2018年3月31日

ようこそリスクの世界へ


 お年寄りを病院に送る車内での、とてもよくある会話。

「あなた方ボランティアのおかげで本当に助かるよ。でもまだ若いのに・・・仕事はしなくていいの?」

「仕事は家でやるから大丈夫ですよ」

「そう。お店でもやってるの?」

「いえ株式投資です」

 女性はここで、たいてい絶句する。そして、

「あそこの小学校、サクラが満開ね」

 まるで何事もなかったかのように話題を変える。

 同乗者が男性の場合は、いろいろ聞かれる。でも話はかみ合わない。彼らの頭の中では、パソコンで売買を繰り返すデイトレーダーがイメージされている。

 株式投資は大好きで、大事な収入源だが、あまり売買はしない。近年の研究でも、ひんぱんに売買を繰り返す投資家ほど損を膨らませることがわかっている。

 マーケットでは初心者もプロも関係ない。百戦錬磨の機関投資家らの中に入っていけば、カモにされるだけだ。

 並みいるプロを相手に100回トレードを繰り返して、なんとか51勝49敗で勝ち越したとする。でも100回の取引すべてに売買手数料がかかり、51回の儲けからは税金を取られる。短期売買は割に合わないのだ。

 もうひとつの方法は、株式投資信託で世界中の企業をまとめ買いし、ひたすら持ち続けること。伸びる会社もあればつぶれる会社もあるが、均せば長期的にはGDP成長率+αのリターンが得られる。歴史が証明している。

 さらに、持ち続ければ売買手数料を払わなくて済むうえ、売るまでは税金もかからない。さらに非課税口座を使えば、毎年の配当金もそっくりもらえる。時間の経過とともに、複利のマジックがじわじわ効いてくる。

ただこの方法では、ひと晩でお金持ちになることはできない。そして退屈だ。投資が大好きなのに、手出しできないのがジレンマだ。

そんな私の生業を、うまく人に伝えるのは難しい。時々、火星人を見るような目で見られる。自分もカブをやってみようという人は、ひとりもいなかった。

だが最近、「私に投資を教えてください」という人が現れた。福祉施設で働きながら資格取得の勉強もする、努力家の20代だ。

「一時的な損に耐えられる?」「大丈夫です」

私の「ほったらかし投資法」を伝えたら、すぐに証券口座を開いた。この人は本気だ! やっと、孤独な旅の道連れができそう。

10年前、市場の暴落に巻き込まれた時は、投資額の半分が一瞬で吹き飛んだ。投資に絶対確実はない。でもそれは仕事や結婚生活など、人生のあらゆる側面に等しく言えることだ。

「この世で確かなものは死と税金だけ」━ベンジャミン・フランクリン

 ようこそリスクの世界へ。


2018年3月24日

THANK YOU FOR YOUR SERVICE


 免税店でベンツが買えるUAE・ドバイ国際空港。

 その豪奢なメーンターミナルとは似ても似つかない、まるで倉庫のような建物が第2ターミナルだ。イラク行き、アフガニスタン行きが発着する。

 アフガン出張では毎回、タクシーのパキスタン人運転手に「第2ターミナル?知らないよ」と言われた。

 夜明け前の第2ビル。バグダッドやバスラ、カンダハル行き搭乗ゲートには、分厚い胸板を迷彩服に包んだ男たちが行列を作っていた。薄暗い中、誰もが押し黙っている。

私が乗るカブール行きの列には、スカーフから金髪がのぞく小柄な女性の姿があった。国際機関やNGOで働いているのだろうか。少し心が和んだ。



「帰還兵はなぜ自殺するのか」 デイヴィッド・フィンケル著

 ピュリッツァー賞受賞記者が、戦地から戻った兵士のその後を追ったノンフィクションである。

 イラクやアフガニスタンの戦場に派遣された200万人のアメリカ人。そのうち50万人が、PTSDやTBI(外傷性脳損傷)などの精神障害を負った。

 360度あらゆる場所が戦場で、前線もなければ軍服姿の敵もいない。予想できるパターンもなければ、安心できる場所もない。突然、どこかで仕掛け爆弾が爆発し、仲間が装甲車ごと炎に包まれる。

 そんな経験をした兵士たちは帰国後、苛立ちや重度の不眠、怒り、絶望、ひどい無気力に苦しむようになる。睡眠薬と、起きている間眠らないようにする薬、鎮痛剤、抗うつ剤など1日43錠の薬を処方され、浴びるように酒を飲む。

 そして、「死にたい」と言うようになる。

 夫の帰還を待ちわびていた妻も、悪夢を見た夫から夜中に首を絞められたりする。そのうち、自らも悪夢に苦しむようになる。

そんな両親を見た子どもも、不安からおねしょをするようになる。

 兵士の多くは若い志願兵だ。彼らは大変な愛国者だったりする一方で、入隊前に失業していたり、2人の子持ちだったり、医療保険失効者だったりする。

 そして彼らの祖父や父親もまた、第2次大戦やベトナム戦争帰りのアルコール中毒者だったりする。

絶望的な世代間連鎖が起きている。

 陸軍省はこの問題に巨額の予算をつぎ込むが、有効な手が打てない。毎日18人の帰還兵が自殺し、やがて自殺者が戦死者を上回るようになる。

 イラク戦争は、イラクが大量破壊兵器を隠しているという理由で始められた。だが結局、その事実はなかった。

彼らの子が大きくなる頃、アメリカはまた別の戦争を始めているのだろうか。

 この本の原題は「THANK YOU FOR YOUR SERVICE」という。




2018年3月10日

ハレクラニ


 ハイシーズンのハワイは、生存競争が激しい。

出張で突然、着の身着のままハワイに送り込まれた時は、ホテルの確保に苦労した。空室を見つけても1~2泊で追い出される。

見かねた当時のロス支局長が、「ハレクラニ」という妙な名前のホテルを取ってくれた。ほんの数泊のつもりが、仕事が終わらず、本社から交代要員も来ない。

帰国後、私がその「ハレなんとか」に20泊したと聞いた妻の友人が腰を抜かした。「一度は泊まりたい」名門ホテルだったみたいだ。

「モアナ・サーフライダー」や「ロイヤル・ハワイアン」などハワイの一流ホテルは、建物は重厚でも客はサンダルに短パン。客でもないのにマックやスタバからテイクアウトして、勝手にプールサイドでくつろいでもいい。

 その中で、奥まった所にある「ハレなんとか」は別格の優雅さがあった。

 いずれにしても、リゾートホテルは愛する人と泊まってナンボ。男ひとりで泊まるものではない。

今回はキッチン付アパートで、住んだ気になって滞在してみた。自腹のハワイは、物価の高さが堪えた。

土砂降りの雨の中、30分待っても来ない市バスが2.75ドル(300円)。2週間前にベトナムの田舎で乗ったタクシーは、初乗り25円だった。

 比較の対象が間違っている気もするが。

レストランのランチに20ドル取られる。その割にサービスはいい加減。注文したアサイーボウルが来ない。店員に言うと、「Yeah, it should be」と返事だけで何もしない。

やっとありついてみると、激しく甘かった。ひと月分の砂糖を1回で摂取した。いくらスーパーフードでも、毎日食べたら病気になる。

レストランで会計すると、請求書に「チップは総額の22%を推奨します」。

ベトナムが恋しい。

結局、Whole Foods Down to Earth などのスーパーで量り売りの総菜を買ったり(450グラムが9ドル)、近所でアヒポケボウル(ハワイ式マグロ玄米丼)を買って部屋で食べた。健康的でおいしく、心が休まった。

宿の近くに「丸亀製麺」がある。観光客や地元の人など、昼夜を問わず100人近い行列ができていた。UDON一杯5ドルが人気の秘密だ。デフレニッポンの圧倒的な価格競争力。

ちなみに日本では取り放題の揚げ玉や刻みネギが、こちらでは厨房の奥にしまわれている。セルフサービスにすると、あり得ないほどごっそり盛っていかれるらしい。

唯一安く感じたのは、レンタカーを借りた時のガソリン代だけ。おおむね運転マナーはいいが、南国らしからぬせっかちな車も見かけた。

長年抱いていた「楽園」のイメージが、日に日に修正されていく。

組織に守られてハレクラニに泊まっていては、決して現実は見えない。



2018年3月3日

LCC版・憧れのハワイ航路


人生で最も縁遠いはずだったハワイ。

思いがけず出張で訪れて、意外にいいところだった。

 そして初めて、自腹でハワイへ。

「ハワイに行ってきます」とは素直に言えず、「ちょっとアメリカの端に行ってきます」と言って出かけた。



 今回最大のミッションは、ノマド生活に備えて銀行口座を作ること。

 Bank of Hawaii First Hawaiian Bank などハワイの銀行はSSN(社会保障番号)がいらない。パスポートだけで口座が持てるのだ。



 飛行機は Scoot の大阪~ホノルル線を利用した。

 セールで買って、ひとり往復2万5千円。

 東京~大阪を新幹線で往復する気軽さで、ハワイに行ける時代になった。

 買ってから、この飛行機に乗るには東京~大阪を往復しなければならないことに気づく。

 それでも安い。

 乗ってみると、就航間もないのに往復ともほぼ満席。でも憧れの?ハワイ行きなのに、機内は静かだ。若い人が多いのだから、もっと明るくはしゃいで欲しかった。

 ジェット気流に逆らう帰路は9時間以上かかる。追加料金を払って、最前列の特等席を取った。体は楽だがそこはLCC、映画も見られなければ食事も出てこない。現代版・憧れのハワイ航路はヒマだ。

 カップ麺を買ってすする。

ハワイといえどもアメリカなので、入国が大変。まず出発前に電子ビザを取らないと門前払いを食う。空港では、機械を相手に指紋と顔写真を取られ、さらに入国管理官にも指紋と顔写真を取られた。それぞれ長蛇の列。

現地ではいつものように、キッチン付のサービスアパートを借りた。海が見えること以外は平凡な1ベッドルームが1泊200ドル。しかも税金20ドルと意味不明な「アメニティ・フィー」30ドルが毎日加算された。駐車場代も1泊30ドルで、最近車上荒らしが出たらしい。

 典型的なツアーで行くハワイは3泊5日か4泊6日。これでは時差ボケも取れないが、なるほどお金持ちでないと長居はできない。

 イケメンで投げやりな若い銀行員を相手に口座を作ったら、やることがなくなった。ワイキキをそぞろ歩く観光客を眺め、アパートに戻っては太平洋に沈む夕陽を眺めて過ごした。




肉食女子

わが母校は、伝統的に女子がキラキラ輝いて、男子が冴えない大学。 現在の山岳部も、 12 人の部員を束ねる主将は ナナコさんだ。 でも山岳部の場合、キャンパスを風を切って歩く「民放局アナ志望女子」たちとは、輝きっぷりが異なる。 今年大学を卒業して八ヶ岳の麓に就職したマソ...