2025年2月27日

パリのメトロと営団地下鉄

 

去年の今ごろ、ヨーロッパを旅行していた。

まず思い出すのが、パリのメトロ車内がとんでもなくウルサかったこと。

「口から先に生まれてきた」ようなフランス人が肩を寄せ合うのだから、結果は推して知るべし。ひとり客も負けじと、ケータイでしゃべり倒す。マナーモードなんかクソ食らえだ。とにかく騒々しい。

ロンドンの二階建てバス車内も似たようなものだった。英語の他に、アフリカや南アジア系の言語が飛び交っていた。

ひと月ぶりに帰国して乗った、平日の東京・営団地下鉄。車内の誰もが黙りこくった静けさに、かえって違和感を覚えた。

同じ違和感を持った人を見つけた。米ベンチャーキャピタルFloodgate共同創業者のアン・ミウラ・コーさん。DeNA創業者で経団連副会長の南場智子さんと対談した、その一部を紹介します(日経ビジネス電子版より)。

 ・来日するたびに痛感し、正直少し怖いと感じることは、地下鉄に乗る時は家族に「静かにしなさい」と注意すること。それが日本のルール。日本には数多くのルールがあり、それを守る人が報われる社会

家族で来日し、子供を日本の小学校に通わせた知人は、子供が給食を全て食べるよう先生から指導されて驚いていた。給食を残すので母親が学校に呼ばれたそうだ

・何を食べるか、自分が何を口に入れるかはものすごくパーソナルな問題で、個人が決めるべきだ、という米国の常識とのギャップを感じていた

ルールを破るのは全てが本当に悪なのか。むしろ今までの常識を覆すきっかけと捉えたら、報いるべき場面もあるのではないか。ただ「やめろ」と止めるのではなく、どういう意図を持ってルールを破ったのかに関心を持つべき

常識に抗うことが素晴らしい起業家の出発点となっている場合が多い

偉大な起業家の多くはパターンブレイカー、前例を踏襲せずに既存のルールを破る。そこに自分の存在価値を見いだす。一方の日本ではルールを守ることが最上級に重視されている

AIの登場により何もかもが変わるクレイジーな時代だが、これは大きなチャンス。どこの国の誰であっても、次々に登場するすべてのAIツールを使いまくって何ができるか見極めるという点では同じ学習曲線に乗ることができる

・私は子供たちにAIを使うように言っている。教師が何を言おうと気にせず使うように。これは破るべき重要なルール(笑)

・すべてのツールを使ってみて、毎日使ってみて、何ができるか発見してみて。頭の中に質問が浮かんだら、クロードやチャットGPTに聞いてみて

・私は子供たちに、グーグルの検索を使わず、まずそういったAIツールを使ってみるように言っている



2025年2月20日

子育てしやすい国はどっち?

 

沖縄より南なのに、けっこう肌寒かった台南の夕暮れ時。

安食堂で肉そぼろぶっかけ麺をすすっていたら、5つあるテーブルは満席。私以外はみな、仕事帰りの女性のひとり客だった。

東南アジアは街の至る所に食堂や屋台があり、早朝から深夜まで営業している。若い世帯はみな共働きだから、平日に子連れでそういう店を利用する。

前に暮らしたバンコクでは、キッチンのない賃貸マンションもざらにあった。

翌日、ホテルで朝ごはんを食べていたら、隣のテーブルは1歳ぐらいの子を連れた夫婦。ママがゆったり食事を楽しんでいる間、パパは座る暇もないほど子どもの世話に明け暮れている。日本では見かけない風景だ。

台湾で子育て中の日本人ママにこの話をしたら、「台湾は女性が強いですからね~」といって笑っていた。

 子育てしやすい社会はどう実現したらいいのか。

企業の働き方改革を支援する「ワークライフバランス」の小室淑恵社長が具体的な提言をしていたので、一部紹介します(朝日新聞2月17日付朝刊より)。

・長時間労働社会のまま女性活躍を進めたことで、日本は女性だけでなく、男性も含めてみんなつらい社会になった

・夫婦の関係は対等だと思っていたのに、女性は子どもを産んだ瞬間から現実はそうではないと気づく。ワンオペ育児の中で夫への不信感や嫌悪感を募らせていく

・一方、男性も長時間労働や職場でのプレッシャーは強いままにもかかわらず、働く妻から家事・育児への参画を求められ、心身ともに限界がきている

・労基法で定められている残業代は、「通常賃金の1.25倍以上」。この程度だと日本の経営者は社員数をギリギリに抑えて、今いる社員に残業させた方がお得になる。日本以外の先進国は1.5倍だ

・残業ができないという理由だけで、見劣りする人材として評価を下げられてしまうという問題もある

・勤務間インターバル(1日の勤務終了後、翌日の始業までに一定の休息時間を設ける制度)は、EUでは11時間空けることが義務だ。日本は「努力義務」

11時間あれば、睡眠時間の確保だけでなく家族との時間も保障される

・勤務間インターバルを導入した企業では、優秀で長時間働ける人に集中していた仕事も他の人と分担して進めざるを得なくなり、情報共有が進んだ

・そうなれば、育児や介護などを抱えて長時間働けない人も責任ある仕事を引き受けられる。夫婦ともに仕事を辞めず、家事・育児を協力しながら、安定して家計を回せるようになる

・日本政府には、従来の枠組みにとらわれず強力に議論する場を設けてほしい

Tainan city, winter 2025


2025年2月14日

「ダブルリミテッド」

台南では、「シャングリラ台南」という五つ星ホテルに泊まった。

ウワサでは「世界で一番コスパのいいシャングリラ」。

ルームチャージは「シャングリラ東京」の5分の1。円安ニッポンから来てもなお、お財布に優しい。

大企業の社員としてブイブイ言わせていた頃、出張経費で「シャングリラ・ジャカルタ」を定宿にしていた。退社とその後の円安で、もう海外の高級ホテルには縁がないと思っていた。

再びシャングリラに、今度はポケットマネーで泊まれて嬉しい。

 ホテルのフロント係は英語を話す(ものすごい訛りがあるけど)が、ひとたび街に出て、電車やバスに乗ったり食堂に入ったりすると、周りの人が話す言葉がまったくわからない。

これって中国語? それとも台湾語? ただのひと言も、理解できない。

それが快感。 カ・イ・カ・ン!

日本で暮らしていると、周囲の言葉が全部聞き取れる。同じ日本人同士、思考回路や行動様式も読めてしまう。それがとても疲れる。言葉がまったく通じない国に、逃避したくなる。

こういう感覚、他の人にもあるのかな…?


シャングリラ台南の34階で、快適に本を読む。昨年亡くなった佐々涼子さんの著書「夜明けを待つ」(集英社)の中で、「ダブルリミテッド」という言葉に出会った。佐々さんは、作家になる前は日本語教師をしていた人だ。

一部を紹介します。

「(在住外国人の)親は生活のため朝早くから夜遅くまで働いており、会話をする機会が少ない。すると、毎日学校で日本語だけを聞いているうちに、いつの間にか親の話す言葉がわからなくなってしまう子どもたちが出てきた」

「ダブルリミテッドとは、日本語も母語も年齢相応の言語力に達していないことをいう」

「子どもが当たり前にもらうはずの『言葉』という贈り物を、なんらかの原因でもらい損ねた状態」

「子どもが母語を失うと、親と交わせる会話は簡単な挨拶と日常会話のみ。親に自分の想いが伝えられず、親の想いが子に伝わらない」

「形のない心や考えを表す言葉は、自分自身の心情を理解し、表現するのにとても大切だ。胸のあたりに心の痛みを感じた時、それに名前がつかなかったとしたらどうだろう」

「せつない、さびしい、ねたましい、こわい、いとおしい、こいしい、にくい、つらい、なつかしい…。言葉によって説明できない苦しさを胸に抱えた子どもは、心の出口を失う」

「今ではダブルリミテッドのままで育った人が、子どもを育てる年齢にさしかかっているという」 

Tainan, February 2025


2025年2月6日

末期の言葉は日本語で

 

台湾の南西部、台南という町に行った。

バティックエア・マレーシアというLCCが、名古屋から台南の隣町、高雄まで直行便を飛ばしている。4時間ほどのフライトだった。

ホテルのすぐ隣は、国立成功大学。その名を台湾の英雄、鄭成功にちなんだ名門大学だ。いま台湾を率いる民進党・頼総統の母校でもある。

日本でいえば、さしずめ京大だろうか。

大学構内はだだっ広い。しかも緑が多くて、まるで日比谷公園。街中の歩道は段差だらけ、しかも夥しい数の駐輪バイクで埋め尽くされているから、このキャンバスでのジョギングはとても気持ちいい。よそ者も出入り自由だ。

早朝のキャンバスは、お年寄りの憩いの場になっている。菩提樹の大木の下、輪になって太極拳や法輪功(?)をしたり、飼いイヌを散歩させたり。

きれいに整備された芝生のど真ん中で、大型犬がウンコしている。台湾の京大は、とても大らかだ。

調子に乗ってたくさん走ったら、力尽きた。朝ごはんの後は観光もせず、部屋で本を読む。

わざわざ台湾くんだりまで来て、それでいいのか? それでいいのだ!

kindleにダウンロードして読んだのが、「夜明けを待つ」。

「エンジェルフライト~国際霊柩送還士」や「エンド・オブ・ライフ」など、死をテーマにしたノンフィクションを書き続け、昨年56歳で亡くなった佐々涼子さんの、遺作となったエッセイ集だ。

作家になる前は日本語教師だった佐々さんが、こんな問いかけをしている。

「今でこそ日本は裕福な国だが、将来にわたってそうであるとはとても思えない。このような外国人に閉鎖的な現状では、優秀な人材はやがて日本に来なくなるだろう」

「いつか日本人だけでは介護の現場が回らなくなった時、日本語を勉強して理解してくれるような優秀な人材を日本国内に確保できているだろうか」

「将来、大量の移民を受け入れなければならないという運命を避けることはできない。とするなら、問題はいつの時点で我々は覚悟を決めるか、なのだろう」

「将来、高齢化が進んで就労人口が減った時、もしかしたら、(しも)の世話をしてくれるのも、末期の言葉を聞いてくれるのも、日本語が母国語ではない外国人かもしれない」

「今生の終わりに託す『言葉』をその人が理解してくれるかどうかは、日本語教育にかかっているのだ」

「はたして私たちは最期の言葉を日本語で伝えられるだろうか。それとも、片言の英語で最期のお別れを言うことになるのだろうか」



海は分かれ、道は開かれる(上海にて)

  昼間でも氷点下、まるで冷凍庫のような信州をエスケープ! 毎冬恒例の、東南アジア周遊に出た。 今回、 skyscanner で中部空港発・上海経由でラオスのビエンチャンまで、片道3万円という破格のチケットを見つけた。 まずは上海まで、上海航空という中国の民営航空で飛...