2024年9月13日

緊急地震速報は子守唄

 

あの晩、母が暮らす実家の留守電には、7件の録音が残されていた。

ピーッ。

「〇〇病院、夜勤看護師の△△です。お伝えしたいことがありますので、大至急お電話ください!」

ピーッ。

「もしもし? もしもし? もしもーし!」(姉の声)

ピーッ。

「もしもし~、オーマ(←母のこと)起きて~! 寝てる場合じゃないよ~!」(甥のとんちゃんの明るい声)

ピーッ。

「ジャラン、ジャラン! 緊急地震速報です! 強い揺れにご注意ください!」(とんちゃんがYouTubeから拾った「緊急地震速報」の音源が、大音量で流れる)

ピーッ。

「ジャラン、ジャラン! 緊急地震速報です!」

ピーッ。

Y子ぉ~~~(←母の名前)、起きろ~~~!」(とんちゃん)

「ダメだこりゃ」(同)

ガチャン!

ピーッ。

 何よりも寝ることを人生の楽しみにしている母は、父の容体が急変したあの晩もまた、白河夜船。

緊急地震速報などものともせず、爆睡していたらしい。

そして翌朝。小鳥のさえずりで目覚めた母が、あ~よく寝た~!と軽くひとつ伸びをして、リビングの掃き出し窓を開けた、ちょうどその時。

未明の病院に駆けつけて父の死亡診断に立ち会い、葬儀の打ち合わせも終えた姉一家が、徹夜の赤い眼を腫らして、なだれ込んできた。

そこで初めて、母は事の次第を知ったのだった…

 コロナや肺炎に感染して入院した89歳の父は、感染拡大のあおりを受け、ずっと私たち家族との面会が叶わなかった。

3週間後にようやく相部屋から個室に移り、面会が許された。さっそく見舞いに行った母は、父とゆっくり、ふたりだけの時間を過ごすことができた。

それが、亡くなる前日のこと。

父はこの世に思い残すことがなくなり、母も安心して熟睡したのだと思う。

60年連れ添った夫婦の、あうんの呼吸みたいなものを感じた。

(若い主治医の先生の話では、父はあと2週間は大丈夫ということだったが…いずれにせよ、私たちに覚悟はできていた)


 今年と同様に厳しい残暑が続いた、去年の今ごろの出来事である。

Varanasi India, 2024


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