ミナちゃん(小5)と肩を並べて算数をやっていたら、ユキちゃん(中1)に呼ばれた。英語がわからないという。
振り向いてユキちゃんの机をのぞき込む。いきなりドカン、何かが足にぶつかった。
ミナちゃんは知らん顔。でも絶対、机の下で私を蹴とばしている。一瞬何が起きたかわからなかった。
ここは生活保護世帯の子が集う、無料の学習塾。ボランティアで助手をして3年目になる。
母子家庭が多いらしいが、見た目は普通の小中学生と変わらない。だからつい、彼らが置かれた状況を忘れてしまう。
学校が終わって帰宅しても、母は仕事で誰もいない。いつも寂しい思いをして、誰でもいいから構って欲しいのだ。
痛みと引き換えに、ひとつ学んだ。
この塾は、社会福祉法人が自治体から委託を受けて運営している。地域で先進的な試みなのか、よく見学者が訪れる。子どもより、大人の方が多いこともある。
以前は、ユータくんと廊下でサッカーしたり、ヒロトくんと腕相撲して負けたり、皆でトランプをしたりした。最近は勉強ばかり。見学者の目があるからか、親の要請か。
でも子どもたちは勉強嫌い。特に算数・数学は大の苦手で、理解度が1学年ぐらい遅れている子もいる。月に3回、1回90分の手助けで追いつくのは難しい。
宿題を手伝おうと、数十年ぶりに小学校の算数に取り組む。信じられないことに、わからない。ついスマホの電卓機能を使ってしまった。
今や小学生でもスマホを持っている。3ケタの掛け算や小数点以下の引き算を、今さら紙と鉛筆でやる必要があるのだろうか。
算数ができなくても立派な?大人になれることを、身をもって示したい。
ボランティア仲間は、教員OBや現役の大学生たち。教えるのがうまい。私は部屋の片隅で、勉強しているふりをしながらおしゃべりばかりしている。
ユータくんのお母さんは病院が仕事場。夜勤の日は、朝まで帰ってこない。彼は4月から中学生、陸上部に入った。前は電車の運転手になりたいと言っていたが、いまは考え中。でも学校の先生にだけはなりたくない、という。
どうして? 「だって毎日遅くまで学校に残って、忙しそうだから」
最近の新聞に、中学校教諭の6割が過労死ラインを超えて働いている、と書いてあった。子どもはよく見ている。
子どもの手本である先生方こそ、幸せそうに働くことが求められる。一刻も早い改善が必要だ。ゆとり教育より、ゆとり教諭。
せめて私ぐらいはと、ヒマで幸せそうであることを心がけている。
でも子どもたち誰ひとりとして、私を手本にしている気配はない。