2025年11月6日

大学院受験は魑魅魍魎

 

改めて自分の過去を振り返ってみると、高校受験も大学受験も就職活動も、第2志望だった場にご縁を頂いている。

そして今までのところ、第2志望に行って本当によかった(=第1志望に落ちてよかった)と、心から思う。

いやいや、負け惜しみじゃなくて本当に!

今回の大学院受験もまた、第2志望校に行くことに相成った。

セラヴィ、それが人生だ。気持ちも新たに、充実した2年間を送りたい。

 

「高校や大学受験と大学院受験は、まったく異なります。大学院受験は、誰も助けてくれない大人の受験です」

予備校でお世話になった、ミヤガワ先生の言葉を思い出す。

高校や大学受験の時は、予備校の模擬試験を受ければ、自分の実力が偏差値で示された。全受験生の中での自分の位置を、正確に知ることができた。

今回、心理系大学院に挑戦するに当たり、1年目は独学で勉強し、第1志望校だけを受験して惨敗。次の年は予備校に通った。

本番1か月前に行われた実力診断テストでは、自慢じゃないけど(自慢だけど)全国7位。上位5%に食い込む点数が取れた。

我ながら頭脳明晰! 心理学部の現役4年生なんかにゃ負けねーぞ!

好きこそものの上手なれ、だ。

そして迎えた、試験本番。

出題された設問には、明らかに予備校の模試レベルを上回る、かなり難解なものが含まれていた。

そして、

「心理系大学院入試に正解はない。教授がいいねと思った論述がマルになる」

というウワサが、疑心暗鬼をかき立てる。

さらに、合計300点満点のうち、専門科目と英語が200点で、たった15分間の面接に100点が配分されるという現実。

(第2志望校は、400点満点のうち面接が200点を占めた)

筆記試験でがんばっても、面接次第でいくらでも不合格があり得る。だから面接は、極度の緊張を伴った。

「就職面接は自己呈示でいいけど、大学院受験は自己開示の方がいい」

というミヤガワ先生のアドバイスに従い、面接では「自分をこう見せたい」と意図的に印象操作を行う(自己呈示)より、自己の内面を正直に、率直に伝える(自己開示)ことを心掛けた。

1勝1敗だった今回の結果を考えると、結局、その大学のカラーに合う人材かどうかが合否を分けたのかも知れない。

「大学院受験は大人の受験」という言葉が、身に染みた。

Tateshina Japan, 2025


2025年10月30日

出会い頭の恋

 

「これから、ロールプレイをやって頂きます」

Y大学院の受験会場で、筆記試験に続いて行われた口頭試問。

これでもかとばかり意地悪な質問を続けた男性教官が、唐突に宣言した。

「不登校気味の中3女子が、親に言われて渋々面接にやってきた、という設定です。あなたはスクールカウンセラー役を」

(は? 心理面接って、入学してから実習で教わるんじゃないの?)

有無を言わさず、すぐに場面スタート! ドアを開けて入ってきたのは、中年の女性教員。ふてくされた顔でおし黙ったまま、目を合わせようともしない。

反抗期の中学生「A子」になりきって、迫真の演技を繰り広げる。

数人の面接官が、じっと私を見つめている。

(い、いったいどうすれば…)

「はい、そこまで!」の声がかかるまで、何分が経過していたのか、そして自分が何をしゃべったのか、まったく記憶にない。

(支離滅裂…しどろもどろ…ダメだこりゃ)

 

臨床心理士の受験資格が得られる心理系大学院は、県内にS大学1校だけ。去年、独学で入試に挑戦したが、秋季試験も春季試験も落ちた。春季試験の倍率は10倍だった。

ひとりで勉強するのも心細いので、今年は予備校に通った。

そして、自分がどんなに能天気だったかを知る。

ライバルは、みな心理学部の現役4年生。そして、入試問題は全問が論述形式。まぐれ当たりが期待できない上、大学院によって「精神分析」「行動主義」「人間性心理学」など学派が異なるので、学校別の受験対策が必要だという。

例えば、精神分析派の教授が仕切る大学院を受験して、うっかりフロイトの理論を批判する論述を書こうものなら、一発でレッドカード退場!なのだ。

心理学初心者の社会人が何も知らずに出向けば、まず100%返り討ちに会う。

「一校受験はとても危険です!」

予備校のカリスマ講師・ミヤガワ先生に諭されて、今回はギリギリのタイミングで、隣県のY大学院にも願書を出した。ろくに学派も調べずに。

そして結果は…

面接で和気あいあいだった本命S大学院は、またもや不合格。これで3連敗だ。

そして、悲惨なロールプレイを演じたY大学院からは、まさかの合格通知が。

 

「2年越しの片想いの相手(Sちゃん)に3回告白してフラれ、通りがかりにナンパしたYちゃんには、出会い頭に愛されちゃいました」

とミヤガワ先生に報告したら、

「いい例えですね」と褒められた。

貴重なご縁を頂いたY大学院に、お世話になろうと思う。

Nagoya City Museum of Art, 2025


2025年10月24日

否定しない がんばれと言わない

 

生活保護世帯の小中学生を教えていた数年前、その塾の講師仲間は、学校の先生だった人が多かった。

「そんなやり方じゃダメ!」

子どもと接する時、彼らがまず「否定」から入るのが、とても気になった。

いま働いている自然学校でも、小中学生を引率する先生たちから「ダメ」という言葉をひんぱんに聞く。言い方も、かなり高圧的だったりする。

 将棋の藤井聡太七冠の“師匠”杉本昌隆八段が、「子どもの才能をぐんぐん伸ばす親がしているたった1つのこと」と題してメディアのインタビューに答えていたので、その一部を紹介します(ダイヤモンド・オンラインより)。

・現在の弟子は10人、以前は将棋教室を開催していたので、その生徒も含めると100人近くの子どもと接してきた

・子どもの才能をつぶさないために気をつけていることは、「否定をしない」こと。将棋の指し方は、弟子の人生観にも関わる。必ず一手や二手は“いい手”があるから、まずそこを褒める

・そして褒めた後に「ここでは自分ならこうするかな」と、否定ではない表現で指導する

・「がんばれ」という言葉も、あまり言わないようにしている。これは弟子だけでなく、自分の子どもに対しても同じ

・学校、習いごと、SNSや友達との距離感……現代の子どもたちは、私たちが子どもの時代より多くのストレスを抱えている。大人が思っている以上に頑張っているはずで、少しの余裕もないほど気持ちが張り詰めている

・こちらが励ますつもりで口にした「がんばれ」という言葉で、かえってその気持ちが爆発してしまうことも起こり得る

・対局前も「がんばって勝て」とは言わない。「勝て」と言われて勝てたら苦労しないし、2人が対戦すればどちらか1人は負け、全員が勝つことはできない

・「奨励会」は、26歳までにプロである四段に昇段できなければ退会となる。昇段するのは全体の2割で、ほとんどの人は棋士になれない、成功できない

・かといって「棋士になれないこと」が、「人生の失敗」ではない。負けて何かが手に入らなかったり、失ってしまったりすることはあっても、取り返せないような失敗や負けというものはないのではないか

・これは将棋に限らず、一般的な進学や就職など、人生の山場でも同じ

・大切なことは精一杯やる、力を出しきることだから、よく話すのは「いい内容にするように」ということ

・実力が互角なら、最後は強い気の人、前向きな気持ちの人が勝つ。技術(実力)はもちろん大事だが、自信がないとその先で技術がいかされない。だからなるべくいいところを見つけて、自信をもたせる

Babgkok Thailand, 2025



2025年10月17日

心理学者の子育て

 

実験台のイヌに餌を与えると、条件反射で唾液が分泌される。

次に、餌を与えながら、メトロノームの音を聞かせる。

何度も何度も、それを繰り返す。

やがてイヌは、餌なしでも、メトロノームの音を聞いただけで唾液を分泌するようになる。

有名な「パブロフのイヌ」の実験だ。

この一連の手続きは「レスポンデント条件づけ」と呼ばれる。これを心理学用語で説明すると、

「無条件刺激と条件刺激の対提示の反復により、無条件刺激に対する無条件反応を、条件刺激のみの提示によって、条件反応として発生させる手続き」

ということになる。

 この実験に人を使ってしまったのが、アメリカの心理学者ジョン・ワトソンだ。

まず、アルバート坊や(1歳)に白いネズミを見せる。

かわいいネズミに手を伸ばして触ろうとする、アルバート坊や。

そこに恐怖はない。

次に、坊やが白ネズミに手を伸ばした瞬間を狙って、ワトソンが鉄の棒を思い切りハンマーで叩いた。大きな音が、響き渡る。

数回繰り返すと、やがて坊やは、白ネズミを見ただけで泣き叫ぶようになった。

この実験により、「恐怖」という情動さえ、条件付けによって学習されることが明らかになった、ということだが…

いやはや、1歳児を相手にとんでもない実験をやったものだ。

 「私に健康な乳児を12人預けてくれれば、彼らを医者でも弁護士でも芸術家でも、どんな種類の専門家にでも育てて見せよう」

と豪語したワトソンは、学習理論を引っ提げて一世を風靡した。

 

ここまでが、心理学の教科書で教わる部分。実は、この話には続きがある。

ワトソンは、「アルバート坊や」の実験で助手を務めた女性と不倫した。それが公の知るところとなり、大学を解雇される。

30代の若さで、心理学界から追放されることになった。

妻子と絶縁したワトソンは、不倫相手との間に2人の子をもうけた。「情緒的接触を排し、冷静に条件づけによって育てる」ことを育児の理想とし、「抱きしめるな、キスするな、頭をなでるな」と説いた本を書き、自ら実践した。

その結果、どうなったか。

長男は、うつ病を発症して自殺。次男も心を病んだ。次男は後年、「私たちは愛情を知らずに育った。父の理論は理論としては立派だが、人間を幸福にはしない」と語ったそうだ。

ワトソンの子どもたちの人生は、愛情を排除した環境がいかに人間を傷つけるかを、証明してしまったのだ。

Cebu Philippines, 2025


2025年10月10日

カリスマ塾講師

 

K塾東京校・S先生の心理学概論は、いつも緊張感に満ちている。

顔を覆うマスクから露出した鋭い目で、眼光ビームを飛ばしながらの講義。時おり510秒ほどの不気味な沈黙が挟まり、ますます生徒の緊張をあおる。

S先生の講義をオンライン視聴していると、自分は名古屋校を選んでホントよかったなぁ、と思う。

 

「ところでみなさん、ゴキブリを素手で掴めますか? 私は掴めます」

生徒を睨みつけるように8秒間沈黙したのち、おもむろにS先生が言った。

先生が解説する「レスポンデント条件づけ」理論によると、人がゴキブリを怖がるのは、ゴキブリを見た母親が「キャーッ!」と叫ぶのを目撃するうちに、いつの間にか「ゴキブリの姿→恐怖反応」と学習した結果なのだという。

「なにしろ大昔、ゴキブリは人間の食料だったんですから」

そして、この恐怖は生得的なものでなく「誤った学習の結果」なので、再学習により「消去」することも可能だという。

そうかなー、自分は一生、ゴキブリを怖がりそうだけど…

 

「ところで皆さん、鼻くそをほじったことはありますか? 私はほじります」「でも、時と場合によります」

この唐突な発言は、「客体的自覚理論」の講義中に飛び出した。人は、他人がいる時といない時とでは、行動がまるっきり違ってくる、という話だ。

そういえば、学生時代に旅したバンコクのデパートで、きれいな女子店員が、鼻の穴に小指を突っ込んでいたっけ。ここ最近は残念ながら(?)、そういう光景を見ることはなくなった。

社会的規範は、時とともに移ろうものらしい。

 

「人は生まれた時から性欲を持っており、性感帯が口唇(0~1歳半)から肛門(~3歳)、男根へと移っていく(男児の場合)。4歳ごろから母親への性愛感情を抱くが、父親に復しゅうされペニスを奪われる、という不安を募らせる」

フロイトの「心理―性的発達段階説」を解説しながらS先生、猛烈にフロイトを罵倒した。確かに「ホンマかいな?」と思うような理論だが、一世紀を経てなお心理学の教科書に載るということは、それなりに真実なのかも知れない。

「フロイトは、ただのエロジジイ。天才的なエロジジイです」

「20世紀の思想の巨人」を、公然と「変態」呼ばわりするS先生。フロイト派が多いK大学やG大学の先生には、ちょっと聞かせられない講義だ。

予備校のカリスマ講師は、かくも個性が強いのです。

Shanghai China, 2025


2025年10月3日

代理母とモンスターマザー

 

心理学の世界に「ハーロウの代理母」という、かなり有名な実験がある。

まず、アカゲザルの赤ちゃんを、母ザルから引き離して檻に入れる。

次に、2体の模型の代理母を同じ檻に入れる。

1体は針金製。胴体の表面に、針金がむき出しになっている。

もう1体はタオル製。胴体に、タオルを巻き付けてある。

通常、アカゲザルの赤ちゃんは、母親にしがみついて一日の大半を過ごす。

さて、本当の母親がいないこの子ザルは、どちらの代理母にしがみついたでしょう?

実験の結果は、大方の予想通り。

子ザルは、タオル製の代理母にしがみつく時間が圧倒的に多かった。

そして意外なことに、針金製の代理母にミルク入りの哺乳瓶を付けてもなお、子ザルはタオル製代理母の方を好んだという。

この研究は、子どもはおっぱいで空腹を満たしてくれるから母親を好きになる、という「二次的動因説」への反証となり、父親の育児参加を促すきっかけになった…ということだ。

 それでは、もし私と妻の間に子どもがいたら、その子は私に愛着を示してくれただろうか?

何しろこのお父さん、おっぱいが出ない上に、針金のように痩せている。

結果次第では、心理学史に残る人体実験として、後世に名を残せたかも⁈

 

ハーロウはまた、「モンスターマザー」と呼ばれる実験を行っている。

今度は、子ザルがタオル製の代理母に抱きつくと、突然、針が出て来て突き刺す、というプログラムを組んだ。

この実験で子ザルは、針に刺されてもなお、「母」に抱きつくことをやめなかった。

何度刺されても、泣き叫びながら、再び抱きついていった。

虐待する親にも向けられる、子どもの無条件の愛。

果たしてこの実験結果、人間にも当てはまるのだろうか…

 ※実験が行われたのは、1960年代のアメリカ。そのあまりの残酷さに、現在これを追試して再現することはできない。

 

一連の実験を行ったハリー・ハーロウは、「天才心理学者」「愛を科学で測った男」と呼ばれた。

だが、彼の生涯を描いた本によれば、「愛」を研究対象にしたハーロウ自身は生きることに不器用で、終生「愛」に悩み苦しんだ、と伝えられている。

Bangkok Thailand, 2025


2025年9月26日

『なぜ日本人は間違えたのか』

 

終戦60年の夏、報道カメラマンとして遺骨収集団に同行し、パプアニューギニアに向かった。

日本から遠く5000キロ離れた、赤道直下の島。元日本兵の男性やボランティアの女子大学生らがジャングルの地面を掘ると、ほとんど土と同化した人骨が出てきた。戦時中、野戦病院があった場所だ。

この島に上陸した日本兵約20万人のうち、生きて帰れたのは1万人。食料の補給を絶たれ、死因の大半が餓死や病死だったという。

密林を出ると、出し抜けにケータイが鳴った。東京本社のデスクからだ。

「パキスタンでM7.6の地震発生、死傷者多数らしい。お前、衛星電話持ってるんだろ? すぐに向かってくれ」

(えーっ東京の方が近くないすか? ぼく半袖しか持ってないんですけど)

という言葉をぐっと飲みこみ、ポートモレスビー、アデレード、シンガポール、ドバイ、カラチ、イスラマバード経由で震源の村に向かったのだった…

そして今年は、はや戦後80年。関連ニュースがメディアを賑わせる中、日経ビジネス電子版に作家・保阪正康氏のインタビューが載っていた。

『あの戦争は何だったのか』『なぜ日本人は間違えたのか』などの著作がある保阪氏は、何千人もの元軍人や政府関係者に取材を重ねて史料を徹底検証する、実証主義的なスタンスで知られるノンフィクション作家だ。

インタビューの一部を紹介します。

・学校を出たばかりの二十歳過ぎの若者が、鉄砲を担いでなぜニューギニアなどに送られて死ななきゃいけなかったのか。彼らは行き先も告げられずに船に乗せられ、地獄のような戦場で命を落とした

・なぜこんなことになったのか。戦争で死んだ兵士たちのためにも、きちんとした答えを出さなきゃならない

・戦後の左翼的な歴史観に対して、実証的な歴史研究に基づいて異議申し立てをすると、「お前は右翼だ。軍国主義者だ」と非難される。逆に、太平洋戦争における日本の軍部の問題点を指摘すると「お前は左翼だ」と批判される

・あの戦争が正しかったとか、間違っていたとか論じる必要はない。人は好むと好まざるとにかかわらず、生まれた時代の枠組みの中で生きていくしかない

・あの戦争から学ぶべき1つのポイントは、シビリアンコントロール(文民統制)が存在しなかったこと。ヒトラーもスターリンも軍人ではなくシビリアン。軍人が政治を手中に収めてコントロールしたのは、日本だけ

・首相と陸相を兼務した東條英樹は、国民に「戦争は負けたと思った時に負けるんだ。だからそう思うまで負けていない」と語っていた。まさに精神論。残念ながら当時の日本は、政治と軍事の指導者のレベルが本当に低かった

・慶応大在学中に召集された上原良治は、神風特攻隊として出撃する際「明日は自由主義者が一人この世から去ってゆきます」と全体主義を批判し、一方で「特別攻撃隊に選ばれたことを光栄に思っている」と述べた。

心に矛盾を抱えながら運命を受け入れ、22歳で沖縄の空に散っていった

Vientiane Laos, 2025


大学院受験は魑魅魍魎

  改めて自分の過去を振り返ってみると、高校受験も大学受験も就職活動も、第2志望だった場にご縁を頂いている。 そして今までのところ、第2志望に行って本当によかった(=第1志望に落ちてよかった)と、心から思う。 いやいや、負け惜しみじゃなくて本当に! 今回の大学院受験も...