2020年12月12日

風景の力

 

 新聞社で一緒だった元同僚が、若くして会社を離れ、福島の田舎に住んでいる。

 長野から会いに行くと、新潟から福島へ抜ける峠が、雪に閉ざされていた。ぐるっと日本海側を回って、往復700キロのドライブになった。

阿賀野川に沿って谷間を進むと、突然視界が開けた。見渡す限り広がる田んぼの先に、雪の磐梯山がのんびりと横たわっている。古くからこの地に暮らす人々が、長い時間をかけて丁寧に形作った、まさに日本の原風景。

 

元同僚が移住したのは、ここ会津盆地の田んぼに点在する集落のひとつ。築100年の古民家を手に入れ、ほぼ自力で修復しながら暮らしている。

彼ら夫婦は、2人とも元写真記者。妻は修行を重ねてパン職人になり、歯ごたえのある重厚なパンを焼いて、縁側で売っている。最初は大変だったそうだが、いまや行列ができるパン屋さんだ。

夫はフリーの写真家として、震災で世界的ニュースになった「フクシマ」のその後を追い続け、国際的な写真賞を受賞した。

 夫妻にはヨーコさん()、カエデさん()という2人の子がいる。家ではほとんどテレビをつけず、パンを売るお母さんを手伝ったり、庭の大木の下で遊んだりして過ごしている。

 

たとえば、雪山で何日も嵐に閉じ込められ、飢えと寒さで死を覚悟した時。

垂直の岩に辛うじてしがみつき、このままでは力尽きて墜落するという時。

窮地に立った登山者の運命を左右するのは、生への執着がどれだけ強いかだ。そして、それまでにどれだけ人の愛情を受けたか、どれだけ美しい風景、絵画、音楽に触れたかが、生還への大きなカギを握っている。

ヨーコさんとカエデさんが将来、人生の大ピンチに直面した時。この雄大な風景の中で育てられた記憶は、間違いなく、彼女たちの命を救うことになると思った。

 

東京での安定したキャリアを捨てて、思い切ったことするなぁ。

ずっと不思議に思っていたが、まさに百聞は一見に如かず。

古い家が醸し出す独特の雰囲気を知り、冬の青空の下に広がる風景を眺めていたら、2人がここで暮らすと決めた訳が、あっさり腑に落ちた。

盆地気候で夏は暑かったり、冬が寒かったり。住んでいれば、いろいろ大変なこともありそうだ。

でも冬枯れの季節でこれだから、春から秋は、どれだけ綺麗なんだろう。

何度も訪れたくなる、とても魅力的な土地でした。

Copyright by Satoko Iwanami





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