2020年7月25日

平飼い朝採れタマゴ、ブルーベリー育ち


Mさん夫妻は、世界の岩場を渡り歩くクライマーだ。

 昨年会った時は、8か月間の「アメリカ大陸縦断クライミングツアー」から帰国したばかり。たしか「これからは当分、日本で暮らす」と言っていた。

 その数か月後、Mさん夫妻が笑顔で乾杯する写真が、Facebookにタグ付けされていた。場所は、南米パタゴニアのレストラン。

 この人たち、いったい・・・

 ふたりは自分たちの行動を、あまり発信しない。すぐ行方不明になる。でもMさん(妻)が最近アメリカで行ったクライミングは、専門誌によると「日本女性初」。高度差900メートルの垂直の岩壁を、4日かけて登り切った。

 先日、八ヶ岳山麓のMさん宅を訪ねた。ふたりはコロナ禍もどこ吹く風、10種類以上の野菜とフルーツを育て、妻は自然農によるコメ作りも始めていた。夫はDIYが趣味で、自宅の増築やウッドデッキ作りまでやってしまう。

このコロナ禍で、Mさんの友人が計画していたパキスタン・スキー大滑降が中止になった。甲子園大会の中止が決まった高校球児になぞらえて、自らの不幸を嘆く友。そこに奥さんが現れてひと言、

「あなたたちのは、しょせん遊びでしょ」

最近飼い始めたという4羽のニワトリが、庭を駆け回っている。Mさん(夫)が無造作に投げ与えたのは、畑で採れたブルーベリーだ。

 ああもったいない! 私にも投げてくれ~

「ニワトリもいることだし、今度こそ日本に腰を落ち着けますよね?」

「・・・いや」 夫のヒゲが、ピクリと動いた。

「旅に出たくなったら、友だち呼んで焼き鳥パーティーです」

 ヒマラヤの山旅で村の食堂に入ると、その場でニワトリを絞めて、新鮮すぎるチキンカレーを作ってくれたりする。そんな世界に慣れ親しんだ2人なら・・・やりかねない。

帰り際、産みたてのタマゴをもらった。貨幣経済に組み込まれない夫妻の暮らしを、ぜひ見習いたい。でも体型的に(足が長すぎて)畑仕事はムリ、DIYも苦手な自分は、やっぱりカブ(野菜じゃない方)で生きるしかない。

資本主義と市場経済に毒された頭で、考えた。

「ブルーベリーで育った朝採れ平飼いタマゴか・・・1200円は固いナ」


はなちゃん。もっちゃん。クイ。カイ。

名前までつけてもらって、トリたちは幸せの絶頂だ。

でもコロナが収まって、国際線が飛ぶようになったら・・・

タマゴを産むだけじゃ済まないみたいだよ。



2020年7月17日

「決断~会社辞めるか辞めないか」

「決断~会社辞めるか辞めないか」 成毛眞著 中公新書ラクレ

 日本の新聞発行部数は、1年間で約200万部(5%)減り、過去最大の落ち込みを記録した。20年間で、業界の規模が4分の3に縮小した。

 これが他の業界なら、新聞を筆頭にメディアがこぞって「倒産の危機」と報じたはず、と著者はいう。

そしてメディア業界の凋落は、「既存のビジネスモデルが行き詰った先行的な典型例」。これからは、自分が身を置く産業が衰退していく中で、誰もが決断を迫られる「大決断時代」が到来する、のだそうだ。

元マイクロソフト社長の著者が、50歳前後で新聞社や雑誌社を辞めた4人にインタビューしたのが、この本だ。

 4人はいずれも私と同世代で、学生時代はろくに授業にも出ずに、立花隆や本田勝一、田原総一朗らの本を読みふけっていたというから、まるで自分。

 中でも共感したのが、新聞記者からフリージャーナリスト、そしてネットメディアに移った大西康之氏。彼は元日経新聞記者だが、読んでいて「新聞社はどこも同じだなあ」と思うことしきりだった。例えば・・・

・夜回りの後、歌舞伎町に集まって酒を飲みながら情報交換。朝方黒塗りのハイヤーで帰宅すると、すでに朝駆け用の別のハイヤーが家の前で待っている。シャワーを浴びて着替え、「お待たせ」と乗り込む。もはやチンピラの生活

・後輩の記者が「今日はクラウンだからシートにマッサージ機能がついてないんだよな」と愚痴っていた。だからセンチュリーかプレジデント以外は乗りたくないだよ、とか

・ダメな記者は徹底的にダメになっていく。取材先から接待攻勢を受けるし、社長人事のスクープ記事でも書かせておけば記者もルンルンだから。30歳を超えたぐらいで、そんな状況に陥ってしまう

・東京本社の狭い論理だけで生きてきた人間が、ロンドン駐在でいろいろなものを見て、それなのに帰国したら前と変わらない日常があって、夜討ち朝駆けして同期と競争して・・・虚無感がすごかった

・新聞社はスポンサーをとても大事にする。お前らの食い扶持はどこから出ているのか、と。決して読者ではない

・自分のキャリアを振り返ると、45歳までは楽しかった。身の肥やしにもなった。でもその後に積んだスキルは全部不要だった

・お金より会社の名刺を失う不安が大きかったが、フリーになってみたら、むしろ今までアクセスできなかった人とつながることができた


 私が思うに、本のタイトルはちょっと大げさ。今の会社を辞めて次のキャリアに進むことは、「判断」であって「決断」ではない。

 成毛さん、新聞社を辞めて投資家になり、2地域居住をしている人もインタビューしませんか? 面白い話が聞けるかも知れません。







2020年7月11日

3月生まれはかなり大変


お笑いトリオ「ジャングルポケット」、斉藤慎二さん(37)のインタビュー。私には戦慄の内容だった(以下、73日読売新聞より要約です)。

小3の時、クラスで一番小さくて「チビ」とからかわれてから、いじめが始まった。虫捕りに誘われて待ち合わせ場所に行くと、木陰から一斉に人が出てきて、「お前が虫だ」と袋だたきにされた。相手は11人だった。

 クラスで自分一人だけ、誕生会に呼ばれなかった。「姿勢が悪い」と彫刻刀で背中を刺された。血が出ても親や周囲に悟られないよう、黒い服を着た。

 小6になり、卒業アルバムの全体写真を撮るとき、「お前を写真に残したくない。来るな」と言われ、登校しなかった。

限界だと感じたある日、部屋で自殺しようとして兄に止められた。高校に進学すると、いじめは終わった・・・

家族にまつわる問題を研究する経済学者の山口慎太郎・東大教授によると、早生まれが圧倒的に有利で、「遅生まれ」が不利であることは、データでも示されている(以下、日経ビジネス電子版より要約)。

・小学校低学年では、4月生まれの子は3月生まれの子に比べて運動もできるし、勉強もできる。だから自信がついてリーダーシップもある

・その影響は大人になっても続き、4月生まれと3月生まれでは、30~40歳になってからの年収が3~4%も違う

・入学した高校の偏差値で比べても、4月生まれは3月生まれより平均4.5ポイント高い。体格や脳の発達に差がなくなる頃なのに、入学できる学校のランクが1つ違うほど差がある。

20代前半で見た自殺率も、3月生まれの方が4月生まれよりも高い。クラスの中で自分は下の方にいたという意識が、メンタルヘルスにも悪い影響を及ぼしている

・ちなみに、同学年内における年齢差による影響は国によって差があり、北欧では20歳くらいになると消えてしまう


・日本は入試における序列が強いので、高校入試で年長者の方が相対的に偏差値の高い学校に入り、いい教育を受け、それが大学入試にも影響して、という形で年齢差の影響がずっと残り続ける

・実は、一番はっきり差が出るのは欧州のプロサッカーチーム。U-12U-14など早い段階で選抜が始まり、同じ年齢カテゴリーの中で年長の子が選ばれ、いいコーチがついてさらにうまくなり、差がどんどん大きくなっていく

小1の時からクラスにできる、最大12か月の年齢差。

それが後々、ここまで大きな影響を及ぼすとは・・・




2020年7月4日

飢えたオオカミ


一昨年の夏、バルコニーで本を読んでいたら、頭上でブンブン羽音が聞こえた。見上げるとスズメバチが、軒下に大きな巣を作っていた。

 ここは森の中だ。自然の営みに、人の方こそ歩み寄らなければ。

 ひと夏、スズメバチと同じ屋根の下で暮らした。

 そして今年、まったく同じ場所に、またハチの巣が・・・

以前、阿武隈山系の洞窟に潜った帰りに、森を歩いていてスズメバチに刺された。洞窟探検家ミゾさんが、私の腕に口を当て、毒を吸い出してくれた。

 どんなに危険な洞窟でも沈着冷静なミゾさんが、珍しく慌てている。ハチに刺されるって、そんなに大ごと? 後で調べてみたら、刺されて“アナフィラキシー・ショック”を起こすと、命に関わることもあるらしい。

そこで今年は、ハチさん側に退場いただくことにした。まずは100均で蚊取り線香を買い、ハチの巣の真下にダブルで置いてみた。

「ハチに・・・蚊取り線香?」

 自分だけ安全圏にいる妻が、窓の内側であざ笑う。でも2本焚けば人間でも煙いのだから、ハチだって一目散に逃げ出す、はず。

 翌朝。まるで何事もなかったかのように、彼ら巣作りに励んでいる。

 さすがに方法が穏便すぎた。さらなる強硬手段に訴えよう。

ホームセンターで、11メートル先まで届く殺虫剤「ハチアブ・ダブルジェット」と、高さ4メートルのはしごを買う。はしごを伝って巣に近づいたら、警戒中のハチに威嚇され、4メートル下に転落しかけた。

日暮れを待って、次は夜襲をかけた。フードを被ってはしごを駆け上り、ハチの巣に照明を当てて、必殺「ハチアブ・ダブルジェット」を噴射した。

ああ怖かった~

翌朝、クイックルワイパーの棒にほうきをくくり付けて、ハチの巣をはたき落とす。中は無人(無ハチ)で、バルコニーの床にべっとり蜜がついた。



ときどき林道の真ん中に、靴やサンダルが片方だけ置いてある。人けのない森でかなり不気味な光景だが、これはキツネの仕業だ。点在する山荘のバルコニーから、外履きを片方くわえて、持って行ってしまう。

そして近所に棲む若いキツネは、サイトウさんの飼い犬と仲がいい。リードにつながれた犬と野生のキツネが、2匹でサイトウさんの後ろをついて歩く。

“犬は、安逸な生活を送るが、束縛される

オオカミは、いつも飢えているが、自由だ”­___イソップの寓話より

 ハチの巣の駆除を業者に頼めば、お金がかかる。ワイルドライフに慣れた人なら、DIYで自ら手際よくハチ退治をする。

財力もDIYの技もない私だが、それでもここで暮らしたい。

 飢えても自由なオオカミでありたいのだ。
 
  (オオカミが無理なら、キツネかタヌキでも・・・)



2020年6月27日

カブより儲かる投資先


 この春、NPOなどの仕事を整理して、生活の拠点を長野に移した。

 その直後に発生したコロナ禍で、取り組んできた5つの仕事のうち、3つがなくなった。ほぼ唯一の収入源となった株式市場も、大きく値下がりした。

 ネット証券の口座残高は、見るのが怖い。

でもウワサでは、世界の市場は悲観ムードを脱して、「ウィズ・コロナ」「ポスト・コロナ」に適応する企業の株が上がっているという。

 その代表がネット通販の巨人アマゾンや、検索やSNSを独占するグーグル、フェイスブック。アップルとマイクロソフトも、相変わらず強い。ウェブ会議やオンライン飲み会で話題のズームは、株価が10倍になった。

 パンデミックをいち早く抑え込んだ中国の株式市場も、底堅いようだ。

 ・・・と、いうことは。

 米国株や中国株ETFが大部分を占める私のポートフォリオは、意外に健闘しているかも。

 傷は浅いぞ、しっかりするんだ! 自分。



「幸せのメカニズム 実践・幸福学入門」などの著書がある前野隆司・慶応大学教授によると、「想定外・非日常の事態が起きても幸福を感じられるのは、物事を俯瞰的に見ることができる人」だという。

 リスクも大きい株式投資だが、海外企業に投資していると、世の中に対する見方が、自然と俯瞰的になる。会社員として日本の一企業に依存していた時よりは、リスクの分散にもなっているはず。

21世紀の資本」でピケティは、株式市場の伸び率がGDP(=給与所得)の伸びを上回ることを証明した。でも、さらに上がいた。

きちんとした幼児教育を受けた人は、そうでない人に比べて所得が高く、犯罪に手を染める回数が減り、生活保護の受給率も低い。

 そして米国の研究では、幼児教育プログラムの費用対効果は、株式投資による収益率を上回ったという(614日付読売新聞)。

ひと口に幼児教育といっても、いわゆる英才教育は実施直後には大きな効果が表れるが、小学校入学後、数年たつと消えてしまう。対人関係を築き、課題に対してきちんと対処するという「一生モノ」の能力を身につけることが大事だ(山口慎太郎・東大教授)。

「自分には子どもがいないという人にも考えてもらいたい。自分が年老いた時、介護サービスや年金などの形で支えてくれるのは子どもの世代。幼児教育の効果ははっきりしており、そこにお金をかけるのは誰にとっても利益がある」(同)

 パンデミックは、2年もすれば終息する。コロナ後の未来を、もっともっと高い山から俯瞰しなければ。


Tateshina Japan, Summer 2020

2020年6月20日

学校は楽しい?


 訪問看護師のイトウさんには、小学校に通うふたりの子がいる。

 コロナ禍で2か月以上も休校になった間、兄妹は家でテレビ&ゲーム三昧だった。エネルギッシュで外向的なイトウさんは、

「私が誘わないと、外に出ようともしないんですよね~」

「友だちと会わなくても、ぜんぜん平気みたい」

と、不思議がっていた。

 今月から学校が再開されて、週3回、半日ずつの授業が始まった。

 2人とも、学校に行くのがイヤそうだという。

 新聞は「先生や友だちと再会して歓声を上げる子どもたち」などと報道するが、そんな子ばかりじゃないのだ。

去年、ファミリーサポートで父子家庭の子を送迎していた時、お兄ちゃんのマモ君が、しょっちゅう発熱して学校を休んだ。

 パジャマ姿でうれしそうに手を振るマモ君と、うらめしげな弟ユート君。

「学校楽しくないの?友だちにも会えるし」クルマの中でユート君に聞くと、

「行きたくて学校に行く子どもなんかいないよ!」

 小学1年生が、断言した。



作家・村上春樹の両親は、ふたりとも国語の先生。

でも「職業としての小説家」を読むと、彼自身は学校が苦手だったらしい。

「大学をなんとかようやく卒業したときは、『ああ、これでもう学校には行かなくていいんだ』と思ってほっとした」

「でもまあ、学校が好きでしょうがなかった、学校に行けなくなってとても淋しいというような人は、あまり小説家にはならないのかもしれません」

 彼は学校の勉強の代わりに、たくさんの本を読んだ。

「僕にとっては読書という行為が、そのままひとつの大きな学校だったのです。それは僕のために建てられ、運営されているカスタムメイドの学校であり、僕はそこで多くの大切なことを身をもって学んでいきました」

「僕が学校に望むのは『想像力を持っている子供たちの想像力を圧殺してくれるな』という、ただそれだけです。それで十分です。ひとつひとつの個性に生き残れる場所を与えてもらいたい」

 そして村上春樹は、現実の学校制度に馴染めない子どもには、個としての生き方を理解し、後押しする家庭の存在が必要だという。



 とことんインドアなイトウ家の子どもたちだが、仕事から戻ったお母さんがサイクリングに誘うと、素直についてくる。

適度な距離で見守ってくれる母に恵まれて、2人はかなりラッキーかも。


2020年6月13日

コロナでも幸せ


若葉が生い茂ってくると、森の家はネット環境が悪化する。つながる場所を求めて、クルマで砂利道をさまよった。10分後にオンライン飲み会が始まる。

 シフト勤務で忙しい彼らに合わせて、スタートは平日の昼下がり。スマホをダッシュボードに立て、運転席からジュースで乾杯した。

いかつい顔の旧友が、自宅で寛ぐ姿が画面に見える。

「やっと会えたね~ 娘さん何歳になった?」

「いま中2です」

「じゃ、反抗期の最中だね」

「どうなんだろう。いまだにボクの隣で寝るし、一緒にお風呂に入ったりもしますよ」

一同「エエーッ!」「ヤダ―!」「何それ!」

 その子が生まれた時、彼は育児休暇を取った。長時間労働が当たり前の会社では、育休制度も「絵にかいた餅」。それまで、誰も取ろうとしなかった。

「遅くまで会社にいる」という事実のみで評価されがちな職場で、男女社員を通じて初の育休申請。風当たりは強かった。当時の上司からは、かなり嫌味を言われたらしい。今後のキャリア形成への影響も、覚悟の上での行動だ。

 このふやけたお父さん、実は気骨のある人なのだ。

 そうこうするうちに、当の娘さんが学校から帰ってきた。コロナで短縮授業だったといい、画面上の私たちにあいさつすると、リビングで勉強を始めた。

「数学は、もう高1の問題を解いてるみたいなんですよ~」

 チラチラと娘の様子を伺いながら、嬉しそうなお父さん。

「まだやってたの?」彼の背後で声がする。今度は奥さんが、バイトから帰ってきた。ニコニコ顔の女性が、画面に映った。

 彼が体を張って守ってきた家庭は、何だかとてもいい雰囲気だ。



 緊急事態宣言の発令中、日本企業の社員を対象に行われた幸福度アンケートでは、「とても幸せになった」から「とても不幸になった」まで、回答が二極化した。

「幸せになった」と答えた人たちは、リモートワークの浸透で家族と過ごせる時間が増えたことが影響している、という(67日付読売新聞)。

 そして不幸中の幸いで、「私たちは人類史上、つながるためのツールに最も恵まれた状態でコロナ禍に遭遇」(前野隆司・慶大教授)したらしい。



 オンライン飲み会は、ひと言でいえば「隔靴搔痒」。物足りなさは残る。

でも職場では仮面を被って働く人が、ふと素顔を見せたり、家庭の様子を垣間見ることができたり。

なかなかどうして、悪くない。


HIKIKOMORI

  不登校や引きこもりの子に、心理専門職としてどう関わっていくか。 増え続ける不登校と、中高年への広がりが指摘されるひきこもり。 心理系大学院入試でも 、事例問題としてよく出題される。 対応の基本は、その子単独の問題として捉えるのではなく、家族システムの中に生じている悪循...