「中学生の登山ガイド、お願いできませんか?」 「はあ」
誘われて、なぜか山岳ガイドになった。
まだ梅雨が明けない霧の中、他のガイドたちと登山口で待つ。やがて6台の貸切バスが現れ、1年生270人と引率の先生方が、わらわらと降り立った。
今どき珍しい男子校。声変わりしかけた怪獣たちの世話は、大変そう。
でも彼らはきちんと整列し、おとなしく先生の注意を聞いている。東京・世田谷の学校だそうだ。ガイドのひとりが呟いた。
「中学1年生というより、小学7年生」
そして登山ウェアを忘れた私は、ユニクロのシャツとパンツ姿の「なんちゃって山岳ガイド」。ベテランガイドに先頭を任せ、隊列の最後を歩いた。
霧の高原に、色とりどりの花が咲いている。たとえ生徒に「この花、何ですか?」と聞かれても、わからない。ガイド失格。でもスマホで花を撮れば、アプリが瞬時に名前を教えてくれる時代。聞かれなくてよかった。
ときおり前方から、担任のソーマ先生のだみ声が飛んでくる。「おーい、一列になって歩け!すれ違う登山者に道を開けろ!!」。彼がクラスを完全に掌握しているので、ガイドは何もすることがない。
山頂に着くと、ソーマ先生が高らかに宣言した。「みんな集まれ!これから弁当を食べて、12時35分に出発だ!」。えっ、あと10分しかないよ。「ありえない・・・」男の子たちと一緒に、目を白黒させながらおにぎりを頬張った。
驚異的な速さで食べ終わったソーマ先生が、物陰を探している。それを見つけた生徒が囁いた。「先生何してんだ」「トイレか?」「あ、タバコ出した」「せっかくの大自然の中でタバコですか」「ありえない」
養護教諭が体調の悪い生徒を集め、別コースからリフトで下山させた。そして本隊は、予定の午後2時30分きっかりに下山口に到着。再びバス6台を連ね、整然と帰っていった。
ユニクロを着た「なんちゃって山岳ガイド」は、ブラブラと4時間ついて歩いただけで、全く出番なし。あっけにとられるほど、見事な集団行動だった。
子どもの頃、フランスでバスツアーに参加した時を思い出す。我々一家以外は、全員フランス人。案の定、行く先々で、集合時間を守らない人が続出した。予定をズタズタにする、恐るべき個人主義者たち。
集団行動優先と、エゴの塊。その間のどこかを、自分の立ち位置にしたい。
この登山と同じ頃、ベルリンではヒトラー暗殺未遂75周年の式典があった。ドイツ軍に入隊した新人兵士に向かって、メルケル首相が呼びかけた。
「(上官の命令に)従ってはならない時があります」
行き過ぎた全体主義の帰結を知る国の、首相の言葉は尊い。
次の機会があったら、子どものために、ランチタイムの延長を申し出よう。
次の機会があったら、子どものために、ランチタイムの延長を申し出よう。