25歳のイギリス人、デービッドに日本語を教えている。
天気が悪いと、外国人たちは無断で日本語教室を欠席する。そんな日は、律儀な先生役の日本人ばかりが教室に溜まるのだが、彼は手編みのトートバッグを肩に、真面目にやってくる。スコットランド生まれなので、雨には強いのだ。趣味は編み物。
スコットランドは日本語でスットコランドだよ、と教えても信じない。自分はイギリス人だ、とは決して言わない。先の住民投票では、スコットランド独立に1票を投じた。
スコットランドは日本語でスットコランドだよ、と教えても信じない。自分はイギリス人だ、とは決して言わない。先の住民投票では、スコットランド独立に1票を投じた。
初めて会った6月、彼はまだ来日6週間で、日本語はからきしダメ。しかも、彼が話す英語も聞き取れない。私の英語力のせいでなく、彼の訛りすぎる発音のせいだ(たぶん)。
それでも彼は、近くの英会話学校で平然と講師をしている。生徒がかわいそうである。
異国での語学学習は、必要に迫られて日常会話から入るのが相場だ。ところが彼によると、日本はコンビニやファストフードがあり、電車も自動改札なので、日本語を話せなくてもまったく問題ないという。彼は会話そっちのけで、最初からひらがなを覚えることに執念を燃やした。「こんにちは」「ありがとう」もわからないくせに、独学でひらがなを覚えてしまった。かなりオタクっぽい。
そうして、彼とのコミュニケーションは筆談中心になった。日本語を教えるふりをして、彼をタダで英会話の練習台に使おうという作戦は、もろくも崩れた。
デービッドは、簡単な質問をしても、詳細に、正確に答えようとする。最初に会った時、「なんで日本に来たの」と聞いたら、かなり考えた末、とてもひと言では答えられない、と寂しく首を振った。
先週、改めてもう一回聞いてみた。今度は得意のひらがなで、さらさらとボードに書き始めた。
りゆう(にほん) しごと とざん おんがく たべもの てつがく てれび+えいが しょうせつ ひとびと ぶんか あつい
翻訳すると、彼はイギリスで失業し、陰鬱な天気や単調な生活、政治にも絶望し、なにか変化を求めていた。登山や音楽、料理、文学、大学で専攻した哲学を通して、日本に興味を持った。おまけに、日本はスコットランドより暖かいらしい。そこで日本の就職先をネットで探し、オダワラに英語教師の口を見つけて、海を渡った。だいたいそんなところだ。
母語が英語というだけで、ずいぶん自由な生き方ができるものだ。うらやましい。
哲学専攻ですか、日本の哲学者は誰を知っていますか?と聞くと、また筆談。
こうし もうし ろうし
それって、もしかして中国人?
君は、来るべき国を間違えたのでは・・・
誤解だらけの異文化コミュニケーションが続いていく。
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