2020年12月25日

ようこそコロナフリー・ワールドへ

 

 画面の中で笑う女性の頭上に、いくつもの扇風機がぶら下がっている。

「あ、これ? 今ね、休校中の幼稚園で暮らしてるんだ」

「帰省先から戻って、隔離措置のまっ最中ってわけ。市政府にあてがわれたのがこの教室で、朝から晩までここで一人きり」

 その人は、オンライン英会話のフィリピン人講師、エンジェル先生。

PCR検査で陰性証明を取れば隔離は免除されるんだけどね、検査に5000ペソ(約1万円)かかるから。お金を節約しなくちゃね」

「けっこう快適だよ、ご飯はタダで配ってくれるし。でも退屈。オンラインで英会話教えて、あとはネットフリックス見てゴロゴロしてる」

「今日が隔離の最終日で、帰宅したらすぐクリスマス休暇だよ。楽しみ~」

 日本同様、毎日20003000人のコロナ感染者が出ているフィリピンでは、いまだ厳しい移動制限が敷かれている。

「日本では政府が『Go To トラベル』『Go To イート』というキャンペーンをやって、補助金出して外出を奨励してますよ」

そう私が話すと、エンジェル先生苦笑い。

「私たちフィリピノは、確かに不自由な思いをしている。でもこの状況では、移動制限が妥当だと思う」

 コロナに対する姿勢が対照的な、日本とフィリピン。

さて、正解はどちら?

 

エンジェル先生のレッスンを受けたのは、「蓼科東急ホテル」のツインルーム。家からクルマで20分の、小さな小さな旅をした。

日が暮れても、駐車場にはポツンと自分のクルマだけ。フロント・スタッフに聞くと、笑いながら

「今日も明日も、予約はお客様だけです。ごゆっくりお寛ぎ下さい」

ひとりリゾートホテルに泊まって、さぞ浮きまくるかと思ったら…

 まさかの丸2泊、全館貸し切り状態。一生に一度、あるかないかの贅沢な時間だった。

 本当に誰もいないので、ウイルスに感染する可能性もゼロ。束の間の、コロナフリー・ワールド。

 

 隔離生活中のエンジェル先生に、外の雪景色を見せた。

「わー、まるで映画みたい!」

 大ウケだった。



2020年12月19日

人生の諸問題②

 我ながら完璧な人生設計をしたつもりが、ここにきて、いささかの瑕疵が。

 松本の街って、けっこう寒い…

 朝の気温がマイナス5度だったり、一日中氷点下だったり。

 雪もよく降る。

 標高600メートルあるから、東京だったら高尾山のてっぺんで暮らしているようなものだろうか。

その上盆地気候で、冷え込みがキツイのかも知れない。

早朝ジョギングしていると、耳が千切れそうになる。

 

 ある時、出張で行ったシドニーの公園で、風を切って快調に走っていた(つもり)。

 すると、双子の赤ちゃんをタンデムのベビーカーに乗せた女性が後ろから近づいてきて、いとも簡単に抜き去っていった。

 それが深い心の傷になって以来、わざと散歩に毛が生えたぐらいのペースで走っていた。でもここでは本気で走らないと、寒さをしのげない。

 でも耳が痛い。

 路面が凍って、ツルツルになっていたりもする。

 すっかりこの地に定住する気でいたけれど…

来年の今ごろは、別の街で暮らしているかも。

 そのうち慣れるのかなぁ。

2020年12月12日

風景の力

 

 新聞社で一緒だった元同僚が、若くして会社を離れ、福島の田舎に住んでいる。

 長野から会いに行くと、新潟から福島へ抜ける峠が、雪に閉ざされていた。ぐるっと日本海側を回って、往復700キロのドライブになった。

阿賀野川に沿って谷間を進むと、突然視界が開けた。見渡す限り広がる田んぼの先に、雪の磐梯山がのんびりと横たわっている。古くからこの地に暮らす人々が、長い時間をかけて丁寧に形作った、まさに日本の原風景。

 

元同僚が移住したのは、ここ会津盆地の田んぼに点在する集落のひとつ。築100年の古民家を手に入れ、ほぼ自力で修復しながら暮らしている。

彼ら夫婦は、2人とも元写真記者。妻は修行を重ねてパン職人になり、歯ごたえのある重厚なパンを焼いて、縁側で売っている。最初は大変だったそうだが、いまや行列ができるパン屋さんだ。

夫はフリーの写真家として、震災で世界的ニュースになった「フクシマ」のその後を追い続け、国際的な写真賞を受賞した。

 夫妻にはヨーコさん()、カエデさん()という2人の子がいる。家ではほとんどテレビをつけず、パンを売るお母さんを手伝ったり、庭の大木の下で遊んだりして過ごしている。

 

たとえば、雪山で何日も嵐に閉じ込められ、飢えと寒さで死を覚悟した時。

垂直の岩に辛うじてしがみつき、このままでは力尽きて墜落するという時。

窮地に立った登山者の運命を左右するのは、生への執着がどれだけ強いかだ。そして、それまでにどれだけ人の愛情を受けたか、どれだけ美しい風景、絵画、音楽に触れたかが、生還への大きなカギを握っている。

ヨーコさんとカエデさんが将来、人生の大ピンチに直面した時。この雄大な風景の中で育てられた記憶は、間違いなく、彼女たちの命を救うことになると思った。

 

東京での安定したキャリアを捨てて、思い切ったことするなぁ。

ずっと不思議に思っていたが、まさに百聞は一見に如かず。

古い家が醸し出す独特の雰囲気を知り、冬の青空の下に広がる風景を眺めていたら、2人がここで暮らすと決めた訳が、あっさり腑に落ちた。

盆地気候で夏は暑かったり、冬が寒かったり。住んでいれば、いろいろ大変なこともありそうだ。

でも冬枯れの季節でこれだから、春から秋は、どれだけ綺麗なんだろう。

何度も訪れたくなる、とても魅力的な土地でした。

Copyright by Satoko Iwanami





2020年12月4日

熱帯のストア哲学

 

 ・・・楽しかったなぁ。

 この世にコロナが現れるまでは。

 Mystery shopperってわかる? 私、ファーウェイや石油企業と契約して、覆面調査員やってたんだ。よく遠くの町にも調査に行ったよ。医師の夫が週3日勤務だから、家族と一緒に泊まりがけで。

 ホテル代は会社持ちだし、評価レポート書いて送っちゃえば、あとは自由。7歳と5歳の子どもを連れて、ビーチで遊んだりしたよ。

 でもコロナで依頼が全滅して、今は専業主婦。名門フィリピン大学で生物学と環境資源管理、2つも学位を取ったこの私が。

 午前中は、こうしてオンライン英会話講師のアルバイト。自宅でできる安全な仕事だけど、給料は安いよ、とっても。

いまキッチンで、同居のお母さんがご飯作ってくれてる。このレッスンが終わったら、や~~っと朝ご飯だよ。あぁお腹空いた!

(ミンダナオ島在住・36歳・女性)

 

フライト・アテンダントやってたぼくの友だちが、コロナで飛べなくなってすぐ、家でケーキを焼いてFacebookで売り始めたんだ。観光産業で働いてた友人は軒並み解雇されたけど、みな新しい商売を始めてるよ。

ぼくはフルタイムのオンライン英会話講師で、つくづくラッキーだったよ。1日16コマのレッスンを20コマに増やしたけど、すぐ予約で埋まるんだ。日本人もコロナで外出を控えて、前より時間があるんだろうね。

ステイホームでできる新しい趣味をと考えて、最近始めたのがガーデニング。裏庭でハーブを植えたり、キュウリを育てたりしてるよ。

でも外出できないストレスで、自分がToxic person 家族にとって迷惑な存在になってる気がして、いまストア哲学の本“Daily Stoic”を読んでるところ。コロナ禍の世界は変えられなくても、自分は変えられるんじゃないかと思ってね。

え? 常夏の国に居ながらストイックになれるのかって?

ハハ、難しいかもね!

(ボホール島在住・36歳・男性)

 

フィリピン各地で暮らすオンライン英会話の先生は、コロナでも全くへこたれない。少し話すだけで、自分の硬いアタマがどんどん柔らかくなる。

ひとり暮らしでも、数千キロ離れた人と毎日話せる、すばらしいこの世界。

「初月1円キャンペーン」に釣られて再入会したら、最低6か月の継続が付帯条件だった。

 がんばらないと。

Odawara Japan, October 2020




肉食女子

わが母校は、伝統的に女子がキラキラ輝いて、男子が冴えない大学。 現在の山岳部も、 12 人の部員を束ねる主将は ナナコさんだ。 でも山岳部の場合、キャンパスを風を切って歩く「民放局アナ志望女子」たちとは、輝きっぷりが異なる。 今年大学を卒業して八ヶ岳の麓に就職したマソ...