オンライン英会話のクリス先生は、マニラのスターバックスで働く24歳。
久しぶりに指名したら、人懐こい笑顔で近況を話してくれた。
「フィリピン人は、とても話好き。スタバで注文する時、みんな世間話をしていくんだ。背後にできた行列も、てんでお構いなし。だから、ぼくらバリスタの仕事は、カフェラテを作ることと、お客さんの話を終わらせること」
「コロナでお客さんが7割も減って、別のスタバに応援に行ったよ。そこはドライブスルーの店だったから、超忙しかった!」
その翌日に受講したアスキー先生は、3歳児を育てるシングルマザー。
「あなた投資家なの? 株に投資するなら私に投資してよ。コロナが収まったら、レストランやりたいんだ」
その英会話学校の予約画面には、講師たちのまばゆい笑顔が並んでいる。その中でアスキー先生の顔写真だけが、逆光で真っ黒け。
「…先生、まともなプロフィール写真ないんですか? あれじゃ予約が入らないでしょう。もしかして、わざとですか?」
「イエス、アンド、ノー。あの写真はアメリカで撮ったお気に入りだよ。それにあれなら、顔で選ばれることはないでしょ? 真面目に勉強したい人が、私の略歴だけで判断して、指名してくれるはず」
やっぱり確信犯だったか。
是枝裕和監督のファンタジー作品、「ワンダフルライフ」。
この映画の中で、死んだ人は必ず、「あの世」の入り口でインタビューを受ける。
「あなたは昨日、お亡くなりになりました。あなたの人生の中から、大切な思い出をひとつだけ選んで下さい」
思い出せない人は、天国に行けないのだという。
…いま自分が死んだとして、一番大切な思い出は何だろう?
すぐには思い浮かばない。
試しに、英会話の先生に映画の粗筋を話して、聞いてみた。
「今までの人生で、一番大切な思い出は何ですか?」
クリス先生は、K-POPのダンスコンテストで優勝した大学1年の夏、と答えた。副賞として、1週間の韓国旅行に招待されたという。
アスキー先生は、質問に答える代わりに、1枚の写真を差し出した。
生まれたばかりの息子を抱いて笑顔の、3年前の先生が映っていた。
2人とも、即答できる「一番大切な思い出」を持っている。
それが思い浮かばない自分は、天国には行けない?
いやいや、人生で一番大切な思い出となる出来事は、これから起きると信じている。
Izu Japan, February 2021 |
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