よく晴れた師走の週末。
車いすに酸素ボンベをくくりつけ、K子さんを乗せて散歩に出た。
呼吸器疾患のK子さんは、毎分10リットルの酸素を吸う。まだ病院から出ないうちから、ボンベの中身がどんどん減っていく。
「酸素まだ大丈夫?」
病棟リーダーも心配そうに電話してきた。
やっと、誰もいない冬枯れの中庭に着く。残量計の針は、すでにレッドゾーンだ。
そろそろ帰りましょうと言いかけた時、それまでおし黙っていたK子さんが、
「ここなら大声出してもいいかしら?」
と言って、深く息を吸い込んだ。
口から酸素マスクを外すと、唐突に
「チヅコさーん! 今まで、どうもありがとう!」
「チーちゃーん! 今まで、どうもありがとう!」
青空に向かって叫んだ。
「チヅコさん(チーちゃん)」とは、毎日お見舞いに訪れる、勝気そうな娘さんのこと。面と向かっては言えない思いを、空にぶつけたのだろうか。
病棟に戻り、看護記録をつけていたナースにこの出来事を伝えたら、
「エーッ、あのいつも控えめなK子さんが⁈」
あっという間に、ステーション中の話題になっていた。
「いたみを抱えた人の声を聞く」近藤雄生、岸本寛史著 創元社
前々回のブログに続いて、ノンフィクション作家と医師の対話から作られたこの本の後半部分を紹介します。
・死を目前にして「今日1日を大切に過ごそう」と生きている人の思いを想像できる人間が近くにいるかどうかは、患者さんにとって本当に大きな違い
・「傷ついた治療者(Wounded
Healer)」…「治療」は健康な人が病気の人を癒すのではなく「傷ついた者が傷ついた者を癒す」こと
・誰の心の中にも、医者もいれば患者もいる。一人の人間の中に、医者的な部分と患者的な部分の両方がある
・医者が自分自身の中にある弱い部分、患者的な部分を意識して患者と関わると、患者の中にある医者的な部分が活性化されてくる
→がん患者が痛みを感じている時、薬をこう使えばこの痛みは制御できると自分で考えて、それに取り組もうという姿勢が自ら育っていく
・「大変な経験をしておられるがん患者さんなどに関わっていくスタンスとして、自分自身の中にある不安や恐怖、困難を意識しながら会う方が、患者さんとつながれるのかな」(岸本)
Pokhara Nepal, 2023 |
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