2021年9月4日

文学はマッチョだ

  芥川賞作家・磯崎憲一郎。

日経新聞主催のシンポジウムでの、彼の発言に笑った。

「僕の小説が大学入試問題に使われたことがあったのですが、『この文章の作者の意図は、次の選択肢のうちのどれでしょう?』という問題で、僕にもどれが正解かわからなかった」

 作者本人にも正解がわからない難問(?)で合否判定され、将来が決まってしまうなんて。受験生が気の毒だ。

 磯崎氏は三井物産で広報部長まで務めた。そして在職中に「終の住処」で芥川賞を受賞した。商社マンと言えば体力勝負、そんな職場で小説を書いていたのだから、超人だ。

 彼の発言には、ほかにも物事の核心に触れたものが多かった。

・「読み手に何を伝えたいんですか」という質問をよく受けるが、それが簡単に答えられないから、何百枚も小説を書くのだ

・セザンヌの絵を見て「セザンヌのこの山は何を意図しているんでしょう」という質問はない。小説も、美術や音楽に近い。読む時間に没入すればいい

・本を読むことによって何か得ようとか学習しようとか、そういうさもしい考えは捨てて、「本を読んでいる時間」そのものが読書だと思った方がいい

・丸の内、大手町界隈のサラリーマンは、本当に本を読まない。読んでいる人でも、いわゆるノウハウ本ばかり。そのくらい余裕がないのだと思う

・文学作品は、わからないことの中にとどまる覚悟がないと読めない。それなのに今の時代、わからないことの中にとどまるのは非効率だとみなされてしまう

・だが、正解がなく、ひたすら自分の頭で考え続けなければならない文学や哲学は、軟弱どころではない。はるかにマッチョな世界

・サラリーマンは哲学書や文学を読む方が、結果的にはるかに得るものが大きいということに気づいて欲しい

・今の若い人は、自分の世代とは比較にならないぐらい、難しい時代を生きていかなければならない。だから正解にたどり着く力ではなく、自分の頭で考える力、正解のない中で自分の力で現状を打破していく力を身につけて欲しい

 

 1965年生まれの磯崎氏は中学生の頃、北杜夫の作品を全部読んだという。彼と同世代の私も、北杜夫を全部読んだクチ。親近感を覚えた。

「大手町界隈のサラリーマン」だった20数年、自分も読書はノンフィクション一辺倒だった。その間、文学作品を読みふけっていた妻とは、心の豊かさに大差がついた。

 最近、本好きの友人に勧められた小説を読むようになった。今ごろになって、会社人間から脱皮できたような…

 今月は、妻の一周忌。

Tateyama Japan, summer 2021 (photo and text unrelated)



 

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