バンコク行きフライトを前に、羽田空港のANAラウンジで憩う。
並んだソファがビジネスマンで埋まっている。日系航空会社のラウンジは、本当に「日本人・中年・男」比率が高い。それぞれ軽食をほおばりながら、無言でパソコンやスマホをいじっている。
私たち夫婦は異色の存在だ。
それに2人が手にしているのは、エコノミーの搭乗券。しかもマイレージを使ったタダ券だ。
なぜ、こういう場違いな人間が紛れ込めるのか。話は10年前にさかのぼる。
その頃の私は出張続きで、3日に一度は飛行機に乗り、機内食で生きていた。バンコクをベースに働いていたので、タイ航空のマイレージが毎年「5万」と貯まった。
ある日、会社の同僚Tが訪ねて来た。旅行業務取扱管理者の資格を持つ彼に、「ANAのマイレージを貯めて一度上級会員になれば、あとは会費を払うだけで半永久的にラウンジを使えますよ」と教わった。
当時は、事件事故の現場に一刻も早く着くことが仕事だった。空港ラウンジにいても、CNNを見ながらいつも緊張していた。
今こうして、家族とゆったりラウンジですごす時間は格別だ。Tには感謝している。
彼は「ぼくはうつぶせでしか寝られないから」と、ヒラ社員なのにビジネスクラスで出張していた。口八丁手八丁の彼にしてみれば、その程度の細工は造作ない事だったのだろう。
私も、経理担当者との間に信頼関係を築き、同じくヒラ社員のくせにビジネスクラスで飛んでいた。経費精算を1年も溜め込む先輩がいたおかげだ。出張後にきちんと領収書を出すだけで、絶大な信用を得ることができた。
一度、Tと同じ飛行機に乗り合わせた。彼は座席をフルフラットにして、本当にうつぶせ寝していた。
今でも、実に立派な後頭部をしている。
その後しばらくして、リーマンショックが起きた。職場の海外拠点は軒並み閉鎖され、国外出張も極端に制限されるようになった。大らかだった会社の雰囲気は、跡形もなく吹き飛んでしまった。
「日本経済への影響はハチに刺された程度」。当時の財務大臣の言葉を、今でも苦々しく思い出す。
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