2019年6月29日

学校に行かなくてもいい国


 近くに住む病気の子の付き添いで、朝の小学校に足を運んだ。

 校門に入るなり、いきなりケンカを始める子どもがいる。廊下を縦横無尽に駆け回る子もいる。みんな、本能の赴くまま?に大声を出す。

いやはや、とてつもなく騒がしい。ほとんど阿鼻叫喚の世界。

もう一度、小学生からやり直せと言われても、ムリ。不登校になりそう。

 このコンクリートの四角い箱にひしめきあって過ごすのは・・・元気で活発で、たくさん友だちがいる「よい子」はともかく、内気で静かで、一人でいることが好きな子は、さぞ大変だと思う。

 田舎の分校みたいな規模の海外校で、牧歌的な小中学校生活を送ることができた自分は、つくづく幸運だった。なんとか生き延びられた。



 世界的ベストセラー「137億年の物語~宇宙が始まってから今日までの全歴史」の著者、クリストファー・ロイドのインタビューを読むと、彼の7歳の娘もまた、学校嫌いだった。

「学校がつまらない」「退屈だ」「何にも興味が持てない」

 そんな娘の訴えを聞いたロイドは、会社を辞めて、子どもの教育に全力を注ぐことにした。

イギリスの法制度では、子どもの教育を学校でやる必要はなく、親でもOK。「ウチの子と、庶民の子を学校で一緒にされたくない」と、19世紀に貴族が作った制度が残っているのだ。

現在、熱心な親の教育方針だったり、子どもに特別なサポートが必要だったりで、10万人の子が自宅で学んでいる。

ロイドは退社してキャンピングカーを買い、一家4人でヨーロッパ縦断旅行に出かけた。半年後に帰宅すると、今度は娘のために、科学と歴史を結び付けて教えられる本を書き始めた。彼の前歴は、新聞社の科学担当記者。

やがて出版されたその本、「137億年の物語」がベストセラーになる。無職だったロイドは、世界中の学校を訪ね、講演して回ることになった。

娘の在宅教育は、結局5年に及んだ。「あまりにも楽しかった」から、下の子も家で教育した。

 そして11歳の時、娘は学校に戻った。今度は小規模な学校を選んだから、うまく溶け込めた。「子どもが多すぎると、大量生産の工場みたいになってしまう。それはよくない」と、ロイドは言う。

そして、こうも言う。「ドイツや日本は、子どもの教育は国の責任なのですよね。でも、子どもの教育者が親であるというのは、自然で健全なことです」



もし日本でも、必ずしも学校に行かなくてもいい、という選択ができたら。

不登校、という立場に苦しむ子どもと親は、どんなに救われるだろうか。

Ala Wai canal, Honolulu 2019

2019年6月22日

バメンカンモク


 その日、アジュ君とソーシ君を保育園に迎えに行き、えいちゃんをピアノ教室に送る約束をしていた。

 朝、「アジュが発熱したので保育園を休ませます」と、お母さん。

夕方、今度はソーシ君のお父さんから電話があった。

「あのう、いま保育園から電話があって、ソーシがまだいるそうなんですが・・・仕事が終わったので、私が迎えに行きます」

「!」

 休んだのはソーシ君、と勘違いして、見事にすっぽかしてしまった。

 翌日の夕方、ソーシ君を迎えに行くと、明らかに機嫌が悪い。そりゃそうだ、昨日は2時間も待たされたのだから。

 自宅に着いて、おばあちゃんに平謝りに謝っていると、ソーシ君が言った。

「ボク、きのうは(保育園で)いっぱい遊べて楽しかったよ」

 齢5歳にして、この気配り。ソーシ、君はいい奴だなあ。



えいちゃん(小2)はとても内向的で、何を聞いても「うん」「ううん」しか言わず、視線も合わせてくれない。家に着いて、お母さんや弟に会うと、とたんに生き生きとする。えいちゃんには嫌われてるのかなあ。

スイミング教室の後で、自販機のアイスを買うのが彼のルーティン、至福の時間だ。この前、アイスを食べている最中に、うっかり話しかけてしまった。

アイスを持ったえいちゃんの手がピタッと止まり、そのまま動かない。

えいちゃんが固まった・・・アイスは溶けていく。 困った。

困った時は、Kさんの話を聞きにいく。Kさんは大学院で障害児教育を学び、この春から特別支援学校で働いている。毎日12時間を学校で過ごすというから、とても大変な仕事だ。

Kさん「それで、いま受け持ってる子がバメンカンモクで・・・」

私「バメン、カンモク?」

さっそく本を買って、調べてみた。

・場面緘黙症(Selective Mutism)とは、家では普通におしゃべりするのに、保育園や学校などの社会的場面で話すことができない状態。話しているところを見られたり、聞かれたりすることに恐怖を感じている

・「話さない」のではなく、「話せない」。多くが社会不安障害を併せ持つ。繊細で豊かな感受性、きめ細やかな感性の子。約200人に1人。女子に多い

・親は、家庭でのおしゃべりな状態しか知らない。学校では大人しく、先生も困らないので、放置されがち。でも本人は、周囲が当たり前にやっていることができず、友達とも遊べず孤立感を深める。いじめや不登校につながることも

・・・えいちゃんの様子と、少し似ている。お母さんは、「学校では大人しいみたいですねえ」とノンビリ構えているが、本には「早期の対応が必要」と書いてある。

単に私が苦手で話さないのなら、むしろホッとするのだけれど・・・


Monsarrat Ave., Honolulu, 2019

2019年6月14日

梅雨の晴れ間に、パトカーに追われる


 思わず鼻歌が出そうな、気持ちのいい朝。クルマの窓を全開にして、市内の細い路地を右折した。

いきなり、背後から拡声器の大声を浴びせられた。赤色灯を光らせたパトカーが、バックミラーに迫る。

 追いかけられてるのは、ひょっとしてボク? クルマを止めると、お巡りさんが駆け寄ってきた。

「今、そこの交差点を右折しましたよね。通行禁止違反です」

「・・・はい?」

 これまでも、何度か右折したことがある。

「平日の730分から830分の間は、右折禁止なんですよ。あそこの標識の下に書いてある字、見えますか?ちょっとわかりにくいですけどね」

「・・・・・・・・・・・・・・」

 近くに小学校があり、通学の時間帯に限って右折禁止になるそうな。

 ああ無情。反則金、7000円なり。

 それにしても。「ちょっとわかりにくい」どころか、走行中にあの字を読めるのは、全盛期のイチローみたいな動体視力の持ち主だ。

絶妙のタイミングでパトカーが出てくるのも、かなり不自然。そして、違反を告げる警官の語り口は、運転者の反発を招かないよう、訓練されていた。

あらかじめ、周到に練られた作戦だという気がする。

その日のうちに、郵便局で反則金を納めた。でも自分が悪い、という気持ちは5%ほど。運悪くトラップにはまった、という気持ちが95%。



以前、イギリスの友人デービッドが自転車で走っていて、いきなり数人の警官に囲まれた。「その自転車は本当にあなたのモノか?」

彼はひらがなを完璧に書くが、会話は覚束ない。片言で「友人からもらった」と説明すると、警官たちは「ではその友人に連絡を取れ」という。その場で何度も友人に電話をかけたが、つながらない。

すると本署に同行を求められ、何時間も留め置かれた挙句に、自転車は没収されたという。

日本は犯罪件数が年々減っているのに、警察官の数は増え続けている。だから彼らは、毎日何かと仕事を作ろうとしている。英字紙The Economist で、そんな皮肉交じりの記事を読んだ。

治安のいい日本で、警察はヒマを持て余している。外国からは、そのように見られている。

ちなみに、私が国庫に納めた7000円は、使途が決まっている。信号や道路標識、ガードレールなどの整備に使われるのだそうな。

  体を張って稼いだ不労所得、大事に使ってネ・・・


Waikiki, 2019

2019年6月8日

「マンションは日本人を幸せにするか」


 にぎやかな家族が、階下に引っ越してきた。

 子どもが大声で泣く。飼い犬も負けじと吠える。そして〆に、ママが一喝。

「うるせーんだよ!!!」

 見かけ元ヤンキーのママは、廊下で会うと、明るくあいさつしてくれる。基本いい人のようだ。

 ここが持ち家だったら、隣人の様子はもっと気になった。でもそこは、しがない借家住まい。いざとなったら、いつでも引っ越せる。だからゆったりと、大らかな気持ちでいられる。

 気がつけば、賃貸物件ばかりを渡り歩いて30年余。成田、仙台、バンコク、福岡、東京・・・いま住んでいるマンションが、10数軒めになる。

土地に根を張る生き方に、個人的には恐怖さえ覚える。できればこうして、いつまでも漂っていたい。前世はきっと、モンゴル遊牧民。

「一生懸命」という言葉は、少し前まで「一所懸命」と書いた。一つ所に、命を懸ける。日本人とは、土地や家に執着する民なのだろうか。



「マンションは日本人を幸せにするか」 榊淳司 集英社文庫

 著者はこの道30年の住宅ジャーナリストで、かなりの硬骨漢。不動産業界の歪みをバッサバッサと切り捨てていく、痛快な本だ。以下抜粋。

・今の日本に存在するマンションの大多数は、分譲も賃貸も含めて建てる側が「儲ける」ことを何よりの目標として世に送り出されている

 某デベロッパーが作る「高級マンション」で、高級なのは価格とエントランス部分だけ。プロが見ればわかる

・東京湾岸タワーマンションの住民は、多くが新興企業に勤める高収入層。彼らが購入した住戸の階数は、成功の証を数値化したもの。高層階ほどエライ

・日本の不動産が多くの中国人に買われるのは、「私有財産の保護」が大きなモチベーションになっている。中国では自分の財産が保護されないから

・マンションは、スペース的に三世代同居ができない。小さな子どもの面倒は、必ず母親が見なければならない。マンションが日本の少子化を進めた

・築10年の大きなマンションの管理組合に積みあがる口座残高は1億円超。どう使うかの権限は、理事長が握っている。管理組合の業務は、一種の利権

・老朽化したマンションは、居住者も高齢化して管理費の滞納が起きる。年金生活者に建て替え費用は出せない。一部の物件は将来、スラム化、廃墟化する

・住宅ローン35年返済というシステムは非現実的。今の時代、誰が35年もの安定収入を期待できるのか。「ローンを払い続ける」しか選択肢のない人生に

・マンションを買う前に、それは自分のためなのか、家族の幸せを願ってか、人生の中でどういう意味を持つのか、理由をはっきりさせておくべき

Honolulu 2019

2019年6月1日

90歳・現役助産師のことば


 この春まで、近所のゆた君(3歳)を、電車で保育園に送った。

 園をのぞくと、ゆた君はいつも女の子に囲まれている。保育士さんも全員、優しそうな女性たち。ここはオスマン・トルコの「ハーレム」か。

 ゆた君の現状認識はというと、ほぼ100%、電車にしか興味がない。保育園はもう飽きたナ、という顔をしている。

 これから1世紀近い彼の人生の、今が絶頂かも知れないのに。

「ゆた君、1日でいいから代わってくれよ~」

 半分本気で頼んでいたら、そばにいた保育士さんが笑っていた。

 彼が年長になり、ぞうさんバスで通うようになると、ファミリーサポートから次のオファーが来た。

「3か月の赤ちゃんなんですけど・・・」

 お母さんが育児ノイローゼ気味で、短時間でいいから預かってほしいと。

今まで赤ちゃんに接した経験は、ほぼない。たしか研修で、おむつの替え方を習ったような・・・でもあれは人形相手だ。

 完全に腰が引けて、断ってしまった。

 その数日後。育児ノイローゼで我が子を死なせた女性の、初公判の記事が目に入った。「気がついたら、子どもを床に投げていた」と供述している。

 そして、ファミサポの支援を受けようとしたが、完全なワンオペ育児で、打ち合わせの場所にさえたどり着けなかった、と。

  やっぱりあの話、引き受けよう。乳児は歩かないから、かえって楽かも。急いでファミサポに連絡すると、その後は先方から電話がない、すでに他の支援を受けているのかも、という話だった。そうであることを祈った。

  日経ビジネス電子版に、90歳の現役助産師、坂本フジヱさんのインタビューが載っている。これまでに4000人の赤ちゃんを取り上げ、1人目の赤ちゃんは現在70歳! 長い長い経験に裏打ちされた、確かな言葉が並んでいた。

「ものを言わんから赤ちゃんが何も知らんと思ったら、大間違いや」
「何でもわかる」「抱いたら肩が凝るとか、そんなんも全部」

「そやから本当に、大事にかわいいかわいいと、それだけちゃんとするしかないんや」
「感覚が敏感な0歳児の間に、とにかく徹底して愛情を与えて与えきる。それで育児の50%は終わりです」

「男女雇用機会均等法ができて以降、家庭でも会社でも、女性と男性が同じような役割を果たすべきという考えが当たり前になりました。でも私はこれには断固反対です」
「子供がいたら子供に邪魔されて、自分の人生が面白くないという今の考え、これが一番の大きな問題なんですよ」

「子供を産む適齢期は絶対にあるんや」
「この期間に女性が他のことを気にせず、出産や育児に集中できる環境を作らなければいけません」

 そして最後に、
「若い人に言うことがあるとしたら、夫婦仲良く。それが全ての基本ですよ」


Hula Dance, Waikiki 2019

肉食女子

わが母校は、伝統的に女子がキラキラ輝いて、男子が冴えない大学。 現在の山岳部も、 12 人の部員を束ねる主将は ナナコさんだ。 でも山岳部の場合、キャンパスを風を切って歩く「民放局アナ志望女子」たちとは、輝きっぷりが異なる。 今年大学を卒業して八ヶ岳の麓に就職したマソ...