あの晩、母が暮らす実家の留守電には、7件の録音が残されていた。
ピーッ。
「〇〇病院、夜勤看護師の△△です。お伝えしたいことがありますので、大至急お電話ください!」
ピーッ。
「もしもし? もしもし? もしもーし!」(姉の声)
ピーッ。
「もしもし~、オーマ(←母のこと)起きて~! 寝てる場合じゃないよ~!」(甥のとんちゃんの明るい声)
ピーッ。
「ジャラン、ジャラン! 緊急地震速報です! 強い揺れにご注意ください!」(とんちゃんがYouTubeから拾った「緊急地震速報」の音源が、大音量で流れる)
ピーッ。
「ジャラン、ジャラン! 緊急地震速報です!」
ピーッ。
「Y子ぉ~~~(←母の名前)、起きろ~~~!」(とんちゃん)
「ダメだこりゃ」(同)
ガチャン!
ピーッ。
緊急地震速報などものともせず、爆睡していたらしい。
そして翌朝。小鳥のさえずりで目覚めた母が、あ~よく寝た~!と軽くひとつ伸びをして、リビングの掃き出し窓を開けた、ちょうどその時。
未明の病院に駆けつけて父の死亡診断に立ち会い、葬儀の打ち合わせも終えた姉一家が、徹夜の赤い眼を腫らして、なだれ込んできた。
そこで初めて、母は事の次第を知ったのだった…
3週間後にようやく相部屋から個室に移り、面会が許された。さっそく見舞いに行った母は、父とゆっくり、ふたりだけの時間を過ごすことができた。
それが、亡くなる前日のこと。
父はこの世に思い残すことがなくなり、母も安心して熟睡したのだと思う。
60年連れ添った夫婦の、あうんの呼吸みたいなものを感じた。
(若い主治医の先生の話では、父はあと2週間は大丈夫ということだったが…いずれにせよ、私たちに覚悟はできていた)
Varanasi India, 2024 |
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