梅雨明けと同時に、信州の森に住まいを移す。2地域居住の2年目。
今年は、小さな湖畔の宿を手伝っている。宿の若主人に、もうすぐ赤ん坊が生まれる。夫婦で切り盛りしているので、ネコの手も借りたいのだ。
この夏の職場は、標高1400メートルの湖。そして通勤路は、1800メートルの峠を越える雲上の道だ。
ある晩、急きょ食堂を手伝うことになった。車で向かう途中、ケータイが鳴る。食材が足りないという。峠道を引き返して、山麓のスーパーへ急ぐ。
食堂に着くなり、エプロンと帽子を手渡される。ものの5分も経たないうちに、ドヤドヤとお客さんが入ってきた。
若主人のTさん曰く、いつも手伝ってくれる「ボート乗り場のおじさん」が、開店2時間前に「今日は行かない」と。それで動員されたのが、Tさんの友人Hさんとその友人、私の3人。
全員、この店で働くのは初めてだ。
近くのペンションで料理を作っているHさんが、厨房へ。ゆで卵しか作れない私は、注文取りと皿洗い。さっそく伝票と鉛筆を手に、テーブルに走った。
この店は、どんな料理を出すのだろう。まだ店のメニューも見ていない。お客さんは20人に増えている。何も知らずに、知った顔で注文を取る。
「とりあえずグレープフルーツサワーと、パイナップルジュース。氷なしで」
「かしこまりました!」
厨房に伝えると、「冷蔵庫にパイナップルジュースありますよね」「ないですか?」「・・・おかしいな」「あ、冷やしてなかった」
幸運だったのは、お客さんが台湾の学生グループだったこと。日本でのインターンを終えた打ち上げらしい。生ぬるいジュースを、笑って飲んでくれた。
店が大らかなら、客も大らか。
その後も飲みものと料理のオーダーが、五月雨式に降り注ぐ。何とかこなすうち、バン!いきなり店内が真っ暗になった。まさかの停電だ。
フライヤーや電子レンジを、厨房でフル回転させた。お客さんの数が、完全に店のキャパを超えている。ブレーカーを上げても、すぐまた電源が落ちてしまう。
その様子を見ていた男子学生、「天井の照明を消してもいいですヨ」
どこまでも優しい台湾の人たちだった。
イー、アール、サン!最後にスマホで彼らの集合写真を撮って差し上げて、なんとか店じまいにこぎつけた。
この食堂、メニューはカツ丼やポテトフライなのに、なぜか南アジアの小さな町の名前がついている。Tさんに聞くと、彼は学生時代にアジアを旅した。宿と食堂の経営でお金を作り、かつて訪れた貧しい国に学校を建てたいという。
帰り道、車の窓を全開にして走る。闇の中で、シカの目が光る。
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