2022年10月29日

看護助手というお仕事

 

 男子ロッカー室の壁に、こんな貼り紙を見つけた。

「心が疲れたとき、まず誰かに話しましょう!」

病院側が用意したメンタルヘルス対策で、希望すれば精神科医や臨床心理士と無料で話せるという。

心はぜんぜん疲れてないが、何しろタダだ。さっそく予約を入れた。

当日、相談室に入ると、見るからに優しそうな雰囲気の女性が座っていた。初対面なのに、この人になら何でも話せる、という気にさせる。「ザ・臨床心理士」みたいな人。

まるで催眠術にかかったように、看護助手として働いた半年間の出来事を、ペラペラしゃべってしまった。

・看護助手の募集に「年齢・経験・資格不問」とあったので気軽に応募した。実際は酸素吸入器の調整まで任せられるなど、想像以上に患者さんの生殺与奪を握る仕事だった

・各病棟によってしきたりが違い、ベテラン看護師の中には、自分のやり方への絶対服従を強いる人がいる。医師を頂点とする階層ピラミッドの最下層である看護助手は、ストレス発散のはけ口になりがち。かなりいびられた

・入浴介助当番の日は、朝から夕方まで連続20人の寝たきり患者さんを風呂に入れる。時間に追われて、まるで自分が「人体洗浄マシーン」になったよう

・「夜勤明けなのに、午後になっても帰れない」という、看護師の悲鳴に似た声を聞いた。現場は慢性的な人手不足

・忙しさに加えて、上司の看護師さんがきつい人で大変だった時、看護部長が親身に話を聞いてくれ、適切な配置転換をしてくれた。また、病院の他に自然学校でも働いていたので、元気な子どもと遊べたことも救いになった

・他に本業があるならともかく、看護助手の時給909円だけで食っていくのはムリ。仕事の大変さ、待遇の悪さは地元でも知れ渡っていて、知り合いに「まだ辞めないの」「早く辞めな。体を壊すよ」とせっつかれる

 

 この日面談してくれた臨床心理士Tさんは、私の話を「外部の眼から見た病院の実情」として、病院幹部が出席する会議で報告するという。

 Tさんは、フリーランスの臨床心理士。こうして医療従事者のケアをする他に、小中高校のスクールカウンセラーや、大学生との面談も行っている。

彼女によると、コロナ禍の長期休校やマスク、黙食は、子どもの人間関係に深刻な影響を与えていて、不登校が増えるのは「むしろこれから」だという。

 

心はぜんぜん疲れてないけど、またおしゃべりしに来よう!

何しろタダだし。

Omotesando Tokyo, October 2022



2022年10月21日

B級観光旅行

 

 旅行会社に勤める友だちが、鉄道150周年記念のJRフリー切符をくれた。

 150年に一度の、たいそうお得な切符だ。この切符で行ける限り、一番遠くまで行ってやれ!

 ということで、青森に来てみた。

 北へ向かう金曜日の東北新幹線「はやぶさ」は満席。青森市内のホテルは、チェックインに長蛇の列ができている。

同じことを考える人が、他にもたくさんいるようで…

ホテルを予約する時、ビジネスホテルの狭苦しい部屋が、どの旅行サイトでも1泊2万円をつけていた。同時期に始まった「全国旅行支援」も、青森枠はあっという間に売り切れてしまった。

秋の紅葉シーズン+待ちに待った全国旅行支援がスタート+地域限定・期間限定のお得なJR切符が発売=東北に観光客が押し寄せる、の図。

株式市場に、「人の行く裏に道あり花の山」という有名な言葉がある。

旅行でも人の裏をかかなければ、人混みに揉まれに行くだけのようだ。

 

在住アメリカ人の東洋文化研究家・アレックス・カー氏が、日経ビジネス電子版で「日本よ、B級観光から脱せよ」と説いている。

果たして、そのココロは…?

・日本は「B級観光」という安売り観光に落ちている。つまらないビジネスホテル、つまらないものが適当に出される温泉料理。「安ければいい」という悪循環に入り、B級で満足している

・かといって「A級」が富裕層向け、というわけでもない。一晩5万、10万円というホテルは不自然

15000円から2~3万円くらいの値段で、それなりにきれいな施設に泊まれるのが「質がいい」ということ。質の良い宿泊、質の良い料理、それがA

・少し奮発して一晩星野リゾートに泊まってみれば、目が肥える。いいものはこういうものだとわかる

・世界で一番行きたい国はどこかを聞いたアンケートで、日本は第1位になった。「日本に行きたい」という潜在的なニーズは大きい。日本のように宗教や芸能、芸術が生き生きと残っている国は、アジアの中でも少ない

・ホテルや旅館、温泉に行けば、客へのサービスがとても気持ちよく受けられる。これは、他の国ではなかなかできない経験

・それなのに、新型コロナの第7波で1日20万人の新規感染者が出た「感染大国」日本が、ワクチンを3回受けてPCR検査もクリアした人たちが海外から来るのを怖がっている

・約6500万人の観光客を受け入れていた中国が、(ゼロコロナ政策で)完全に鎖国している今こそ、日本はインバウンドを取り込む大チャンスだ



2022年10月14日

知られざる世界と、母の愛

 

「今日のマツタケご飯は、きれいな焦げ色がつきましたよ」

 4軒ほど隣に暮らす社長のお宅に、お呼ばれした。

 社長は最近、料理に凝っている。ご馳走になったのは、マツタケがゴロゴロ入った炊き込みご飯とに、日高昆布の香り高い、澄まし汁。

 たまに東京から奥さんがやってくると、

「あなたの料理はコストを度外視している」

 そういって怒るのだそうだ。

 コスト度外視、大歓迎です!

社長は独立系ITコンサルタントだ。官公庁や大企業がITシステムを導入する際に、第3者の立場から、受注した企業が作った見積もりを査定する。

 ものすごい額のお金が動くようだ。

 ある時社長は、受注先が出してきた見積もりを「割高である」と評価した。契約は流れ、その会社の役員全員のクビが飛んだ。

 それからしばらくの間、ひとりで夜道を歩けなかったという。

 社長には大学教授の経歴があり、著書もある。

「苦労して専門書を書いても、せいぜい100万円にしかなりませんよ」

 その代わりに著書を出せば、あちこちから講演依頼が舞い込む。

 その講演料が、1回100万円だそうだ。

 知られざる世界。

 

時々、思い出したようにメールをくれる東京時代の友だちは、二児の母。

 ある日、夜勤を終えた彼女が居間でへたり込んでいると、小学生の長女がキッチンに立ち、カップラーメンを作ってくれたという。

 つま先立ちしながら湯を沸かし、自慢の腕時計を真剣にのぞき込んで、きっちり3分、計った。はい、ママ! 手渡そうとした、その瞬間。

カップラーメンは倒れ、中身をテーブルにぶちまけた。

 母を労わる優しさは立派に育まれたが、最後の詰めが甘かった…

がっくりと肩を落とす長女。

母、とっさに、散乱した麺を素手でかき集める。

「わおー! セーフ!! ありがとー!!!」

 陽気に言いながら、麺を容器に戻した。

汁はほとんどこぼれて、フローリングの床に池を作っている。新しく容器にお湯を足し、薄口しょうゆと顆粒出汁で味をつけた。

とってもおいしいよ!

満面の笑顔で、微妙な味のカップラーメンをすすったそうだ。

母の愛は、海より深い。

最近は、子どもが何をやってもかわいくて、早くもおばあちゃんの境地に達した、という。




2022年10月8日

稲穂の国で

 

 東京から移住した知人の田んぼで、稲刈りをさせてもらった。

 鎌を手に中腰になって稲を刈り、束にしてひもで結ぶ。

残暑の田んぼで、延々とこの作業を繰り返した。

 覚悟はしていたが、想像以上にキツイ!

ものの1時間であごを出し、腰をさすりながら木陰に逃げ込んだ。

 すぐ隣では、稲刈り機(バインダーというらしい)が快調なエンジン音を響かせながら、田んぼを往復している。見ていると稲を刈り、束にして、ひもで結ぶところまで自動でやってくれる。

 あっという間に、稲の束が積み上がっていく。

これぞ、「稲穂の国」ニッポンの匠の技。機械力は偉大だ。

つくづく、江戸時代の農家に生まれなくてよかったと思う。

 

日経ビジネス電子版に、解剖学者・養老孟司さんのインタビューがあった。

養老さんの知人が、学校になじめない子を引き取って農業をしている。中には注意欠如・多動症(ADHD)など発達障害の子もいるが、その知人は「畑に連れていってしまえば、多動もくそもないよ」と言うそうだ。

・教室の中だと多動が目立つが、畑なら全然目立たない。田舎で育って、畑にいたら誰も気にしなかったのに、「きちんとしなさい」と座らせようとするから気になる。それができないからといって、別に異常なわけではない

・社会がある一定の形を取ると、そこに適応できない人が出てくる。それをどうするかは、社会を「きちんと」作っていくほうの人には関係ないので、あとはボランティアが何とかするしかない。セーフティーネットが欠けている

「きちんとした」現代社会は、かくも生きにくい。ではどうすれば?

 養老先生の考えは、

・「今現在の自分」を絶対視しない。それを、大人が子どもに教える。「僕なんか84歳までにどれだけ変わったか」

・それを妨害するのが、「個性」や「自己」を重視する今の風潮。いくらその人らしくしてみたところで、いずれ変わってしまうのだから、らしくなくなっても別にいい

・お坊さんもそう言うはず。仏教では昔から「我というのを避ける」と言っている

また、養老先生はこんな指針も紹介している。

・自殺の引き金にもなる「うつ病」にならないためには、「居心地の悪いところから立ち去る。資質に合わない努力はしない」

 

 本能的に⁉、この言葉を座右の銘にして、半世紀余。

「居心地のいい場所」「資質に合う生業」を求めて、迷走の旅は続く。

…とりあえず、農業はライフワークでないことを再確認!

(写真と本文は関係ありません)





2022年10月1日

白衣の天使はおっかない

 

 看護師さんは、白衣の天使。

看護助手を3日もやると、そんな幻想は木っ端みじんに粉砕される。

 4階西病棟で、ベテラン看護師Sさんと一緒に入浴介助をした時のこと。

一人ひとりの入浴が終わる度に、シャワーベッドを洗剤で洗うのだが、感染性疾患の患者の場合は、さらにハイター消毒する。

ハイターは塩素系だ。目に入ると危険でさえある。だからハイター消毒した後、寝台を入念に水洗いした。そうしたら…

「そんなことしちゃ意味ないじゃないの!」

 いきなり大目玉を食らった。

 でも翌日ペアを組んだ看護師さんは、ハイター後は水洗いしろと言う。

「昨日の看護師さんは、洗っちゃダメだと…」

「人それぞれやり方があるから、その人に従って下さい」

 また別の日の看護師さんは、私がベッドメイクしたばかりのシーツをいきなり引っぺがし、床に投げ捨てた。

「このベッドはシーツ交換いらないの!」

 休憩を挟んで、午後の職場は5階にあるPCU(緩和ケア病棟)だった。ピリピリした雰囲気の4階西病棟と違い、PCUのナースステーションは、いつ行っても笑い声が絶えない。

「またヨンニシでいじめられました…」

私がつい愚痴をこぼすと、PCUの看護師さんたち、ゲラゲラ笑っている。

 笑いごとじゃないっつーの!

 

・「この歳になっても給料が全然上がらない」(40代の看護師)。看護師の賃金は、若いうちは夜勤の分だけ相対的に高いが、40代で理学療法士や作業療法士、放射線技師に抜かれる

・国内の病院の7割は赤字経営。最新医療機器への設備投資などが重くなりがちで、賃上げの余裕はない

・「日勤で残業をして、その日の夜勤に入るような働き方だった。土日も盆も正月もなく、心身ともに疲れ果てた」。免許はあるが離職して現場を離れた「潜在看護師」が70万人いるが、その多くは所在不明で、連絡すら取れない

・看護師の約7割が、なんらかの健康不安を抱える。このままでは人命を預かる緊張と不規則な長時間労働の重圧に耐えきれず、影響が患者に及びかねない

 日経ビジネス電子版のこの記事によると、看護師の離職率は年10%超。そして、潜在看護師の多くが「戻りたくない」と言っている、という。

 ウチの病院では、PCUの看護師さんだけが笑顔。白衣の天使率が高い。

末期がん患者を優先的に受け入れ、積極的な治療をしないPCUは、看護師さんの精神衛生にいいのかも知れない。

いずれ受け持ち患者との死別が避けられない、としても…



肉食女子

わが母校は、伝統的に女子がキラキラ輝いて、男子が冴えない大学。 現在の山岳部も、 12 人の部員を束ねる主将は ナナコさんだ。 でも山岳部の場合、キャンパスを風を切って歩く「民放局アナ志望女子」たちとは、輝きっぷりが異なる。 今年大学を卒業して八ヶ岳の麓に就職したマソ...