2021年10月29日

リモート会議が近すぎる

 

 コロナが収まった今頃になって、職場で初めてリモート会議をした。

 スタッフ中最年少の私が、有無を言わさずホスト役を命じられる。タダで飲み会に使っていたズームに、初めて利用料を払った。

会議当日。半分以上のスタッフが、「ズームの使い方がよくわからない」と言って、ゾロゾロ職場に集まってきた。

お互いの顔がすぐそこにある、不思議なリモート会議。

 

開始時刻になり、議題に入ろうとすると、不測の事態が。

ひと部屋で大勢がアクセスしたせいか、発言者の声がハウリングして、ワンワン反響する。何を言っているのか、さっぱり聞き取れない。耳が痛くなる。

たまらずスドーさんが、パソコンとイスを抱えて戸外に飛び出した。距離を取ったら、反響が収まった。やっとズーム会議らしくなってきた。

ダウンを着て震える画面上のスドーさん。その後ろに、黄金色に輝く秋の森が映りこんでいる。きれいすぎて、かえってバーチャル背景にしか見えない。

ふと横を見ると、自分のスマホでアクセスできなかったヒデコさんが、隣のマリさんのパソコンに自分も映るよう、マリさんにピッタリくっついている。

リモート会議どころか、濃厚接触会議!

 

その翌週、両親をクルマに乗せて、ドライブに出た。

元気に旅行もできるが、ふたり揃って80代。ピアス代わりの高性能補聴器が、耳に光る。

出発してしばらくすると、助手席の父がキョロキョロし始めた。

「どこかから人の声が聞こえてくる」

そのうち後部座席の母も、

「女の声がする!」

 カーラジオもオーディオも、スイッチを切ったはずだが…

「今度は後ろから聞こえたぞ」

「また右のほうから!」

 これが深夜のドライブだったら、かなり怖い状況…

 

 交差点を左に曲がった時に、謎の女の正体がわかった。

カーナビの案内音声だった。

 

ICTが進歩しても、使い方に慣れないと、まじめなコミュニケーションが漫才になる。

「やり方忘れないうちに、また集まってズーム会議しよう!」

職場の人たちは、張り切っている。



2021年10月23日

クライマーと同調圧力

 

 夫婦そろって日本屈指のクライマーMさんに、女の子が生まれた。

 出産を見届けてすぐ、パパは仕事で富士山頂へ、ひと月の出張。ママは早くも、「まずは親子でジョン・ミューア・トレイル!」と張り切っている。

ネットで調べたら「アメリカ西部を縦断する340キロのロング・トレイル」「踏破に1か月、途中に山小屋は一切なし、テント・寝袋・食料すべて自分で背負う事」「ゴール地点は標高4418m」「夜はブラックベアーに注意」だって。

 子どもが生まれる前、夫妻は8か月かけてアメリカ大陸を縦断し、岩壁を登りまくっていた。2人にとってはこのトレイル、上高地を散歩するぐらいの感覚なんだろうけど…はるちゃんと名付けた女の子は、いま生後4か月

 

 作家・演出家の鴻上尚史が回答者を務める「ほがらか人生相談」(AERA dot. の連載)に、30代女性からこんな質問が寄せられた。

 夫婦ともフォトグラファー。一家で住んでいたアメリカから、6年ぶりに帰国した。転校した日本の学校で、ビビッドな色の服が好きな小5の娘が「服が派手」と言われ、冷たい目で見られている。親として、どうしたらいいか。

 それに対する鴻上さんの回答が、ふるっている。

・神風特攻隊は、近代軍隊が組織命令として死ぬことを要求した。世界的にも、「死ぬ命令」を出した組織は他にない。同調圧力が強く、自尊意識が低い日本だからこそ、特攻という作戦が成立した

・「同調圧力の強さ」と「自尊意識の低さ」は、日本の宿痾

・軍隊がなくなった今、娘さんは同調圧力が一番強い「学校」という組織で苦しんでいる。娘さんがいま直面し、苦しんでいるのは「日本」そのもの

・お父さんが「ひと目なんか気にせず、お前らしく好きな服を着ろ」と言うのは、フォトグラファーという職業が、教師やサラリーマンに比べてはるかに同調圧力が低いから

・アメリカにも同調圧力はあるが、日本ほど強くない。そして皆、自尊意識を持つよう教育される。日本は逆に、自尊意識に対する教育がほとんどない。そして道徳の授業などで、ひたすら同調圧力に敏感になるよう教えられる

・敵は「日本」そのものなのだから、娘さんが正面から切り込んだら、ほぼ間違いなく負ける。対抗手段のひとつは、同調圧力の少ない組織に移動すること。アメリカンスクール、自由な校風の私立、帰国子女が多い学校など

・または、同調圧力に合わせて、地味な服装で登校する。その代わり、放課後や親しい友だちとのお出かけで、自分が着たい服を着て楽しむ。負けたとは思わず、今の学校で生き延びるために選んだ戦略、と心得ること

 

 クライマーという職業(?)は、フォトグラファー以上に同調圧力が低そう。はるちゃんもそのうち、パパやママが世間一般と違いすぎて、面食らうかも知れないなぁ。



2021年10月15日

サンク・コスト

 

 新たな一歩を踏み出すためには、何かを「やめる」ことが大切。

 時間は有限だから、何かをやめないとすき間ができない。

 そして有効なのは、やめるタイミングをできるだけ早くすることだ。

 経営学者の楠木健(一橋ビジネススクール教授)は、前書きを読んで面白くなかった本は、必ずそこで読むのをやめるという。

 はやっ!

 

 日本マイクロソフトを退職して「『やめる』という選択」を書いた澤円氏と楠木氏が、日経ビジネス電子版で対談した。楠木氏のことばをいくつか、ここにピックアップしておきます。

 

・やめることは、決してネガティブなことではない。「何かをやるということは、何かができない」ということ。だから、「何をやめるか」ということは、戦略的な意思決定だ

・順番としては、「何かをやめないと、何かができない」。起点にはいつも「何をやめるか」という選択がある

・やめるという選択が「良いことと悪いことからの選択」であれば、良いことを選べばいいのだから、誰でもできる。でも本当の選択というのは、「良いことと良いことからの選択」。そこには、センスが必要になってくる

・「それをしない」と選択することは、実は相当強い意思決定。放っておくと、「あれもやれ、これもやれ」というフィードバックがかかってくる。「やめる」ということには、最高の能動性、主体性が求められている

・計画を立てることも、やめたらいい。物事において、計画を立てすぎてしまうと、偶然性に対する間口が狭まってしまう。計画を立てるほど「いつか」は増えていくけど、「まさか」が減ってしまう

 

 さすが、ビジネススクールの先生はいいこと言うよね。

 でも…

 田舎でシンプルに暮らしていると、都会生活ほどTo Do リストが溜まらない。何かをやめないと時間のすき間ができない、なんてことには、ならない。

逆に、どうやって時間をつぶそうか、と思案する日がある。

 だから、前書きを読んで面白くない本も、半分読んでみだけど依然として面白くない本も、根性で最後まで読み通す。お金がもったいないし。

 楠木先生によると、私みたいに「せっかく買ったんだから」といって時間を浪費する人間を、「人生に埋没費用(=サンクコスト Sunk costを抱えている人」、と呼ぶそうだ。



2021年10月9日

日雇い派遣添乗員

 

「〇〇ツーリストですけど~、この前送ったファクス、見てもらってないんですか? 早く回答下さいよ、ファクスでね」

合間に咀嚼する音が聞こえる。菓子をつまみながら電話?名も名乗らない。

自然学校にかかってくる電話は、たいてい旅行会社からだ。修学旅行や移動教室を請け負っては、私たちに子ども向け野外プログラムを依頼してくる。

旅行会社にとって、修学旅行や社員旅行など法人相手の商売はドル箱。とにかく儲かるらしい。

 私の身分は公務員なので、尊大な相手の依頼を断わっても、懐は痛まない。でも上司はNPO専従で、自然学校の売り上げで食べている。辛抱しなきゃ。

 だいたい、今どきファクスなんて代物を、大えばりで使うなと言いたい。

「いまだにファクスやハンコを使う文化は、例えば、中国人から見れば、化石時代を見るようなもの」なのだ(「東京を捨てる~コロナ移住のリアル」澤田晃宏著、中公新書ラクレ)。業界の常識は、世界の非常識だ。

 そのくせ都会でコロナ感染者が増えると、ファクス1枚で、しれっと直前キャンセルする。勝手なものだ。

 

そして修学旅行当日、子どもたちに同行してくる添乗員は、実は旅行会社の社員ではない。みな派遣会社の人だ。先生用の豪華仕出し弁当を走り回って配りながら、自分はコンビニのおにぎりをかじっている。

先日、中学生の移動教室で来た40代の女性添乗員さんは、コロナ禍で団体旅行が全てキャンセルになり、別のアルバイトで食いつないでいたという。

その人が、「ここに書いてあることは、私たちの世界そのものです」と勧めてくれた本が、「派遣添乗員ヘトヘト日記」(梅村達著 三五館シンシャ)。

塾講師を経て50歳で「日雇い派遣添乗員」になった著者は、「人の喜ぶ顔を見て、自分もまたうれしい心持ちとなる」「そのような満足感は、私のそれまでの人生において、この仕事について初めて味わうものであった」と書く。

しかし、彼が打ち合わせで旅行会社を訪れると、「疲れ果てるというレベルをとうに超えている」顔をした社員に出会うという。

添乗員なりたての彼に親切だった先輩は、ツアー添乗中のパリで亡くなった。朝の集合時間になってもホテルのロビーに現れず、コートを着て今まさにでかけようという姿で、部屋の床に倒れていた。50歳そこそこだったという。

 

「計算してみたら、ぼくの時給は300円。学校には残業代という概念がないんです」引率の若い先生もまた、元気がなかった。

そして、子どもたちを受け入れる自然学校スタッフのヨッシーさんも、実は元中学校教師。あまりの長時間労働に嫌気がさして退職した、と言っていた。

この世にたやすい仕事はない。でも子どもと接する立場の大人は、できれば生き生きと、笑顔でいて欲しい。



2021年10月2日

白いスポーツカー

 

いつも請求書しか入っていない郵便受けに、今日は花柄の封筒が。

昨年お世話になった、病棟の看護師さんからだった。

妻が入院していた時の思い出が綴られ、もし悲しみや不安な気持ちがあったら、私たちに連絡下さい、と結ばれていた。

コロナ禍で面会禁止とする医療機関が多い中、この病院はいつも、患者と家族に寄り添った温かい対応をした。そして1年たった今も、こうして残された者を思いやってくれる。

お礼の電話をすると、

「もう少し状況が落ち着いたら、コーヒーでも飲みにきて下さい」

懐かしい声が返ってきた。


別の日、買い物から戻ると、お向かいさんが庭の手入れをしている。

 この辺はセカンドハウスが多く、お向かいさんも暖かい季節だけ、夫婦で来ていた。でも去年から、まったく姿を見なかった。

 トレードマークの、赤いジャージが目に眩しい。

 お久しぶりです! と声を掛けると、思いがけない答えが返ってきた。

 

いやぁ、ご無沙汰してしまいました。実は、いろいろありまして…

去年、家内を亡くしました。

健康診断から3日後に、急に苦しみ始めて、慌てて救急車を呼んだんだけど、間に合わなかった。

大腸がん検診で打った麻酔が原因だと思ってます。20万人に1人の割合で、こういうことがあるらしい。医者は認めませんがね。

それまで女房は、ほんとうに「健康優良児」でした。「もし奥さんが先に死んだら、お前が殺したと疑われるよ」と言われるぐらいで。

それが突然、こんなことになっちゃって…

 

赤ジャージさんの車庫に、白い立派なスポーツカーが鎮座している。

「これですか? アタマに来て買っちゃった! 大げさなクルマでしょ、でも国産車だから、ポルシェよりずっと安いよ。おたくも奥さんを大切にね」

実は去年、私も妻を…と話すと、今度は彼が絶句していた。

2年前の夏、赤ジャージさんの家からは、時おり奥さんの明るい声が聞こえていた。まさか、健康診断で命を落とすなんて。

でも彼は、すでに吹っ切れた表情。

「隣のあずさ平に、古い友人がいるんだけどね、冬は暖房費に月5万円もかかるんだって。かなり寒くなって来たし、ぼくは来月で引き揚げますよ!」



肉食女子

わが母校は、伝統的に女子がキラキラ輝いて、男子が冴えない大学。 現在の山岳部も、 12 人の部員を束ねる主将は ナナコさんだ。 でも山岳部の場合、キャンパスを風を切って歩く「民放局アナ志望女子」たちとは、輝きっぷりが異なる。 今年大学を卒業して八ヶ岳の麓に就職したマソ...