2023年11月30日

「いたみを抱えた人の声を聞く」

 

看護助手の仕事は、朝から夕方まで立ちっ放し。

さらにカロリー消費のために、緩和ケア病棟のある5階から洗濯室や薬剤室がある地下まで、わざと階段で往復している。

デスクワークより、よっぽど性に合う。

医師や看護師がカンファレンスをする月曜午後の1時間が、貴重な休憩タイム。親しくなった患者さんの部屋に行き、ベッド脇のイスに座って、ただ話を聞いている。

そんなある時、「看護師さんは呼ぶとすぐ来てくれるけど、必要な処置を終えると、そそくさと部屋を出てっちゃう」という愚痴を聞いた。

確かに。満床で忙しい日はともかく、そうでない時も、ナースたちは何かとすぐステーションに籠る。

近藤雄生氏(ノンフィクション作家)と岸本寛史氏(医師)の対話「いたみを抱えた人の声を聞く」(創元社)という本で「治療構造」という概念を知り、その謎が解けた気がした。

・「治療構造」…医療者が患者の話を聞く時間に一定の制限を設けるべきという、臨床心理学の考え方。話を聞く側が自身を守り、同時に患者との関係性をいい状態に保つために重要なこと

・一方、別れがつらいから深く関わらないというふうに考えがちだが、しっかり関われたから、しっかり別れることができる部分もある。患者が亡くなった時に尾を引くのは、しっかり関われていなかったという気持ちがある時

・特定の分野について専門家に話を聞く時、うまく聞けるかどうかはどれだけ事前にその分野に習熟できたかといった知識的なことに左右されることが多い

しかし個人的な話、とりわけいたみを抱える人に話を聞く場合は、知識の有無よりも、相手に対する自分自身の意識や姿勢が問われる

・話し手がいたみや困難を抱えている場合は、聞き手のちょっとした反応や心の動きも敏感に感じ取る。聞く側が日々何を考え、どのような姿勢で生きているかまで問われる

・相槌の打ち方や視線の向け方ひとつにも、聞き手の感情が表れる

・「意識の水準を少し下げて話を聞く」…臨床心理学者の河合隼雄氏がよく言っていたこと。少し明るさが落ちた部屋に身を置くような感覚

・ひとつの言葉の中に、いろんな「響き」を聞き取っていく。そのために、こちらの意識の照度をちょっと下げる

・「相手の話をまずは聞く」。判断を宙づりにして、まずは聞く

・「死出の旅路は一人」…死にゆく人の気持ちは、やはりその人にしかわからない。わからないということを受けとめて、でもできるだけ寄り添い、気持ちを想像し、自分なりにギリギリのところまで一緒に行って見送りたい

・患者さんの語りを通してその心に触れ、いたみに共振すること。それが医療者にとって何よりも大切なこと

Pokhara Nepal, 2023


2023年11月24日

お風呂の明暗

 

AさんとBさんは、ともに80代の男性患者。自力では立つことも歩くこともできない。週2回のお風呂タイムには、いつも女性看護師が2人つく。

Aさんは、とても気持ちよさそう。やれあそこが痒い、ここを掻けと注文が多い。片やBさんは、無言でギュッと目を閉じ、カチカチに固まっている。風呂から上がると、「女性は恥ずかしくてダメなんだ…」とため息をつく。

私「Bさん、観念して下さい。きれいな女の人を侍らせて、ある意味この世の楽園じゃないですか!」


「プレジデント」11月3日号の特集は「人生の価値」。気に入った文章を紹介します。

・教養とは学歴の高さや博識さではなく、さまざまな経験や実践、読書などによって地道に培っていくべきもの。教養=リベラルアーツとは、「自由になるための技術」のこと__楠木建・一橋ビジネススクール特任教授

SNSほど人の幸福感を揺るがすものはない。フェイスブックに時間を費やすと、悲しい気持ちや寂しい気持ちになるという学術的な調査結果もある。「他人との比較」がその元凶(同)

・ハーバード大学の調査によると、70歳を過ぎて長生きする人の最も大きな要因が「友人が多いこと」。しかも異性の友人が多いかどうかが重要で、配偶者の有無より異性の友人の有無が長寿に影響する__諸富祥産(心理学者)

・日本人は周りに合わせようとする気持ちが強く、自分のしたいことを抑えてしまいがち。これは面白いことをする人が「かぶき者」と言われて打ち首にされ、新しいこと、面白いことをするのがタブーだった江戸時代の文化が今も染みついているから(米田肇・ミシュラン三ツ星オーナーシェフ)

・年を取っても「充実した時間を過ごした」と感じるためには、記憶に残る変化をたくさん作ること。新しいことに挑戦してみれば、多くの変化を身に染みて感じることができる__本川達雄(生物学者)

・自分が面白がれる新しいものに出会えるかどうかは、行動量に比例する__為末大(オリンピアン)

・話をしていて、自分の中にふっと新しいアイデアが浮かんできたり、不安な気持ちが解消されたり、なんだかわくわくしてきたりすれば、それは対話の相手がもたらしたもの。対面する人間の知性や感性を活性化する人は「すぐれた人物」と断じてまず間違いない__内田樹(著述家・武道家)

・「人を見る目」というのは苦労して身に付けるものではない。感度のよい身体を持っていれば十分。誰かが近くに来た時に自分の中で「アラート」が鳴ったり、耳障りな「ノイズ」がしたら、なるべく近づかない方がいい(同)

・個性というのは履歴書に箇条書きにするものでもないし、自分で早く見つけて必死に育てるものでもない。もし個性というものがあるとすれば、それは他人が見つけて、他人が活かしてくれるもの(同)

Matsumoto City Museum of Art


2023年11月17日

「幸せの三段重理論」

 仕事を終えて病院を出ると、ちょうど日没。

家路につく愛車のガラス越しに、八ヶ岳連峰が真っ赤に染まっている。

そんな時、自分でもビックリするほどの幸福感に包まれる。

あー、生きてるだけで丸儲けだー!

些細なことで幸せを感じるのは、職場が緩和ケア病棟だから、かも。

 

「プレジデント」11月3日号で、作家で精神科医の樺沢紫苑氏が「幸せの三段重理論」を唱えている。ちょっと面白かったので紹介します。

・「今がつらい」「今が苦しい」と感じている人が、10年後に幸せになれるはずがない。「幸せな人生」とは「今日の幸せ」を積み重ねた先にしか存在しない

・今がつらい、苦しいと感じている人は「過去」の出来事を思い出して後悔する、あるいは「未来」や「将来」のことを考えて不安になっている人が多い

・過去や未来ではなく、現在にフォーカスすることが何より大切

・私たちが感じる幸福は、その時に分泌される脳内物質の種類で「セロトニン的幸福」「オキシトシン的幸福」「ドーパミン的幸福」の3つに分類できる

・セロトニン的幸福…「健康の幸福」。これを手に入れる最もシンプルで確実な方法は「睡眠」「運動」「朝散歩」

・オキシトシン的幸福…「つながりの幸福」。これを手に入れるために有効なのは「パートナーとの交流やスキンシップ」「仲間との会話やコミュニケーション」「ちょっとした親切やボランティア、ペットとの交流」など

・ドーパミン的幸福とは「お金、成功、達成、富、名誉、地位などの幸福」。これを手に入れるためには「お金や物に感謝する」「自分にはちょっと難しい課題に挑戦し、自己成長を実感する」「ワクワクするようなことをする」「他者に与えるような行動をする」ことが有効

・この3つの幸福を手に入れるためには、必ず守るべき優先順位がある

   セロトニン的幸福(心と体の健康)

   オキシトシン的幸福(つながり)

   ドーパミン的幸福(お金、成功)の順

・自分自身の健康を軽視してお金や成功を目指すと、メンタルや体の疾患に陥ってしまう。家族とのつながりを軽視して仕事でがんばり過ぎると、家庭不和になり、幸せとは言えない

・セロトニン的幸福とオキシトシン的幸福を盤石にして、ドーパミン的幸福を積み上げていくことによって、結果として3つの幸福すべてを手に入れることができる

→これこそが「幸せの三段重理論」

Matsumoto City Museum of Art



2023年11月10日

「シンプルで合理的な人生設計」~後編

 

この本によると、スーパーで値札を気にせず買い物ができれば、それだけで幸福度が上がるという。

何を隠そう、この私もスーパーで値段を気にしたことがない。

豆腐、納豆、バナナ、カイワレ大根、ネギ、豚の小間切れ、豆乳、白菜の浅漬け。

たまたま好きな食べ物が、こういったばかりなものなので…

 

引き続き、橘玲著「シンプルで合理的な人生設計」ダイヤモンド社 を紹介していきます。

80歳まで生きるとして、人生はわずか4000週間。だからこそ、時間を上手に使うことが私たちの最重要課題になる。人生とは時間の使い方そのもの

・若者が映画を早送りしてまでタイパを最大化しようとするのは「友人との会話についていくため」。人間関係には大きなコストがかかるということ
→友だちを減らせば大量の時間資源(リターン)が生まれる

・睡眠や運動のように、無駄なように見えて実は重要な時間がある。それを考えれば1日に自由に使えるのは6~8時間しかない

→最小限のモノしかない家で暮らし、よい食材を使って適量のごはんを作り、テレビやインターネットから距離を置き、友人との人間関係も断捨離して、本当にやりたいもののために時間を使う

・選択をする必要が少なければ少ないほど、人生はより豊かになる

・選択を避けるもっともシンプルな戦略は、お金持ちになること。スーパーマーケットで値札をいちいち確認することなく、食べたいものを買い物かごに入れ、さっさと清算して店を出るだけでも、日々の幸福度は確実に上がる

・選択肢が多すぎると決められなくなり、幸福度が下がる。スーパーで6種類のジャムの試食に立ち寄った客の30%がジャムを購入したが、ジャムを24種類に増やすと、購入に結び付いたのは3%だった

・睡眠こそ、もっとも効果の高い成功法則。寝不足だと仕事や勉強のパフォーマンスが下がり、身体的な健康やメンタルヘルスを害し、アルツハイマー型認知症リスクが高まる。記憶や運動スキルの向上、イノベーションにも強く関係

→睡眠は最高の自己啓発

1970年代には「睡眠にはなんの役割もない」と大真面目に唱える学者もいた。だがラットを眠らせないと平均15日で死亡する

・認知症の最大の予防は、ちゃんと眠ること

・短期的な幸福(快感)と長期的な幸福(成功)はしばしば衝突する。成功とは多くの場合、短期的な快楽を抑制することで長期的な利益を最大化すること

・テーブルのおいしそうなケーキをほおばるのが短期的最適化。ダイエットや健康のために我慢するのが長期的最適化。短期的最適化の特徴は幸福度が高いこと。長期的最適化は面白みがないが、将来的には幸福度がもっとも大きくなる

Wall painting, Yokoami Tokyo Japan


 

2023年11月3日

「シンプルで合理的な人生設計」

 

「シンプルで合理的な人生設計」 橘玲著 ダイヤモンド社

この人の本は毎度「それを言っちゃーおしまいよ!」の連続なのだが、最新の知見が含まれているので、つい読んでしまう。一部を紹介します。

 

・ビールは最初のひと口がものすごくおいしいが、2杯め、3杯めとお代わりするにつれておいしさが減っていき、最後は惰性で飲むようになる…「限界効用の低減」。同じ相手とのセックスの限界効用も低減する

・お金の効用も低減する。日本で持ち家と別に1億円の金融資産があると、それ以上貯蓄が増えても幸福度は上がらない→「1億円」が老後不安から解放される基準になっているから

・もっとも効果的に幸福になる方法は、お金持ちになること。年収や資産を増やすことはドラッグやギャンブルで一時的に幸福度を上げるような副作用もないし、短期的な効用だけでなく長期的にも人生によい影響を与える

・幸福になるための方法は星の数ほどあるが、「お金持ちになる」ことほどシンプルかつ効果的な戦略はほかにない→幸福になりたい人が真っ先に取り組む課題は金融資産を大きくすること

・自由とは哲学的・心理的な問題ではなく、自由に生きるための経済的な土台を持っているかどうかで決まる

・「あなたは友だち5人の平均である」はネットワークの科学の常識。イーロン・マスク、ジェフ・ベゾス、マーク・ザッカーバーグ、ラリー・ペイジ、セルゲイ・ブリンと友だちなら、あなたは成功者で大富豪

・問題は因果関係を逆にして、大富豪になるためにこの5人を友だちにすることはできないこと。友だちはあなたが一方的に選ぶのではなく、あなたが友だちに選ばれなくてはならない

・ヘヴィメタルとクラシックのファンはおそらく友だちになることがない→音楽の好みがパーソナリティを反映するから

・友情の維持に必要な時間資源は有限。友人の数が多い外向的なタイプは1人に多くの資源を割くことができず、付き合いが表層的になってしまう

・アメリカでは支持政党による同類婚が進んでいる→夫がトランプ支持なら、妻がバイデンを支持していることはない

・同じ学歴同士が惹かれ合う→アメリカのエリート白人男性は、白人で高卒の元チアガールより、自分と同学歴の有色人種の女性と結婚する

・中国で広く普及しているアリペイの「芝麻信用」はユーザーの信用力を点数化しているが、その基準のひとつが友だちのネットワーク。信用力の低いユーザーとつながっていると自分の信用力も下がってしまう
→中国では誰もが点数の低い友だちを切り、点数の高い友だちとつながろうとするようになった

Tateshina Japan, Autumn 2023


自然学校で

  このところ、勤務先の自然学校に連日、首都圏の小中学校がやってくる。 先日、ある北関東の私立中の先生から「ウチの生徒、新 NISA の話になると目の色が変わります。実際に株式投資を始めた子もいますよ」という話を聞いた。 中学生から株式投資! 未成年でも証券口座を開けるん...