2024年6月28日

自然学校で

 

このところ、勤務先の自然学校に連日、首都圏の小中学校がやってくる。

先日、ある北関東の私立中の先生から「ウチの生徒、新NISAの話になると目の色が変わります。実際に株式投資を始めた子もいますよ」という話を聞いた。

中学生から株式投資! 未成年でも証券口座を開けるんだっけ。

日本人が一生涯に得る平均賃金は2.2~2.7億円(大卒正社員の場合)。限られた収入を運用するかしないかで、人生後半の幸福度に大差がつく。お金の教育は、早ければ早いほどいい。

各校の課外学習(森のオリエンテーリング)を手伝っていて気になるのは、「たまに」と「しょっちゅう」の間ぐらいの割で、子どもを怒鳴る先生がいることだ。

ADHD傾向の子などの一部は、まるで大人の忍耐力を試すような言動を繰り返す。先生という職業、かなりの精神修養を必要とするのは確かだ。

それでも。周囲を凍り付かせるような大声はやめて欲しい。

知性と理性で、子どもに接して欲しい。

 

リクルート出身で、東京都内の中学校で「義務教育初の民間校長」を務めた藤原和博氏。日経ビジネス電子版のインタビュー記事を、一部紹介します。

・現在、小中高の生徒は1200万人強。そのうち、不登校の子が30万人。でもこれは「まだ」少ない。学校に全く興味はないが仕方ないから付き合っている子、この状況にギリギリ耐えている子が、さらに300万人いる

・不登校が増えたというと、大慌てで「不登校を減らそう」というが、それは間違い。今の教員の力量で不登校を減らすことは無理だ

・首都圏のある地域では、教員の出身大学の偏差値は50を切っている。東京都など、昔は16倍くらいの倍率だった教員採用面接が2倍を切った

・この現実を知っていると、教員の質を上げるとか、教員に研修をすればもっと教えられるようになるとか、もっと豊かな教育ができるようになるといった話が幻想だと分かる

・それよりも、先生の半分をオンラインの中に求めた方が現実的。言葉の壁はあと5年の間になくなるから、日本で海外のオンラインアカデミーに学ぶ子がいてもいい。アルゼンチンの算数の教員がすごく面白くてエネルギッシュであれば、そういう人から学んでもいい

・これだけ円安が進むと、金持ちの子しか海外留学できない。そう考えると、ある程度エリート教育を認めざるを得ない。徹底的に優秀な人を数少なくてもいいから増やして、100倍の生産性で日本に恩返ししてもらう

・「irreplacable(代替できない存在)」が、これからのキーワード。言い換えると「希少性」

・自分自身をレアカード化したい

Musee de l'Orangerie, Paris 2024


2024年6月22日

学問の道への入り方

 

最近、心理学や脳科学を専門とする大学教授3人に、立て続けにお会いする機会があった。

壁一面に専門書が並ぶ、某国立大学の研究室。認知心理学を専門とするS先生は、丸顔に口ひげ、人当たりのいい好人物だ。

お互い初対面の緊張がほぐれた頃に、

「ところで先生、どうして心理学を志したんですか?」と聞いてみた。

S先生は相好を崩して、

「いやー、ぼく大学では数学を専攻して、最初は学校の先生になるつもりだったんです。でも、教育実習で知ったあまりのブラック職場ぶりに嫌気が差して、即座に研究者志望に鞍替え。その時、たまたま心理学の大学院が入りやすかったんですよね」

せ、先生! そんなんで大学教授になっちゃっていいんですか!

でも正直な方だ。きっと、オールマイティに頭のいい人なんだろう。

 

2020年に96歳で亡くなった外山滋比古・元お茶の水女子大学名誉教授。その著書「思考の整理学」は、40年以上読み継がれるロングセラーだ。

日経ビジネス電子版のインタビューで、氏は「AI時代に重要なのは、知識を覚えることより自分で考え失敗すること」と言っている。

以下、記事の一部を紹介します。

・学校での教育は、これまで主に知識を身につけることだとされてきた。その一方で、学校では考えることについてあまり教えてこなかった。結果として、小学校から大学まで学び続けても、多くの人は「考えたことがほとんどない」

・知識はどんどん忘れて構わない。いくら忘れようとしても、その人の深部の興味や関心とつながっていることは忘れない。忘れてもよいと思いながら忘れられなかった知見によって、一人ひとりの個性は形成され、そこから新しい思考やひらめきが生まれる

・思考の整理とは、「いかにうまく忘れるか」

AI(人工知能)の発達によって、考えることの重要性は高まっている。知識という点ではどれだけ優秀な人でもAIに太刀打ちできないから

・一昔前まで、大学を卒業する特に文系学部の学生にとって、金融機関は魅力的な就職先であり、優秀な人材の受け入れ先となってきた。これは金融機関が知識を最も生かせる場だったから

・ところが今や金融機関では、仕事の大きな部分がAIに取って代わられようとしている。金融機関が大幅な人員削減を打ち出しているのもこのため

・これからはAIと知識で競うのではないあり方、つまり考えることが大切

・考える力を養うことは、ひらめきを得ることにもつながる。知識は覚えればすぐに使えるが、ひらめきには結びつかない。自分で考え失敗することで、人はひらめき、成功にたどり着くことができる

Varanasi, India 2024


 

2024年6月14日

「子持ち様」

 

NPO法人「フローレンス」会長の、駒崎弘樹さん。

ある日彼は、お母さんが「子どもの看病で会社を休んで、解雇された人がいるんだって」と話しているのを聞いた。

大学卒業後すぐに、病児保育のNPOを設立。

以来、メディアで発言を続けている。

 

5月26日付読売新聞で、久しぶりに駒崎さんのインタビュー記事を見つけた。

相変わらず自らの経験に根差した、的を射た発言が多い。

思わず膝を打ちまくってしまったので、一部を紹介します。

 

・最近、SNSで「子持ち様」という言葉が広がっている

「子持ち様の子が、また熱を出したとか言って休んだ。そのカバーで仕事が増えた」などという使われ方をする。子どもを育てる親が、職場から配慮を受けることを揶揄している

2030代の未婚の男女から、そうした声が上がることに衝撃を受けた。不満をぶつける相手は、仕事のカバー態勢を整えていない会社側であるはず。「被害者が被害者を叩く」悲劇的な構図だ

1980年代は全世帯の半数近くに子どもがいたが、今は2割弱と少数派。こうした言葉で子育て世帯の肩身が狭くなり、さらに子どもを産もうという気持ちが薄れてしまうのではないか。そして少子化が加速するのでは?

・日本では「男性が外で仕事をして、女性が家を守る」という役割分担が無意識にすり込まれている。育児が妻に固定化され、夫の会社がそれにただ乗りしている

・日本は長時間労働を前提としている。法定労働時間(1日8時間)を超える割増賃金が欧州の半分ほどと安く、企業からすると残業させやすいため、働く時間が長い

現状のままでは共働きはできても、共育てはできない。労働時間の短縮が、出生率を大幅に上昇させるという研究結果もある

・少子化を巡る問題が難しいのは、当事者の課題が数年ごとに変わってしまうこと。保育所がない、学童保育に入れないと悩んでも、一定期間を耐えれば過ぎ去る。当事者でなくなっても声を上げ続ける人は、ほとんどいない

・子どもは成長し、今の現役世代が高齢者になった時、社会保障制度を支える担い手になる。誰もが「自分の未来への投資」と考え、社会で子育て世帯を支えていく意識を醸成していく必要がある

「私が好きな言葉はインド独立の父、マハトマ・ガンジーの『あなたが見たいと思う変革に、あなた自身がなりなさい』。自分でやってみて必要があれば広げていく、という姿勢を大切にしています」

Jardin des Plantes Paris, January 2024


2024年6月7日

深夜のコルカタと、毛深い大男

 

インドのコルカタに向かう国際線は、どこを経由しても、なぜか必ず深夜の到着になる。

不慣れな外国人に、わざと試練を与えているよう。

この春バンコクから乗った便もまた、真夜中にコルカタ空港に着陸した。

到着ロビーにはATMが見当たらず、手招きする両替商のカモになって、最悪のレートでインドルピーを入手する。

そしてスマホの海外ローミングは、着陸から1時間経っても通じない。だからライドシェアが使えない。プリペイドタクシーの窓口も閉店してしまった。

仕方なく荷物を抱えて到着ロビーから外に出ると、たちまち眼付きの悪いタクシーの運ちゃんに囲まれた。こちらに他の選択肢はないから、料金交渉は圧倒的に不利だ。相場の2倍で、ボロボロの白タクに乗る羽目になる。

あとは運ちゃんが、途中で強盗や人殺しに変身しないことを祈るのみ…

コルカタ市内は、すでに漆黒の闇の中。これが人口1500万の大都市かと思うほど暗い。クルマのヘッドライトが照らす範囲に人影はなく、交通量も少ない。

幸いスマホのグーグルマップが、順調に市の中心部に向かっていることを教えてくれる。

やがてクルマは幹線道路を外れて、狭い路地に入った。廃墟のような建物が、道の両側に並ぶ。路上にはゴミが散乱し、ところどころ、毛布にくるまった人が転がっている。

インド14億を束ねるモディ首相は、西部グジャラート出身。ここコルカタは東の端だから、冷遇され、発展から取り残されているのか。初めてこの町に来た40年前と、まるっきり同じ風景だ。

なんとか無事ホテルに着いた。チェックインでは氏名や住所、電話番号などの宿泊者情報が、分厚い台帳に手書きで管理されている。超高級ではないが、名の通ったホテルをネット予約したんだけど…

眠そうな夜勤スタッフに案内されて、薄暗い廊下を部屋に向かった。

ガチャッ

スタッフが鍵を外してドアを開けると、なぜか室内が明るい。

ベッドに上半身を起こしてテレビを見ている大男と、目が合った。

裸でシーツにくるまり、もじゃもじゃ胸毛が生えている。

「・・・・・」 

しばし沈黙ののち、スタッフが低い声で「ソーリー」と呟き、ドアを閉めた。

悪びれる様子はまるでない。フロントに戻り、改めて空き部屋を探している。

別の部屋を当てがわれ、シャワーを浴びてベッドに入る頃には、東の空が白み始めていた。

インドは、やっぱりインドだった。

Kolkata, India 2024


Kolkata, India 2024

2024年6月1日

「フェミニズムの国」に暮らしてみれば

「ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた」 鈴木綾著 幻冬舎

この冬、イギリス人家庭にホームステイしながら3週間ロンドンに滞在した。帰国後、旅行者目線でないロンドン暮らしの実際が知りたくて読んだのが、この本。

著者は東京で働いていた時、セクハラやモラハラに遭い、30歳を目前にしてMBAを取得し、ロンドンに脱出する。

そして、そこで見たものは…

 

・ロンドンで暮らし始めてから、日本の生きづらさから逃げて来た同年齢の日本人女性に何人も出会った。「出国子女」だ

・「帰国子女」と違って、「出国子女」の99%は高学歴の女性。日本人であることや日本文化を誇りに思っているが、日本企業には勤めたくない人たち。自分と同じくらい優秀な独身の日本人男性は海外にいないから、彼氏は外国人

・これはすごい「人材流出」だ

・グローバル企業で、国籍に関係なく世界のトップ人材と一緒に仕事をしたい人は、ニューヨーク、ロンドン、ドバイなどに集まる。東京はもうその選択肢に入らない

・ロンドンで知り合った日本人投資家たちは、子どもを海外で教育を受けさせている。「日本の教育は21世紀に求められるスキルを教えない」から

・6年間東京に住んで、何度もストーカー被害に遭った。地下鉄の中で痴漢に遭った時、周りの人は私を助けようとしなかった。接待ではセクハラ発言を浴びた。日本を出た時、私の心は傷だらけだった

・女性としての生きづらさから脱出するために日本を離れたことは間違っていなかった。でもイギリスはイギリスで、いろいろなことがある

・「働いている女性が強い」「フェミニズム発祥の地」という理由でイギリスに引っ越して来たが、この国に期待するあまり、求めすぎていた

・外見上や制度上の差別はないし、ルールもきちんとしているが、人々の無意識、普通の社会生活の根底に、性差別意識が残っている。少し表面を削れば「フェミニズムを信じない」的な発言が出てくる

・仕事上、若い女性にとって一番大きな問題は、気持ち悪い上司や中高年の男性たちではなく、自分がモノ扱いされることと、便利屋扱いされること

・交通機関やインフラが最悪、物価が高い、友だちが作りづらい。ロンドンは生きづらい街

…そして著者は、120年前にロンドンに留学した夏目漱石の回想を引用する。

「倫敦に住み暮らしたる二年は尤も不愉快の二年なり。余は英国紳士の間にあつて狼群に伍する一匹のむく犬の如く、あはれなる生活を営みたり」 

St Pancras International, London 2024


肉食女子

わが母校は、伝統的に女子がキラキラ輝いて、男子が冴えない大学。 現在の山岳部も、 12 人の部員を束ねる主将は ナナコさんだ。 でも山岳部の場合、キャンパスを風を切って歩く「民放局アナ志望女子」たちとは、輝きっぷりが異なる。 今年大学を卒業して八ヶ岳の麓に就職したマソ...