2021年2月12日

人生で一番大切な思い出

 オンライン英会話のクリス先生は、マニラのスターバックスで働く24歳。

久しぶりに指名したら、人懐こい笑顔で近況を話してくれた。

「フィリピン人は、とても話好き。スタバで注文する時、みんな世間話をしていくんだ。背後にできた行列も、てんでお構いなし。だから、ぼくらバリスタの仕事は、カフェラテを作ることと、お客さんの話を終わらせること」

「コロナでお客さんが7割も減って、別のスタバに応援に行ったよ。そこはドライブスルーの店だったから、超忙しかった!」

 その翌日に受講したアスキー先生は、3歳児を育てるシングルマザー。

「あなた投資家なの? 株に投資するなら私に投資してよ。コロナが収まったら、レストランやりたいんだ」

その英会話学校の予約画面には、講師たちのまばゆい笑顔が並んでいる。その中でアスキー先生の顔写真だけが、逆光で真っ黒け。

「…先生、まともなプロフィール写真ないんですか? あれじゃ予約が入らないでしょう。もしかして、わざとですか?」

「イエス、アンド、ノー。あの写真はアメリカで撮ったお気に入りだよ。それにあれなら、顔で選ばれることはないでしょ? 真面目に勉強したい人が、私の略歴だけで判断して、指名してくれるはず」

 やっぱり確信犯だったか。

 

 是枝裕和監督のファンタジー作品、「ワンダフルライフ」。

この映画の中で、死んだ人は必ず、「あの世」の入り口でインタビューを受ける。

「あなたは昨日、お亡くなりになりました。あなたの人生の中から、大切な思い出をひとつだけ選んで下さい」

 思い出せない人は、天国に行けないのだという。

…いま自分が死んだとして、一番大切な思い出は何だろう?

 すぐには思い浮かばない。

 試しに、英会話の先生に映画の粗筋を話して、聞いてみた。

「今までの人生で、一番大切な思い出は何ですか?」

 クリス先生は、K-POPのダンスコンテストで優勝した大学1年の夏、と答えた。副賞として、1週間の韓国旅行に招待されたという。

 アスキー先生は、質問に答える代わりに、1枚の写真を差し出した。

 生まれたばかりの息子を抱いて笑顔の、3年前の先生が映っていた。

 

 2人とも、即答できる「一番大切な思い出」を持っている。

それが思い浮かばない自分は、天国には行けない?

 いやいや、人生で一番大切な思い出となる出来事は、これから起きると信じている。 


Izu Japan, February 2021


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