2022年4月29日

財布がいらないタクシー

 

 マニラの朝。いつものように、ライドシェアのアプリで車を呼ぶ。

 今日のドライバーは、5つ星(最高)評価のクリスピンさん。フィリピン中央銀行までの3.9キロを所要14分、料金164ペソ(400円)。運転者名や各種データはアプリに記録され、走行経路もGPSでスマホの地図に表示される。

 銀行に着いて500ペソ札を差し出すと、お釣りないんだよね、とクリスピンさん。地元の乗客は、たいていキャッシュレス決済なのだ。ポケットの小銭をかき集めてみたが、10ペソ足りない。

「それでOK。それより胸ポケットのお金に気をつけて。スリに狙われるよ」。

 東南アジアでタクシーに乗って、ぼられた事はたくさんあるが、料金をまけてもらったのは初めてだ。

フィリピンやタイ、インドネシアのタクシーは、メーターがあっても使わず、まず料金交渉で吹っ掛けてくる。たとえメーターを倒して走っても、油断すると遠回りされる。土地勘のない旅行者は、いいカモだ。

ベトナムでタクシーに乗った時、率先してメーターを倒したので感心していたら、そのメーターの数字が、目にもとまらぬ勢いで回り始めた。赤信号で止まった隙に車を降りて、力いっぱいドアを閉めた。

メーターに細工がしてあるタクシーは、タイにもいる。

だからスマホを数回タップするだけで車が来て、決められた料金、最短距離で目的地に行ってくれるライドシェアの登場は、私にとっては革命的。

旅行初日、マニラ到着が深夜になった。空港からホテルへ向かう途中は街路灯のない真っ暗な道だったが、運転者の名前や車のナンバー、走行経路がすべてスマホに表示されるので、安心して乗っていられた。

この前のイースター休暇中、静まり返ったマニラ市内でライドシェアの車が見つからず、流しのタクシーを拾ったことがあった。

昔取った杵柄?で、乗り込む前に助手席のドアを開け、行き先を告げる。案の定、ドライバーは首をタテに振る代わりに「いくら払う?」と来た。

ライドシェアで移動した時に、だいたい運賃相場は掴んでいる。相場の2割増しで、めでたく交渉成立。料金交渉制のいいところは、一度話がつけば遠回りされる心配もなく、たとえ渋滞しても金額が変わらないことだ。

運転者に現金の持ち合わせがなかったことを教訓に、配車アプリにクレジットカードを登録した。すると財布がいらなくなったと同時に、乗り込んでから降りるまで、ひと言も話す必要がなくなった。

行き先は運転者のスマホに表示されるし、運賃はアプリが自動的に決済してくれる。

ライドシェア運営会社も、コロナ感染防止のため、乗客に「Conversation free ride」を勧めている。

悪徳タクシーと丁々発止のバトルを繰り広げた時代は、今いずこ。

ちょっぴり寂しかったりして…



2022年4月22日

フィリピン・ペソは使い切れ!

 

マニラで英会話を習う企みはぽしゃったが、今回の渡航にはもうひとつ、大事なミッションがある。

話は遡って10数年前、東京で働く友人ヨーコさんが米ドル経済圏に出張した。大きな案件だったので、同じ会社のマニラ駐在員も動員されて来ていた。ところが彼のフィリピン・ペソを、現地の銀行が両替してくれない。

信用のない通貨の悲しさよ…

同じ会社のよしみで、ヨーコさんは自分の米ドルを、困り果てている彼のフィリピン・ペソと両替してあげた。そして仕事を済ませたヨーコさんは、ペソ札を持ったまま帰国した。

時は流れて、誰も気づかない間に、フィリピンが新紙幣を発行した。

そして今はもう、旧紙幣から新紙幣への交換ができないというのだ。

おおらかなヨーコさんは、完全にあきらめムード。でもその札束、今のレートで20万円分あるという。

に、にじゅうまん… 

それが、ただの紙切れに?

勝手に義憤に駆られて、そのフィリピン・ペソを預かって、単身マニラに乗り込んだというわけ。

オンライン英会話のフィリピン人の先生に、厚さ1センチの旧1000ペソ紙幣の束を見せて相談すると、

「それなら Bangko Sentral ng Pilipinas に行ってみれば? 何年か前に、私はそこで新札に替えてもらえたよ」

 Bangko Sentral ng Pilipinas は、フィリピン中央銀行のこと。わが国でいうところの、政府日銀だ。ほのかな希望を持って、マニラ湾沿いのロハス大通りにある、フィリピン中銀に向かった。

 なかなか立派な建物だ。でも…入り口がない。

 通用口みたいなところから、IDカードをぶら下げた人が出入りしている。そこから入ろうとして、守衛に制止された。

 状況でいえば、東京・日本橋の日銀本店に、ジーンズにバックパックの外国人旅行者が、入れてくれと頼んでいる構図。

 私の行く手を遮る若い守衛さんに、かくかくしかじか、訳を話す。「はるばる日本から」などと話を盛った効果もあり、険しかった彼の瞳が、どんどん同情的になっていく。

「残念ながら新紙幣への交換は、3年前に終わってしまったんだ。でも、あなたみたいな要望がたくさん来ているから、また交換を受け付ける日が来るかも」

 話の途中で、田舎の純朴さをにじませたおじさんが、バイクでやってきた。守衛さんと長い間、フィリピン語でやりとりをして、残念そうに去っていく。

「もしかして…今の人も?」

「そうです。大勢で要望を出し続ければ、もしかしたら、もしかするかも」

 フィリピン中銀のHPに、メールアドレスが載っている。さっそく事情を書き送ると、かな~り経ってから、取りつく島もない返事が来た。

Dear Mr. Miyasaka, The BSP no longer accepts the old, demonetized banknotes as the deadline for exchanging them was on 29 December 2017. Thank you.

 こういう場合、わが政府日銀はどうするだろう。調べてみると、これまでに発行された日本銀行券は、50年前のものでも100年前のものでも、無条件で交換に応じるということだ。

 これこそ、中央銀行のあるべき姿じゃないですか、フィリピンさん!

 ちなみにこの旧1000ペソ紙幣、額面の6掛けほどでメルカリに出品されている。外国通貨のコレクターに、1枚ぐらい買ってもらえるかも。

 そしてそして! フィリピン中銀は来年、矢継ぎ早に次の1000ペソ紙幣を出す。現行紙幣に偽札が目立ってきたからだそうだ。

新・新1000ペソ紙幣は、偽造防止に有効とされるプラスチック製。

一方日本のお札には、原材料にフィリピン産のマニラ麻が使われている。

Makati, Metro Manila  April 2022


2022年4月16日

ビーチ遥かなり

 

 マニラ市内を走る電車には、2両ごとに警備員が乗務している。

彼らは熱心に車内を巡回して、犯罪ならぬ「鼻マスク」摘発に精を出す。マスクがずれている人を見つけると、身振り手振りで改善を促している。

たまに鼻が出ている人はいても、乗客は全員がマスクを着用。顔全体を透明なアクリル板で覆っている人までいる。そして、根はおしゃべりな彼らが、黙食ならぬ「黙乗り」を励行するから、車内はとても静かだ。

 ここ数日のコロナ感染者数、イギリス1日6万人、ベトナム5万4千人、日本4万8千人などに対して、フィリピンは200人台。とっくにコロナ前の生活様式に戻っているのかと思ったら、いまだ厳戒態勢だった。

 ちょっとお茶しようと名門ペニンシュラ・ホテルに行くと、「ワクチン接種証明のない人は入れません」。ショッピングモール内のCoCo壱番屋でさえ、同じ理由で止められた。日本政府発行のワクチン接種証明が手放せない。

 そして…

 実はフィリピン滞在の隠れた目的が、対面で英会話を習うことなのだが、なんと! ほぼ全ての英語学校がコロナ休校したままだった。

 感染状況も落ち着いたし、もう来ちゃいましたから!と明るく頼めば入れてくれると甘く考えていた。ところがどの学校も、つれない返事。いま生徒を受け入れたら、教育省、保健省あたりから処分されるのか?? 

対面授業の再開は「早くて夏ごろ」という。

 そもそも、フィリピン全土の小中高校そして大学も、もう2年も休校したままという。どうりで朝夕の通学時間帯に、子どもの姿を見かけないと思った。

 そんなこんなで毎日ホテルに籠って、オンライン授業に勤しむことになった。画面の向こうの先生たちは、とっくに田舎に帰っている。マニラの蒸し暑さや通勤地獄から解放されて、みな晴れ晴れした表情だ。

 オーマイ…

 ミートソース。

 来るのが早すぎた。

オンライン授業しか受けられないのなら、どこにいたって同じこと。ちょうど、フィリピン人が一番大切にするイースターの連休が近い。

「ビーチに行くならどこがお勧めですか?」と先生に尋ねると、

「んー、セブ島かボラカイかエルニドか。でも私の島は、今年もイースターのミサがオンライン。まだ教会に集まれないんだよ。コロナ感染のアラートレベルが地域ごとに違うから、あなたの行き先によっては入域許可が必要かもね」

 えーっと。

つまりこのまま、暑いマニラにいろってか?

そして悪いことに、オンライン授業の生命線Wi-Fiが、どの宿も不安定。

マニラの新宿副都心からマニラ銀座、そしてマニラの葛飾柴又へ、まともなネット環境を求めて、今日もさ迷ってます。




2022年4月9日

熱帯夜の国へ

 

 成田空港のチェックインカウンターでは、フィリピン入国条件の審査に1時間かかった。そして次の関門は、出国審査だ。

審査はいつの間にか、機械による顔認証になっていた。パスポートをスキャンすると、数秒でゲートが開き、スポン!と日本国外に出た。あまりにあっけないので、わざわざ係官の所に寄って、パスポートにスタンプをもらった。

この先、マニラで書類の不備が発覚して、入国拒否に遭うかも知れない。最後まで気が抜けないが、とりあえずは今宵の宿を探そう。

治安がいい地区のキッチン付サービスアパートをネット予約すると、すぐに返事が来た。

「フロントは午後10時で閉まります。ご注意ください」

 そんなぁ。これから乗る飛行機は、午後9時マニラ着。しかも到着後に、ワクチン接種証明、PCR陰性証明、フィリピン保健省の登録証明、海外旅行保険のチェック等々、たくさんの関門が待ち受けている。

まぁ、まず間に合わない。今夜は空港のベンチで寝るのかぁ。

 乗り込んだマニラ行きANA便は、コロナ禍でガラガラかと思ったら、なんと満席。乗客はフィリピン人や欧米人が多く、体が大きい上に、「機内持ち込みサイズ」を平気で無視した大荷物を持ち込んでくる。

 荷物スペースの奪い合いで、たちまち機内はカオス。出発が50分遅れた。

離陸後に出た機内食は、なぜか「うな玉丼」「オムハヤシ丼」の2択。どちらも見かけ上は、黄色いドロドロ。乗客の白人男性が、「両方いらない!」と怒っていた。

 定刻よりだいぶ遅れて、夜のマニラ空港に着陸。入国審査場に入ると、迷彩服姿の兵士たちが乗客を並ばせて、大声で必要書類を連呼している。

 ものものしい雰囲気にビビっていたら、書類をチェックするブースにいたのは、キビキビ働く女性たち。ほどなく順番が来て、書類やらQRコードやら全てを差し出し、固唾を飲んで結果を待つ。

 バーン! 心地よい音とともに、パスポートにスタンプが押された。

 このご時世、わが日本国の入国審査には8時間かかることもあるらしいが、フィリピン入国は1時間もかからず、スマートだった。時は午後1030分。

まず携帯電話会社のカウンターに行って、現地SIMを買う。Tシャツ姿のお兄ちゃんが器用な手つきで、私のスマホのセッティングをしてくれる。

 急いで宿に電話したが、つながらない。お兄ちゃんに文句を言うと、「このSIMはケータイ同士しかつながらないよ」。そんなの、あり?

別のSIMと交換して、やっと電話が通じた。明るい声の女性が、「チェックインはいつでもOKよ」と言ってくれた。

そしてケータイ会社のお兄ちゃんが、「タクシーより安いから」と、私のスマホにライドシェアのアプリを入れ、ドライバーも呼んでくれた。

物事の進み方が、いかにも東南アジア。この気安さが心地よい。

空港ビルを出ると、外は熱帯夜。

Manila Philippines,  April 2022


2022年4月2日

日本を出るのも大変だ

 

 なんにも用事がないけれど、飛行機に乗って外国に行ってこようと思う。

 コロナ禍3年めの、海の向こう側を見ておきたい。

 同じ島国でもイギリスは、水際対策をすべて撤廃し、パスポートだけで入国できる。1日数10万人の国内感染者を出した末の、破れかぶれ…?

アジアでは、フィリピンが入国時の隔離措置をなくした。

 フィリピンといえば、ステイホーム中にずっと受けたオンライン英会話の講師が、全員フィリピン人だった。毎日初対面の先生を予約して300人と話し、彼らのホスピタリティに感激した。

 そうだフィリピンに行って、今度は対面で英会話を習ってこよう。

 

 隔離こそなくなったフィリピンだが、厳しい入国条件がある。ワクチン接種証明、PCR検査の陰性証明、ひと月以内に出国する帰路航空券、そして3万5千ドル以上の入院治療費用をカバーする海外旅行保険も必要だ。

 PCR検査は、航空会社が推奨するクリニックで受けると3万円も取られる。経費節減のため、新橋駅前の「無料PCR検査センター」に向かった。無料なのは東京都民だけで、ナガノ県民だと言ったら1900円取られた。

入口で検査キットを渡され、選挙の投票所みたいなブースで、「鼻腔拭い式抗原検査」を自分でやらされる。綿棒を鼻の穴に突っ込んで、グルグル回す。

誰も見ちゃいないから、絶対に陰性証明を取りたい人は、耳の穴、その他の穴で代用しても、たぶんバレないと思う。

30分後、検査結果がスマホに届き、晴れて陰性証明をゲット。検査方法と結果、名前はローマ字表記されているから、海外渡航にも使える、はず。

そして向かった、運命の成田空港。陰性証明の費用をケチったばっかりに、搭乗拒否、入国拒否に遭ったら恥ずかしいが、後に続く人のために、ここは体を張ろう。

カウンターの地上職員は、乗客ひとりひとり、行き先によって大きく異なる入国条件を、端末で確認している。とても大変そうだ。

いよいよ私の番がきた。他の書類の下に隠しておいた「格安コロナ陰性証明」は、チラッと目を通しただけ。あっさりクリア! 

飛行機に乗れるということは、入国できるということでしょう。

ところが、世の中甘くない。第5の条件として、フィリピン保健省サイトに個人データを送り、発行されるQRコードが必要だという。

その場でスマホ入力を試みるも、なぜか1字ごとにフリーズする。保健省のサイトに問題ありか? カウンターの20代女性が親切な人で、途中で入力を代わってくれるが、状況は変わらない。振り向けば、背後には長い行列が。

先ほどから、預け荷物の重さを示す電光表示が「47.5キロ」と出ている。これじゃ重量超過、追加料金だ。

でも私は、背中のデイパックひとつ。預け荷物はない。

いつの間にか、私のスマホと格闘する彼女が、計量台に仁王立ちしていた。



肉食女子

わが母校は、伝統的に女子がキラキラ輝いて、男子が冴えない大学。 現在の山岳部も、 12 人の部員を束ねる主将は ナナコさんだ。 でも山岳部の場合、キャンパスを風を切って歩く「民放局アナ志望女子」たちとは、輝きっぷりが異なる。 今年大学を卒業して八ヶ岳の麓に就職したマソ...