2002年に独立した新しい国、東ティモール。
独立前後の激しい内戦から脱し、初の国政選挙が実施された2007年7月の首都ディリは、落ち着きを取り戻しているように見えた。
だが経済は破綻状態で、失業率は高い。目つきの悪い若者たちが、街角にたむろしている。唯一まともに泊まれるホテルの窓ガラスは、銃弾が貫通した穴が開いていた。
国連平和維持部隊のオーストラリア兵が、自動小銃の引き金に指をかけて市内を巡回している。
街外れの丘の上に、両手を広げたイエス・キリスト像がある。ホテルから、片道7~8キロほどか。街を流しているボロボロのタクシーを捕まえて丘まで行き、よく海沿いをホテルまで走った。
日中はとてつもなく暑いので、ちょうど途中で日が暮れるぐらいの時間を見計らってスタートする。すると、「真っ赤な夕陽に向かって走る」ヒーロー気分が味わえる。
こんなことばかりしているので、報道カメラマンとしては、なかなかヒーローになれなかった。
それはさておき。
走りながら見下ろす南太平洋の海は、底が見えるほど透き通っている。いつの日か治安が安定し、海岸が観光客でにぎわう日が来るだろうか。いまは非番のオーストラリア兵たちが、マッチョな上半身むき出しに、砂浜を走ったり泳いだりしている。
その日もひとっ走りしてホテルに戻ると、顔なじみになったフロントの女性に
「どこに行ってたの?」
と聞かれた。
「ちょっとキリスト像までジョギングに・・・」
と答えると、
と答えると、
「Oh、デンジャラス! あの辺は治安が悪いですよ。明日からは私の息子と一緒に行きなさい」
と、親切に言ってくれた。
だが、その脇で無邪気にジュースをすすっている彼女の息子は、どう見てもまだ小学生。小学生に護衛される私は、いったい何なんだ。
彼女の言う「デンジャラス」がどの程度のものなのか、にわかには計りかねた。
その答えは、私がバンコクに戻った7か月後に出た。ジョギングコースにほど近い大統領と首相の私邸が、失業した元兵士たちに襲撃された。銃弾を浴びたホルタ首相(当時)は空路、オーストラリアの病院に緊急搬送され、危うく一命を取り留めた。
そんな事件があってもなお、あの時は危なかったという気はしない。
会社を辞めたいま、東ティモールは遥かな国。いつかひとりの観光客として訪れ、成長した彼と一緒に、またあの静かな海沿いを走りたい。
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