん悪くなりますから」

・・・やるなあ。



 なぜか私たち夫婦には、その年に仕入れた新しい車を回してくれる。

 今年の愛車は、3000キロしか走っていない白いホンダだ。


Diamond Head Beach Park, Honolulu

2019年7月13日

「コミュニケイションのレッスン」


 NPO活動をしていると、初対面の人と1対1で話す機会が多い。

 ここ数年、日替わりでこの3パターンが繰り返される。

ⓐ 無料の学習塾で、小中学生と一緒に90分勉強する

ⓑ 送迎ボランティアで、高齢者を助手席に乗せて20分走る

ⓒ 日本語教室で、外国人と簡単な日本語で90分会話する

 初対面の人と話すのは、いつまでも慣れない。ⓑだけは運転が主で会話は二義的、時間も短いので、ちょっとだけ楽だ。

ⓒではこれまでベトナム人、中国人、インド人、台湾人、イギリス人、ロシア人、タイ人、アメリカ人、エルサルバドル人らと日本語会話の練習をした。

ある日、夜の仕事をしているらしいフィリピン女性がやって来た。彼女の日本語は流ちょうだったが、真昼の教室の明るい蛍光灯の下では、お互い話題に困った。

 国籍や日本語レベルを問わず、やはり自分と似た育ちの人の方が、話がかみ合う。

そしてお互いカタコトでも、IYouで英語で話した方が親しくなれる。丁寧な日本語は、かえって相手との間に壁を作ってしまうようだ。

そして、ダントツに難しく感じるのがⓐ。特に、小学校高学年~中学生の女子との会話だ。

「疲れた? ちょっと休憩しようよ」と言ってから、彼女との間に、勉強以外の共通の話題が何ひとつないことに気づき、いつも呆然とする。恐怖の休憩タイムだ。

ただでさえ難しい年ごろな上に、生活保護を受けていたり、複雑な家庭環境に育った子もいる。プライベートな話題には、地雷が埋まっている。

 気まずい沈黙が1分、2分と続き、進退窮まってしまう。

小学生の頃から塾で会っていて、ただ一人気軽に話せるのが中1のRちゃん。藁にもすがる思いで、ローティーン女子の世界を教えてもらった。

「Rちゃん、いま一番ハマってるのは何?」

「キンプリ!スポンジボブ!スティッチ!平野ノラ!スプラトゥーン!・・・」

 何ひとつ、わからない。

 机の下でこっそりスマホ検索すると、火星語に聞こえた彼女の言葉は、実はジャニーズの6人組だったり、ディズニーのアニメだったり、お笑い芸人の名だったり、ニンテンドーの対戦型ゲームだったりするらしかった。

 長らく劇団を率いるコミュニケーションの達人、鴻上尚史。その名も「コミュニケイションのレッスン」という彼の著作を読んだ。

いわく、「沈黙しても焦らない」「穏やかに微笑み、体の力を抜き、重心を下に下げる」「そして、深呼吸をひとつ」「あなたの体がゆるんでいる限り、相手の体も自然にゆるみ、気づかないうちに再び会話が始まっている」

 そして、「コミュニケイションは技術であり、技術は場数で上達する」と。

 やっぱり場数が大切なのか。

さあ明日も、コミュニケーションの千本ノックを受けよう。



2019年7月5日

踊る仏像修復師


 高校時代の友人と30数年ぶりに会ったら、彼が「フリーの仏像修復師」になっていた。

 フリーの、仏像修復師。そんな職業あるんだ・・・

 彼、ワタナベ君自身も、職業欄にどう書こうか、いまだに悩むという。


絵画や書などは専門外だが、それがリッタイブツ(立体物)であれば、仏教だろうがキリスト教だろうが、何でも直す。でも十字架のキリスト像を修復したことは、まだない。

 

 ワタナベ君とは高校時代、一緒に南アルプスや奥秩父の山をぽくぽく歩いた。その頃の彼は無精ひげを生やし、もの静かな山男という印象だった。

大学院まで行き、文化財修復を専門にする会社で働いた後、独立した。

 地方の工房に半年間泊まり込み、休日返上で仕事をすることもあるらしい。

 小田原城に展示中の北条早雲像も、彼の手によるものだ。



 薄暗い工房でひとり、数百年も前の像と向き合う。制作した先人の息遣いを感じる。

「修復ついでにドサクサで、背中に自分のイニシャル入れてない?」

「ないない!」

 最近は、地方自治体がどこも財政難で、文化財修復の依頼も多くない。いろいろ、苦労があるみたい。



 ワタナベ君と会ったのは、新宿・歌舞伎町にあるしゃぶしゃぶの店(店の人はノーパンではなく、きちんと着物を着ていた)。夜の歌舞伎町に足を踏み入れたのは、実は初めて。

静かな半個室でゆったり食事を楽しんで、外に出た。いきなり、猥雑な音と光の渦に巻き込まれた。

 怪しげな店が軒を連ねる小路は、酔っ払いや客引き、外国人らであふれかえって、すごいことになっている。

人種・国籍・性的指向などなど、あらゆる属性の人が入り乱れた夜の歌舞伎町。その中で、およそ中年男らしくない、澄んだ瞳のワタナベ君は、ひとり異彩を放っていた。



 その彼は50代のいま、コンテンポラリー・ダンスにハマっている。

 女性たちに交じって、パツパツのタイツで踊っているのだろうか・・・

 踊る仏像修復師。


Waikiki at night

私はカモシカ

  ・もし、自分を動物に例えるとしたら? A 子「リス」  B 子「カモシカ」  C 子「飛べない鳥」  D 子「ウサギ」  E 子「フクロウ」 ・あなたが人生の最後に食べたいのは? A 子「オムライス」  B 子「あん肝」  C 子「寿司」  D 子「オムライス」 ...