2018年12月15日

投資家は陸上選手


 トランプ米大統領が「I am a Tariff Man」とツイートしたら、ダウ平均が800ドル下落した・・・?

 ツイートとマーケットの動きに、本当に因果関係があるのか。幸い情報端末が不調で、市場の乱高下をリアルタイムで見ずに済んでいる。

 むしろ、これまで世界株安時に必ず起きていた円高が、まったく起きないのが気になる。円は安全通貨だ、という外国人投資家の幻想が剝がれてきたのか。とめどなく膨張する財政赤字を放置する日本の「Xデー」は近いかもしれない。

「インベストメント ハードラー」 為末大 講談社 2006年発刊

 400mハードルで世界選手権銅メダルに輝いた著者が、自らの投資経験を語った異色の本。

 為末は子供のころから「駆けっこ」に強く、中学時代に出した短距離の記録は、あのカール・ルイスの中学時代より速かったという。著者は冷静に自己分析し、「あれは単に体が早熟だったため」と、ハードル走に転向する。

 陸上選手は持って生まれた資質の面が大きいが、ハードル走は技術が必要とされ、ち密でかつ限界まで耐え抜くような厳しいトレーニングが必要となるという。

 だからハードル走には根性が大きな意味を持つが、覚悟や根性といった心の強さが日本人の最大の特徴だ、と著者は説く。「日本人は耐えられるのだ」

 日本人は耐えられる。この特質は投資にも応用できると私は思う。数多の暴落に耐え、複利効果を生かしてゆっくりお金持ちになっていく「株式長期分散投資」こそ、日本人向きの投資戦略だ。

 ところが、実際に為末の身に起きたのは、「30万円が3年で2000万円になる」という経験だった。

 暖かいトレーニング環境を求めて訪れたタイで、彼は投資会社の日本人社長に出会う。時はちょうど、アジアを金融危機が襲って間もなく。社長に託した金は、資金不足で工事が止まった建設中のマンションに投資された。

建物を完成させ、数倍の値で転売して得た資金を、今度はスマトラ沖大地震からの回復局面にあったタイ株市場に投資。かくして、30万円が2000万円に。

為末自身も断っているが、これはめったにない投資チャンスを運よく掴めたということだ。読者が真似してアジアの不良債権市場に手を出したら、大やけどするだろう。

「そもそも私は陸上選手である。陸上選手にとって最大のリスクは陸上以外のことに思考が向かってしまうこと」と自戒して書いている。だが為末はこの本を出した後、目立った成績を残すことなく引退している。

投資の大成功が、かえって彼の選手生命を縮めることになってはいないか。

宝くじが当たった人や、プロスポーツ選手の引退後に自己破産が多いことは、よく知られている。準備ができていない人の頭上に、お金が雨あられと降り注ぐと、その結末はあまり幸せではなさそうだ。

「雨あられ」ほどでもなかった為末は、引退後も各方面で活躍している。



2018年12月8日

最後までひとり


 ハツエさんは、人の体を両手でまさぐる癖があった。

 その日は視覚障がい者の集まりがあり、ハツエさんの手を取って社会福祉協議会へ。いつも明るいハツエさんは人気者で、たちまち若い女性職員に囲まれた。

 その一人ひとりに、ハツエさんの入念なボディーチェックが始まる。目が見えない代わりに、掌で覚えているらしい。特に胸のあたりを、念入りに撫で回している。

「あなたサトミさんね。また太ったんじゃない?」

 目のやり場に困るというか、ちょっとうらやましいというか。

 演歌歌手のコンサートが開かれる市民会館にも、よく行っていた。最前列に陣取ってノリノリで踊っていた、とヘルパーさんから聞いた。

「昭和の遺構」とでも呼びたくなるような、老朽化した市営住宅。その一室がハツエさんの住まいだ。ヘルパーさんの支援を受けながらも、独りで暮らす。玄関には、人の気配を感知するぬいぐるみがあり、いつもにぎやかな機械音声に迎えられた。

 訪ねると、キンキンに冷えた栄養ドリンクをくれる。「エアコンは4年前に壊れたきり」と、猛暑の夏でも平気な顔をしていた。

1000円カットの「チョキチョキ」や、スーパー「ヤオマサ」まで車で送ることはあったが、彼女の行き先が病院だったことはなかった。

その後、ハツエさんとはご無沙汰していた。他のNPOメンバーが送迎している、とばかり思っていた。

 用事があって社協を訪ね、ハツエさんが亡くなったことを知った。

 体調を崩して入院し、最期は見知らぬ町の老人病院で、家族に看取られることもなく息を引き取ったという。

 目は不自由でも、いつも笑顔だったハツエさん。そのひんやりした手のひらを思い出した。



 オーストラリアに、ヘルパーとして多くの高齢者を在宅で看取った女性がいる。その人の手記に、こんな一節がある。

「死を迎える人の中には、家族に看取って欲しいとは思わない人もいる。そういう人たちは、意識があるうちにお別れを言って、家族には他の記憶を心に残してもらい、臨終の時にはヘルパーに見送られたいと望む」

 昔のテレビドラマに、いまわの際に「死なないで!」と家族がすがりつく場面がある。もし見送られる本人が人生に満足していたら、あまり居心地よくないことだろう。

 もしかしたらハツエさんも、「寂しく孤独に亡くなった」と言われるのは心外かも知れない。


2018年12月1日

やがて哀しき外国語


 新聞社時代の同僚が、30代で退社して英語学校を開き大成功した。彼が書いた本のタイトルが、「130分を続けなさい!」。

 月刊の英語教材を買って、私も「130分を続けなさい!」と唱えながら、細々と英語を続けている。

 この月刊誌には毎号、英語の達人たちのインタビューが掲載される。地方の大学を出て、留学なしでニューヨーク・タイムズ記者になった女性。サラリーマンを60歳で定年退職の後、猛勉強して同時通訳者になった男性などなど。

 すごすぎる・・・

 NYTimes記者になった女性には、実際に会って話を伺った。別に英語訛りの日本語を話す訳でもない、日本女性らしい控えめな方だった。

 ネパールで会った彼女の妹さんに聞くと、「姉はかなりストイック」。それを聞いて妙に安心した。並々ならぬ努力を続ける、不屈の人なのだろう。

 英語で食べている人と会った時は、英語との出会い方を聞いてみる。ハワイで通訳をしているAさんは、モルモン教の金髪青年が自宅に訪ねてきて、カッコよさに憧れ、小学校から英語塾に通ったという。

 弁護士としてアメリカで働いた後、帰国して大学講師や翻訳をしているYさんは、親の仕事の関係で小さい頃にアメリカで暮らしていた。

 同じ帰国子女でも、語学に苦手意識を持ってしまう人(=私)もいる。AさんもYさんも女性なので、女性は生まれつき人とのコミュニケーションを大切にする➡語学習得も自然に努力できる、というのが私の仮説だ。



 子どもにボランティアで英語を教える機会がある。教科書を開くときの、彼らのイやそうな顔!自分のことは棚に上げて、そこまで嫌わなくてもいいのにと思う。

 早晩、小学校でも英語が必修化される。早くから苦手意識を植え付けてしまうと、子どもの人生が暗くなる。

 仲間の元英語教師が、隣でスパルタ式に文法を暗唱させている。私は、もっと彼らのモチベーションに訴えたい。

「英語を勉強すれば外国に行けるよ!」「ぼくずっと日本にいるからいい」

「フェイスブックやツイッターで英語でつぶやけば、世界中の人が聞いてくれるよ!」「私LINEでいい」

 LINEは東南アジアで普及しているが、グローバルではない。いじめや仲間外れの温床にもなる。スタンプばかりでやりとりすれば、日本語まで退化しそう。

「英語ができればいろんな生き方ができるよ。それに、お金も儲かるかも!」

(と言いながら、我ながら品がなかったと反省)

 もう少し、彼ら彼女らの心に刺さる殺し文句はないものか・・・





2018年11月24日

子どもを年収1000万円の社畜にするのか


 貧困家庭の子ども向け無料塾で、久しぶりにショウちゃんに会った。

 いつの間にか中学生になっていたが、相変わらず勉強する気はない。

「あ~あ・・・つまんねえ」 何を聞いてもうわの空。

 でも戦国時代に話を振ると、ショウちゃん俄然、生き生きする。福島正則、朝倉義景、今川義元、片倉小十郎、立花宗茂、北条氏康。知らない武将の名が次々に出てくる。戦国時代が舞台の3Dゲームにハマっているらしい。

「過去にタイムトリップして雑賀孫一に会いたい」目をキラキラさせて言う。

  この塾、以前は子どもの居場所作りの色合いが強かった。ショウちゃんとも、よく廊下でサッカーをした。それが今や、元教師や大学生のボランティアが2時間みっちり勉強を教える場に。分数の掛け算も忘れた私には分が悪い。

 子どもに居場所を提供するはずが、自分の居場所がなくなっていた。



 ちょうど日経ビジネスonlineで、マンガ「ドラゴン桜」に登場する弁護士、桜木健二のインタビューを読んだ。「わが子を年収1000万円の社畜にするのか」という刺激的なタイトル。子どもと接する上でのヒントを見つけた。



〇教師の役割・・・かつては系統だった知識を生徒に教える授業方法だったが、今は知識がネット上にいくらでもある。今の教師の役割は、少しだけ先に人生を歩む先輩として、生徒の心に寄り添うこと

→一人ひとりの得意・不得意・行動のクセやモチベーションの発火点を正しく見極める

〇親の役割・・・親の時代の常識が、これからの時代に通用するわけがない。世の中が驚くようなスピードで変化している時代に、過去の常識は今の非常識。親の『よかれ』という思いは、子どものためにはならない

→「自分のアドバイスが子どもの役に立つなんて思うな」

→子どもがゲームにハマってもいい。好きなことに没頭する経験は、将来の集中力につながる。大人から見て「くだらない」「役立たない」と思うものでも、子ども自らが夢中になっているものを奪ってはいけない

→親が子どもに対してできるのは、体力をつけさせること。体力さえ備えておけば、いざ子どもが勉強しようと火がついた時の集中力も高くなる

〇多くの親が陥っているのは、自分に自信が持てないという罠。わが子の力を心の底から信じ切る、そのためには自分自身に自信を持つ

→「歳を取ったって、親になったって、人間はいくらでも成長できる。自分を高めろ!自分にかまけろ!それが、子どもを伸ばす唯一にして最高の方法だ」



 私がショウちゃんに英語や数学を教えるよりは、そのまま彼の大好きな戦国時代を極めてもらった方が、何者かになれる気がする。

 勉強していい学校に入り、いい会社に入れば一生安泰。そんなロールモデルがなくなって大変だが、ネット世代は好きなことを武器に生きていける世代でもある。


2018年11月17日

天使と過ごす30分


 今日も、Kちゃんとデートした。

 一時預かり施設からママが働く病院まで、30分の夕暮れドライブ。

 何度も同じ道をデートしているが、彼女はいつだって奔放だ。

 車検証やバッグの書類など、手が届く限りの紙を丸めて、そこら中に投げる(・・・しわを伸ばせばまた読めるし。節分みたいで楽しいね)。

 ボールペンやCDを、窓から車外に投げる(あああ。ま、拾いに行けばいいや)。

 走っている最中に、助手席から手を伸ばしてギアをニュートラルにしたり、ハンドブレーキを引いたり(クルマがどうやったら止まるか、小さいのによ~く理解してるね)。

渋滞がちな道中、どうしたらKちゃんがよりハッピーになり、私も前方不注意にならずに済むか。あまりしゃべらない彼女の胸中を、推し量ってみる。

絵は好きなのかな。子ども扱いを嫌う彼女に、ホワイトボードと4色ペンをそっと手渡した。

 無心に絵を描いている。珍しく、車内に静かな時間が訪れた。

 ところがある日、彼女がムキになって、ボードにタテ線を書き殴っている

Kちゃん・・・それ、なんの絵?」

「雨。」

Kちゃんの今の心境は、土砂降り?)

 そしてボードが青一色に塗りつぶされると、今度は私の腕に描き始めた。顔色ひとつ変えずに。

(うわあああ、買ったばっかりのシャツが・・・いや待てどうせユニ〇ロだ)

 毎回、度量を試される。落ち着け、自分。運転に集中しろ。

 今日はどんな展開が待っているか、楽しみに行けばKちゃん爆睡中。先生に抱っこされて車に運ばれ、院内保育所に着いても起きない。寝たまま抱っこで保育士さんに手渡す。天使のような寝顔が、みんなを笑顔にした。

 一度だけ、彼女にお返ししたことがある。

 その日も橋の手前で渋滞が始まり、Kちゃんが退屈し始めた。モゾモゾ、足元の赤いリュックを開けようとしている。

「!」

 小さな背中を見ていて、ピンときた。とっさに運転席側のスイッチで、全ての窓を閉めた。

 次の瞬間。Kちゃんが振り向きざま、食器袋を窓に向かって投げつけた。ガチャーーン!間一髪、閉まった窓ガラスに当たって跳ね返り、戻ってきた。

「やった!」大喜びするおじさんの隣で、憮然とするKちゃん。

 NPO活動で障がいのある高齢者と接していると、人生終盤の厳しい現実を見ることがある。Kちゃん自身がどう思っているか知らないが、彼女と過ごす30分が、間違いなく心の救いになっている。




2018年11月10日

サラリーマン冒険家たち


「会社やめて、毎日なにしとんのや」

「いや・・・その・・・個人投資家として・・・」

「なにい個人投資家だ? なんじゃそりゃあ! うさん臭いのう!!」

 大学山岳部の会合で、数年ぶりに会った先輩に笑い飛ばされた。

 後輩の一部から「うらやましい」という声も聞こえたが、とても本気で言っているとは思えない・・・



 今から25年前、まだ20代だった彼ら山岳部の仲間とヒマラヤの未踏峰に挑んだ。8000メートル近い高さの山に登るには、優に2か月はかかる。ふつうは会社を辞める覚悟が必要だ。

ところが、当時新聞社に入って5年目の私は「出張扱い」にしてもらった。夕刊特集面を作ることを条件に、「会社のお金で」好きな山登りができた。帰国後には、骨休め休暇までもらってしまった。

学校を出てからもヒマラヤ登山を続けるには、どうしたらいいか。ひと昔前は、学校の先生になるのが正解だった。毎年、夏にひと月も休めたから。

学校が次第にブラック職場化してくると、今度はマスコミに人気が移った。私や山岳部の後輩は、軒並み新聞社やテレビ局に就職している。

会社側にとっても、山岳部出身者は「真冬に夜中まで張り込みさせても文句を言わない」便利な人材だったと思う。双方の利害が見事に一致していた。

 マスコミに入った後輩たちは、それぞれ会社の経費で北極に行ったり、南極で越冬したり、エベレストに登頂したり。役得をフルに行使した。

 登頂25周年を祝う会で、久しぶりに会った彼ら。歳も50前後となり、現場は若手記者に譲って、もっぱら社内でデスクワークに勤しむ毎日だ。

 テレビに行った連中は元気がいい。いつの間にか、酒にも強くなっている。某局で部長職を務める後輩にごちそうになった時、会計で領収書を作りながら彼が豪語する。


「オレが使える交際費には上限がないんっすよ」

 史実を基にした映画「ペンタゴン・ペーパーズ」では、メリル・ストリープやトム・ハンクス扮する新聞人たちが輝いている。政権の圧力に抗して、歴代大統領のウソを暴いていく。それがベトナム戦争の終結につながった。


 いつだって、歴史を作るのは新聞だ。

 それなのに、なぜ新聞ばかりが没落する?

 世の中、なにか間違っている。









2018年11月2日

蒸留された情報


 新聞記者だった先輩が、退職と同時にテレビを捨てた。

 会社にいる時はもちろん、休日も家のテレビをつけっ放しにしてニュースを追い、緊急速報のチャイムに身構える。そんなことを何年も続けていると、確実に心が摩耗する。

 仕事上の必要がなくなってしまえば、ニュースがなくても困らないことに、私も気づいた。

 そして、投資家にとっての経済ニュースも、ただ気ぜわしいだけだ。経済専門チャンネル(CNBC、ブルームバーグなど)をつけっ放しにしている人は、ちょっとカッコいいが、有益とは限らない。


「まぐれ」(Fooled by Randomness)の著者ナシーム・N・タレブは、オプション取引のトレーダーにして大学教授。彼もマスコミに対して辛辣だ。


「マスコミは私たちが出くわす最大の害悪」「世界はどんどん複雑になり、一方私たちはどんどん単純化されたものにばかり接するようになる」

「マスコミと歴史の違い=ノイズと情報の違い」

「マスコミでありながら有能な人間であるためには、物事を歴史家のような視点で見て、自分が提供する情報の価値を割り引いて考えなければならない」

「新しい考え方よりも蒸留された考えにこそ価値がある」

「疑わしい時はシステマチックに新しいアイデアを否定するのが一番いいやり方だ。明らかに、そして驚くべきことに、常にそうなのだ」

「情報の問題点は、気が散るところや一般的には役に立たないところではない。有毒なところだ」

「不確実性の下で意思決定を行う時には、マスコミには可能な限り接しない方針を持つのが正しいはず」

「マスコミにとって、黙るぐらいならそれこそ何でもいいからしゃべった方がましなのである」

「蒸留されていない情報の蒸留された情報に対する比率が上がり、市場は前者で溢れかえっている。昔の人の戒めなんか、緊急ニュースで届いたりしない」



 最近起きたマーケットの変動を、マスコミは米中貿易戦争」結びつけたが、本当だろうか。

 市場でつけられたものの値段が、その本質的な価値より高くなりすぎれば、いつか必ず元に戻る。その逆もまた真なり。今回も、それだけの話だと思う。



「やっぱり詩でも読んでいる方がいい。何か本当に重要な事件が起きたなら、どのみち私の耳までたどり着くだろう」

私はカモシカ

  ・もし、自分を動物に例えるとしたら? A 子「リス」  B 子「カモシカ」  C 子「飛べない鳥」  D 子「ウサギ」  E 子「フクロウ」 ・あなたが人生の最後に食べたいのは? A 子「オムライス」  B 子「あん肝」  C 子「寿司」  D 子「オムライス」 ...