中国・浙江省杭州は、街の真ん中に西湖という大きな湖がある。
湖畔には、共産政権前からの老舗ホテルやレストランなど、古い建物が並ぶ。柳の枝が風になびき、小雨が沛然と降るさまは、水墨画の世界を彷彿とさせる。
アンケートでは、市民の生活満足度が中国一高いそうだ。
2008年、北京五輪の聖火リレーがパリで妨害された。フランス資本のスーパー「カルフール」が、中国各地で報復の焼き討ちにあった。杭州市民だけは穏健で、当地の「カルフール」は変わらぬにぎわいを見せたという。
その年の5月、五輪関連の出張で杭州に行き、窓から湖が見渡せるホテルに泊まった。数日滞在し、次の目的地・雲南省昆明に空路向かう朝。ついに欲望に負けて、西湖一周ジョギングを敢行した。
湖は大きい。多少は理性が働いて、橋と中州を通る短いコースにしておいた。
それでも15キロある。
中国有数の観光地だけあり、週末の湖畔は人出が多い。幸い、平日の今日は快適に走れる。周回道路に面した広場のあちこちで、おばさんたちが太極拳や社交ダンスの練習をしている。
1時間半ほどで走破。シャワーを浴び、フライトまでの時間をホテルでくつろいでいた。
部屋に、不吉なケータイの着信音が響く。東京本社のデスクからだ。
「四川省で大きな地震が・・・北京や、遠くバンコクでも揺れたらしいよ。気がつかなかったの?」
「ちょうど走っていたもので・・・」
とは言わなかった。マグニチュードM8の巨大地震だ。
テレビのチャンネルを回す。BBCでもCNNでも、番組を中断して臨時ニュースを流している。ただ事ではない。
案の定、次の電話で
「とにかく現場に向かってくれ」
と、出動命令が出た。
と、出動命令が出た。
被災地に近い成都空港は閉鎖されている。まず重慶に飛び、タクシーをつかまえて現場を目指す。
英語が全くわからない地元の運転手と、中国語が全くわからない私。真夜中の山道は、漆黒の闇。行けども行けども、何も見えない。朝刊の締め切り時間が、無情にも過ぎていく。
「今朝走るんじゃなかった・・・体力を温存しとけばよかった・・・こんな時に大地震? よりにもよって・・・」
ひとりつぶやく午前3時、異国の後部座席。
(出張先で新潟県中部地震に出くわして以降、なぜか私の行く先々で地震が起きた。同僚記者からは「地震男」「頼むからこっちに来ないでくれ」と疎んぜられた。四川大地震に遭遇したこの時、ふつう企画出張では使わない衛星電話を持参していて、2週間に及んだ被災地取材で命綱になった。虫が知らせたのかも知れない)