2024年9月27日

failures of kindness

 

猛暑の8月、東京で小学校の同窓会に出た。

「そういえば昼休みに、みんなで卓球したよね」と、誰かが言った。

その時、半世紀も前のある情景が、脳裏によみがえった。

 

2度目の転校で入ったその学校には、卓球台があった。10数人で台の周りをグルグル回り、自分が1回打ったら反対側に回る、という遊びを繰り返した。

失敗した子は輪から外れる、というルールだ。なるべくラリーが長く続くよう、みんなで相手が返球しやすい山なりの球を打った。

クラスにひとり、地味で大人しい女の子がいた。仮に、その子の名をナナちゃんとしておく。

悪ガキ男子たちは、ナナちゃんにだけ容赦ないスマッシュを浴びせて、真っ先に遊びの輪から外した。

ナナちゃんの、困ったような、悲しげな笑顔を思い出す。そして誰あろうこの自分も、彼女にスマッシュを浴びせた悪ガキのひとりだった。

どうしてあんなことをしたんだろう、と思う。今になって謝りたいと思っても、たとえ連絡がついたとして、彼女は絶対にここには出てこないだろう。

 

英語圏で最高の短編作家と称されるジョージ・ソーンダースは小学生の時、転校してきた女の子がいじめられるのを傍観してしまった。そして42年後、彼は米シラキュース大学の卒業式で、こんなスピーチをした。

 Looking back, what do you regret?

人生を振り返って、あなたが後悔していることは何ですか?

What I regret most in my life are failures of kindness.

わたしが人生でもっとも後悔しているのは、「やさしさがたりなかった」ということです。

Kindness, sure, but first let me finish this semester, this degree, let me succeed at this job, and afford this house, and raise the kids, and then, finally, when all is accomplished, I’ll get started on the kindness.

やさしさ、いいね、でもまずはこの学期を済ませてから、この学位を取ってから、この仕事で成功してから、この家を買えるようになってから、この子どもたちを育ててから、そして最後にすべてを達成したら、やさしさに本腰を入れよう。

Except it never all gets accomplished. It’s a cycle that can go on...well, for ever.

ただ、すべてが達成されることは決してないのです。次々と目標が生まれ、永遠に終わりません。

But as you do, to the extent that you can, err in the direction of kindness.

でも、そういうことをやりつつも、できるだけ、やさしさから遠ざからないようにしてください。

Because, actually, nothing else does.

なぜなら、実際、それ以外のことは意味がないからです。


__外山滋比古・佐藤由紀訳「人生で大切なたったひとつのこと」海竜社より 

Musee Magritte, Bruxelles 2024


2024年9月20日

フラストレーション攻撃仮説

子どもの心の中って、いったいどうなってるんだろう?

8月のある日、サマーキャンプに来た東京の小学生と森遊びをしていた。

ここ自然学校の森には、木と木の間に張り巡らした長さ20mほどのロープブリッジがある。ゆらゆら揺れる、スリル満点の綱渡りだ。

子ども10数人が2チームに分かれて、両端からよーいドンでスタート。行き会った所でジャンケンして、負けた方はロープを降り、自陣に戻る。勝った方はそのままロープ上を進んで、2番目の相手とジャンケンする。

そうやってジャンケンを繰り返して、先に相手の陣地に到達した方が勝ちだ。

揺れるロープ上でバランスを崩し、戦う前に落ちてしまう子もいたりして、毎回かなり盛り上がる。

 森に歓声が響く中、女の子がひとり、ゲームに加わろうとしない。こちらに背を向け、しゃがんで泣いている。名前も知らない他の班の子だ。

何度か、「一緒に遊ぼうよ!楽しいよ~」と声を掛けた。

しばらくゲームの審判をしていると、その子が近づいてきた。

いきなり、殴られた。蹴られた。

頭突きまで食らった。

まぁそこは小学生、痛くも痒くもないゾと言いたいところだが…力いっぱい繰り出してくるパンチやキックは、かなり痛い。

…彼女の小さな体の中には、家庭や学校でのストレスがマグマのように溜まっていて…それをうまく言葉にできなくて、体で表現してるのかな。

そんなことを考えながら、人間サンドバッグになっていた。

 帰宅して心理学の概論書を読むと、このような子どもの攻撃行動には、次のような可能性が考えられるという。

   攻撃することが報酬獲得のオペラント行動として強化される(学習理論)

   他者が攻撃によって報酬を獲得する様子を観察した結果、代理強化による観察学習が成立している(これも学習理論)

   欲求不満が怒りを喚起し、攻撃行動を起こすフラストレーション攻撃仮説(家庭で親に構ってもらえない、学校で友だちからいじめられるなどの欲求不満を経験する一方、フラストレーション耐性を十分に獲得していないから、私に八つ当たりした)

   報復・制裁・挑発・防衛など、他者との関係において攻撃を利用(私の気を引くために、わざと怒らせようとした)

   死の本能(タナトス)の投影による外的対象への攻撃(親との対象関係が未熟で、死の本能による自己破壊の衝動があり、それを私に投影した)

いま考えても、やっぱりあれは③だったんだろう、と思う。

それにしても臨床心理士って、ずいぶん理屈っぽいこと考えてるんだなぁ。 



2024年9月13日

緊急地震速報は子守唄

 

あの晩、母が暮らす実家の留守電には、7件の録音が残されていた。

ピーッ。

「〇〇病院、夜勤看護師の△△です。お伝えしたいことがありますので、大至急お電話ください!」

ピーッ。

「もしもし? もしもし? もしもーし!」(姉の声)

ピーッ。

「もしもし~、オーマ(←母のこと)起きて~! 寝てる場合じゃないよ~!」(甥のとんちゃんの明るい声)

ピーッ。

「ジャラン、ジャラン! 緊急地震速報です! 強い揺れにご注意ください!」(とんちゃんがYouTubeから拾った「緊急地震速報」の音源が、大音量で流れる)

ピーッ。

「ジャラン、ジャラン! 緊急地震速報です!」

ピーッ。

Y子ぉ~~~(←母の名前)、起きろ~~~!」(とんちゃん)

「ダメだこりゃ」(同)

ガチャン!

ピーッ。

 何よりも寝ることを人生の楽しみにしている母は、父の容体が急変したあの晩もまた、白河夜船。

緊急地震速報などものともせず、爆睡していたらしい。

そして翌朝。小鳥のさえずりで目覚めた母が、あ~よく寝た~!と軽くひとつ伸びをして、リビングの掃き出し窓を開けた、ちょうどその時。

未明の病院に駆けつけて父の死亡診断に立ち会い、葬儀の打ち合わせも終えた姉一家が、徹夜の赤い眼を腫らして、なだれ込んできた。

そこで初めて、母は事の次第を知ったのだった…

 コロナや肺炎に感染して入院した89歳の父は、感染拡大のあおりを受け、ずっと私たち家族との面会が叶わなかった。

3週間後にようやく相部屋から個室に移り、面会が許された。さっそく見舞いに行った母は、父とゆっくり、ふたりだけの時間を過ごすことができた。

それが、亡くなる前日のこと。

父はこの世に思い残すことがなくなり、母も安心して熟睡したのだと思う。

60年連れ添った夫婦の、あうんの呼吸みたいなものを感じた。

(若い主治医の先生の話では、父はあと2週間は大丈夫ということだったが…いずれにせよ、私たちに覚悟はできていた)


 今年と同様に厳しい残暑が続いた、去年の今ごろの出来事である。

Varanasi India, 2024


2024年9月6日

女王様

 

戦い終わって、日が暮れて。

今年のサマーキャンプにも、本当にいろんな子がいた。

キャンプ3日目のハイライト、北八ヶ岳登山。鬱蒼とした樹林帯を頂上直下まで登れば、待ちに待ったお弁当の時間だ。

岩に腰かけて、リュックからコンビニおにぎりを取り出す。

そこに、別の班のリオコが駆け寄ってきた。

「ビニール取ってあげる!」

かわいい手で、おにぎりのビニールを器用にはがす。

そして半分に割ると、片方を自分の口に押し込んで、ニコニコしながら走り去った。

ああ…

ぼくの大好物の、明太子おにぎりが。

 

子どもとのコミュニケーションを学ぼうと、「アサーション・トレーニング」(平木典子著、日精研)という本を読んでみた。

アサーションは、相手を大切にしながら自分の考えを率直に伝える「自他尊重」の表現方法。黒人や女性、LGBTや先住民など、70年代のアメリカで社会的弱者だった人たちの権利擁護が、そのルーツだという。

そしてアサーティブな自己表現とは、①その場を客観的に描写し、②自分の主観的な気持ちを伝えて、③特定の提案を行う、だそうだ。

従ってこの場面で取るべき態度は、「①リオコさんが、ぼくのおにぎりを半分食べようとしています②でも、ぼくだってお腹が空いているんです③せめて食べるのは4分の1にしてもらえないでしょうか」と主張することらしい。

よし、来年の夏までに練習しておこう。

…ぐだぐだ言ってる間に、またリオコに全部食われそう。

 その本には、ある家裁調査官の手記も載っていた。少年鑑別所で35年以上、非行少年たちの幼少時の記憶を聞いてきたが、母親や父親との思い出がほとんど出てこないという。

ほぼ例外なく、放任型の養育態度の家庭で育っている。

そうやって親に大切にされなかった少年は、小学校に入っても、教師などの大人と親密な関係を築くことができない。そして中学校に進学すると、万引きなどの非行に走る。親からは叱責され、教師からは指導される。

そしてますます、大人への反抗が増えていく…

 

東京からサマーキャンプにやって来る小学生は、親から大切にされているのがわかる。女王様とやんちゃ坊主ばかりだが、その笑顔には一点の曇りもない。

そのまま、すくすく育ってくれや。

おにぎりの恨みは消えないけど。



2024年8月30日

ウン〇は漏らしても、子は宝

 サマーキャンプ3日目の、爽やかな朝。

1年生の男の子が「パンツの中にうんちしちゃった~」と、いきなり爆弾発言! 大慌てで替えのパンツを探して彼のリュックを漁ると、中からオムツの束が出て来た。

オムツ交換までぼくらがやるのなら、追加料金もらいたいよな~

そんなハプニングはあったものの、今年も150人全員、無事に親御さんの元に返すことができた。うんちは漏らしても、この国にとって、子は宝である。

 

ビジネス・ブレークスルー大学学長の大前研一氏が、「国家滅亡級の少子化が進む根本原因」と題してプレジデント・オンラインに寄稿している。

御年81歳の大前さん、相変わらず冴えてる~! 一部を紹介します。

・戦前の日本では、きょうだい10人という家庭が珍しくなかった。子どもをたくさん産んで早く働かせようとした。子どもは家計を支える労働力だった

・今、子どもは親の生活を支える存在から、自分の将来のために親の金を使う“金食い虫”に変わった。子どもが投資対象になれば、産む人数を絞って一人当たりの投資額を集中させた方が有利。だから先進各国で少子化が進んだ

・人口はそのまま国力につながる。生産年齢人口が減れば、国家は衰退する

・フランスの合計特殊出生率は1.83、スウェーデン1.66。日本は1.30

・日本の低出生率を考える上で避けて通れないのが、未婚化。未婚化が進んだ背景の一つは、男女間の経済格差の縮小

・女性は、自分より年収が150万円程度多い男性との結婚を望む傾向がある→女性から見れば「希望に沿う相手がいない」、男性から見れば「女性に相手にされない」という状況

・日本では、男性の方が高収入でなければ格好がつかないという意識がいまだに根強い。女性が多く稼ぐと、夫婦関係もうまくいかなくなる。その意識を根本から変えないと、未婚化は改善しない

・またフランスやスウェーデンでは、生まれてくる子の5~6割が婚外子(婚姻関係にない男女から生まれた子)。それに比べて日本は2%。この国には、婚外子への差別がある

・フランスやスウェーデンは戸籍制度を撤廃した。父親が誰であろうと、母親が子を産めば親子関係は証明できる。一方、日本の戸籍制度は慣習的に父親中心で、未婚のまま父親の戸籍に入らなければ法的に不利を被り、社会的にも差別される→「非嫡出子」

・移民大国アメリカの合計特殊出生率は1.64。ドイツ、カナダ、オーストラリアも、移民の受け入れで出生率を下支えしている

・自民党の一部や右翼勢力は国粋主義的で、移民の受け入れに反対している。父系社会と日本人の純血を守れれば、少子化で国が滅んでもいいと考えている

・政府は「異次元の少子化対策」を言う前に、父系社会の象徴である戸籍制度を撤廃する「ごくふつう」の少子化対策から始めなくてはならない



2024年8月23日

サマキャン3日目のプッツン

 

あ~、またやってしまった。

サマーキャンプ3日目のプッツン。

今回の現場は男子テント。その朝も、テント内はありとあらゆるモノが散乱して、足の踏み場もない。あと30分で迎えのバスが来るというのに。

早く全員のリュックに荷物を詰めて、テントを畳まなくては…

あぁそれなのに、ギャングエイジの悪ガキどもは、今日もいたってマイペース。「このパジャマ誰の?」「この懐中電灯は?」と聞いても、そっぽ向いて「ぼく知らない」。

そのうち1年生のあおくん(ひとりっ子)が、

「ボクちゃんの帽子がない~」と騒ぎ始めた。

「そのうち出てくるから、まず他のものから整理しようよ。このタオル誰の?この下着は?」「ボクちゃんの帽子どこ~? 帽子がないよ~、帽子帽子!」

他の男子は、ガン無視。こっちは寝不足と疲労でフラフラなのに…

つい、大声が出た。

テントの外で同僚が、「ホトケの宮さんがキレた」と喜んでいる。

(おんどれら何さらしとんねん! 下手に出りゃーつけ上がりやがって、なめとんのかワレ! いてこましたろかー!)

と、河内弁でまくしたてたら、さぞかしスッキリしただろうな~

でも私ごときが怒ったぐらいで、まったく効き目なし。そもそも、自分のことは自分でやろうという発想がない。家では全部ママがやってくれるのだろう。

結局みんなのママに成り代わって、彼らの荷物を全部ひとりでパッキングする羽目になる。

 

いつも他のスタッフに、「宮さんは子どもに優しすぎる」と言われる。

この前は小6の女子に、「宮くんは子どもに優しすぎる」と真顔で諭された。

そんなこと言われても、上手な怒り方がわからない。

子どもへの接し方って、本当に難しい。

 

サマーキャンプでは毎回、ホームシックになる子が出る。

日が落ちた頃、「ママに会いたい~」と言って泣き出す。男の子が多い。

こういう時は、我ながら冷淡だ。

何しろこちとら、生まれも育ちも日本国外。小学生の頃は、粗野で不潔なフ〇ンス人のガキどものサマーキャンプに、1か月単位でぶち込まれた。

「あ? たった2泊でママに会いたいだ? 勝手に泣いてろ」なのだ。

でも女の子がさめざめ泣いていると、話は別。放っておけない。

女性スタッフによると、半分は気を引くためのウソ泣きだというが…

あれが演技だとすると、女の子って生まれながらの名女優!

喜んで、だまされたい。優しく慰めてあげたい。

扱いが不公平?

世の中、そんなもんでしょう。

Yatsugatake Japan, summer 2024




2024年8月17日

ケンロウさんのこと

 

ヒマラヤの高峰、ダウラギリのベースキャンプ。

ケンロウさんのテントは、すぐ目と鼻の先にあった。

標高4800メートルの氷河上に張った、小さなテントで過ごす日々。夜は降るような星空の下で、気温は氷点下だ。人工音が一切ない、太古の静寂が周りを支配する。

「んごごー、ギシギシッ、んごごー、ギシギシッ」

枕の下では氷河が軋みながら、悠久の時間をかけて移動していく。

…いや、どうも違うみたいだぞ。

この音は、隣のテントから。

ケンロウさんの、イビキと歯ぎしりだった。

…ったく擬音の多いやっちゃなぁ!

まだ20代のその頃から、ケンロウさんが撮る山の写真は、構図や光線の使い方が素晴らしかった。版画家のお父さん、染色家のお母さんを持つ血筋ゆえか。報道カメラマンのくせに、センスのかけらもない写真を撮る自分とは、雲泥の差だ。

シスパーレ北東壁、ラカポシ南壁、ティリチミール北壁、カールンコー北西壁。

その後のケンロウさんは、「登山界のアカデミー賞」ピオレドール賞を2度も受賞する先鋭的なクライマー、「世界のナカジマ」になった。

(あの歯ぎしりケンロウがねぇ…感慨無量)

同時に、民放「イッテQ!登山部」やNHK「ヒマラヤ・グレートトラバース」などの撮影で、その類いまれな絵心を存分に発揮した。プライベートの山登りと仕事で、最近は、1年の半分以上はヒマラヤにいたんじゃないかと思う。

ケンロウさんを見かけるのは、もっぱらテレビ画面を通してになった。

去年の春、久しぶりに自分もヒマラヤを登れることになり、ケンロウさんに相談した。ロールワリン山群のラムドゥンピークという、あまり知られていない、そして我々の力量にぴったりな山を教えてくれた。

登山を終えたカトマンズで、久しぶりにケンロウさんに会った。相変わらず、テレビの仕事で何か月もネパールに入り浸っているとのこと。

「長女の小学校の入学式があるから、明日の便でちょっとだけ帰国します」

と、嬉しそうだった。

ケンロウさんとパートナーの平出さんの次の目標が、K2西壁だと知った時、この夏は緊張しっぱなしになるなぁ、と思った。

岩壁そのものの危険度に加えて、今回は8611mという高さ。

ケンロウさんは、高所順応に時間がかかる体質のようだった。ダウラギリでも辛そうだったし、番組でサポートしたイモトアヤコさんには、

「強いけど、誰よりも早く高山病になるのもケンロウさん」

と突っ込まれていた。

パキスタンに向けて出発する前、松本の石井スポーツでサイン会を開いたケンロウさんに会った。

「ぼくも、もう40ですよ~」

相変わらずの、柔らかな関西弁。気のせいか、いつもより口数少なだった。


K2西壁では、何が起きてもおかしくない。

頭では、わかっていたつもり。

でも、本当にこんなことになるとは…



私はカモシカ

  ・もし、自分を動物に例えるとしたら? A 子「リス」  B 子「カモシカ」  C 子「飛べない鳥」  D 子「ウサギ」  E 子「フクロウ」 ・あなたが人生の最後に食べたいのは? A 子「オムライス」  B 子「あん肝」  C 子「寿司」  D 子「オムライス」 ...