午前6時30分のサイゴン。
聖マリア教会を横目に見ながら、ジョギングで統一会堂を目指した。
街は車とバイクで溢れている。今回の旅で泊まった別のホテルは朝食付だったが、なんと5時30分から開いていた。ベトナム人は、朝がとても早い。
フランス統治時代の名残か、並木道とカフェが多い。すでにカフェは満席のにぎわい。路上の屋台では、パクチーがたっぷり挟まったベトナム式バゲットサンド「バインミー」が飛ぶように売れている。
サイゴンの朝のラッシュは、道という道が、車とバイクで埋め尽くされる。そして赤信号でも、右折するバイクが突っ込んでくる。歩行者用の信号が青でも、こちらが一人だと多勢に無勢で、横断は命がけだ。
そして問題は、信号のない四つ角が多いこと。同じ方向に向かって歩く市民も見当たらない。仕方なく車をやり過ごし、バイクの密度が薄くなったタイミングで、わざとゆっくり道を渡った。そして、バイクが私をよけてくれるのを祈った。
怖いからといって一歩を踏み出さなければ、永遠に道を渡れない。
朝の歩道を歩いたり走ったりしているのは、なぜか私だけ。地元の人は、隣のタバコ屋にさえバイクで乗り付けるようだ。自分の足で歩くのを徹底的に厭う、暑い国の民。タイ人と同じだ。
車道が渋滞して動かなくなると、バイクの群れが歩道を走る。一度は小学校近くの歩道で、後ろに子どもを乗せた2人乗り、3人乗りのバイクに包囲された。自転車で歩道を走る学生に目くじら立てた日本での私が、バカらしくなってきた。
何度も難関をくぐり抜けて、やっと統一会堂を周回する道にたどり着く。もはや走る気力が残っていない。たらたら歩いていたら、トレーニング中の女子高生たちに、どんどん抜かれた。
少しでも道を渡る回数を減らそうと、帰りは別の道へ。案の定、道に迷う。頼りのスマホが衛星を把捉できず、数日前に使ったバンコクの地図のまま動かない。
ヒマそうなおじさんたちが、プラスチックの椅子に座って通りを眺めている。計3人に道を訊いた。
「グエンティミンカイ通り、あっち?」「おお、グエンティミンカイ通り!こっちだ」
それぞれが指さす方向に進むが、ますます景色に見覚えがなくなっていく。たぶん、私の発音が悪いせいだ。進退窮まった。そのうち、予約してあるダラット行フライトの時間が迫ってきた。
アパートの鍵と一緒に、5万ドン札(約250円)がポケットに入っていた。通りがかりのタクシーを停めると、幸い運転手は、私のアパートを知っていた。
やがて車窓が、見覚えのある近所の風景を映し出す。心の底から安堵する。3キロ近くも見当外れの方角に走っていた。
こちらのタクシーは、初乗り50円。
早朝の小さな冒険は、150円でリセットされた。
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