2023年12月29日

師走の空へ

 

気温マイナス10度まで冷え込んだ日の夕方、510号室のIさんが、師走の空に旅立って行った。

「女の人に裸を見られるのは恥ずかしい」と言って、いつも病棟唯一の男性スタッフである私と風呂に入ったIさん。上機嫌で1時間半も湯船につかり、ナースに怒られたこともあったっけ。

Iさんは、児童福祉に生きた人だった。十数年もの間、児童養護施設から子どもを6人ずつ引き取り、我が子と一緒に自宅で育てた。

亡くなる直前には、成長して看護師になった当時の里子2人が見舞いに訪れていた。

Iさん、今までいろいろな話をありがとうございました。

 

「カウンセラーという生き方」 井澗 知美著 イースト新書

・「傾聴」…カウンセラーになるためには必ず学ぶもので、カウンセリングの基本となるもの

・相手が発言している言葉だけでなく、その言葉がどのような意味を含んでいるのか、その言葉で何を伝えようとしているのか、その言葉を使ってクライアントが語りたかったことに耳を傾け、受け取ったことをクライアントに伝え返す営みが「傾聴」

・そこに批判や評価はなく、そのまま受け入れることによりクライアントは安心して自分の心を探索することができる。そして、自ら答えを見つけていける

・クライアントに「私はこう聴きましたよ、このように捉えましたよ」と伝えることが「聴く」ということであり、すなわちカウンセリング

・クライアントが助けてもらったと思わないような助け方(=カウンセリング)が理想。「よくわからないけど、カウンセラーの先生と話していたら答えが見つかった」これが最高のカウンセリング

・それを行うには、精神的にタフで、なおかつ肉体的にもタフでないと難しい

・深くて重い苦しみを味わっている人を助けるには、カウンセラー自身がその人の苦しみと同じだけ深く重くなくてはいけない。カウンセラー自身が深くて重い苦しみを味わったなら、それと同じ種類の苦しみを味わっている人だけ、救うことができる可能性がある

・カウンセラーはクライアントを利用してはいけない。クライアントを支援することで自分が気持ちよくなってはいけない

・カウンセラーは自分という器を使ってクライアントと向き合うため、自分と向き合うことが避けられない。「メタ認知」とは、自分のメガネを通して人や物事を見ていることを自覚して、俯瞰してみること

・人との違いを楽しみ、面白いと思えることがカウンターに求められる資質



2023年12月22日

命を大事にしすぎる国

「人はどう老いるのか」 久坂部羊著 講談社現代新書

68歳の著者は医師として長年、高齢者医療に携わり、「どうすれば上手に老いることができるのか。日々真剣に考えている」。自殺に対する考え方がユニーク。以下、内容の抜粋です。

・日本人の2人に1人ががんになり、3人に1人はがんで命を落とす。がん患者が増え、がんで亡くなる人が多いのは、他の病気で死ぬ人が減って長生きする人が増えたから。今の医療では、がんは老化現象のひとつ

・マンモグラフィーや胃のバリウム検査はかなりの放射線を浴びる。私自身はがん検診は受けたことがないし、妻も同様。医者の友だちにも、がん検診を毎年受けている人はほとんどいない

・体調に注意していれば、病状が出てから治療しても助かるがんは多いし、そもそも2人に1人ががんになるということは、2人に1人は生涯がんにならないということ。その人にとっては、毎年受けるがん検診はすべて無駄

・医者が「この抗がん剤が効きます」と言う時の「効く」は、がんの増殖を抑えるという意味。体の中からがんがなくなるという意味ではない。抗がん剤でがんが治ることは、一般的にはない

・でも抗がん剤治療の進歩により、がんは完全には治らないけれど、それによって命を落とすことがない状態を続けることが可能になってきた→がんとの共存

・死にゆくがん患者に必要な医療は、痛みをコントロールするための医療用麻薬の使用。モルヒネや人工麻薬のフェンタニル、オキシコドンなど

・もし自殺を企てている人を止めるなら、その人が抱えている問題や悩みを解決するか、少なくとも気持ちが楽になるような手立てを講じてからにするべき。それをせず単に「自殺するな」というのは、死ぬほど苦しい思いをしている当人に「我慢しろ」と言っているのと同じ

・自殺に反対する人は、相手の苦しみについて十分考えることをせず、ただ相手が死んでほしくないという気持ちでいるのではないか。それはすなわち自分のエゴ。死の全否定はよくない

・戦前の日本は命を粗末にする国だった。敗戦後に180度転換して、今度は命を大事にしすぎる国になった

・私は子どもの頃、武士がなぜ切腹できたのか不思議でならなかったが、切腹に関する本などを読んで、徐々にその気持ちがわかるようになった。ふだんから常に「死」というものを意識して生きるメンタリティがあったということ

・「武士道と云うは死ぬことと見つけたり」(「葉隠」)…常に死を意識して生きることで自由度を増し、その場その時を大事にし、自分の道を誤らずに済むという考え。うわべだけでなく本気で考えているので、時が来れば逃げることなく死を受け入れることができた 

Matsumoto Japan, winter 2023


2023年12月15日

チーちゃんありがとう

 

よく晴れた師走の週末。

車いすに酸素ボンベをくくりつけ、K子さんを乗せて散歩に出た。

呼吸器疾患のK子さんは、毎分10リットルの酸素を吸う。まだ病院から出ないうちから、ボンベの中身がどんどん減っていく。

「酸素まだ大丈夫?」

病棟リーダーも心配そうに電話してきた。

やっと、誰もいない冬枯れの中庭に着く。残量計の針は、すでにレッドゾーンだ。

そろそろ帰りましょうと言いかけた時、それまでおし黙っていたK子さんが、

「ここなら大声出してもいいかしら?」

と言って、深く息を吸い込んだ。

口から酸素マスクを外すと、唐突に

「チヅコさーん! 今まで、どうもありがとう!」

「チーちゃーん! 今まで、どうもありがとう!」

青空に向かって叫んだ。

「チヅコさん(チーちゃん)」とは、毎日お見舞いに訪れる、勝気そうな娘さんのこと。面と向かっては言えない思いを、空にぶつけたのだろうか。

病棟に戻り、看護記録をつけていたナースにこの出来事を伝えたら、

「エーッ、あのいつも控えめなK子さんが⁈」

あっという間に、ステーション中の話題になっていた。

 

「いたみを抱えた人の声を聞く」近藤雄生、岸本寛史著 創元社

前々回のブログに続いて、ノンフィクション作家と医師の対話から作られたこの本の後半部分を紹介します。

・死を目前にして「今日1日を大切に過ごそう」と生きている人の思いを想像できる人間が近くにいるかどうかは、患者さんにとって本当に大きな違い

・「傷ついた治療者(Wounded Healer)」…「治療」は健康な人が病気の人を癒すのではなく「傷ついた者が傷ついた者を癒す」こと

・誰の心の中にも、医者もいれば患者もいる。一人の人間の中に、医者的な部分と患者的な部分の両方がある

・医者が自分自身の中にある弱い部分、患者的な部分を意識して患者と関わると、患者の中にある医者的な部分が活性化されてくる

→がん患者が痛みを感じている時、薬をこう使えばこの痛みは制御できると自分で考えて、それに取り組もうという姿勢が自ら育っていく

・「大変な経験をしておられるがん患者さんなどに関わっていくスタンスとして、自分自身の中にある不安や恐怖、困難を意識しながら会う方が、患者さんとつながれるのかな」(岸本)

Pokhara Nepal, 2023



2023年12月8日

ナースはトイレを流さない

 

病院という非日常な場所で出くわした下ネタを、2つほど。

 

緩和ケア病棟に、まだ30代の女性Yさんが入院してきた。

こんなに若い患者さんを迎えるケースは、そうそうない。

ナース控室では、急いで「AYA世代のがん患者への対応方法」などの冊子が回覧された。

そして病棟主任が、

Yさんの部屋は男子禁制!あなたは入っちゃダメよ」という。

あーそうですかと、Yさんの部屋の掃除や配茶・配膳を公然とサボっていたら、担当ナースが恨めしそうに、「本人はそんなこと言ってないよ」という。

それでは、とYさんの部屋を訪ねた。

いきなり、干したパンツが目に飛び込んできた。

うう、やっぱり入るんじゃなかった。

件のYさんは、髪の毛を派手に染めた、明るくて開けっ広げな人。

「これでCT検査に行っても大丈夫かな」

言うなり、やおらシャツをめくって「肛門」を見せた。

脇腹に、かわいいパウチがついたストーマ(人工肛門)が留置されていた。

 

病棟の一角に、その名も「汚物室」という、直截的すぎるネーミングの部屋がある。

ここが、看護助手を務める私の主戦場だ。

畳2畳ほどの空間で、「陰洗(陰部洗浄)」用のボトルを用意したり、排せつ物で汚れた寝間着やシーツを洗ったりする。

一角には大きなゴミ箱があって、朝夕のおむつ交換時には、中身入りの紙おむつがポンポン捨てられる。

蓋はあっても、かなり匂う。

そしていちばん奥にあるのが、「座面のない洋式トイレ」。

ポータブルトイレや男性用尿器の内容物を、ここに空けるようになっている。

問題は、ナースたちが、使用後に水を流さないことだ。

お茶くみを済ませて汚物室に戻ると、トイレの水たまりが黄褐色に泡立っていたり、茶色い固形物が浮かんでいたりする。

そんなことが、本当に、本当にしょっちゅうある。

「ワレ、トイレぐらいちゃんと流せや!!」

(と言いたいけど、気が小さいから言えない)

忙しいのはわかるけど…

まだヨメ入り前のお嬢様ナースもいるのに、信じられない。

そのうち、よそ様でもトイレを流さない癖がついちゃうぞ。

Kathmandu Nepal, 2023



2023年11月30日

「いたみを抱えた人の声を聞く」

 

看護助手の仕事は、朝から夕方まで立ちっ放し。

さらにカロリー消費のために、緩和ケア病棟のある5階から洗濯室や薬剤室がある地下まで、わざと階段で往復している。

デスクワークより、よっぽど性に合う。

医師や看護師がカンファレンスをする月曜午後の1時間が、貴重な休憩タイム。親しくなった患者さんの部屋に行き、ベッド脇のイスに座って、ただ話を聞いている。

そんなある時、「看護師さんは呼ぶとすぐ来てくれるけど、必要な処置を終えると、そそくさと部屋を出てっちゃう」という愚痴を聞いた。

確かに。満床で忙しい日はともかく、そうでない時も、ナースたちは何かとすぐステーションに籠る。

近藤雄生氏(ノンフィクション作家)と岸本寛史氏(医師)の対話「いたみを抱えた人の声を聞く」(創元社)という本で「治療構造」という概念を知り、その謎が解けた気がした。

・「治療構造」…医療者が患者の話を聞く時間に一定の制限を設けるべきという、臨床心理学の考え方。話を聞く側が自身を守り、同時に患者との関係性をいい状態に保つために重要なこと

・一方、別れがつらいから深く関わらないというふうに考えがちだが、しっかり関われたから、しっかり別れることができる部分もある。患者が亡くなった時に尾を引くのは、しっかり関われていなかったという気持ちがある時

・特定の分野について専門家に話を聞く時、うまく聞けるかどうかはどれだけ事前にその分野に習熟できたかといった知識的なことに左右されることが多い

しかし個人的な話、とりわけいたみを抱える人に話を聞く場合は、知識の有無よりも、相手に対する自分自身の意識や姿勢が問われる

・話し手がいたみや困難を抱えている場合は、聞き手のちょっとした反応や心の動きも敏感に感じ取る。聞く側が日々何を考え、どのような姿勢で生きているかまで問われる

・相槌の打ち方や視線の向け方ひとつにも、聞き手の感情が表れる

・「意識の水準を少し下げて話を聞く」…臨床心理学者の河合隼雄氏がよく言っていたこと。少し明るさが落ちた部屋に身を置くような感覚

・ひとつの言葉の中に、いろんな「響き」を聞き取っていく。そのために、こちらの意識の照度をちょっと下げる

・「相手の話をまずは聞く」。判断を宙づりにして、まずは聞く

・「死出の旅路は一人」…死にゆく人の気持ちは、やはりその人にしかわからない。わからないということを受けとめて、でもできるだけ寄り添い、気持ちを想像し、自分なりにギリギリのところまで一緒に行って見送りたい

・患者さんの語りを通してその心に触れ、いたみに共振すること。それが医療者にとって何よりも大切なこと

Pokhara Nepal, 2023


2023年11月24日

お風呂の明暗

 

AさんとBさんは、ともに80代の男性患者。自力では立つことも歩くこともできない。週2回のお風呂タイムには、いつも女性看護師が2人つく。

Aさんは、とても気持ちよさそう。やれあそこが痒い、ここを掻けと注文が多い。片やBさんは、無言でギュッと目を閉じ、カチカチに固まっている。風呂から上がると、「女性は恥ずかしくてダメなんだ…」とため息をつく。

私「Bさん、観念して下さい。きれいな女の人を侍らせて、ある意味この世の楽園じゃないですか!」


「プレジデント」11月3日号の特集は「人生の価値」。気に入った文章を紹介します。

・教養とは学歴の高さや博識さではなく、さまざまな経験や実践、読書などによって地道に培っていくべきもの。教養=リベラルアーツとは、「自由になるための技術」のこと__楠木建・一橋ビジネススクール特任教授

SNSほど人の幸福感を揺るがすものはない。フェイスブックに時間を費やすと、悲しい気持ちや寂しい気持ちになるという学術的な調査結果もある。「他人との比較」がその元凶(同)

・ハーバード大学の調査によると、70歳を過ぎて長生きする人の最も大きな要因が「友人が多いこと」。しかも異性の友人が多いかどうかが重要で、配偶者の有無より異性の友人の有無が長寿に影響する__諸富祥産(心理学者)

・日本人は周りに合わせようとする気持ちが強く、自分のしたいことを抑えてしまいがち。これは面白いことをする人が「かぶき者」と言われて打ち首にされ、新しいこと、面白いことをするのがタブーだった江戸時代の文化が今も染みついているから(米田肇・ミシュラン三ツ星オーナーシェフ)

・年を取っても「充実した時間を過ごした」と感じるためには、記憶に残る変化をたくさん作ること。新しいことに挑戦してみれば、多くの変化を身に染みて感じることができる__本川達雄(生物学者)

・自分が面白がれる新しいものに出会えるかどうかは、行動量に比例する__為末大(オリンピアン)

・話をしていて、自分の中にふっと新しいアイデアが浮かんできたり、不安な気持ちが解消されたり、なんだかわくわくしてきたりすれば、それは対話の相手がもたらしたもの。対面する人間の知性や感性を活性化する人は「すぐれた人物」と断じてまず間違いない__内田樹(著述家・武道家)

・「人を見る目」というのは苦労して身に付けるものではない。感度のよい身体を持っていれば十分。誰かが近くに来た時に自分の中で「アラート」が鳴ったり、耳障りな「ノイズ」がしたら、なるべく近づかない方がいい(同)

・個性というのは履歴書に箇条書きにするものでもないし、自分で早く見つけて必死に育てるものでもない。もし個性というものがあるとすれば、それは他人が見つけて、他人が活かしてくれるもの(同)

Matsumoto City Museum of Art


2023年11月17日

「幸せの三段重理論」

 仕事を終えて病院を出ると、ちょうど日没。

家路につく愛車のガラス越しに、八ヶ岳連峰が真っ赤に染まっている。

そんな時、自分でもビックリするほどの幸福感に包まれる。

あー、生きてるだけで丸儲けだー!

些細なことで幸せを感じるのは、職場が緩和ケア病棟だから、かも。

 

「プレジデント」11月3日号で、作家で精神科医の樺沢紫苑氏が「幸せの三段重理論」を唱えている。ちょっと面白かったので紹介します。

・「今がつらい」「今が苦しい」と感じている人が、10年後に幸せになれるはずがない。「幸せな人生」とは「今日の幸せ」を積み重ねた先にしか存在しない

・今がつらい、苦しいと感じている人は「過去」の出来事を思い出して後悔する、あるいは「未来」や「将来」のことを考えて不安になっている人が多い

・過去や未来ではなく、現在にフォーカスすることが何より大切

・私たちが感じる幸福は、その時に分泌される脳内物質の種類で「セロトニン的幸福」「オキシトシン的幸福」「ドーパミン的幸福」の3つに分類できる

・セロトニン的幸福…「健康の幸福」。これを手に入れる最もシンプルで確実な方法は「睡眠」「運動」「朝散歩」

・オキシトシン的幸福…「つながりの幸福」。これを手に入れるために有効なのは「パートナーとの交流やスキンシップ」「仲間との会話やコミュニケーション」「ちょっとした親切やボランティア、ペットとの交流」など

・ドーパミン的幸福とは「お金、成功、達成、富、名誉、地位などの幸福」。これを手に入れるためには「お金や物に感謝する」「自分にはちょっと難しい課題に挑戦し、自己成長を実感する」「ワクワクするようなことをする」「他者に与えるような行動をする」ことが有効

・この3つの幸福を手に入れるためには、必ず守るべき優先順位がある

   セロトニン的幸福(心と体の健康)

   オキシトシン的幸福(つながり)

   ドーパミン的幸福(お金、成功)の順

・自分自身の健康を軽視してお金や成功を目指すと、メンタルや体の疾患に陥ってしまう。家族とのつながりを軽視して仕事でがんばり過ぎると、家庭不和になり、幸せとは言えない

・セロトニン的幸福とオキシトシン的幸福を盤石にして、ドーパミン的幸福を積み上げていくことによって、結果として3つの幸福すべてを手に入れることができる

→これこそが「幸せの三段重理論」

Matsumoto City Museum of Art



HIKIKOMORI

  不登校や引きこもりの子に、心理専門職としてどう関わっていくか。 増え続ける不登校と、中高年への広がりが指摘されるひきこもり。 心理系大学院入試でも 、事例問題としてよく出題される。 対応の基本は、その子単独の問題として捉えるのではなく、家族システムの中に生じている悪循...