2024年11月15日

「魂の退社」

 

25年間勤めた新聞社を50歳で離れて、今月でちょうど10年になった。

世の中には、似たような人がいる。

「魂の退社~会社を辞めるということ」稲垣えみ子著 幻冬舎文庫

この本の著者もちょうど同じ頃、50歳で朝日新聞を退職した。8年前に単行本で一度読んだのだが、最近母から文庫版をもらって、今回も楽しく読んだ。

著者の稲垣さんは、自由気ままな独身女性。それでも退職を決める際は、かなり逡巡したという。私の場合は扶養家族があったので、当時としては思い切った行動だったかも知れない。

稲垣さんは退職時、ずいぶん会社から慰留されたらしい。

私の退職時は、誰ひとり引き留める人がいなかった。

…なんでやねん!

稲垣さんは給料に頼らない生活を始めるにあたって、「電気のない暮らし」を実践した。冷蔵庫や洗濯機などの家電製品を使わない。室内の電気もつけない。夜に帰宅したら、玄関でしばらくじっとしている。

暗闇に目が慣れれば、ほとんど何でもできるという。

私といえば退職時、節約生活の代わりに、今まで以上に資本市場にどっぷり浸かる暮らし、つまり株式投資で生きていく方法を模索していた。

そして東京から移住した信州のわが家は、人里離れた森の中だ。いくら玄関でじっとしていても、何も見えてこない。稲垣戦術は使えないのだ。

彼女とはいろいろな面で正反対なのだが、読み進むうちに、思い切って退社した時の懐かしい気持ちがよみがえって来た(以下、本書より引用です)。

「高い給料、恵まれた立場に慣れきってしまうと、そこから離れることがどんどん難しくなる」「その境遇が少しでも損なわれることに恐怖や怒りを覚え始める」「その結果どうなるか。自由な精神はどんどん失われ、恐怖と不安に人生を支配されかねない」

「雇われた人間が黙って理不尽な仕打ちに耐えるのは、究極のところ生活のためだ。つまりはお金のためだ」「会社で働くということは、極論すれば、お金に人生を支配されるということでもあるのではないか」

「『お金』よりも『時間』や『自由』が欲しくなった」

「退職金の一部は税金の支払いを控除されるのだが、この控除額は、勤続年数が長いほど増える」「つまり、会社から自主的に自立、独立する人間には国家からペナルティーが科されるのである」

「失業保険はなんと、別の会社に就職しようとしている人だけが受け取ることができるのであり、個人で独立して生計を立てようとしている人間には受給資格がない」「会社員にあらずんば人にあらず」「国までもが会社に属さない人間に『懲罰』を科してくるのである」

 あの頃は、退職後の日々がこんなに充実するとは想像もできなかった。

会社を辞める時に背中を押してくれた亡妻のためにも、これからもハッピーに暮らそう。


Musee d'Orsay Paris 2024


2024年11月8日

大統領は自己愛性パーソナリティ

 

あっさりと…

本当にあっさりと、アメリカの大統領が「あの人」に決まってしまった。

 

「自己評価が過剰に高く、他者からの称賛を欲するが、異常なほど自信がなく、自己の失敗を認めない性格の持ち主」

元外務官僚の宮家邦彦氏によれば、「あの人」はアメリカ精神医学会の分類における「自己愛性パーソナリティ症」では?という説があるらしい。「真偽は不明だが、1期目のトランプ政権を見れば実に説得力がある」見方だという。

少なくとも日本と日本人にとって、「あの人」が大統領になることのメリットはひとつもない気がする。

でも宮家氏によれば、よいニュースもないことはない…らしい。

以下、日経ビジネス電子版に載った氏の分析記事を、一部紹介します。

 

・今回の選挙は、トランプ氏が勝利したというよりは、現職副大統領であるハリス氏が敗北したと見るべき。ハリス氏の敗因は、インフレや住宅不足などの経済問題

・中国との競争では、中国を抑止する力を日米が共同で強化していくことが大切。だがトランプ氏にそのような問題意識があるかどうかは疑問。氏は安全保障について、米国の国益よりも、同盟国の国益よりも、同盟メカニズムの利益よりも、トランプ氏個人の利害を優先する

・自国に世界最強の軍隊がありながら、その指導者が軍事力の使い方を知らず、軍事力行使の有無を個人の利害や好みに応じて決めること自体、驚くべきこと。そして中国は、そのことを熟知している

・トランプ氏は外交よりも内政、特に自己の名誉回復に最大の政治的精力を傾注する可能性が高い

・よいニュースが全くないわけでもない。トランプ氏は曲がりなりにも4年間、米国大統領職を経験している。生来の癖や性格は変わらないにしても、1期目ほど予測不能な統治は行わないのではないか、という淡い期待がある

・仮にトランプ氏が変わらないとしても、トランプ氏の側近やスタッフの多くはトランプ式意思決定に慣れているはず。彼らの多くはトランプ氏の性格を逆手に取りつつ、米国にとって望ましい政策を不完全ながら立案実行してきた

・日本政府の外交当局にも、第1期トランプ政権とやりとりした有能な人材が残っている。そしてトランプ政権側の関係者も、中国との競争を勝ち抜くためには日米関係が重要であると理解している

 

今回の選挙は「あの人」の圧勝だった。これはアメリカの有権者の意思であり、民主主義である以上、その意思は尊重されなければならない。

「あの人」が勝利宣言した朝、わが家は雪が舞った。



2024年11月1日

宴の後は…

 

朝の気温が1℃だった八ヶ岳の森から、「特急あずさ」で暖かい東京へ。

備忘録代わりに、2日間の滞在で食べたものの写真を載せておこう。

 

1日目のランチ:亡妻のいとこ主催のパーティーで、恵比寿のフランス料理

1日目のディナー:大学時代の友だちと、恵比寿のネパール料理

2日目のランチ:バンコク駐在時代の香港支局長と、銀座で中華(飲茶)

2日目のディナー:前の会社の同僚と、銀座のレバノン料理

 

ふだんは玄米と納豆で生きてるのに、アポを詰め込み過ぎてこんなことに…

お腹壊すかと思ったけど、なんとか持ちこたえた。

 

しっかし、トーキョーは何でもありますなぁ。

安くてヘルシーなレバノン料理は、バンコクやロンドンでさんざんお世話になった。フムスやファラフェル、タジン鍋など、野菜中心の優しいお味。

このレバノン料理だけが自分のチョイスで、それ以外は一緒に食べた方々が選んでくれた店だ。

皆さんグルメだから、外れのない、さすがのおいしさだった。

でも、森の家に戻って作った玄米、キムチ納豆、信州みその味噌汁の「一汁一菜定食」が、これまた五臓六腑に染みわたるようで…

堪りません!






2024年10月25日

怪しい日本人を量産する方法

 

わが家は、市街地からかなり離れた森の中にある。

こんなへき地まで新聞を配達して頂いて、申し訳ない!

…と、思っていたら、今年から新聞が「郵送」されるようになった。

夕方になってから、3日前の新聞が届く。なんとなく読む気になれず、どんどん積み上がっていく。気がつけば世間様からも遠ざかり…私の中では、最近やっと政府与党のトップ(=次の首相)を選ぶ決選投票が行われたところだ。

ひと月前の新聞によると、争点のひとつが「選択制夫婦別姓」。自民党総裁選の決選投票に残った男性候補者は賛成派で、なぜか女性候補者の方が反対しているらしい。

この国では、結婚時に改姓する95%が女性なのに…

不公平を被る側が、なぜ反対する?

男性ながら改姓を経験したサイボウズの青野慶久社長は、「日本人と外国人の結婚では夫婦別姓を選べるのに、日本人同士だと選べないのは違憲では?」と言う。

(以下、日経ビジネス電子版の記事の一部を紹介します)

・日本で法律婚をすると、改姓する人は免許やパスポート、クレジットカード、銀行口座などの名前を変える作業が発生する。平日に有給休暇を取らないとできない作業もある

・会社内でも、名前を変える作業が発生する。変えたくない場合は今までの名前(通称)を使えるが、手続き上は新しい姓名を使うので、人事や経理などのバックオフィスは二重管理しなければならない

・よく問題になるのが海外出張。通称ではなく新姓で取らないと飛行機に乗れないし、ホテルにも泊まれない。女性が当たり前に海外出張る時代すに、無駄な仕事を増やしている

・海外に行けば、パスポートとクレジットカードが身分証代わり。それと一致しない名前を使うのは、外国人にとってはとても怪しい行為。通称を使えるようにしようというのは、怪しい日本人を量産しようとしている、ということ

・本当に通称を世界のどこでも使えるようにするのであれば、選択的夫婦別姓にしない理由は何なのか。何を守りたくて通称にしようとしているのか

・衆院議員全体における選択制夫婦別姓の賛否を見ると、賛成56%、反対27%。多数決であれば成立するはずなのになぜ可決しないかというと、自民党内で党議拘束を外さないから。賛成か反対か、いつまでたっても決まらない

・選択的夫婦別姓を進めるためには、自民党のメンバーを入れ替える必要がある。考えが古い人や宗教団体と癒着している議員がたくさんいるから進まない

・そういう国会議員に票を入れている日本国民にも問題がある。これは選択的夫婦別姓の問題だけではなく、日本が21世紀に向けて本当に変われるかどうかの問題

Flower market, Kolkata India 2024


2024年10月19日

愛着に苦しむ人たち

 

「愛着障害」

愛着障害は、本来「安全基地」として無条件の愛情と世話で子どもを守ってくれる養育者(通常は母親)が、「安全基地」としての役割をうまく果たせないことによって生じる。

最近の研究では、母親との不安定な愛着を示す子どもは人口の3割以上。大人になっても、精神面、健康面で深刻な影響を引きずるという。

 「愛着障害と複雑性PTSD」 岡田尊司著 SB新書

この本では、歴史に名を残すような人たちも愛着の問題を抱えていたことが、精神科医の著者によって明かされている。一部を紹介します。

Mの場合】

父親は誰だか不明。母親は錯乱を起こして精神病院に入院。その間Mは、孤児院と里親の間を10回も行き来して育つ。里親の元では性的虐待を受ける。

16歳で最初の結婚をしたMは、離婚と結婚を繰り返し、妊娠中絶すること13回。

女優として世界的な名声を得るも、36歳で睡眠薬のオーバードースで死亡。

Mとは、あのマリリン・モンロー。モンローは「知性とは無縁のセックスシンボル」というイメージと異なり、大変な読書家だったという。孤児院や施設で育った人は、読書に救いを見出すのだ。

Hの場合】

Hの両親はともに熱心な宣教師。わが子に対して、自然な情愛より聖書の教えに忠実であることを求めた。親の期待や基準ばかり押し付け、それに応えられないHを否定的に見下し、ついには児童相談所に放り込む。

親との確執は成人後も続き、Hは慢性的な希死念慮に苦しんだ。

Hとは、「車輪の下」などで青春期の苦悩を描き続けた作家のヘルマン・ヘッセ。

Yの場合】

Yは裕福な家庭に生まれたが、愛情に欠けた自己愛的な母親に育てられ、不安定な愛着しか育めなかった。長じて結婚したYは夫以外の何人かの男性と関係を持ち、中絶を繰り返す。睡眠薬で自殺を図り、精神病院に入院した。

このYとは、3人めの夫としてジョン・レノンと結婚、前衛芸術家・社会活動家として知られるようになったオノ・ヨーコのことだ。

Tの場合】

Tの母親はお嬢様育ちの上に作家志望で、子育てにまったく関心がなかった。幼いTをひもに結んで柱につなぎ、ひとりで遊ばせた。さらに父親は母親以上に子どもに無関心で、Tの弟が2歳で亡くなった時も、仕事を中断しなかった。

そして母親は、不倫相手と同棲を始めた。

Tとは「太陽の塔」の制作で知られる芸術家の岡本太郎。母親は小説家の岡本かの子。父親は漫画家の岡本一平だ。

 

子どもの頃の過酷な体験が元で、その後も対人関係に苦しみながらも大事を成し遂げた人たち。逆境を乗り越える中では、大変な苦労があったことと思う。

National Portrait Museum, London 2024



2024年10月11日

無節操な読書でもOK!

 

ほんの出来心で、いま心理系大学院を目指している。でも受験勉強にも飽きて、町に出て本を10冊、衝動買いした。

「流出する日本人」「世界は経営でできている」「日ソ戦争」「愛着障害と複雑系PTSD」…ノンフィクション系が多いが、ジャンルはバラバラだ。こんな乱読じゃイカンなぁ、と思っていたら、ネットにこんな記事があった。

「無節操なインプットが強力な『知的戦闘力』を生む」

自分にとって都合のいい話は、すぐ目に入ってくる。これを心理学用語で「知覚的鋭敏化」というらしい。

以下、記事の一部を紹介します(日経ビジネス電子版「知的戦闘力を高める独学の技法』の著者、山口周氏インタビューより)

・人生全体で見れば、アウトプットの量とインプットの量は同じ。インプットせずにアウトプットしていれば、どこかで枯れてしまう

・アウトプットがぱったりと枯れてしまう人がいる一方で、長期間にわたってアウトプットの質・量を維持できる人(斎藤孝氏や内田樹氏など)がいるのは、人生のどこかでインプットし続けている時期があるから

・アウトプットが一時的にウケて、次々と仕事が舞い込んだ状況でインプットのために勉強するのは機会費用が大きい。その時間を執筆や講演に使えばお金になるのに、インプットのための勉強はお金を生まないから

・機会費用を小さくするには、まだ誰からも「本を書いてほしい」「アドバイスをしてほしい」「手伝ってほしい」といわれていない時期、時間が腐るほどあるという時期に、思いきりインプットする

・そして「アウトプットが必要になったとき」というのは、もう「舞台に立て」といわれているわけだから、そこで勉強をしているようでは、どうしても付け焼き刃的な知識の表面的なインプットにならざるを得ない

・他者からアウトプットを求められる時にその人らしいユニークな知的アウトプットを生み出せるかどうかは、無節操なインプットの蓄積による。若いときの無目的で無節操な勉強こそ、継続的に知的生産力を維持するためには重要

・でも「心地良いインプット」には要注意。「共感できる」「賛成できる」ような心地よいインプットばかり積み重ねると、同質性の高い意見や論考ばかりに触れることになり、知的ストックが極端にかたよって独善に陥る

・どんなに知的水準の高い人でも「似たような意見や志向」を持った人たちが集まると、知的生産のクオリティは低下してしまう。多様な意見のぶつかり合いによる認知的な不協和が、クオリティの高い意思決定につながる。これは個人の知的ストックにおいても同様

・キャリアカウンセリングをする際、「好きなもの」よりも「嫌いなもの」を聞いた方が、その人のパーソナリティの深い部分に入り込めることが多い。本を読んで強い反感や嫌悪感を覚えたときは、そこをメモしておこう。後でいろいろな気づきにつながることになる

The Notting Hill Bookshop, London 2024


2024年10月4日

美意識を鍛える

 

ニューヨークのメトロポリタン美術館で、早朝に行われるギャラリートーク。

これまで参加者は旅行者や学生ばかりだったが、最近はスーツ姿の知的プロフェッショナルが目立つという。

なぜ彼ら彼女らは、出勤前の多忙な時間を割いてまで美術館に通うのか? 

「世界のエリートはなぜ『美意識』を鍛えるのか?」山口周著 光文社文庫

本書によると、それは「犯罪を犯さないため」なのだという。

 内容の一部を紹介します。

・昨今の日本企業でコンプライアンス違反を主導した経営幹部の多くは、有名大学を卒業して大企業に就職したエリートたち

・高い業績を上げる人材は達成動機が強いが、高すぎる達成動機を持つ人は「達成できない」という自分を許すことができないため、粉飾決算などのコンプライアンス違反を犯すリスクが高い

・地下鉄サリン事件で有罪判決を受けたオウム真理教の幹部は、東大医学部卒などの超高学歴者。オウム真理教ほど「偏差値は高いが美意識は低い」という日本のエリート組織が抱える闇をわかりやすい形で示した例はない

・オウム真理教に似ているのが戦略系コンサルティング業界と新興ベンチャー業界。昇進の条件に人望や見識といった情緒的な側面はほとんど含まれない。「生産性」だけが問われ、美意識が問われない。問われるのは「早く結果を出すこと」

・ナチスドイツで数百万人のユダヤ人虐殺を主導したアドルフ・アイヒマンは、裁判で「自分は命令に従っただけ」と徹底して無罪を主張した

・「彼(アイヒマン)の最も恐るべき点は、自白によってすべてを語ったのちでも、心から無罪を信じて、それを主張しえたことである。再び同じ状況になれば、彼がまた同じことをすることは明らかである。私たちもするだろう」__エーリッヒ・フロム

・絶対善と考えられる「誠実さ」という概念は、その拠り所となる規範次第で、極め付きの犯罪行為を駆動させる動力源になりうる

・グーグルの社是は「Don’t be Evil(邪悪にならない)」

・偏差値は高いが美意識が低い人に共通するのが、文学を読まないこと。古代ギリシャ以来、人間にとって何が「真・善・美」なのかを純粋に追求してきたのが、宗教と近世までの哲学。そして同じ問いを物語の体裁をとって考察してきたのが、文学

・アメリカ陸軍が現在の社会を表現するために作った言葉が「VUCA」。現代はVolatile(不安定)で、 Uncertain(不確実)で、 Complex(複雑)で、Ambiguous(曖昧)。このような状況の中で、古典的な問題解決アプローチは機能しない

・これまでのサイエンス重視の意思決定から、これからは自分なりの美意識に照らして判断する態度が必要になる

Musee du Louvre, Paris 2024


 

「魂の退社」

  25 年間勤めた新聞社を 50 歳で離れて、今月でちょうど 10 年になった。 世の中には、似たような人がいる。 「魂の退社~会社を辞めるということ」稲垣えみ子著 幻冬舎文庫 この本の著者もちょうど同じ頃、50歳で朝日新聞を退職した。8年前に単行本で一度読んだのだが、最近...