2023年4月15日

ヒマラヤでもスマホ

 

 ネパールのバス旅は、とにかく面白い。

 左の窓には谷底から尾根上まで、「耕して天に至る」段々畑が広がる。

 右の窓からは、ネワール族、タマン族、グルン族、チベット系諸民族など、色鮮やかな民族衣装の人々で賑わう市場が見える。

 そして峠に登れば、はるか彼方に雪をまとって現れる、ヒマラヤの峰々。

 ダイナミックに移り変わる景色から、目が離せない。

 ああ、それなのに。

 わが山岳部期待の新人、DJモトは、最新型iPhoneを大容量バッテリーにつないで、その小さな画面から一時も目を離さない。

 外界からの情報をシャットアウトして、ず~っと下を向いたままだ。

いったい、この人とは会話が成り立つのだろうか。最初は不安だった。

でも身長182センチ、山岳部とDJサークルを兼部する異色の19歳は、さりげなく私のザックを持ってくれる、実は気配りの人なのである。

そして、歩いている時以外、いや時には歩いている時も、常に顔面から20センチに位置するiPhoneで、彼が何を見ているかというと…

ソロクライマー山野井泰史の「垂直の記憶」kindle版を読んで唸っていたり、山岳気象専門家・猪熊隆之氏の著書で、せっせと勉強していたりするのだ。

よっ!現代版・二宮金次郎!

…褒めすぎか。


 他の部員も例外なく、スマホ視聴時間は私の10倍長い。ヒマラヤ山中、とっくに電波が届かない場所でも、スマホばかり見ている。

 でも、例えばヨコ(2年・男)は、8000m峰14座を6か月でスピード登頂したネパール人登山家、ニルマル・プルジャ氏のドキュメンタリー映画をダウンロードして、繰り返し見ていたりする。

 嬉しいじゃないですか!


「ミヤサカさん、ぼくのお父さんと同い年だ」と、マサ(2年)がいう。

 でも世代が違っても、山登りという共通の趣味でつながれることに、感謝。

 

 国営ネパールテレコムのsimを入れたDJモトのスマホは、たまに下界とつながった。だから、みんな電波乞食をしていた。

「いまDJモトから電波を借りてる」。ナナコちゃん(1年)が千葉のお母さんにLINEすると、「モト君、電波塔持ってるの?」と返信が。

お母さん! さすが私と同世代。

そのナナコちゃんの目標は、「英語を勉強して国際山岳ガイドになること」。あい先輩(2年・女)の目撃談によると、ナナコちゃんは自分の部屋にテントを建てて、その中で寝ているそうだ。

Rolwaling valley, Nepal 2023


登山家たちとの遭遇

大学山岳部のあい先輩(2年生)と、ネパール中部ポカラのホテルで朝ごはんを食べていた時。

突然、大きな撮影機材を抱えた日本人の一団が、ドヤドヤと入ってきた。

アンナプルナ山中、セティコーラ源頭3900mのベースキャンプからヘリコプターで降り立った、「天国じじい」ことヌキタさんの一行だ。

小さい頃はテレビっ子だったあい先輩は、「地球の果てまでイッテQ!」も欠かさず見ていた。テレビを見ない私に、ヌキタさんがなぜ「天国じじい」と呼ばれるに至ったかを熱弁している最中だった。

ヌキタさんを見つけた彼女の眼が、一瞬でハート型になる。

テレビに出ると、女性にもてるんだなぁ。

私にとってのヌキタさんは、天国じじいなどではない。エベレスト登山がまだ大事業だった頃、たった2人でエベレストに挑んだ憧れの登山家だ。

登頂の喜びもつかの間、下山中にパートナーが滑落してしまう。栄光と悲劇の一部始終が書かれた「二人のチョモランマ」は、今でも私のバイブルだ。

ヌキタさんとは、富士山頂で一緒に高山病研究のモルモットになって以来だから、14年ぶりの再会だった。

翌日、ヌキタさんと朝食を食べてからカトマンズに飛んだ。その日の午後、2012年のダウラギリ峰登山で一緒だったケンロウさんに会うことができた。

NHK「グレートヒマラヤトレイル」で、よくテレビに出てくるケンロウさん。童顔とのんびりした関西弁からは想像もできないが、シスパーレ北東壁とラカポシ南壁の初登攀で、ピオレドール賞2度受賞のスーパークライマーだ。

山岳部のナナコちゃんがケンロウさんの大ファンなので、サインをもらった。

テレビに出ると、女性にもてるんだなぁ。

ダウラギリでテントを並べたから知ってるけど、ケンロウさんといえば、寝言やらイビキやら歯ぎしりやら、やたら夜中に擬音の多い人。

でも、ナナコちゃんには言わないでおこう。

さらにこの日は、8000m峰14座を日本人として初めて登ったタケウチさんも同じホテルに泊まっていて、11年ぶりに会うことができた。

これでハットトリック達成⁈ 日本にいたらあり得ない1日だった。

そして翌日は、マカルー東稜登山隊で一緒だったSドクターと焼肉を食べる。マカルーは95年だから、実に28年ぶりの再会だ。南極越冬隊にも参加した「スーパー辺境女医」Sさんはいま、在ネパール日本大使館の医務官をしている。

山岳部2年のマサが、「28年ぶりですか…ぼく、まだ生まれてない」

そういえば、こんなこともあった。ベースキャンプへの旅に途中まで同行してくれたシェルパのパサンさんが突然、「あなたとは会ったことがある」。

彼が見せてくれた「京都大学梅里雪山登山隊」の集合写真に、確かに私と彼が隣同士に写っている。こちらも27年ぶりの再会となった。

セピア色に変色した写真をのぞき込んだマサが、「ぼくまだ生まれてない…」

いちいちウルサイよ!

パサンさんは、エベレストに登頂すること14度名シェルパになっていた。 

Rolwaling Valley, Nepal


2023年4月14日

Z世代のジェンダー感覚

 

ネパールの首都カトマンズから、9時間バスに揺られて車道の終点へ。

ここからいよいよ、ベースキャンプまで1週間の徒歩旅行が始まる。

その夜のこと。

村のロッジに着くと、3人部屋を3つ、当てがわれた。

「じゃー、ミヤサカさんはこっち」

マソラさん(3年・女)に招き入れられたのは…なんと、女子2人との相部屋だ。

こう見えて、私は「男女七歳にして席を同じうせず」の国の末裔である。

丁重にお断りした。

そっちがよくても、こっちはよくないのだ。

 

R大学山岳部の8人(1922歳)と行動を共にして、いちばん驚いたのは、男女相部屋を全く気にしないこと。

カトマンズのホテルでも、ひなびた山村のロッジでも、そして登山中のテントでも、常に男女が混ぜこぜ。

しかもその日その日で、相部屋になるメンバーが、ランダムに入れ替わる。

登山後に戻ったカトマンズでは、ホテル側の都合で部屋がツインルームばかり。それでも、男女が混ぜこぜに寝ていた。

男同士、女同士で寝た方が、よっぽど気楽でいいと思う。

でも彼らは、そうは思わないらしい。

「いつも同じ人と一緒だと、話すことがなくなる」

そう言って、学年や性別に関係なく、部屋割は毎日シャッフルされた。

 

徒歩旅行も8日目、いよいよ標高4800mのベースキャンプ予定地に着く。雪の上を平らにして、2つの黄色いテントを立てた。

そして男子4人、女子4人が、それぞれ分かれてテントへ。

…という期待むなしく、当然のように、ここでも男女が混ぜこぜ。

もう逃げ場はない。

初めて妻以外の女性と…テントを共にしてしまった。


この高度では、酸素が平地の半分強。トイレを探して物陰に行くだけで息が切れ、エアマットに息を吹き込むと、頭がずきずき痛んだ。

しかも、かれこれ10日も風呂に入ってない。頭が猛烈にかゆい。

男女七歳にして…? 

どうでもいいや。この際。

Are you really Himalayan climbers?


2023年4月6日

Z世代は不潔に強い…?

 

 R大学山岳部のヒマラヤ登山隊に、ひとりOBとして参加した。

 私の職場、S病院緩和ケア病棟は、余命宣告を受けた患者さんばかり。

だから、1922歳の超健康な8人と過ごした一か月は、とても新鮮だった。

 

 ネパールの首都カトマンズに着き、さっそく登山隊の宿を訪ねる。未明に別の飛行機で到着した彼らは、4つの2段ベッド以外は見事に何もない部屋で、ゴロゴロしていた。

 キンポン、マサ、ヨコ、DJモト、なっちゃん、マソラさん、あい先輩、ナナコちゃん。

 互いにファーストネームやニックネームで呼び合う、Z世代の男子4人、女子4人である。

それにしても、ずいぶんな安宿だ。トイレをのぞくと、便器のすぐ横にシャワーがあり、仕切りも何もない。

1泊500円だという。

エージェントとの打ち合わせや、固定ロープとガスボンベを買い揃えるため、カトマンズに3泊した。町は未舗装の砂利道に車とバイクがひしめき、1日歩くと体じゅう、ほこりと排ガスにまみれる。鼻の中は真っ黒だ。

宿に帰ったらすぐシャワーを浴びないと、気が狂いそうになった。

ところが…

「シャワーを使うと、トイレがビチョビチョになる」

 と言って、彼らは誰ひとり、シャワーを浴びようとしない。

 マジですか。

「去年の夏山合宿で2週間半、風呂に入らなくても平気だったので」

 というのが、彼らの言い分だが…

そんなこと、自信にしていいのだろうか。

 私はもう少しまともなホテルを予約して、毎晩シャワーにありついていた。彼らほどは、不潔に強くないので。

 その後、カトマンズからベースキャンプまでの1週間、泊まり歩いた山村の簡素な宿に、シャワーはなかった。登山中はもちろん、雪上のテント生活だ。

結局、日本を発ってから連続〇〇日間、彼らは風呂なしで過ごした。

それでも…

私は1日ヒゲを剃り忘れただけでむさ苦しくなるのに、彼らは何日たっても小ぎれいなまま。

慣らし運転を終えた新車のような、輝きを保っていた。


みなぎる生命力は、不潔をも隠す。

Ramdung Peak, Nepal


肉食女子

わが母校は、伝統的に女子がキラキラ輝いて、男子が冴えない大学。 現在の山岳部も、 12 人の部員を束ねる主将は ナナコさんだ。 でも山岳部の場合、キャンパスを風を切って歩く「民放局アナ志望女子」たちとは、輝きっぷりが異なる。 今年大学を卒業して八ヶ岳の麓に就職したマソ...