2022年2月26日

社長の玄関マット

 

 雪道を運転して、近所の農協スーパーへ。駐車場にはSUV車が目立ち、見かけはただの軽自動車でも、そのほとんどが4輪駆動だ。

 わが愛車は、軟弱な湘南ナンバーの2輪駆動。

 新雪が積もる朝、路面が凍結する夕方も、今まで卓越した運転技術でカバーしてきた。坂道の途中で止まると100%動けなくなるので、決してアクセルを緩めない。時々カーブでスリップして、対向車線にはみ出す。

 God bless you.

 日に日に陽が伸びて、何とかこの冬を生き延びられそう、と思ったら、思わぬ伏兵がいた。たっぷり水分を含んだ、重たい春の雪だ。

 ある朝、除雪車を待つ間に出勤時間となり、えいやとクルマを発進させた。前の晩に降った雪が、足首まで積もっている。

 カーブを過ぎて最初の上り坂にかかると、前輪が空転する気配がして、あっけなくクルマが止まった。いくらアクセルを踏んでも、ただエンジンが唸りを上げるだけ。そのうち雪がえぐれて、前進もバックもできなくなった。

 万事休す。でも幸い、現場はオオツキさんの家の近く。IT企業の社長を務めるオオツキさんは、東京本社をテレワークに移行させて、自らも2年前から、この森で暮らしている。越冬生活の大先輩だ。

 事態を察したオオツキ社長が、さっそく駆けつけてくれた。手に持っているのは、自宅玄関のゴムマット。タイヤにマットを慎重にかませて、祈るような気持ちでアクセルを踏み込む。

 やった、脱出に成功! そのまま延々とバックして、わが家に逃げ帰った。

 結局、除雪車がやって来たのは午後2時過ぎ。職場には、大大大遅刻。

それにしても、道の真ん中で1時間も立ち往生していた間、ただの1台もクルマが来なかった。どれだけ田舎なんだか。

 

社長からは、玄関マットの他にも耳より情報を教わった。火災保険だ。火事はもちろん、キツツキに開けられた穴の補修や、スズメバチの巣の駆除、うっかり凍結・破裂させてしまった給湯器の交換まで、保険が利くという。

わが家は、ほぼ毎年キツツキの被害にあう。十分、モトが取れそうだ。

「キツツキの穴まで直してくれて、保険会社は大丈夫なんですか?」

 代理店の人に軽口を叩いたら、

「そのうちキツツキが対象外になるかも知れないから、ここは思い切って10年契約にしましょう!」

うーむ、敵もさるもの。やぶ蛇だった。

 家に帰ると、屋根に引っかかっていた氷柱が落下して、玄関前に突き刺さっている。見たところ、重さ50キロはありそうだ。

…真っ先に検討すべきは、生命保険かも。



2022年2月18日

小さな宿に大陸の風

 

 天井が吹き抜けになっている蓼科の家は、冬はろくに暖房が効かない。

避寒がてら、近所にオープンしたばかりのペンションを予約した。

 オフシーズンの平日で、他に泊まり客はない。ダイニングで薪ストーブに当たりながら、若いオーナーのハスミ夫妻と、たくさん話をした。

 ハスミさんの妻、デイジーさんは、中国・桂林の出身。中国に暮らす56の民族の中でも、とりわけ少数派のヤオ族の人だ。

生まれてから13歳になるまで、電気のない山村で、自給自足の暮らしをしていたという。

 5歳の頃から、家族の衣類をたらいで洗濯し、食事の支度を手伝い、森で薪を集めた。夜は、ローソクの明かりで勉強した。

 そして小学校を出た時、「もっと自由な世界で生きて欲しい」というお父さんに背中を押されて、故郷を離れた。

「それで、どういう訳で日本に来たんですか?」と私が聞くと、

「村を出てから、専門学校で英語を勉強したので、ホントは欧米に留学したかった。でもお金が足りなくて、『近くて安い』日本になったんです」

 うーん、正直な答え。未来あるアジアの人にとって、日本は消去法で選ばれる留学先なのか…

 東京では日本語学校に通いながら猛勉強し、大手旅行代理店に就職。そして4年後に、自らインバウンドを対象にした旅行会社を立ち上げた。

 中国の富裕層にターゲットを絞り、一時は年商1億円を越えたという。

「金持ち中国人の日本旅行は、予算ひとり100万円超もざら。宿泊先のホテルも、高ければ高いほど喜ばれました」

 ハスミさんと出会って結婚した後も、朝から晩まで働き詰め。夫婦一緒に食事することさえ、ままならなかったという。

 そこに、突然のコロナ禍。またたく間に、インバウンドが消滅した。

 そして、ちょうどそのタイミングで、売りに出ていた築35年のペンションに出会う。ペンションを経営する気など全くなかったのに、すばらしい森の環境に、2人ともひとめ惚れだったという。

 デイジーさんは会社をたたみ、ハスミさんも勤務先の会社を辞めて、この地に移住することを決心した。

電気のない中国の村で生まれ育ち、満員電車に揺られながら東京で11年働き、そしていま、森の中へ。

「東京にいた頃は忙しくて、いつも怒っていた。ここでは朝の5時から夜中の12時まで働いても、疲れないし、楽しい。心が満たされてます」

夕食の食卓には、魚のビール煮、薬膳スープ、自家製豆板醤、杏仁豆腐など、中国・桂林の郷土料理が並んだ。デイジーさんの流ちょうな日本語のおしゃべりを、寡黙なハスミさんが静かに聞いている。

 家からクルマで20分の小さな宿には、大陸の風が吹いていた。



2022年2月12日

一日の虎

 

 去年の秋、東京の中学生を南アルプス入笠山に案内した。

 頂上近くまで牧草地が広がる、のどかな山だ。正直、なぜ山岳ガイドが必要なのかは…不明。しかも、この日集まった7人のガイドのひとりは、2018年にK2(8611m)に登頂した、林恭子さんだった。

絵に描いたような、猫に小判。

 

K2 非情の頂 5人の女性サミッターの生と死」ジェニファー・ジョーダン著 山と渓谷社 を読む。

この本が書かれた2005年時点で、K2登頂に成功した女性は5人。その5人全員が、遭難死した。3人は下山途中に力尽き、生還した2人も、その後に別の山で亡くなっている。

そして、5人のうちアリスン・ハーグリーヴスとジュリー・トゥリスは、子どもを持つ母親だった。ハーグリーヴスがK2頂上直下から滑落したその時、長男トムは6歳だった。

(山岳情報サイトによると、トムはその後、母を追うようにクライマーとなり、アルプス6大北壁の冬季単独登はんに成功したが、2019年にナンガパルバット(8125m)で遭難死した。享年31

「いかなるスポーツとも違って、登山はそのプレーヤーに死を要求する」__ブルース・バーコット

 (林さんもK2で、いちばん親しかったメンバーを滑落で失っている)

トゥリスはK2登頂成功後、8000mの高さで嵐に閉じ込められ、テントの中で衰弱死した。トゥリスの長男クリスは後年、著者の問いにこう答えている。

「私は、母が自分の好きなことを突き詰めていく途中で亡くなってよかったと思っています」

「人は自分の好きなことをすべきだし、おそらく母には外へ出たいという気持ちが強くあって、ずっと以前からその気持ちをため込んでいたのでしょう」

「母は外へ出て、自分の思い通りのことをした。母は大きな山へ行って、登りたくて登りたくて仕方なかった。それが好きだったのです」

K2を生き延びたワンダ・ルトキェヴィッチは、その後カンチェンジュンガ(8505m)で行方不明になった。彼女の墓碑銘には、こう刻まれている。

私の墓のかたわらで泣くな

 私はもうここにはいない

 私は吹きすぎる千の風

 

チベットの箴言のひとつに、こんな言葉があるという。

「望ましき生は、一日の虎。羊としての千年にあらず」



2022年2月5日

まん延防止で、得した2人

 

 蓼科と松本、2拠点生活2回目の冬。

とっても心地よい日々だが、唯一の誤算は、冬の松本が思った以上に寒いこと。標高が高い蓼科よりマシだが、それでも朝の気温マイナス5度はざら、マイナス10度を下回ることもある。

留守にする時は、マンションの水抜き作業が必須だ。

先日も冷え切った自宅に入る気がせず、つい近所のホテルにチェックインしてしまった。わが家から歩いて行ける、超マイクロツーリズム。

その中級ホテルの料金は、2食付1万3千円だった。コロナ禍で苦境に立つ観光業への支援で、いま長野県民は5千円OFFで泊まれる。さらに、飲食店などで使えるクーポン2千円分がつく。

松本市独自の補助も別にあり、ワクチン接種証明を見せれば3千円OFFプラス、クーポン2千円分。

さぁ、実質的な自己負担はいくらでしょう。

 

夕食の席を案内してくれた同じホテルマンが、翌日の朝食会場にも立っていた。遅番と早番が連続する、すごいシフトだ。

聞くと、まん延防止等重点措置が出てお客さんが減り、それに合わせてアルバイトも減らしたので、正社員にしわ寄せがきているいう。

疲れは隠せず、マスク越しにせき込んでいた。

フロントでは、「お客さんが少ないので、大浴場はほぼ貸切で使えます」と言われた。団体予約のキャンセルが相次いでいるらしい。

 

先日、海外出張から帰国した友人が「指定場所隔離」を食らった。窓の開かないホテルの一室に6泊。3度の食事は弁当で、朝昼晩、廊下に置かれた。

いくらタダとはいえ、このホテル・ライフは苦行そのものだ。日本経済を担って海外出張し、長距離フライトで戻った友への、この仕打ちはいったい…

国内感染者がゴマンと出ている今、海外から帰国したビジネスパーソンを6日も軟禁する意味が、どこにあるのだろうか。

 

蓼科では、職場の同僚のひとり息子、Mくんが、なぜか平日も家にいる。

「しばらく小学校に行かなくていいよ」と、ママに言われたのだ。

首都圏に住む親友Yくんと遊んだ後の、2週間の自主隔離生活。

田舎の小さな学校で、もしオミクロン株を広めてしまったら大変なのだ。

Mくんの学校では、子ども全員にタブレット端末が配られた。授業が動画配信され、それを見て課題を提出すれば、家にいても欠席にはならない。

実は学校がキライなMくん、かなり喜んでいる。

The Artworks from 「パルコ de 美術館」Matsumoto Japan


自然学校で

  このところ、勤務先の自然学校に連日、首都圏の小中学校がやってくる。 先日、ある北関東の私立中の先生から「ウチの生徒、新 NISA の話になると目の色が変わります。実際に株式投資を始めた子もいますよ」という話を聞いた。 中学生から株式投資! 未成年でも証券口座を開けるん...