猛暑の8月、東京で小学校の同窓会に出た。
「そういえば昼休みに、みんなで卓球したよね」と、誰かが言った。
その時、半世紀も前のある情景が、脳裏によみがえった。
2度目の転校で入ったその学校には、卓球台があった。10数人で台の周りをグルグル回り、自分が1回打ったら反対側に回る、という遊びを繰り返した。
失敗した子は輪から外れる、というルールだ。なるべくラリーが長く続くよう、みんなで相手が返球しやすい山なりの球を打った。
クラスにひとり、地味で大人しい女の子がいた。仮に、その子の名をナナちゃんとしておく。
悪ガキ男子たちは、ナナちゃんにだけ容赦ないスマッシュを浴びせて、真っ先に遊びの輪から外した。
ナナちゃんの、困ったような、悲しげな笑顔を思い出す。そして誰あろうこの自分も、彼女にスマッシュを浴びせた悪ガキのひとりだった。
どうしてあんなことをしたんだろう、と思う。今になって謝りたいと思っても、たとえ連絡がついたとして、彼女は絶対にここには出てこないだろう。
英語圏で最高の短編作家と称されるジョージ・ソーンダースは小学生の時、転校してきた女の子がいじめられるのを傍観してしまった。そして42年後、彼は米シラキュース大学の卒業式で、こんなスピーチをした。
Looking back, what
do you regret?
人生を振り返って、あなたが後悔していることは何ですか?
What I regret most
in my life are failures of kindness.
わたしが人生でもっとも後悔しているのは、「やさしさがたりなかった」ということです。
Kindness, sure,
but first let me finish this semester, this degree, let me succeed at this job,
and afford this house, and raise the kids, and then, finally, when all is
accomplished, I’ll get started on the kindness.
やさしさ、いいね、でもまずはこの学期を済ませてから、この学位を取ってから、この仕事で成功してから、この家を買えるようになってから、この子どもたちを育ててから、そして最後にすべてを達成したら、やさしさに本腰を入れよう。
Except it never all gets accomplished. It’s a cycle that can go on...well, for ever.
ただ、すべてが達成されることは決してないのです。次々と目標が生まれ、永遠に終わりません。
But as you do, to
the extent that you can, err in the direction of kindness.
でも、そういうことをやりつつも、できるだけ、やさしさから遠ざからないようにしてください。
Because, actually,
nothing else does.
なぜなら、実際、それ以外のことは意味がないからです。
__外山滋比古・佐藤由紀訳「人生で大切なたったひとつのこと」海竜社より
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