2024年12月20日

肉食女子

わが母校は、伝統的に女子がキラキラ輝いて、男子が冴えない大学。

現在の山岳部も、12人の部員を束ねる主将はナナコさんだ。

でも山岳部の場合、キャンパスを風を切って歩く「民放局アナ志望女子」たちとは、輝きっぷりが異なる。

今年大学を卒業して八ヶ岳の麓に就職したマソラさんの場合、趣味は狩猟。仕留めたシカを自分でばらし、アパートの冷蔵庫はシカ肉でいっぱいだという。

夏に会った時、マソラさんが肉食女子だという最重要事項を忘れて、よりにもよってヴィーガン・インド料理レストランに連れて行った。

肉という肉が、すべて大豆ミート。

どうせわかりゃしないだろう…という願い空しく、食後の彼女はとても不満そうだった。

一世一代の痛恨事!

おまけに、小柄なのによく食べることも失念していた。去年一緒にヒマラヤ登山をした時、標高4000mの村でダルバート(カレーと野菜炒め、豆のスープにご飯がついたネパール定食)をお代わりしていた。

自分の胃袋を基準に、ものを考えちゃいけないな。

 

先日、絶好のリベンジの機会がやってきた。

親友のなっちゃんとやってきたマソラさんに、1泊3食、しこたま食わせた。

味はともかく、量に関してはご満足頂けたと思う。

そして、一部例外を除く「老若女女、甘いものに目がない」法則に従って、毎食後のデザートも欠かさなかった。

スイーツを前にした20代女子の、目の輝きといったら!

まるで、瞳に電飾がついているよう。

 

親友のなっちゃんはこの夏休み、北アルプスの山小屋に住み込みで働いた。

OBも泣いて喜ぶ、正統派大学山岳部員!

「山小屋でバイト中、何か面白いことあった?」

「そういえば、近くの登山道で60歳のおじいさんが低体温症で倒れて、間一髪で救助しました!」

60歳の…お、おじいさん…?

ボクってもう、おじいさんなのね。

ショック。

 

夜も更けて会話が途切れた頃、マソラさんが小声でつぶやいた。

「…でも何だかんだ言って、スーパーで普通に売ってる牛や豚、トリ肉が一番おいしいんですよね」

出たっ! ついに本音が!

冷蔵庫にいっぱいのシカ肉、がんばって食べてね~

ボク、手伝わないから。 

Varanasi, India 2024(写真と本文はあまり関係ありません)


2024年12月12日

エイジング・パラドックス

 早朝ジョギングに出かける時、ふと玄関先の温度計を見たら、マイナス10度。

今年は久々に、まともな冬になるかも…

砂利道に積もった雪が、踏むたびにキュッキュと音を立てて気持ちいい。

 

街に下りて勤務先の忘年会に出た夜、そのまま近くのホテルに泊まった。

すぐ隣は、大きな赤十字病院。夜中に何度も救急車のサイレンが聞こえた。

その病院は、地域のがん診療拠点病院だ。私がS病院で働いていた頃、ここで治療をやり尽くし、余命を告げられた患者さんが、わが緩和ケア病棟に移って最後の日々を過ごした。

その中の何人かは、田舎暮らしを夢見て、定年後に首都圏から移住してきた人だった。

田舎暮らしも元気なうちはいいが、いざ病気になると、医療の選択肢は限られる。そして、ここではクルマが生命線。夫が入院してしまうと、運転ができない奥さんは移動の足がなくなる。本人も家族も、本当に大変そうだった。

私が同じ都会からの移住組だと知ると、

「年を取ってからの田舎暮らしは、よくよく考えた方がいいよ」

と口々に言い残して、旅立っていった。

ホテル泊の翌日、農家の収穫祭にお呼ばれする。小さな集落の、白壁に屋号が刻まれた古い家で、ミネちゃん、シゲちゃん、ソエちゃん(揃って75歳、元気印の女性たち)と4人で食卓を囲んだ。

日本から出たことのない彼女たちにとって、カンボジア生まれ&フランス育ちの私と話すことは「異文化交流」なのだそうだ。

大きなすり鉢に山盛りのとろろ芋をメーンに、銀鱈の西京焼き、おでん、大根の皮とごぼうのキンピラ、漬け物各種。

炊きたての白いごはんは、目の前の田んぼで収穫したものだ。

ご馳走に舌鼓を打ちながら、立て板に水の如き女性たちのおしゃべりを聞く。

すると、いつも控えめで普段あまり笑顔を見せないミネちゃんが、

「毎晩、寝る時にいつも布団の中で、あぁ今日も幸せだった~って思うの」

といって、ニッコリ笑った。

特別、その日に何かハッピーな出来事があったわけでもない、という。

ただただ、幸せ。

発達心理学には、「エイジング・パラドックス」という言葉がある。高齢者は様々な衰退や喪失の経験を重ねるのに、なぜか幸福感が高いという。

また、「社会情動的選択性理論」によると、高齢者にはネガティブな情報を避け、ポジティブな情報に向かいやすくなる「ポジティブ選好性」が見られるらしい。

人間って、うまいこと出来てる!

願わくば15年後、自分もこの3人みたいに元気で、幸せな気分でいたい。

その後のことは…成り行き次第かな。あんまり考えないでおこう。

Varanasi India, 2024



2024年12月7日

農家もニーサ!

 

農閑期に入り、やっと畑仕事から解放されたミネちゃん、シゲちゃんと、湖畔のレストランでランチ。

ともに70代女性のふたりとは、病院で働いていた時に看取ったキミちゃん(享年96)を通じて知り合った。

地元の小学校から高校まで、ず~っと一緒だったという大の仲良しだ。

そして今、ふたりとも「新NISA」に興味津々。レストランから森のわが家に場所を移し、メモを片手に根掘り葉掘り、質問攻めに遭った。

う~ん…

年齢的に投資期間が限られた彼女たちに、果たして「全世界株インデックスを使った積み立て投資」なんか勧めていいものか…

「世の中インフレで、お金を銀行に置いておいたら減っていくだけ。少しでも増やして、子どもや孫に残したいの」

あ、3世代に渡って継承するお金か!

それなら、時間はたっぷりあるぞ。

 

安倍政権が始めて、岸田政権が拡充したこの少額投資非課税制度(NISA)。政府の狙いはたぶん、眠っている国民の預貯金を日本企業に投資してもらおう、ということだったと思う。

でもフタを開けてみれば…

投資先に自由な選択の幅を与えられると、皆こぞって、米国株などの外国株を選んだ。

日々変動する為替リスクを取ってまで。

それだけ、日本に期待していない人が多いのだろう。

 

日本に投資せず、外国に投資する私たちは、果たして非国民か、売国奴か。

自分で働いて貯めたお金を、インフレに負けず少しでも増やそうと真剣に考えれば、イノベーションを生まず、従業員への低賃金と長時間労働で利益を絞り出そうとしている多くの日本企業をスルーするのは、当然のように思える。

 

それにしても、老若男女を巻き込んだ「新NISA」の世界株投資ブーム…

すごい破壊力だ。

投資信託経由の家計部門の円売りは、今年14月で早くも4兆円を超え、すでに2023年通年を上回っている。このままいけば年間10兆円を超えて、日本の経常黒字20兆円の半分を食う勢いだ。

最近、再び1ドル150円を超える円安になっている。

これも、新NISAを経由した「家計の円売り」が影響しているのだろう。

みんな毎月の積立で外国株を買っているのだから、この円安は当分続くかも。

Varanasi India, 2024


2024年11月29日

マルハラ、リモハラ、セクハラ

 

「マルハラ」

メッセージの文末にマル(句点)をつけるのは、ハラスメントに当たる

→文末にマルがあると、相手が怒っているような気がするから

「リモハラ」

→リモートハラスメント。新型コロナウイルス禍の在宅ワーク中、会社にずっとPCのカメラオンを指示されたり、オンライン飲み会を強要されたりしたことに由来

…マルハラ? そんなハラスメントあったんか。知らんかった~

元々、SNSのメッセージには句点をつけていない。単に面倒くさいだけだが、それで正解だったのね。

 

相手が嫌がらなければ、セクハラではないのか?

「ビジネス倫理学」が専門の杉本俊介・慶応義塾大学商学部准教授が、この問いに明快に答えている(以下、日経ビジネス電子版の同氏インタビューより)。

・何がハラスメントで、何がそうでないのか。「相手が嫌だと思うことはしない」というのが基本的理解だとしたら、相手が嫌だと思わなければいいのか?

・そうなると、ハラスメントは相手次第という結論になってしまう。同じ行為でも、嫌がる人もいれば嫌がらない人もいる

・倫理学者イマヌエル・カントの「義務論」では、相手を手段として扱わず目的として扱うべきで、相手を目的として扱うとは、相手の人格を尊重するということだという

・奴隷制時代の米国で、奴隷として働かされた人たちがその環境に慣れて、誰もが嫌だと思っていないと仮定する。たとえ嫌がっていなくても、人を奴隷として働かせることはやってはいけない。なぜなら、奴隷制は人を単に手段としてのみ扱う制度だから

・「なぜハラスメントは不正なのか」と考えるのが倫理学的な思考。義務論では、相手が傷つくかどうかではなく、人としてやってはいけない行為だから、ハラスメントは不正だと考える

・パワハラも部下の人格を尊重せず、もっぱら手段としてだけ扱っている。そういう行為は、人としてやってはいけないから不正

・セクハラをしてはいけない理由として、「差別になるから」という考え方も重要。多くの場合、セクハラは男性から女性に向けられるから、女性という集団全体を貶(おとし)めている側面がある

・たとえ個人が同意したとしても、属している集団全体への苦しみにつながるから、セクハラは良くないことと説明できる

・会社や社会の中には、私たちが見過ごしている、気づけずにいる不正がまだまだある。それを放置しないためにも、行為の根拠までさかのぼって不正かどうかを考える倫理学的な思考が必要

Varanasi India, 2024



2024年11月22日

8000mの世界

 

「行動する写真家」47歳の石川直樹さんが、ヒマラヤの8000m峰全14座の登頂に成功した。

登山装備の他に中判のフィルムカメラを担いで、山麓から頂上まで、写真を撮りながら登る。本当にすごいと思う。しかも記録を見ると、

2022年 ダウラギリ、カンチェンジュンガ、K2、ブロードピーク、マナスル

2023年 アンナプルナ、ナンガパルバット、ガッシャブルムⅠ、チョ・オユー

この2年間で9座に登っている。

当然、移動にはヘリコプターを駆使しているだろう。登山技術や体力に加えて、写真家には珍しく資金力もある人なのかな…

登山の様子はNHK特集でも放映されたが、活字メディアでは集英社.com に掲載された石川さんのインタビューが、質問者の問いかけが的確でよかった。

(以下、インタビューから垣間見えた現代ヒマラヤ登山事情です)

・以前のシェルパは、登山は仕事と考える人が多かった。登山シーズンが終われば故郷の村に戻り、ヤクを飼育したり、宿を経営したり。

だがイマジン・ネパール社のミンマ・Gら、最近の30代のシェルパたちは通年山にいる。春秋ネパール、夏はパキスタン、そして冬は別の海外の山へ。

彼らはヒマラヤから外の世界に目を向けた最初の世代であると同時に、自分たちの業績をSNSでアピールするようになった最初の世代。国際ガイドの資格を取得し、海外遠征の経験も豊富。英語や中国語、ウルドゥー語を話し、国際感覚や社会性といったバランスも持ち合わせている。

・石川さんがシシャパンマ登山中、アンナ・グトゥとジーナ・ルズシドロ、2人の登山家もシシャパンマ山頂を目指した。たが双方のルート上で雪崩が発生し、彼女たちと同行のシェルパ、合計4名が亡くなった。2人は「アメリカ人女性初の14座登頂」の栄誉を賭けて、競争するように登っていたという。

(石川さんはこの時の状況を本に書く予定)

・石川さんが初めてヒマラヤを目指した20数年前、8000m峰に登るのは年に1度が一般的だった。お金も時間もかかるし、準備も大変だった。

数年前、ネパール人登山家ニルマル・プルジャが14座全てを7ヶ月で登るという人類最速の記録を打ち立てた頃から、高所に順応した体ができたら連続して8000m峰に登っていく方法がポピュラーになった。

・これまで8000m峰全14座に登ってきた人たちが、いくつかの山で頂上を間違えていたことが最近になって仔細に検証され、わかりはじめた。

ドイツの山岳史家エバーハルト・ユルガルスキーが、今まで14座を登頂した人について、だれが本当の頂上に登ったのか、だれが登っていないのかを、昔の登頂時の写真などから全部調べ上げ、それを「8000ers.COM」というサイトでリスト化して発表した。

石川さんも、カンチェンジュンガとマナスルで「偽ピーク」に登頂していたことがわかり、改めて登り直したという。


この春インドのダージリンに行き、ネパール方面が見渡せる部屋で3泊粘った。でもカンチェンジュンガ峰8586mの頂は、ずっと雲の中だった。

石川さんが撮った8000mの世界が、見たい。写真展には必ず行こう。

Darjeeling India, March 2024


2024年11月15日

「魂の退社」

 

25年間勤めた新聞社を50歳で離れて、今月でちょうど10年になった。

世の中には、似たような人がいる。

「魂の退社~会社を辞めるということ」稲垣えみ子著 幻冬舎文庫

この本の著者もちょうど同じ頃、50歳で朝日新聞を退職した。8年前に単行本で一度読んだのだが、最近母から文庫版をもらって、今回も楽しく読んだ。

著者の稲垣さんは、自由気ままな独身女性。それでも退職を決める際は、かなり逡巡したという。私の場合は扶養家族があったので、当時としては思い切った行動だったかも知れない。

稲垣さんは退職時、ずいぶん会社から慰留されたらしい。

私の退職時は、誰ひとり引き留める人がいなかった。

…なんでやねん!

稲垣さんは給料に頼らない生活を始めるにあたって、「電気のない暮らし」を実践した。冷蔵庫や洗濯機などの家電製品を使わない。室内の電気もつけない。夜に帰宅したら、玄関でしばらくじっとしている。

暗闇に目が慣れれば、ほとんど何でもできるという。

私といえば退職時、節約生活の代わりに、今まで以上に資本市場にどっぷり浸かる暮らし、つまり株式投資で生きていく方法を模索していた。

そして東京から移住した信州のわが家は、人里離れた森の中だ。いくら玄関でじっとしていても、何も見えてこない。稲垣戦術は使えないのだ。

彼女とはいろいろな面で正反対なのだが、読み進むうちに、思い切って退社した時の懐かしい気持ちがよみがえって来た(以下、本書より引用です)。

「高い給料、恵まれた立場に慣れきってしまうと、そこから離れることがどんどん難しくなる」「その境遇が少しでも損なわれることに恐怖や怒りを覚え始める」「その結果どうなるか。自由な精神はどんどん失われ、恐怖と不安に人生を支配されかねない」

「雇われた人間が黙って理不尽な仕打ちに耐えるのは、究極のところ生活のためだ。つまりはお金のためだ」「会社で働くということは、極論すれば、お金に人生を支配されるということでもあるのではないか」

「『お金』よりも『時間』や『自由』が欲しくなった」

「退職金の一部は税金の支払いを控除されるのだが、この控除額は、勤続年数が長いほど増える」「つまり、会社から自主的に自立、独立する人間には国家からペナルティーが科されるのである」

「失業保険はなんと、別の会社に就職しようとしている人だけが受け取ることができるのであり、個人で独立して生計を立てようとしている人間には受給資格がない」「会社員にあらずんば人にあらず」「国までもが会社に属さない人間に『懲罰』を科してくるのである」

 あの頃は、退職後の日々がこんなに充実するとは想像もできなかった。

会社を辞める時に背中を押してくれた亡妻のためにも、これからもハッピーに暮らそう。


Musee d'Orsay Paris 2024


2024年11月8日

大統領は自己愛性パーソナリティ

 

あっさりと…

本当にあっさりと、アメリカの大統領が「あの人」に決まってしまった。

 

「自己評価が過剰に高く、他者からの称賛を欲するが、異常なほど自信がなく、自己の失敗を認めない性格の持ち主」

元外務官僚の宮家邦彦氏によれば、「あの人」はアメリカ精神医学会の分類における「自己愛性パーソナリティ症」では?という説があるらしい。「真偽は不明だが、1期目のトランプ政権を見れば実に説得力がある」見方だという。

少なくとも日本と日本人にとって、「あの人」が大統領になることのメリットはひとつもない気がする。

でも宮家氏によれば、よいニュースもないことはない…らしい。

以下、日経ビジネス電子版に載った氏の分析記事を、一部紹介します。

 

・今回の選挙は、トランプ氏が勝利したというよりは、現職副大統領であるハリス氏が敗北したと見るべき。ハリス氏の敗因は、インフレや住宅不足などの経済問題

・中国との競争では、中国を抑止する力を日米が共同で強化していくことが大切。だがトランプ氏にそのような問題意識があるかどうかは疑問。氏は安全保障について、米国の国益よりも、同盟国の国益よりも、同盟メカニズムの利益よりも、トランプ氏個人の利害を優先する

・自国に世界最強の軍隊がありながら、その指導者が軍事力の使い方を知らず、軍事力行使の有無を個人の利害や好みに応じて決めること自体、驚くべきこと。そして中国は、そのことを熟知している

・トランプ氏は外交よりも内政、特に自己の名誉回復に最大の政治的精力を傾注する可能性が高い

・よいニュースが全くないわけでもない。トランプ氏は曲がりなりにも4年間、米国大統領職を経験している。生来の癖や性格は変わらないにしても、1期目ほど予測不能な統治は行わないのではないか、という淡い期待がある

・仮にトランプ氏が変わらないとしても、トランプ氏の側近やスタッフの多くはトランプ式意思決定に慣れているはず。彼らの多くはトランプ氏の性格を逆手に取りつつ、米国にとって望ましい政策を不完全ながら立案実行してきた

・日本政府の外交当局にも、第1期トランプ政権とやりとりした有能な人材が残っている。そしてトランプ政権側の関係者も、中国との競争を勝ち抜くためには日米関係が重要であると理解している

 

今回の選挙は「あの人」の圧勝だった。これはアメリカの有権者の意思であり、民主主義である以上、その意思は尊重されなければならない。

「あの人」が勝利宣言した朝、わが家は雪が舞った。



肉食女子

わが母校は、伝統的に女子がキラキラ輝いて、男子が冴えない大学。 現在の山岳部も、 12 人の部員を束ねる主将は ナナコさんだ。 でも山岳部の場合、キャンパスを風を切って歩く「民放局アナ志望女子」たちとは、輝きっぷりが異なる。 今年大学を卒業して八ヶ岳の麓に就職したマソ...