2021年3月20日

薄幸なクルマ

 

 旅先で、ホテルの駐車場にクルマを停めた。

 4泊して、さぁ帰ろうと、久しぶりに愛車に近づくと…

なんと、カラスの糞まみれ。

前後左右、10コ以上も直撃を受けて、もうドロドロ!

見上げると、はるか頭上を電線が横切っている。カラス様の公衆トイレとはつゆ知らず、その真下に停めてしまった。

ああ無情。

フンで汚れたドアノブの端を掴んで、なんとか車内に滑り込む。まだら模様の特別仕様車?は、赤信号で止まるたび、周囲の注目を浴びた。バックミラーに映る後続車は、ありったけ車間距離を開けている。

ガソリンスタンドの洗車機にかけても、フンはしつこくこびりついて、とても1回では落ちなかった。

 

レンタカー屋さんから、中古で買ったこのクルマ。

不特定多数に使われる境遇からは、とりあえず解放してあげた。

その代わり、湘南ナンバーの都会っ子を寒い長野に連れてきて、山道ばかり乗り回している。しかも、1年の半分は冬タイヤを履いて、しょっちゅう雪の上だ。

そして私は、愛車精神ゼロ。クルマなんか冷蔵庫や洗濯機と同じで、ただ動けばいいと思っている。カラスのトイレの真下にも、平気で放置する。

クルマにとっては、レンタカー時代の方が、まだ幸せだったかも。

 

走行距離、まだ3万キロ台半ば。

とことん使い倒してあげるからね。



2021年3月13日

理想と現実、Dream Job

オンライン英会話の先生は、さまざまな職を経てきた人ばかり。

だから初めての先生には、あいさつもそこそこに、仕事の話を聞いている。

英会話講師はフルタイムですか? ほかに本業はありますか?

そして、

What would be your dream job ?

「大学ではコンピュータを学んだのに、なぜか28年間、大型客船でピアノを弾いてるよ。去年はコロナで各国に入港拒否されて、半年も海上をさまよってたよ!それでも、いろんな国に行けて楽しいから、うん、これがぼくの Dream job  だな。いずれは船に戻るつもりだよ」(ジムズ先生・50代・男)

「大学でジャーナリズムを専攻したかったのに、学費が高くて行けなかった。教育学科を出て特別支援学校の先生になったけど、こんなにハードとは思わなかったよ。多動性障害の子は、とっても扱いが難しい。学校はいま、コロナで休校中。いずれはタイかシンガポールで、英語の先生になりたいな。その方がお金になるから」(パティ先生・20代・女)

「クレジットカード会社の電話窓口業務を8年間。時差の関係で毎日が夜勤だし、相手は初っ端から頭に血の上ったアメリカ人の男たち。奥さんが家族カードで勝手に買い物した、その使い込まれた分を取り消せって言うんだよ。最初は2030分だった通勤時間が、渋滞の悪化で2~3時間になって、しんどくなって辞めちゃった。次はセラピストになりたいな。人の話を聞くのは好きだから」(ジョセフ先生・40代・男)

「ずっと地元の生命保険会社で働いてたけど、コロナで失業。できればSNSのインフルエンサーになって、世界中を旅したい。自分のお金を使わずに世界181か国を踏破した、カナダ人のインフルエンサーがいるんだよ!」(ディオン先生・30代・男)

「留学でオーストラリアに行ってたんだけど、勉強しないで毎晩友だちとパーティで飲んでたのが親にバレて、休暇で帰国して以来、ずっと家に閉じ込められてるよ。将来は株式投資家になって、自由に生きたいな」(キャシー先生・20代・女) ※外見はとても真面目そうなお嬢さまでした

「公立中学校で科学を教えています。生徒のことは好きだけど、給料が安いから転職したい。中学教師とかオンライン英語講師とか、人に教える仕事はもう、働く動機づけにならない。これからはデジタル・マーケティングをやりたいと思っています」(ハイメ先生・30代・男)

「名門大学を出たので、同級生は医者だったり、大企業の社員だったり。ぼくは自分で立ち上げた事業をつぶして、その後もうまくいかなかった。いまは実家の畑を手伝いながら、故郷の古い建物を印象派の画風で描いてるんだ。ついに、画家という天職に出会ったよ。オンラインで美術品マーケットにアクセスして、収入にもなってきたよ」(サニー先生・30代・男)

         ※先生は全員、フィリピン在住のフィリピン人です 

Shizuoka Japan, March 2021


2021年3月5日

“砂漠の人”との結婚

「人間の土地へ」  小松由佳著    集英社インターナショナル

 K2はパキスタンにある世界第2の高峰で、遭難の多さから“非情の山”と呼ばれている。著者は日本女性として初めて、そのK2登頂に成功した人だ。

 登山の2年後、26歳の著者はユーラシア大陸横断の旅に出る。そしてシリアの砂漠で、ラクダと共に暮らす青年ラドワンと出会い、恋に落ちた。

 この本は「シリア内戦を内側から描くノンフィクション」と紹介されるが、私にはラドワンと送る結婚生活のくだりが、とりわけ面白かった。

 田舎に暮らす著者の両親は、娘の彼氏が「イスラム教徒のアラブ人」と聞いて、即テロリストを連想した。そして、我が娘もテロリストになるのではないかという「壮大な妄想」を抱き、結婚に猛反対。ついに父親は、

「娘はいなかったものと思うから、お前も親はいなかったものと思え」

 と言い渡す。

 それでも著者は、内戦の激化で故郷を追われ、難民となってヨルダンに逃れたラドワンと、現地で結婚式を挙げる。

「ラドワンと生きるなら、一生苦労が絶えないだろう。だがそれで良かった。むしろ、予測不可能な苦労がつきまとうことに痺れるような喜びを感じた」

 結婚する際、妻もイスラム教徒になることが求められた。「新しい価値観を知りたいという好奇心」から、著者は改宗の儀式に臨み、イスラム教徒になる。

混乱が続くシリアでの生活を諦めた2人は、日本で暮らすことを決意する。だが大家族に生まれ育った夫は、移り住んだ日本でホームシックにかかってしまう。著者が仕事を終えて帰宅すると、彼は「放心状態に陥っていた」。

砂漠で自給自足の生活を送り、「家族や友人とのゆとりの時間こそが人生の価値」だった夫は、「現金がなければ生活が維持できず、生活を維持するために毎日働かねばならない」という現実に戸惑っていた。

履歴書の “過去の仕事欄” に「ラクダの放牧」「日干しレンガ積み」と書く彼にとって、「効率」や「完璧さ」は初めて聞く概念だった。職場で雇い主から注意されても、彼は「何を怒られているのかさえ理解できなかった」。

夫は、難民キャンプで飢えに直面していた頃より痩せてしまったという。

共働きなのに、彼は家事も育児もノータッチ。夫婦で協力するという発想すらない。幾度となく口論になった。

彼が著者に期待したのは、シリア人の妻のように毎日家にいて、丁寧に掃除、洗濯、育児をし、帰宅したらすぐ、美味しい食事を用意してくれること。

「私はシリア人の基準でいえば、完全にダメな妻なのだ」

 そして、著者は悟りを開く。

「私はことあるごとに、ラドワンが “砂漠の人” だと捉えることで、悶々とした思いを払拭するに至った」

 登山家から写真家に転身した著者は、幼い我が子を背負って、シリア難民の現地取材に駆け回っている。

Matsumoto Japan, February 2021

 

2021年2月27日

マイクロすぎるツーリズム

「ずいぶん近くにお住まいなんですね…」

 フロントで自宅住所を記入していたら、ホテルマンが訝しげな顔をした。

 それもそのはず、今晩泊まるそのホテルは、自宅から歩いて5分だ。

「春休みに知人を招待するので、事前に自分で泊まっておこうと思って…」

 とっさに、そんなセリフが出た。気のせいか対応がよくなった。

 

 緊急事態宣言下、伊豆半島の友人を訪ねた。静岡県に入ったとたん、「県をまたぐ移動はお控え下さい」の掲示板が並んでいた。

東京はともかく、隣の県に行くのもダメなの。

じゃあ、もっと近くなら? 長野県が、県民限定の宿泊割引を始めた。県内のホテルなら、最大5000offで泊まれる。そして、ここ松本は観光地。自宅から徒歩圏内に、10軒以上のホテルがある。

旅行代わりに、窓から見えるホテルを泊まり歩くことにした。

果たしてこれは「マイクロ・ツーリズム」?

マイクロすぎるツーリズム。

ホテルを一歩出れば、いつも暮らす街の景色だ。でも料理、皿洗い、洗濯、掃除はしなくていいし、バスルームは寒くないし、タオル類は洗濯したて、シーツも糊が効いて快適だ。

平日のホテルは、出張族ばかり。優雅にコーヒーをお代わりしながら朝ご飯を食べている間に、周りのテーブルは3回転している。

ちょっといい気分。

ホテル滞在中、地区の「燃えるごみ」収集日が来た。家のごみを出しに行きたくなったが…なんとか堪えた。

 

【自腹で泊まってみたホテルの寸評】

「ホテル・ブエナビスタ」 エグゼクティブ・フロアに泊まれば専用ラウンジが使え、コーヒーやスナック類がタダ。夕方はアルコール類も無料になる

「松本丸の内ホテル」 松本城に近い。戦前に建てられた銀行を改装した石造りの建物で、登録有形文化財にもなっている。サービスはあか抜けない

「松本ホテル花月」 館内各所に信州の民芸家具が配されている。ホテル周辺にしゃれた飲食店が多くて便利。サービスはどん臭い

「いろはグランドホテル」 開業1周年の新しいホテルで、エントランスにアロマが香る(女性客を意識?)。ソファが心地よいコーナーツインがお勧め

「アルピコプラザホテル」 ほぼ駅前で便利だが、それ以上の価値はない

JALシティホテル長野」(長野市) 善光寺に近い。最上階16階で供される朝食が出色。コロナでもいち早くブッフェを再開し、60品目を揃える 




2021年2月20日

IKIGAI

 

 田舎でパン屋をしている友だちがいる。

 仕込みのために午前1時に起き、週末も働いて家族を養っている。

 並の会社勤めだったら、とっくにウツか過労死か…

 でも友だちは、大変だぁ!と言いながら、とても生き生きしている。

「もし1週間休めたら、何したい?」と意地悪な質問をすると、

「新商品に考えているパンの試作がしたい」と即答。

 休みの日まで、働きたいらしい。

 

「生きがい」は「ikigai」として、欧米でもけっこう通じる日本語だという。

そして欧米で「生きがいikigai」は、「強み=得意なこと」「面白さ=好きなこと」をしていて、しかもそれが「社会が必要とすること」かつ「収入を得られること」であるときに得られる幸福感のこと、と定義されている。

(以下、日経ビジネス電子版「生きがいがある人は知っている 人生で大切な4つの要素」前野隆司・慶応大学大学院教授 より抜粋です)

・自分の強みを明確に持っていて、それを生かせる人は幸せな傾向がある

・強みは簡単には見つからない。人生をかけて探していくもの

・強みを探すコツは、いろいろなことをやってみること

・強みとは、長年かけて習熟していくもの。根気よく続けるには、「面白いこと」であることが重要

・その「面白いこと」も、そう簡単には見つからない。人生をかけて探していくもの

・面白いことを探すコツは、いろいろなことをやってみること

・面白いことは、長年かけて習熟する中でその面白さが増していく。根気よく続けるには、「強み」であることが重要。他の人に負けない強みになっていれば、続く

・つまり「強み」と「面白さ」はつながっていて、共にやり続けないと深まらない。最初から強みだったり、最初から面白くてたまらなかったりはしない。ちょっとした強み、ちょっと面白いことから始めるしかない

・始めないと深まらないのだから、いろいろなことにチャレンジしてみるべき

 

 勤め人の多くは、以前の自分も含めて「仕事で給料をもらっているが、別に好きな仕事ではないし、強みを生かせていないし、社会に貢献している実感もない」のが正直なところだと思う。

 それに対してパン屋の友だちの場合、他を圧倒するおいしいパンを焼ける強みを持ち、休日も返上したくなるほど仕事が面白く、お客さん(社会)に必要とされ「ありがとう」と言われ、かなりの収入も得ている。

「生きがい」の4要素全てを持ち合わせた、とても幸福度の高い人だ。

 周囲を見回しても、いい顔をして働いている人は「地方在住の自営業者」に多い気がする。



2021年2月12日

人生で一番大切な思い出

 オンライン英会話のクリス先生は、マニラのスターバックスで働く24歳。

久しぶりに指名したら、人懐こい笑顔で近況を話してくれた。

「フィリピン人は、とても話好き。スタバで注文する時、みんな世間話をしていくんだ。背後にできた行列も、てんでお構いなし。だから、ぼくらバリスタの仕事は、カフェラテを作ることと、お客さんの話を終わらせること」

「コロナでお客さんが7割も減って、別のスタバに応援に行ったよ。そこはドライブスルーの店だったから、超忙しかった!」

 その翌日に受講したアスキー先生は、3歳児を育てるシングルマザー。

「あなた投資家なの? 株に投資するなら私に投資してよ。コロナが収まったら、レストランやりたいんだ」

その英会話学校の予約画面には、講師たちのまばゆい笑顔が並んでいる。その中でアスキー先生の顔写真だけが、逆光で真っ黒け。

「…先生、まともなプロフィール写真ないんですか? あれじゃ予約が入らないでしょう。もしかして、わざとですか?」

「イエス、アンド、ノー。あの写真はアメリカで撮ったお気に入りだよ。それにあれなら、顔で選ばれることはないでしょ? 真面目に勉強したい人が、私の略歴だけで判断して、指名してくれるはず」

 やっぱり確信犯だったか。

 

 是枝裕和監督のファンタジー作品、「ワンダフルライフ」。

この映画の中で、死んだ人は必ず、「あの世」の入り口でインタビューを受ける。

「あなたは昨日、お亡くなりになりました。あなたの人生の中から、大切な思い出をひとつだけ選んで下さい」

 思い出せない人は、天国に行けないのだという。

…いま自分が死んだとして、一番大切な思い出は何だろう?

 すぐには思い浮かばない。

 試しに、英会話の先生に映画の粗筋を話して、聞いてみた。

「今までの人生で、一番大切な思い出は何ですか?」

 クリス先生は、K-POPのダンスコンテストで優勝した大学1年の夏、と答えた。副賞として、1週間の韓国旅行に招待されたという。

 アスキー先生は、質問に答える代わりに、1枚の写真を差し出した。

 生まれたばかりの息子を抱いて笑顔の、3年前の先生が映っていた。

 

 2人とも、即答できる「一番大切な思い出」を持っている。

それが思い浮かばない自分は、天国には行けない?

 いやいや、人生で一番大切な思い出となる出来事は、これから起きると信じている。 


Izu Japan, February 2021


2021年2月6日

夢は夢のままで

ミヒャエル・エンデの名作「モモ」の中で、こんな文章に出会った。

すっかり大金持ちになり、有名にもなったジジが、わが身を振り返る場面。

「モモ、ひとつだけきみに言っておくけどね、人生でいちばん危険なことは、かなえられるはずのない夢が、かなえられてしまうことなんだよ」

(大島かおり訳 岩波少年文庫版より)

 

 野球。フットボール。バスケットボール。アメリカのプロスポーツ選手は、法外な報酬をもらう。NBAトップ選手の年俸は、40億円以上。

 その一方で、元NBA選手の6割が、引退後5年以内に自己破産するという。

 これもアメリカの話だが、宝くじで10万ドル以上当たった人の7割が、その後自己破産を申請しているという。

「宝くじで1億円当たった人の末路」(鈴木信行著 日経BP)によると、宝くじで高額当選した人が陥る不幸には、決まったパターンがある。

・親族トラブルが続発する

・浪費が過ぎて、宝くじに当たる前より貧困になる

・仕事(人生)にやる気がなくなる

そして、宝くじで1億円当たった時の心得も、次の3つ。

・今の生活を変えない

・仕事を辞めてはいけない

・人との付き合い方を変えてはいけない

 当たり前のことのようで、「言うは易し…」なのだろう。

 

 宝くじで1等が当たっても、必ずしも幸せになれるとは限らない。

むしろ、不幸になることの方が多い。

 でも大丈夫。

「年末ジャンボ宝くじ」で1等が当たる確率は、交通事故で死ぬ確率の300分の1以下。

 夢は、夢のままで終わってくれるのだ。

 

新聞社にいた頃、「年末ジャンボ宝くじ」の発売日を取材した。

 東京・有楽町の宝くじ売り場は、その名も「チャンスセンター」。寒風吹き付ける中、他のブースはガラガラなのに、以前1等賞が出たブースだけに、長蛇の列ができていた。

 私の直感では、もう1等が出てしまったブースには、当分同じことは起こらない気がする。

 数字には弱いので、統計学的にどうなのか、わからないですが…


Minami-Izu Japan, January 2021


HIKIKOMORI

  不登校や引きこもりの子に、心理専門職としてどう関わっていくか。 増え続ける不登校と、中高年への広がりが指摘されるひきこもり。 心理系大学院入試でも 、事例問題としてよく出題される。 対応の基本は、その子単独の問題として捉えるのではなく、家族システムの中に生じている悪循...