2025年5月1日

週末は予備校生

 

ミヤガワ先生は、名古屋の大学院受験予備校で心理学を教える47歳。

小学4年生を筆頭に、3児のパパだ。

ある日、仕事で大阪に出たミヤガワ先生、用事を済ませてハタと思い立った。

「そうだ、話題の大阪万博に行ってみよう!」

ChatGPTに道順を聞きながら、電車を乗り継いでいく。

すると、やがて街並みの向こうに…

あろうことか、「太陽の塔」が見えてきたという。

「…やっちゃった!」

そして同時に「あぁ、家族が一緒じゃなくてよかった!」

ホッと胸をなでおろしたそうだ。

 

4月から、金土日の2泊3日で名古屋に行き、ミヤガワ先生に「心理学概論」「臨床心理学」「心理統計法」を教わっている(心理英語は別の先生)。

実は去年、独学で心理系国立大学院の入試に挑戦し、見事に玉砕したのだ。

受験科目は心理学(すべて論述問題)と英語(研究論文の読解)。さらに修士論文を念頭にした研究計画書の提出も求められ、面接もある。

2月に受けた春季試験の競争倍率は10倍だった。想像以上の狭き門、しかもライバルは心理学部の現役4年生ばかり。こりゃ、合格まで100年かかりそうだぞ…ということで、予備校に通うことにした。

長野の自宅から2時間かけて名古屋に出て、ビジネスホテルに2泊する。最初の週は、いきなり市内のホテルがどこも満室! 隣の知多市にやっとひと部屋見つけて事なきを得た。

偶然、鈴鹿サーキットの開催日と重なっていたようだ。

そんな苦労はあっても、生で聴くミヤガワ先生の講義は、毎回抜群に面白い。

去年、先生が著した参考書をほぼ丸暗記しているのだが、その付け焼刃で平面的な知識が、どんどん立体的になっていく。

モノクロームの知識が、色鮮やかに彩られていく。

志を同じくして学ぶ生徒は15人ほどで、雰囲気はアットホーム。そして、校内には現役の大学院生が詰めていて、相談に乗ってくれる。

講義をオンラインで視聴する「通信コース」も選べたが、やっぱり通学コースを選んでよかった。

 

修士論文を書いて大学院を卒業し、試験を突破して公認心理士や臨床心理士になっても、給料は安い。そもそも、フルタイムで働ける職場が少ない。

キャリア的には「高学歴ワーキングプア」一直線だ。

そこまでして心理専門職を目指す人は、きっと何か熱いものを内に秘めているのだろう。

(こうして傍観者を装って自分が不合格だった時の口実にすることを、心理学用語でセルフハンディキャッピングという😁)

Nagoya Japan, April 2025


2025年4月25日

人生は経営でできている

 

「世界は経営でできている」 岩尾俊兵著 講談社現代新書

「経営」と聞くと、つい企業経営のことばかり思い浮かべてしまう。

だが経営学者である著者の岩尾氏によれば、経営の目標は

「自分と他者を同時に幸せにすること」

そして私たちの日常は、経営の視点で見れば改善できることばかりだという。

本書で「その通りだなぁ」と思った部分を、ちょっとだけ紹介します。

 

憤怒は経営でできている

・こちらに対して一方的に怒りをぶつけてくる人を相手にする時は、相手の怒りの本当の理由を明らかにするという一種の推理クイズが始まったと思えばいい

・怒っている人は、脳という「人間が持つ最も有力な器官」を「怒りという何も生み出さない活動」に浪費してしまっている損な人

・怒りに身を任せる人は、いろんなところで相応の報いを受けている可哀そうな人でもある

・「短気」な人は「長期」の利益は得られない。そう考えれば、こちらも少しは優しくなれる

・我々が何かに憤慨する時は、相手や出来事そのものに怒っているのではない。自分で膨らませた想像に対して怒っているのである

・我々は、犬に糞尿をかけられようと猫が恩知らずだろうと激怒したりはしない。同じ人間相手だからこそ、さまざまな想像をしてしまうだけなのである

家庭は経営でできている

・現代の共働き家庭は、お金がある代わりに夫婦で余暇時間を奪い合っている。片働き家庭は、時間がある代わりにお金を夫婦で奪い合っている

就活は経営でできている

・とことん幸福を追求したいという強欲な人も、合理的に強欲を追求していけば、ある程度お金を稼いだところで、お金より時間と健康が大事になる。さらには、社会貢献などの精神的満足が大事になるはず

・まともな論理力があれば、誰でもいずれこの結論に至る

人生は経営でできている

・本来の経営は「価値創造=(他者と自分を同時に幸せにすること)という究極の目標に向かい、中間目標と手段の本質・意義・有効性を問い直し、究極の目的の実現を妨げる対立を解消して、豊かな共同体を作り上げること」だ

・千年前の王族より、現代の先進国における一般市民の方が豊かな生活を送っている

・昆虫から見れば、地球は千年前から何も変わっていない。変わったのは気温と人間の多さと…数えるぐらいだろう

Matsumoto Japan, April 2025


2025年4月18日

マニラの24時間

 

セブ島英語留学を終え、いよいよ帰国の朝がきた。

フライトは午前11時発。学食でのんびり最後の朝ごはんを食べながら、何げなくケータイをのぞく。

ガーン!! 搭乗予定のフィリピン航空が、2時間遅れている。

その帰国便は、まずセブからマニラまで国内線で飛び、2時間20分の待ち合わせで成田行の国際線に乗り継ぐことになっていた。

普通なら、時間的には余裕のはず。でもマニラ行きが2時間遅れとなると、乗り継ぎ時間はたったの20分。その間に別のターミナルに移動し、出国審査も受けなければならない。

どどど、どーなるんだろ? とりあえず空港に向かった。

チェックインカウンターで、私のチケットを手に空港スタッフが端末を叩く。

やがて、顔を上げた。

「あなたのフライトは、もう成田行に間に合いません。マニラから先は、明日の便に振り替えになります」 

謝罪の言葉も悪びれる様子もなく、あっさりと宣告された。

「なにぃ? 明日は朝から大事な会議があるんじゃ! どーしてくれるねん!」

と血相を変えて叫べば、あるいは別の展開があったかも知れない。

しかし、自分にはそのような切迫した用事は一切ない。

マニラのホテルと3度の食事、空港送迎はフィリピン航空持ちという。ここは、流れに身を任せることにした。我ながら、すぐ懐柔される乗客だと思う。

当てがわれたホテルは、ベッドだけでいっぱいになる狭さ。食事時間になると、弁当が部屋に届いた。コロナで隔離生活をしているような気分になる。

ホテルは治安のいいマカティ地区にあり、グリーンベルトやレガスピ公園も徒歩圏内。そして今回は、自由に外に出られる。夕方散歩に出ると、並木道の両側に石造りの重厚なアパートが並び、アメリカ東部の古い街を思わせるいい雰囲気だった。

コロナ禍真っ最中の1年間は、毎日自宅でオンライン英会話のレッスンを受けていた。毎回違う先生を予約したが、全員がフィリピン人の先生だった。

日本社会がほぼ正常に戻った時、対面で英会話を習うため、満を持してマニラに飛んだ。どの英会話学校も事前申し込みを受け付けていないのが、不思議といえば不思議だったが…まぁ行けばなんとかなるやろ。

深夜のマニラ空港に着くと、武装した迷彩服の兵士が厳戒態勢を敷いている。翌朝街に出ると、英会話学校はおろか、市内の小中高校すべてが休校中。子どもの姿が、街から消えていた。

通勤電車内には制服制帽の「マスク警察」がいて、マスクから鼻が出ているだけで注意される。とてもじゃないけど、気安く街を出歩けない。

結局、マニラでもホテルに籠ってオンライン英会話をやった。

 

3年ぶりにデラローサ通りの高架歩道を散歩し、平和が戻った夕暮れのマニラを眺めた。

自由に街を歩けるって当たり前のようで、実はかけがえのないことなのかも。

Manila, March 2025


2025年4月11日

セブ島英語学校の先生たち

 

セブ島英会話学校、ランチ後のレッスンが始まる午後1時。

学校の廊下に、100人近い若い女性の行列ができる。

遅番の先生が続々と出勤し、タイムレコーダーに並んでいるのだ。

先生の9割が女性で、そのほとんどは20代。狭い通路の両側に並ぶ先生の間をすり抜けて教室に向かうと、たどり着く頃にはフラフラになる。

大量のフェロモン(?)が放出されてるみたい

この学校に在籍する先生は約600人。授業をマンツーマンで行い、オンライン・レッスンを提供する先生も登校して仕事をする。だから校内は常に、生徒より先生の方が多い。

セブ島の英会話学校は、極端な労働集約型産業だ。

 この日、ランチ前のマンツーマンレッスンはキーロフ先生だった。

韓流ドラマが大好きな彼女は、メイクもKコスメでばっちり決めている。

「でも昨夜は、日本映画で泣いちゃった」

その映画のタイトルは「Flying Colors」。検索したら「ビリギャル」のことだった。小4の学力しかない女子高生「学年ビリのギャル」が熱血塾講師と出会い、半年で偏差値を40上げて慶応大に合格する、ウソのような本当の話だ。

以前、有村架純演じる「ビリギャル」小林さやかさん本人の講演に行ったことがある。教育関係者が目立つ聴衆に向かって、初っ端からタメ口が炸裂した。

ああ、この人は本当にギャルだったんだなぁ。

でもキーロフ先生のツボは、本筋にはない。ビリギャルの弟が、プロ野球選手になる夢を父親に強要されてグレ、確執が生まれる。映画の後半、その父子に和解が訪れるシーンで涙が流れた、という。

家族の絆を大切にする、フィリピン人らしい感性だと思った。

グループレッスンのジャスティン先生は、学校でただひとりのアメリカ人。そして希少な男性教師だ。腹は出ていても、まだ30代。フィリピン在住8年目、こちらで妻帯した。

日本やタイでも暮らしたが、外国人がいちばん住みやすいのがフィリピンだったという。

「東京にいた頃は、半年間で2回も警察官の職質を受けたよ。こっちに来てからは、7年でまだ0回」

日本人の私は生まれてこの方、職質を受けたことがない。日本警察は、外国人を犯罪の温床と見るのだろうか。住みにくいわけだ。

ジャスティン先生も株式投資をしている。授業で一緒になった奈良女子大の学生たちに、彼と2人がかりで

「アメリカ株のインデックスを買えば、5年ごとに2倍になるよ」

「働いて給料をもらうようになったら、すぐ資産運用を始めた方がいいよ」

と勧めてみた。でも、果たしてどこまで伝わったか…

「なんや胡散臭いおっさんが、けったいなこと言うてはるなぁ」

みたいな顔をしていた。


Teachers at Cebu English school

English school in Cebu, 1:00 p.m., when the first lesson begins after lunch time.

A line of nearly 100 young women forms in the hallway of the school.

The teachers who work the late shift line up in front of the machine to punch in their arrival time.

Ninety percent of the teachers are women, most of them in their twenties. Slipping between the teachers lined up on either side of the narrow aisle to get to class, I am dizzy by the time I reach my classroom.

It seems I inhale a large amount of pheromones ...

The number of teachers at this school is as many as 600. In addition to selling one-on-one English conversation lessons, teachers who offer online lessons also come to school to work. Therefore, there are always more teachers than students in the school.

English conversation schools in Cebu are extremely labor-intensive industries.

 My one-on-one lesson before lunch was with Ms. Kierulf.

She loves Korean dramas and wears a lot of K-cosmetics in her makeup.

But last night, she said she cried at a Japanese movie.

The movie is called “Flying Colors". I searched for the title of the movie and found that it was “Birigyaru,” a movie about a high school girl with the academic ability of an elementary school kid. The story is about once she meets a passionate cram school teacher, improves her deviation score by 40 points in six months, and passes the entrance exam to Keio University.

I once went to a lecture by Sayaka Kobayashi herself, “Biri Gyaru,” played by Kazumi Arimura. She spoke to the audience, which consisted mostly of middle-aged and older educators, in a very casual manner from the very beginning! Oh, she really was a gyaru, wasn't she?

But Ms Kierulf's pressure point is not a success story. The younger brother of the “birigyaru,” who was entrusted by his father with the dream of becoming a professional baseball player, falls behind, becomes a gregarious jerk, and a feud develops between him and his father. In the latter half of the film, when the father and son reconcile, Ms Kierulf's tears flowed.

I thought this was a very Filipino sensibility that cherishes family ties.

 Mr. Justin is the only American at the school and a rare male teacher. He may have a big belly, but he is still in his 30's. He has been living in the Philippines for 8 years and is married here.

He has lived in Japan and Thailand, but he said the Philippines was the most comfortable place for a foreigner to live.

"When I was in Tokyo, I was questioned by police twice in six months. Since I came here, I have not been questioned in seven years" he said.

In all my life, I have never been questioned by a police officer for more than half a century. I wonder if the Japanese police view foreigners as a breeding ground for crime. No wonder it is so difficult to live there.

Justin is also a stock investor. One day, a group of students from Nara Women's University were in class with us.

So I and Justin told them, “If you buy an index of U.S. stocks, it will double every five years"

“You should start investing your money as soon as you start earning a salary!"

We tried to encourage them to do so. But I wonder how much they really understood...

They looked at us like, “What a suspicious old man talking nonsense"

I was not sure how much I got through to them.



2025年4月3日

ERナースと「睡蓮」

 

ランチタイムの、セブ島英会話学校カフェテリア。

大学生か社会人か、いつも4~5人で群れている若い日本人男子がいる。

夜な夜な、マッチングアプリで現地の女性と遊んでいる。その様子を、卑猥な言葉で自慢し合う。

この人たち、何しにここに来たんだろうね。

 一方で誰ともつるまず、ひとり黙々と食べるカッコいい日本女性がいる。

あかりさんと、ももかさんだ。

2人とは、入学オリエンテーションで知り合った。休日に、一緒に遊んでもらった。

ふんわりしたファッションと明るいブラウンヘアのあかりさんは、東京の大学生。見かけ都会のお嬢様だが、ラオスのビエンチャンからバンビエンを経てルアンパバーンまで陸路で旅するなど、なかなかの大物だ。

市内見物に行った時は、誰よりも電波を拾うスマホで配車アプリを使いこなし、カルボン市場やサントニーニョ教会、あちこち連れて行ってくれた。

でも Google Map を見ていながら、なぜか反対方向に歩き出す。サンペドロ要塞にたどり着けたのは、この私のおかげです。

留学生活も2週間を過ぎた頃、「そろそろ飽きてきた」と、ひと言。

こっちは毎日、レッスンに食らいついていくだけで必死なのに…

やっぱり、あかりさんは大物だ。

 ももかさんは、泣く子も黙るERの看護師。ふとした眼差しに、スペシャリストのプライドが滲む。この学校には医療英語のコースがあるので、さらなる高みを目指す医療従事者が集まるのだ。

郊外をバスで走っていた時。窓からぼんやり熱帯雨林を眺めていたももかさんが、救急車とすれ違ったとたん、活気づいた。

「フィリピンの救急車ってどんなかなぁ。車内を見学したいな!」

血が騒ぐらしい。

交通法規などあって無きに等しい、混沌としたセブ市内。彼女と歩いていると、得も言われぬ安心感がある。いまクルマに轢かれても、ナースももかさんが救命してくれる!

彼女の趣味は、絵画鑑賞だ。モネの「睡蓮」が大好きで、作品が日本に来た時は必ず足を運ぶという。

去年、パリのオランジュリー美術館で私も「睡蓮」に向き合った。心が邪念だらけなせいか、いまいち、その世界に入り込めなかった。

救急救命センターで急患対応に明け暮れていると、魂のレベルで「睡蓮」の静謐さを欲するのかも知れない。

 週末ランチに、セブ島名物レチョン(子豚の丸焼き)を食べた。2人とも、見ていて気持ちがいい食べっぷり。きれいに平らげて、まだ足りなそうだった。


ER nurse and The Waterlilies

Lunch time, English School cafeteria in Cebu.

There are always four or five young Japanese guys, probably university students or working adults, huddled together.

They are playing with local women on a matching app at night. They brag to each other in an obscene manner about their activities.

What these people are doing here...

 On the other hand, there are cool Japanese women who don't hang out with anyone and eat quietly by themselves.

Akari and Momoka.

I met them at the orientation. They hung out with me on their days off.

Akari, with her fluffy fashion and light brown hair, is a university student in Tokyo. She may look like a city girl, but she is quite a big shot, traveling overland from Vientiane, Laos to Luang Prabang via Vang Vieng.

When we went to see the city, she used a car-dispatch app on her smartphone that picked up more signals than anyone else and took us to the Carbon market, Santo Niño Church, and many other places.

But while looking at Google Maps, she sometimes started walking in the opposite direction. I made it to the San Pedro Fortress.

After two weeks of studying abroad, she said one word to me, “I'm getting tired of it.

I'm just trying to keep up with the lessons every day...

Akari is a big shot after all.

 Momoka is an ER nurse who silence the crying child. The pride of a specialist is evident in her eyes. The school offers a medical English course, which attracts medical professionals who aspire to higher levels like her.

Once we were driven a bus in the suburbs. As soon as she passed an ambulance, she became animated.

"I wonder what an ambulance is like in the Philippines. I want to see the inside of one!"

Her blood was boiling.

Cebu city is a chaotic place, where traffic laws are as rare as they are nonexistent. Walking with her, I felt an indescribable sense of security. Even if I were hit by a car, Nurse Momoka would save my life!

Her hobby is to appreciate paintings. She loves Monet's “Waterlilies” and always goes to see them when they come to Japan.

Last year, I also had the chance to see “Waterlilies” at the Musée de l'Orangerie in Paris. Perhaps it was because my mind was full of evil thoughts, but I could not enter into the world of the work.

Perhaps it is because she spend most of her time at the emergency room dealing with urgent patients that she crave the serenity of “Water Lilies” at the level of her soul.

 We had the Cebu specialty, lechon (whole roasted suckling pig), for lunch on the weekend, and both of them were very pleasant to watch as they ate their fill, and it looked as if they still had more to eat.

2025年3月28日

カフェテリア点描

 

今年のセブ島英会話学校には、カフェテリアが併設されている。

朝ごはんは「コーンフレークと菓子パン」とか「コンビーフとご飯」とかのしょうもないメニュー。でも昼と夜は5~6種類のおかずがビュッフェ形式で並ぶ。味はともかく、肉と野菜、果物のバランスは取れている。

南国だけあって、果物は特に豊富だ。スイカ、パイナップル、ブドウ、バナナ、オレンジなどが日替わりで出る。週2ぐらいは、マンゴーも食べ放題だ。その日はみんな、トレーのおかずスペースをマンゴーで山盛りにしている。

最初は大喜びで食べていたが、そのうち食傷してきた。

「マンゴーも食い飽きたな」

このセリフ、一度は言ってみたかった!

誰も聞いちゃいないけど。

去年の英会話学校は学食がなかったので、このカフェテリアの有難さは身に染みている。なにしろフィリピンの街中はファストフード店のオンパレード、その上地元料理は肉ばかりで野菜に乏しく、しかも油まみれなのだ。

3食10ドルの学食代を惜しんで、外食ばかりしていた人がいた。関西弁の元気な女性だったが、体調を崩し、予定を切り上げて帰国していった。

カフェテリアの料理はマイルドな味付けで、油も控えめなのだが、それでも腹を壊す人が続出している。

フィリピン料理、恐るべし。

私は学生時代の貧乏旅行中、インドで赤痢、ミャンマーでA型肝炎にやられ、隔離病棟への入院も経験した。それで免疫ができたのか、以来、どんな環境でも鉄壁の胃腸を誇っている。

レッスンの合間に、カフェテリアで人を眺めるのが楽しい。

いつも派手なレギンス姿は、元ANACAさん。これ以上習う必要あるの?と思うほど英語がうまい。彼女の目指す先は、どこにあるのだろう。

深紅のワンピースは、ベトナム人の中国語教師。

とびっきりの爽やか系イケメンは、YouTubeやブログで旅行情報を発信するタイ人インフルエンサーだ。

ノースリーブから出た右腕、全面にタトゥーを描いたパンク系白人女性がいる。どこの人だろう、外国人はいちいちキャラ立ちがすごい。

モンゴル人留学生も見かける。女性たちは顔立ち東洋系なのに、背がすらりと高く八頭身だ。

ロシアの大男アレクサンドルは、超がつくシャイな性格。背中を丸めて、蚊の鳴くような声で話す。モスクワでエンジニアをしていたらしい。

英語の勉強なら、もっと近くでできるでしょうに。例えばヨーロッパとか。

…ハタと気がついた。彼の国はいま戦争中。ロシアのパスポートで入国できる先は、本当に限られてしまうのだろう。

もしかしたら、徴兵忌避の平和主義者? そんな雰囲気もあった。

ある日の学食ランチ


2025年3月22日

眠らない街

 

今年のセブ島英語留学では、「ITパーク」にある学校を選んだ。

ITパークはその名の通り、欧米のテック企業や大手金融機関、外資系会計事務所などのビルが並ぶ、セブ市内でも特別なエリアだ。

ビルに入る時には、ドレスコードのチェックがある。ノースリーブや短パン、サンダル履きでは入館できない。

そうは言っても、ここはフィリピン。朝の出勤時間帯にエレベーターに乗り合わせた女性が、のんびりアイスをなめていたりする。あまりの緊張感のなさに、膝からガクンと崩れ落ちそうになる。

 週末、共に学ぶ大学生に海に誘われた。ジンベエザメと一緒に泳げるよ、という。でも「行く」と言ってから後悔。午前3時、学校前に集合だという。

アラームの電子音にたたき起こされて、真っ暗な中を学校に向かう。ITパークに入ると、ビルというビルの窓に明かりが灯っている。

歩道の人混みも車通りの多さも、日中とまったく変わらない。レストラン街もほとんどが営業中で、むしろ昼間より客が多い。新宿の歌舞伎町でさえ、終電が出てしまえば閑散とするだろうに。

服装チェックの女性警備員も、1日3回通って常連になったコーヒー屋台の店員も、みんな昼間と同じ顔ぶれ。いったい何時間働くのだろうか。

週明け、学校の先生に事情を聞いて納得した。

このITパークには、グローバル企業のコールセンターが集まっている。働く人の多くはアメリカ人の顧客を相手に、アメリカ時間で働いているのだ。

セブ島の土曜日午前3時は、アメリカ東部時間の金曜日午後1時。彼ら彼女らは、完全に昼夜逆転の生活を送っている。

顧客のアメリカ人には、フィリピン訛りの英語を嫌う人もいる。ストレスの多い職場で、体調を崩す人もいるらしい。

 

この英会話学校は、600人いる先生のほとんどが2030代の女性たち。みな対面授業の他にオンライン授業も受け持っているから、生徒の国の時間帯に合わせて、とんでもない時間に働いていたりする。

欧米の英語ネイティブと違って、フィリピン人教師の母語はセブアノ語だったり、ワライ語だったり、タガログ語だったりだ。英語を流ちょうに繰るまで、相当な努力をしてきた。

日本に来れば、まず間違いなく英語人材として上位1%に入りそうな人が、割に合わない給料で外国人相手の英会話教師や、コールセンターでの深夜業務をしている。

1日6時間、マンツーマンでいろいろな先生のレッスンを受ける中で、若さに似合わない、翳りのある表情を見せる人がいた。

Teacher's dance performance, Cebu 2025


週末は予備校生

  ミヤガワ先生は、名古屋の大学院受験予備校で心理学を教える 47 歳。 小学4年生を筆頭に、3児のパパだ。 ある日、仕事で大阪に出たミヤガワ先生、用事を済ませてハタと思い立った。 「そうだ、話題の大阪万博に行ってみよう!」 ChatGPT に道順を聞きながら、電...