2024年2月23日

ハリス家の人々

 

ハリス家の夫マイケルは、言っちゃ悪いが「ダメ夫」の典型みたいな人だ。

ホームステイ初日の夜、夫マイケルがお洒落してどこかに出かけて行く。アイロンがかかった純白のシャツに、肩まで垂らしたドレッドヘア。なかなか男前だ。年齢もハリス夫人より10歳は若そう。父親がジャマイカ出身だという。

そのまま、一向に帰って来ない。午前3時、ブチ切れたハリス夫人が夫マイケルに電話。ドスの効いた夫人の低い声は、迫力十分だ。

夫マイケルは、10数分で飛んで帰ってきた。かなり近くで飲んでたみたい。地元が大好きな、マイルドヤンキーか。

彼は翌日の午後まで、半裸でリビングのソファに転がっていた。その体は指先や手の甲から、腹や背中に至るまでタトゥーだらけ。

そしてまったく同じことが、翌週末も展開された。懲りない人である。

ろれつが回らない上に早口なので、彼の英語は解読不能。家じゅうの壁に張られた、エルビス・プレスリー、モハメド・アリ、ジェームス・ディーン、マリリン・モンローのポスター。トイレのドアは開け放ったまま放尿する。

そんな彼だが、ある朝私がトーストを焦がして火災報知機が鳴った時は、別人のような機敏さを見せた。脱兎のごとく2階から駆け下りて玄関ドアを開け、煙を外に逃がしてくれた。彼がいなかったら、大騒ぎになっていた。

ハリス夫妻の次男メイソンは、コンビニ店員。私の隣の部屋にいるのだが、夜中に盛んに咳をする。ハリス夫人によると、「あれは電子タバコの吸い過ぎ。イギリスでは紙のタバコより安いから、1213歳から吸い始めるのよ」

週の半分は、どこかに外泊して帰ってこない。

 

誰もいないキッチンで朝ごはんを食べていたら、カゴの中にリウマチの薬を発見した。きっと「ビール命」の夫マイケルが患っているのだろう。

でも一緒に置いてある妊婦用の葉酸タブレットは、いったい誰が…?

その謎は、まもなく解けた。ガチャガチャッと外から玄関のカギを開ける音がして、赤ちゃん連れの若い夫婦が入って来た。

Hi!」「Hi!」と、お互い自己紹介する。ケイシーと名乗った女性が、

「私はハリス夫人の孫です」と言う。

えっ孫? 思わず聞き返した。確かに、Grand-daughter だと。

…とすると、生後2週間のこの赤ちゃんは、ハリス夫人のひ孫?

孫娘ケイシーによれば「おばあちゃんは61歳」。計算上、不可能ではない。

平均的な日本人が2世代回る間に、ハリス家では3世代回っちゃうのね。

 

他人の家庭をのぞき見するのが大好きな悪趣味人間(←私)に、ホームステイは堪えられない面白さがある。

でもかわいいウチの大学生の娘は、この家には預けられねーな。

いないけど。

London Underground


2024年2月16日

イギリスはおいしいか

 

イギリス家庭にホームステイすれば、フレアスカートの奥様が紅茶と手作りスコーンでもてなしてくれる…

なぁんて期待はしていないが…現実はキビシかった。

外出から戻った私が2階にいると、5時55分ごろ階下のキッチンで物音がし始め、そして6時きっかりにAC(←私の名前)! ディナー!!」

ハリス夫人が大きな声で呼んでくれる。

調理時間、およそ5分。

夕食はいつもキッチンカウンターで、丸椅子に尻を乗せてひとりで食べる。ガラ~ンとしたこの家には食卓もイスもないから、誰かと一緒に食べるのは物理的に不可能なのだ。夫人曰く、「ウチはモダンな家庭だからね」。

メニューはたいてい一皿で、「麺と同じ量のソーセージが乗っかったミートソースパスタ」だったり、その翌日が「肉あんかけ乗せ中華麺、でもなぜか前日のミートソースと味が同じ」だったりする。

また別の日は、茶色い焼きめしの上にカレーをかけたワンプレート。キッチンに残されたパッケージには「Curry rice Chinese style」とあった。

毎日、茶色っぽい。

日本の友人に写メしたら、「ほとんどジョークみたいな食べものだね」

キッチンはいつもピカピカだ。滞在中、一度も鍋やフライパンを見かけなかったから、電子レンジしか使わないみたい。ハリス家は共働きだから、スーパーの総菜や冷凍食品でもぜいたくは言えない。

私の食事中、ハリス夫人は居間のテレビでクイズ番組を見ている。「ご飯はこれから?」と聞くと、「私?適当にクッキーやチョコをつまむだけよ」

夫人より10歳は若そうなドレッドヘアの夫マイケルは、大量にストックしてある缶ビールとポテトチップスでカロリー補給している様子。

イギリス人家庭、恐るべし。

私に用意してくれる食事は、肉の量がすごい。とても食べきれないので、夫妻の愛犬ステラ嬢(3歳)に手伝ってもらう。「太るからあげちゃダメ!」と釘を刺されたので、夫人の視界の影でこっそりと…

でも興奮したステラ嬢の咀嚼音がすごくて、毎度ハラハラした。

完食(?)して「おいしかった、ご馳走さま!」と言い続けたら、夫人も満足顔。そのうち、別皿でサラダが付くようになった。

滞在終盤、珍しくハリス夫人が朝から圧力鍋を持ち出して、何か煮込んでいる。そして午後6時、サイコロ状に切った肉と野菜が山盛りの「英国風シチュー」が満を持して登場。いつものように茶色一色だが、今度こそ手作りだ。

期待に胸を膨らませて、最初のひと口。

ん…? 

やっぱり冷凍食品の方がいいかも。

ふと足元を見ると、お嬢が万全の態勢で待機している。

今夜もステラ嬢の全面協力を得て、「ぜんぶ食べました、ご馳走さま!」

St Pancras International, London


2024年2月10日

真っ赤な聞き間違い

 

ロンドンでのホームステイ生活、2日目の朝。
2階の寝室からリビングに下りると、半裸の男がソファに転がっている。

ハリス夫人の夫、マイケルだ。昨夜どこかに出かけたと思ったら、朝帰りしたらしい。水のボトル片手に「飲み過ぎた、頭いてぇ」と唸っている。

お腹も背中もタトゥーだらけ!

 

2週間のパリ滞在を終え、ユーロスターでドーバー海峡を潜ってロンドンへ。ロンドン滞在では、留学エージェントにホームステイの手配をお願いした。

受け入れてくれたのは、ハリス夫人一家。夫のマイケル、愛犬ステラ嬢(3歳)と共に暮らしている。去年、還暦の記念にハワイへ行ったという。

ロンドン中心部から地下鉄で30分ほど走った郊外に、ハリス家はある。日本式に玄関で靴を脱ぐ決まりで、1階がダイニングキッチン、2階にトイレとシャワールームに寝室が3つという間取りだ。

金髪を頭の上でダンゴにしたハリス夫人は、地域のケアホームで司祭をしているという。「司祭」という言葉が聞き取れず、メモ帳に書いてもらった。

PRIETS

ん? もしかして「PRIEST」では? ハリス夫人、スペル間違えてますよ。

滞在中は朝夕二食付なので食事時間を聞くと、

「特に決まった時間はないのよ。あなたが食べたい時にチンして食べてね」

言われてみれば、リビングルームには食卓がない。あるのはL字型のソファと壁の液晶テレビだけ。食事は各自、キッチンカウンターで済ませるらしい。

みんなで夕食を囲む時間が英会話のチャンスだっただけに、ちょっと期待外れ。残念だが、正直ホッとした面もあり…

恐れていたイギリス英語だが、ハリス夫人は今まで何人もの日本人学生を受け入れて来ただけあり、わかりやすく話してくれる。でも夫婦の会話を横で聞いていると、ほとんど理解できない。

酒飲み夫マイケルは特に、ろれつが回らないくせに早口なので、

「…ファッキン…ファッキン…ファッキン…」

5秒間に3回ぐらい挟まる「ファッキン」以外、まったく聞き取り不能。彼とのコミュニケーションは困難を極めた。

ちなみにドレッドヘアの彼は、ハリス夫人より10歳は若そう。

さらに滞在3日目、ハリス夫人が実は司祭ではなく「引退した司祭11人が共同生活を送るケアホームのヘルパー兼清掃係」だったことが判明した。

司祭のダンナが朝帰りの酔っ払いだなんて、おかしいとは思ってたんですが…

真っ赤な聞き間違い。

英語習得への道のりは、果てしなく遠い…



2024年2月2日

パリの混沌

 

「クルマも来ないのに赤信号で立ち止まってるバカな奴」

パリの交差点で歩行者用信号が青になるのを待っていると、そういう視線を浴びる…気がする。

まずたいていの人が、信号を無視する。近づいてくる車のスピードを目で測りながら、その鼻先をすり抜けて道を渡っていく。

フランスの小学校は必ず親が付き添って登下校するのだが、ママやパパたちも、わが子の手をしっかり握って、果敢に信号無視だ。

実は自分も密かに「クルマも来ないのに赤信号で待つのは人生の浪費」と思うクチだ。パリでは道の向こうに無垢な子どもがいても、率先して信号無視して大人の矜持、大人の流儀、大人の規範を見せる。とても居心地がいい。

ただ、くせ者は自転車だ。いつの間にかパリ中の大通りに自転車専用レーンが整備され、電動アシスト付自転車も普及した。クルマだけ見て道を渡ろうとすると、反対方向から電動自転車が、時速40キロで音もなく近づいてくる。

あんなのに轢かれたら、死なないまでも、大けが必至だ。

 

10代から50代のパリジャン&パリジェンヌは、たいてい耳にワイヤレスイヤホンをつけている。日本みたいに大人しく音楽を聴いている人は少なく、ポケットのスマホ経由で、どこかの誰かと賑やかに通話しながら道を歩く。

傍から見ていると、歩行者がみんな大声でひとり言を言っているよう。さらに身振り手振りが加わるから、まるでそこら中で一人芝居をやっているみたい。

やがてそういう風景に慣れても、時々、意味不明の言葉を大声で繰り返しながら行ったり来たりする男性や、あり得ないほどのテンションで笑い続ける女性を見かけたりする。

薬物中毒かも… 精神障害かも…

できるだけ目を合わせない方がいいだろうなと、つい伏し目がちになる。

 

そしてパリは、ホームレスの人が多い。

セーヌ川にかかる橋の下にはテント村ができているし、道を歩いていても普通に見かける。

そして彼らも、一般パリ市民に負けず劣らず自己主張が強い。

冷たい雨の中、近くの軒先に入ろうともせず、全身ずぶ濡れになりながら人通りの多いカフェの入り口に陣取るのは…なぜ?

片側2車線の大通りのど真ん中で、騒音と排ガスにまみれながら中央分離帯に寝袋を敷いて寝るのは…なぜ?

どんな境遇でも、人とは違う自分でありたいのだろうか。

東京が予定調和の街だとしたら、パリは不協和音に満ちている。



肉食女子

わが母校は、伝統的に女子がキラキラ輝いて、男子が冴えない大学。 現在の山岳部も、 12 人の部員を束ねる主将は ナナコさんだ。 でも山岳部の場合、キャンパスを風を切って歩く「民放局アナ志望女子」たちとは、輝きっぷりが異なる。 今年大学を卒業して八ヶ岳の麓に就職したマソ...