2021年9月24日

精鋭たちと詐欺師

 

 コロナ第5波をものともせず、東京の中学生160人が山登りにやってきた。

 彼らを案内するため、山岳ガイドが登山口に集合する。進んで自らを語ろうとしない人たちだが、ぜい肉のない引き締まった体が、職業を物語る。

1年1組担当の男性ガイドは元消防隊員で、救急救命のプロ。ずっと長野の山岳救助隊長を務めている。2日前に八ヶ岳で起きた遭難事故でも現場に急行し、岩場を200メートル滑落した登山者を発見、収容した。

コロナ禍のいま、遭難者を背負う時は、暑くても必ず雨具を着るそうだ。

 2組の担当は、柔らかい笑顔の女性だが、世界第2の高峰K2(8611m)に登頂した、輝かしい経歴のヒマラヤ登山家だ。

「非情の山」と呼ばれるK2は、エベレストなど目じゃないほど難しい山だ。2000年代、「女性初」を含めて5人の女性が登頂に成功したが、そのうち3人が下山中に亡くなっている。

皆さん、ただ者ではない…

生徒と同行してきた添乗員さんに、「道中、自然ガイドをお願いします」と言われた。山は早くも秋の気配だが、途中の湿原にはまだ野花が咲いている。にわか山岳ガイドの私は、花はヒマワリとチューリップしか知らない。

 策を弄して、男子の引率を買って出た。案の定、ヤロウどもは、フォートナイト(オンラインゲーム)の話に夢中になりながら、ガシガシ登っていく。可憐に咲く路傍の花など、見向きもしない。あぁ助かった。

 山頂に着き、お待ちかねの弁当タイムは…当然のように、黙食。

先生「食べ終わったらすぐマスクしろよ~」

男の子「先生! ヤッホーって言っていいですか?」

先生「いいけど小声でな」

男の子 「ヤッホー…」

 予定より早く下山できたので、草原で15分のフリータイム。すると生徒は、がぜん生き生き。鬼ごっこをしたり、寝転んで斜面を転がり落ちたり。

そういえば彼ら、なりこそ大きいけれど、半年前の小学生だ。

「山登りなんかしないで、最初からここに連れてくればよかったなぁ」

緊急事態宣言の東京を逃れて、のびのび遊ぶ子どもたち。それを見ていた精鋭登山家も、どんどん笑顔になっていった。

 山岳救助隊長は、冬はスキーのインストラクターをしているという。

隊長「スキーやりますか? インストラクターのクチなら紹介しますよ」

私「いやいや、ぼくはもっぱら教わる方で…」

隊長「子ども相手なら資格はいりません。ボーゲンができれば十分です」

 なんと! 思いがけなく、冬場の現金収入が転がり込んできたよ。

 でも20年ぶりにスキーを履いて、いきなり先生になるのは…

どう考えても詐欺だ。



2021年9月18日

「私より低収入なら結婚しないわよ」が8割

 

 日経ビジネスの特集「あなたの隣のジェンダー革命」によると、婚活中の女性の83%が、自分より高い収入が見込めない男性とは結婚できない、と答えたそうだ。

 きっつー!

 自分より収入の多い相手を希望する気持ちは、わかる。

せめて必要条件でなく、努力目標に留めて欲しい…

 

 その記事には、他にもいろいろなデータが載っていた。

・米英の最難関大学であるハーバード大学やオックスフォード大学は、学生の男女比がほぼ拮抗しているが、国内の最難関・東京大学は、8割が男子学生

・東大の異常な男女比は、よい大学に入って、よい会社に就職しなければならないという、日本人男性が受けるプレッシャーの表れ

・そこまで頑張っても、社会に出て幸せになれるとは限らない。多くの男性が精神的に追い詰められて、昨年は女性の2倍の14055人が自ら命を絶った

・「仕事の失敗」や「仕事疲れ」といった「勤務問題」が原因で自殺した男性は、女性の4.9倍。「事業不振」「失業」「倒産」「負債」など、「経済・生活問題」が原因で自ら死を選んだ男性は、女性の6.6

・主要7カ国(G7)の中でも、日本は男性の幸福度が最低

・女性に比べてこれほど多くの男性が仕事上の悩みで自死してしまう背景には、「夫は外で働くべきだ」という性別役割分担から逃れがたい社会状況があるのではないか

・「妻は家事に専念すべきだ」という、女性を家庭に縛り付ける考え方が性差別なら、男性を職場に縛り付けている価値観も差別だ

 

そして記事は、

「男社会を壊すことは、男性自身の幸せのためでもある」と結ばれていた。

 

 邦画「男はつらいよ」の主人公、しがらみを超越して旅に生きるフーテンの寅さんに、とても憧れる。

でも寅さんの恋は、いつも(48回ぐらい)成就しないで終わる。

 収入を気にしなければ自由に生きられるが、その代わり結婚はあきらめろ。

実は、そういうメッセージの映画だったの?

 もし寅さんがジェンダー革命の進んだ国に生まれたら、彼の恋愛はハッピーエンドに終わるのかな。

Kurobe Japan, summer 2021


2021年9月10日

接種会場がハーレムだった件

  

 ワクチン接種券が送られて来た時、ウェブ予約はまだ始まっていなかった。

 少し待って再びアクセスすると、今度は市内の病院やクリニックが、軒並みひと月先まで予約で一杯。

うわぁ出遅れた!

 諦め半分、ブログにこのことを書いたら、そこに救世主が。

湖畔の宿を営む友人が、ホテルや飲食店で働く人への優先枠を、私に回してくれるという。

 えーっと、自分はいつからホテルの従業員になったんだ? 

考える暇も与えず、さっそく彼が翌週の予約を取ってくれた。

 

接種会場に入ろうとしたら、愛用のユニクロ製マスクに、いきなりダメ出しが!

不繊布マスクにつけ替えろ、と。

キ、キビシイ…

一瞬、身構えた。

でも私の職業詐称?については、何のお咎めもなし。受付→問診→ワクチン接種と、あれよあれよという間に物事が進んだ。

「アナフィラキシー待機」の時間も含めて、30分ですべてが終わり、秋晴れの屋外に出ることができた。

 

そのとき一緒に接種を受けたのは、私以外のほぼ全員が、20代の女性たち。

ホテルや飲食店、美容院の従業員は、若い女性が多いのだろう。

…と、いうことは?

4週間後の次回接種でも、ハーレムが再現される?

でっかいニンジンを、ぶら下げられたような…

いやいや、そこはあくまで世のため、人のため、自分のため。

モデルナ2回目は副反応がきついらしいけど、粛々と打ちに行こう。

 

持つべきは友、書くべきはブログ、だ。




2021年9月4日

文学はマッチョだ

  芥川賞作家・磯崎憲一郎。

日経新聞主催のシンポジウムでの、彼の発言に笑った。

「僕の小説が大学入試問題に使われたことがあったのですが、『この文章の作者の意図は、次の選択肢のうちのどれでしょう?』という問題で、僕にもどれが正解かわからなかった」

 作者本人にも正解がわからない難問(?)で合否判定され、将来が決まってしまうなんて。受験生が気の毒だ。

 磯崎氏は三井物産で広報部長まで務めた。そして在職中に「終の住処」で芥川賞を受賞した。商社マンと言えば体力勝負、そんな職場で小説を書いていたのだから、超人だ。

 彼の発言には、ほかにも物事の核心に触れたものが多かった。

・「読み手に何を伝えたいんですか」という質問をよく受けるが、それが簡単に答えられないから、何百枚も小説を書くのだ

・セザンヌの絵を見て「セザンヌのこの山は何を意図しているんでしょう」という質問はない。小説も、美術や音楽に近い。読む時間に没入すればいい

・本を読むことによって何か得ようとか学習しようとか、そういうさもしい考えは捨てて、「本を読んでいる時間」そのものが読書だと思った方がいい

・丸の内、大手町界隈のサラリーマンは、本当に本を読まない。読んでいる人でも、いわゆるノウハウ本ばかり。そのくらい余裕がないのだと思う

・文学作品は、わからないことの中にとどまる覚悟がないと読めない。それなのに今の時代、わからないことの中にとどまるのは非効率だとみなされてしまう

・だが、正解がなく、ひたすら自分の頭で考え続けなければならない文学や哲学は、軟弱どころではない。はるかにマッチョな世界

・サラリーマンは哲学書や文学を読む方が、結果的にはるかに得るものが大きいということに気づいて欲しい

・今の若い人は、自分の世代とは比較にならないぐらい、難しい時代を生きていかなければならない。だから正解にたどり着く力ではなく、自分の頭で考える力、正解のない中で自分の力で現状を打破していく力を身につけて欲しい

 

 1965年生まれの磯崎氏は中学生の頃、北杜夫の作品を全部読んだという。彼と同世代の私も、北杜夫を全部読んだクチ。親近感を覚えた。

「大手町界隈のサラリーマン」だった20数年、自分も読書はノンフィクション一辺倒だった。その間、文学作品を読みふけっていた妻とは、心の豊かさに大差がついた。

 最近、本好きの友人に勧められた小説を読むようになった。今ごろになって、会社人間から脱皮できたような…

 今月は、妻の一周忌。

Tateyama Japan, summer 2021 (photo and text unrelated)



 

肉食女子

わが母校は、伝統的に女子がキラキラ輝いて、男子が冴えない大学。 現在の山岳部も、 12 人の部員を束ねる主将は ナナコさんだ。 でも山岳部の場合、キャンパスを風を切って歩く「民放局アナ志望女子」たちとは、輝きっぷりが異なる。 今年大学を卒業して八ヶ岳の麓に就職したマソ...