2022年10月14日

知られざる世界と、母の愛

 

「今日のマツタケご飯は、きれいな焦げ色がつきましたよ」

 4軒ほど隣に暮らす社長のお宅に、お呼ばれした。

 社長は最近、料理に凝っている。ご馳走になったのは、マツタケがゴロゴロ入った炊き込みご飯とに、日高昆布の香り高い、澄まし汁。

 たまに東京から奥さんがやってくると、

「あなたの料理はコストを度外視している」

 そういって怒るのだそうだ。

 コスト度外視、大歓迎です!

社長は独立系ITコンサルタントだ。官公庁や大企業がITシステムを導入する際に、第3者の立場から、受注した企業が作った見積もりを査定する。

 ものすごい額のお金が動くようだ。

 ある時社長は、受注先が出してきた見積もりを「割高である」と評価した。契約は流れ、その会社の役員全員のクビが飛んだ。

 それからしばらくの間、ひとりで夜道を歩けなかったという。

 社長には大学教授の経歴があり、著書もある。

「苦労して専門書を書いても、せいぜい100万円にしかなりませんよ」

 その代わりに著書を出せば、あちこちから講演依頼が舞い込む。

 その講演料が、1回100万円だそうだ。

 知られざる世界。

 

時々、思い出したようにメールをくれる東京時代の友だちは、二児の母。

 ある日、夜勤を終えた彼女が居間でへたり込んでいると、小学生の長女がキッチンに立ち、カップラーメンを作ってくれたという。

 つま先立ちしながら湯を沸かし、自慢の腕時計を真剣にのぞき込んで、きっちり3分、計った。はい、ママ! 手渡そうとした、その瞬間。

カップラーメンは倒れ、中身をテーブルにぶちまけた。

 母を労わる優しさは立派に育まれたが、最後の詰めが甘かった…

がっくりと肩を落とす長女。

母、とっさに、散乱した麺を素手でかき集める。

「わおー! セーフ!! ありがとー!!!」

 陽気に言いながら、麺を容器に戻した。

汁はほとんどこぼれて、フローリングの床に池を作っている。新しく容器にお湯を足し、薄口しょうゆと顆粒出汁で味をつけた。

とってもおいしいよ!

満面の笑顔で、微妙な味のカップラーメンをすすったそうだ。

母の愛は、海より深い。

最近は、子どもが何をやってもかわいくて、早くもおばあちゃんの境地に達した、という。




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