コロナ第5波をものともせず、東京の中学生160人が山登りにやってきた。
彼らを案内するため、山岳ガイドが登山口に集合する。進んで自らを語ろうとしない人たちだが、ぜい肉のない引き締まった体が、職業を物語る。
1年1組担当の男性ガイドは元消防隊員で、救急救命のプロ。ずっと長野の山岳救助隊長を務めている。2日前に八ヶ岳で起きた遭難事故でも現場に急行し、岩場を200メートル滑落した登山者を発見、収容した。
コロナ禍のいま、遭難者を背負う時は、暑くても必ず雨具を着るそうだ。
2組の担当は、柔らかい笑顔の女性だが、世界第2の高峰K2(8611m)に登頂した、輝かしい経歴のヒマラヤ登山家だ。
「非情の山」と呼ばれるK2は、エベレストなど目じゃないほど難しい山だ。2000年代、「女性初」を含めて5人の女性が登頂に成功したが、そのうち3人が下山中に亡くなっている。
皆さん、ただ者ではない…
生徒と同行してきた添乗員さんに、「道中、自然ガイドをお願いします」と言われた。山は早くも秋の気配だが、途中の湿原にはまだ野花が咲いている。にわか山岳ガイドの私は、花はヒマワリとチューリップしか知らない。
策を弄して、男子の引率を買って出た。案の定、ヤロウどもは、フォートナイト(オンラインゲーム)の話に夢中になりながら、ガシガシ登っていく。可憐に咲く路傍の花など、見向きもしない。あぁ助かった。
山頂に着き、お待ちかねの弁当タイムは…当然のように、黙食。
先生「食べ終わったらすぐマスクしろよ~」
男の子「先生! ヤッホーって言っていいですか?」
先生「いいけど小声でな」
男の子 「ヤッホー…」
予定より早く下山できたので、草原で15分のフリータイム。すると生徒は、がぜん生き生き。鬼ごっこをしたり、寝転んで斜面を転がり落ちたり。
そういえば彼ら、なりこそ大きいけれど、半年前の小学生だ。
「山登りなんかしないで、最初からここに連れてくればよかったなぁ」
緊急事態宣言の東京を逃れて、のびのび遊ぶ子どもたち。それを見ていた精鋭登山家も、どんどん笑顔になっていった。
山岳救助隊長は、冬はスキーのインストラクターをしているという。
隊長「スキーやりますか? インストラクターのクチなら紹介しますよ」
私「いやいや、ぼくはもっぱら教わる方で…」
隊長「子ども相手なら資格はいりません。ボーゲンができれば十分です」
なんと! 思いがけなく、冬場の現金収入が転がり込んできたよ。
でも20年ぶりにスキーを履いて、いきなり先生になるのは…
どう考えても詐欺だ。