入院生活も長くなれば、いろいろ不便なことが出てくる。
でも忙しそうな看護師さんに、つまらない用事を頼むのは、どうも気が引ける。
そういう時こそ、看護助手の出番だ。
まめに病室に顔を出してヒマそうにすれば、最初は遠慮がちな患者さんも、そのうち希望を言ってくれるようになる。
「ツルヤスーパーのイカの塩辛が食べたい。あなた知らないの?おいしいのよ」(Aさん・80代・女性)
さっそく買って届けたら、1パックを一度に食べてしまった。
食べものや飲みもののリクエストは、他にもバナナ、濡れせんべい、ヤクルト、赤ワインなど。
コロナ禍で家族の面会が制限されていた頃は、特に多かった。
「駐車場に停めた愛車のバッテリー上がりが心配だ。その辺をひと回り走ってきて下さい」
と、スバルの新車のキーを手渡してきたのは、80代の男性患者Bさん。自ら運転して入院し、病室では栄養学の本を読んでいた。
再起にかける彼の思いはしかし、ついにかなわなかった。
Bさんが病院の裏口からひっそりと退院した後、しばらく置きっぱなしだった愛車スバルは、いつの間にかなくなっていた。
「これ、ぼくが書いた自叙伝。読んだら感想を聞かせて欲しい。口頭なんかじゃダメ、ちゃんと文章でね」(Cさん・80代・男性)
Cさんは地元の銀行で定年まで働き、その後は町会議員を務めた。プライドが高く、奥さんや看護師さんにはきつく当たることもあった。
読書感想文は、小学生の頃から得意だ。お安い御用とばかり、レポート用紙数枚に書いて手渡した。
私と接する時のCさんは、いつも上機嫌だった。
「もう長くないから、最後は自宅で過ごしたい。でも夜が寂しいの。お願い、ウチに泊まり込んでちょうだい。何もしなくていいから。1泊3000円払うから。」(Dさん・90代・女性)
Dさんは東京出身。早くに夫を亡くし、ここ信州に移住して、この年齢までずっとひとり暮らしをしてきた。
さてどうしたものか…と思っていたら、その翌週。
「あの時は、思いつきであんなこと言っちゃってごめんなさい」
食べものも飲みものも喉を通らなくなり、帰宅する気力をなくしたという。
「私はここで枯れることにしました」
Rolwaling valley, Nepal 2023 |
0 件のコメント:
コメントを投稿