2025年10月3日

代理母とモンスターマザー

 

心理学の世界に「ハーロウの代理母」という、かなり有名な実験がある。

まず、アカゲザルの赤ちゃんを、母ザルから引き離して檻に入れる。

次に、2体の模型の代理母を同じ檻に入れる。

1体は針金製。胴体の表面に、針金がむき出しになっている。

もう1体はタオル製。胴体に、タオルを巻き付けてある。

通常、アカゲザルの赤ちゃんは、母親にしがみついて一日の大半を過ごす。

さて、本当の母親がいないこの子ザルは、どちらの代理母にしがみついたでしょう?

実験の結果は、大方の予想通り。

子ザルは、タオル製の代理母にしがみつく時間が圧倒的に多かった。

そして意外なことに、針金製の代理母にミルク入りの哺乳瓶を付けてもなお、子ザルはタオル製代理母の方を好んだという。

この研究は、子どもはおっぱいで空腹を満たしてくれるから母親を好きになる、という「二次的動因説」への反証となり、父親の育児参加を促すきっかけになった…ということだ。

 それでは、もし私と妻の間に子どもがいたら、その子は私に愛着を示してくれただろうか?

何しろこのお父さん、おっぱいが出ない上に、針金のように痩せている。

結果次第では、心理学史に残る人体実験として、後世に名を残せたかも⁈

 

ハーロウはまた、「モンスターマザー」と呼ばれる実験を行っている。

今度は、子ザルがタオル製の代理母に抱きつくと、突然、針が出て来て突き刺す、というプログラムを組んだ。

この実験で子ザルは、針に刺されてもなお、「母」に抱きつくことをやめなかった。

何度刺されても、泣き叫びながら、再び抱きついていった。

虐待する親にも向けられる、子どもの無条件の愛。

果たしてこの実験結果、人間にも当てはまるのだろうか…

 ※実験が行われたのは、1960年代のアメリカ。そのあまりの残酷さに、現在これを追試して再現することはできない。

 

一連の実験を行ったハリー・ハーロウは、「天才心理学者」「愛を科学で測った男」と呼ばれた。

だが、彼の生涯を描いたノンフィクションによれば、「愛」を研究対象にしたハーロウ自身は生きることに不器用で、「愛」に悩み苦しんだと伝えられている。

Bangkok Thailand, 2025


2025年9月26日

『なぜ日本人は間違えたのか』

 

終戦60年の夏、報道カメラマンとして遺骨収集団に同行し、パプアニューギニアに向かった。

日本から遠く5000キロ離れた、赤道直下の島。元日本兵の男性やボランティアの女子大学生らがジャングルの地面を掘ると、ほとんど土と同化した人骨が出てきた。戦時中、野戦病院があった場所だ。

この島に上陸した日本兵約20万人のうち、生きて帰れたのは1万人。食料の補給を絶たれ、死因の大半が餓死や病死だったという。

密林を出ると、出し抜けにケータイが鳴った。東京本社のデスクからだ。

「パキスタンでM7.6の地震発生、死傷者多数らしい。お前、衛星電話持ってるんだろ? すぐに向かってくれ」

(えーっ東京の方が近くないすか? ぼく半袖しか持ってないんですけど)

という言葉をぐっと飲みこみ、ポートモレスビー、アデレード、シンガポール、ドバイ、カラチ、イスラマバード経由で震源の村に向かったのだった…

そして今年は、はや戦後80年。関連ニュースがメディアを賑わせる中、日経ビジネス電子版に作家・保阪正康氏のインタビューが載っていた。

『あの戦争は何だったのか』『なぜ日本人は間違えたのか』などの著作がある保阪氏は、何千人もの元軍人や政府関係者に取材を重ねて史料を徹底検証する、実証主義的なスタンスで知られるノンフィクション作家だ。

インタビューの一部を紹介します。

・学校を出たばかりの二十歳過ぎの若者が、鉄砲を担いでなぜニューギニアなどに送られて死ななきゃいけなかったのか。彼らは行き先も告げられずに船に乗せられ、地獄のような戦場で命を落とした

・なぜこんなことになったのか。戦争で死んだ兵士たちのためにも、きちんとした答えを出さなきゃならない

・戦後の左翼的な歴史観に対して、実証的な歴史研究に基づいて異議申し立てをすると、「お前は右翼だ。軍国主義者だ」と非難される。逆に、太平洋戦争における日本の軍部の問題点を指摘すると「お前は左翼だ」と批判される

・あの戦争が正しかったとか、間違っていたとか論じる必要はない。人は好むと好まざるとにかかわらず、生まれた時代の枠組みの中で生きていくしかない

・あの戦争から学ぶべき1つのポイントは、シビリアンコントロール(文民統制)が存在しなかったこと。ヒトラーもスターリンも軍人ではなくシビリアン。軍人が政治を手中に収めてコントロールしたのは、日本だけ

・首相と陸相を兼務した東條英樹は、国民に「戦争は負けたと思った時に負けるんだ。だからそう思うまで負けていない」と語っていた。まさに精神論。残念ながら当時の日本は、政治と軍事の指導者のレベルが本当に低かった

・慶応大在学中に召集された上原良治は、神風特攻隊として出撃する際「明日は自由主義者が一人この世から去ってゆきます」と全体主義を批判し、一方で「特別攻撃隊に選ばれたことを光栄に思っている」と述べた。

心に矛盾を抱えながら運命を受け入れ、22歳で沖縄の空に散っていった

Vientiane Laos, 2025


2025年9月18日

令和の「できるママ」

 

週末の夜、予備校帰りにフランス風ビストロに寄って、自分へのご褒美にステーキを頬張っていた。

隣のテーブルは、母子と思しき20代と40代の女性2人組。

お揃いのフリフリのコスプレ風ドレスを着て、にぎやかにおしゃべりしながら、ケーキをパクついている。

見たところ、推し活のコンサート帰りか? 

今の20代は、親と仲がいいなぁ。

そういえば一昨年、大学山岳部の学生とヒマラヤ登山をした時も、ケータイが通じる村では皆、日本の母親とLINEでビデオ通話してたっけ。

 

博報堂が1922歳を対象に行った最近の調査で、若者と両親との関係性が、かつてないほど緊密になっていることが判明したという。

以下、日経ビジネス電子版の記事の一部を紹介します。

1994年から2024年の30年間で、若者の幸福度や生活満足度が大きく向上した。「生活に十分満足している」と回答した若者は、9.4%から30.0%に増加。「非常に幸せ」と感じている人も、19.7%から33.5%に増えた

・「失われた30年」の中で育ち、経済成長を経験していない今の若者は不幸なのではないか——そんなイメージとは正反対の結果

・人の幸福度の柱となる経済状況、健康状態、人間関係の3大要素の中で、特筆すべき変化が見られたのが人間関係。なかでも家族、特に母親との関係の緊密化が、若者の幸福度に寄与していた

・以前の若者は思春期以降、親と一緒に街を歩くだけでも恥ずかしく感じていた。一緒に趣味に興じたり、洋服を共用したりするなどもっての外だった

・ところが2024年調査では、「本当の自分を一番見せている相手」や「自分の価値観に一番影響を与えている相手」で「母親」を挙げる割合が大きく増加し、「親友」からトップの座を奪った

・日常生活や趣味、ファッションはもちろん、受験や就職活動、資格取得など様々な面で、息子・娘を問わず、母親の影響を強く受けている

・かつて母親は大学受験や資格試験の受験を経験していなかったり、就労経験が少なかった。父親に比べて社会から遠く、ロールモデルや人生のアドバイザーとしての役割を担いづらい側面もあった

・しかし、現在では女性が男性と同じように学歴社会を歩み、社会の中で実績を積んでいるケースも増えている。「母親が子どもの勉学やキャリアに関わるようになった」というより、「関わることができるようになった」

・母親が様々な経験をしているからこそ、具体的かつ説得力のあるアドバイスができる。子どもから見て、知識もスキルも持ち合わせた「できるママ」が増えている

…令和のZ世代、幸福度爆上がりの原因は「できるママ」の存在だった!

Nong Khai Thailand, 2025


2025年9月12日

HIKIKOMORI

 

不登校や引きこもりの子に、心理専門職としてどう関わっていくか。

増え続ける不登校と、中高年への広がりが指摘されるひきこもり。心理系大学院入試でも、事例問題としてよく出題される。

対応の基本は、その子単独の問題として捉えるのではなく、家族システムの中に生じている悪循環にアプローチしていくことだという。

 

「社会的ひきこもり~終わらない思春期」(PHP新書)の著者で、不登校やひきこもりの事例に長年関わってきた精神科医の斎藤環氏のインタビュー記事の一部を、日経ビジネス電子版より紹介します。

・「Hikikomori(ひきこもり)」は英語になって、辞書にも載っている。日本には、成人した子どものケアを両親がナチュラルに続ける文化がある

・英国や米国では、成人した子どもは家から出ざるを得ず、社会参加できなければホームレスになる。日本における「ひきこもり」に該当するのは、英米では「ホームレス」

・でも最近は英米でも、子どもがかわいそうだから家で面倒をみよう、という親が増えている

2022年度の統計で、不登校は小・中学校で約30万人。原因の1位は「子ども同士の人間関係」で、いじめも含まれる。2位は「教師との人間関係」で、ハラスメントも含む。3位は「家庭の問題」で、ネグレクトなどの虐待

・逆にいえば、子ども本人に原因があるケースはほとんどない

・ところが文部科学省の調査では「不登校の主な要因」で最も多いのが生徒本人の「無気力・不安」で、次が「生活リズムの乱れ・あそび・非行」。「生徒本人のせいだ」という回答が6割以上を占める

・自分たちのせいにしたくないので、子どものせいにしている

・親の対応としては、不登校の子には学校の話をしない、ひきこもりなら仕事の話や将来の話は一切しない。これが大前提で、それ以外のおしゃべりを親子でたくさんすること

・親としては難しいことだが、そこを我慢する。そして、「話すことを我慢している」ことを子どもに分かるようにする。手のうちを全部見せることが、信頼関係につながる

・暴言や暴力も、不登校・ひきこもりに伴いやすい。親は「私は暴力を受けたくない」「私はイヤです」と言っていい。「ダメ」は「禁止の言葉」で子どもには全く通用しないが、「イヤ」は「拒否の言葉」で結構効く

・親の家出も有効。1週間ほど家出して帰る頃には、子どもの暴力が収まっていることが、かなりの確度で期待できる

・ひきこもりの解決策の優先順位は、「親のセルフケアが1番。2番目が子どものケア」。そうしなければ、共倒れになってしまう

Matsumoto Japan, 2025


2025年9月5日

昭和の新入社員 令和の新入社員

 

山岳部の後輩で4月に就職したなっちゃんと、社会人2年めのマソラさん。

八ヶ岳登山のついでに、わが家に寄ってくれた。

「会社で働くのは楽しいです!」 なっちゃんが、生き生きとした顔で言う。

は? 会社で働くのが、楽しい?

(ぼくは25年会社で働いたけど、楽しいと思えたのは3分だったよ涙)

彼女の会社は、完全フレックスタイム制。出社時間も退社時間も、自分で決められる。

(なっちゃん、ぼくが就職した頃はね、新入社員は誰よりも早く出社しなきゃいけなくて、夜は上司が帰っていいと言うまで毎晩、残業だったよ涙)

マソラさんはというと、新卒で入った組織にさっさと辞表を出してきた。

医療系の国家資格を取るべく、再び学校で勉強するという。

この2人と自分とは、仕事観、職業観がまったく違うんだろうなぁ。

 

『働くということ』(集英社新書)の著者で組織開発コンサルタントの勅使川原真衣氏が、「職場をダメにするブレない上司~成功体験にこだわり部下をつぶす」と題してインタビューに答えている。

こういう上司、いたいた! ウチの職場にも。

日経ビジネス電子版から一部を紹介します。

・一元的な能力主義で組織を運営するマネジャーは、誰に対しても同じ態度で接しようとする。一見、公平でいいことのようだが、多様な人たちに対して同一のモノサシを当てて評価するので、個人の持ち味の違いをうまく引き出せない

・その人がマネジャーに抜てきされたのは、「過去に」成果を上げたから。だから、そのときの成功体験をどうしても引きずってしまう

・一元的な能力主義の下、「強くあれ、勝ち続けろ」「優秀さのみが正しさである」という価値観で仕事をしてきた人が、マネジャーとしてチームを率いる立場になると、部下にも同じことを求めてしまう

・部下が成果を出せないときに、「自分の側が変えられることはないだろうか?」と思えればいいが、相手の問題にするほうが楽。部下が弱かったから、能力がなかったからと考えたほうが「優秀な自分」を温存できて、精神衛生にいい

・マネジャーが自分の成功体験を引きずり、それだけを正攻法だと捉えて部下にも同じやり方を押しつけてしまうと、それが合わない人は認めてもらえなくなる

・いまだに大企業は「優秀な人」を求めている。職務要件をはっきりと定めず、「どんな部署でも頑張れる人」を採りたがっている。求める人材像は「即戦力」で「万能選手」。そんな、スーパーマンみたいな人はいない

Shanghai China, 2025


2025年8月28日

やられたら、やり返せ!

 

学生時代の同級生Z子さんが、わが森の家にやってきた。

昔からの彼女の印象といえば、「まじめ」「物静か」「しっかり者」「努力家」。

卒業後、実業家の夫と結婚して3人の娘をもうけた。

上の2人はもう社会人だ。

娘さんたちは今、恋多き年ごろ? それとも草食系だったりするのかな。

聞いてみたら、長女と次女にはボーイフレンドがいるという。

 

長女に恋人ができたらしいことには、うすうす気づいていたZ子さん。

そのうち、あろうことか、その彼と、夜中に、自宅の洗面所で、鉢合わせするようになった。

「あ、どーも」

「あ、ども…」

お互い、軽く会釈してすれ違う。

そのうち、冷蔵庫の中身が、異常な早さでなくなるように。

そこで初めて、わが娘の部屋にオトコが住んでいることに気づいた。

カセットコンロを持ち込んで、煮炊きしていたという。

「だって私、昼間は仕事でいないし…」

「それにウチは会社兼自宅で、リビングは3階、娘の部屋は1階だから…」

と、言い訳するZ子さん。

「まさか…ダンナも気づかなかったの?」

「彼はほら、あの通り愛想のない人だから」

夜中の洗面所で娘の彼氏と鉢合わせしても、チラッと一瞥をくれるだけ。

ダンナさまも、特に気にしていないという。

隣にいたK子さん(Z子さんの親友)(同じく20代の娘の母)が、口をあんぐり開けて、Z子さんを見つめていた。

 

そして最近、次女にもボーイフレンドができた。

夜になっても、帰って来ない。

どうやら、彼の部屋で同棲を始めたらしい。

ここまで話したZ子さんが、低い声で呟いた。

やられたら、やり返せ! だよ」

やられたら、やり返せ…?

 

長女の彼も次女の彼も、

「2人とも、とってもいい人」

だ、そうだ…

Cebu Philippines, 2025


2025年8月22日

命の恩人

 

猛暑の東京から、今年もXさんがやってきた。

お盆の帰省客に混じって、赤いTシャツに薄いサングラスの怪しい男が、ホームに降り立つ。

こう見えてもXさん、大手新聞の海外支局を渡り歩き、現在も社の中枢を担う敏腕記者である。遠い目をしながら知的な語り口で、理路整然と話し出す。

「赤坂の△△ホテルにナース兼デリヘル嬢のサトウさん呼んで〇〇〇プレイしてたら…」

実は彼の話の8割が、エッチ系下ネタ。カードキーなしでエレベーターに乗れる(=部屋にデリヘル嬢を呼べる)都内の高級ホテルを、完璧に把握しているからすごい。

「そうしたらナースのサトウさんが『Xさん、前立腺が腫れてるよ』って。検査してみたら、放っておけば命に関わる病気が見つかったんです」

〇〇〇プレイ転じて、福となす。

触診で病変を見つけた看護師兼デリヘル嬢サトウさんは、Xさんの命の恩人だ。

(その後も下ネタが続いたが、当ブログの貴重な女性読者を失うので控えさせて頂きます)

「治療のためのホルモン注射で男性ホルモン値がゼロになったから、最近は煩悩も全くありません」と、Xさん。

その割に、先日も真夜中の銀座・ポンパドゥールで、疲れた顔をした水商売の女性にパンを大量におごって、連絡先を聞き出したという。

どこが煩悩ゼロなんだか。

ま、お元気そうで何よりだ。

コロナ禍以降、銀座の夜の店も12時には閉まるようになった。東京メトロ銀座線の終電は、ドレスの上にコートを羽織った物憂げな女性で満員だそう。

八ヶ岳の森から、大都会の夜を垣間見た。

Xさんは世界を取材して歩き、南米もほぼすべての国を制覇している。

「観光旅行で南米に行くとしたら、どの国に行けばいいですか?」

「なんといっても、コロンビアです」

「コロンビア? へぇー、そんなにいい国なんだ」

「ベネズエラもきれいだけど、あそこは整形が多い」

あ、そっち方面の評価ね。

「私は夜型人間だから、朝はいつもコーヒーだけ」

と言った翌朝、Xさんはゆで卵4個にバターを山盛りにして食した。

彼が去った後の食卓には、大量の卵の殻が散乱していた。

私生活での言行不一致が、記事の信憑性を損なう事態に発展しないか心配だ。

帰りの車内で社説を書くそうですが、くれぐれも、あらぬ方向に筆を滑らせないように…

Bangkok Thailand, 2025


代理母とモンスターマザー

  心理学の世界に「ハーロウの代理母」という、かなり有名な実験がある。 まず、アカゲザルの赤ちゃんを、母ザルから引き離して檻に入れる。 次に、2体の模型の代理母を同じ檻に入れる。 1体は針金製。胴体の表面に、針金がむき出しになっている。 もう1体はタオル製。胴体に...