2017年11月25日

F先生の死


東京都内の老人ホームで、介護職員が入居者を浴槽に投げ入れ、湯を張って溺死させた。

逮捕された職員(25歳男)は、「夜中に布団を汚され、いい加減にしろと思ってやった」と供述。介護施設での事件が続くせいか、新聞の扱いは大きくない。

数日後。事件で亡くなったのが、私が高校時代に世界史を習ったF先生だったことを知る。同級生が教えてくれた。

享年84。



 2年ほど前、老人ホームのボランティアとして、介護の現場を間近に見た。

 その施設は認知症専門だった。ダイニングルームを囲んで個室が並び、入居者は20人ほど。ケアスタッフは20代が多く、食事・トイレ・入浴の介助、掃除、洗濯など、いつも忙しそう。

スタッフはシフト制で働き、夜勤ではひと晩中、ほとんど眠れないという。

 入居者に、30分で記憶がリセットされる老人がいた。身支度をしてスタッフを呼び止めては、「俺はこれから家に帰る。車を呼んでくれ。住所は〇市〇町〇丁目〇番地」と言う。そのたびに、スタッフに諫められる。そんな情景が、エンドレステープのように繰り返された。

 一見平和そうに暮らしている女性たちも、廊下ですれ違いざま、杖をつき合わせて大げんか。隙あらば玄関から出て行こうとする人もいる。目を離せない。

 スタッフの離職率は高く、1年ほどの間にホーム長はじめ、賄いのおばちゃん、事務のお姉さん、介護スタッフらがごっそり入れ替わった。



介護職員は全国的に、月10回以上の夜勤が常態化(「月刊医療労働」より)。それでいて、彼らの月収は全産業平均より10万円少ない(厚労省調べ)。

その結果、介護現場はいつも人手不足だ。

ある老人ホームでは、70人の入居者にヘルパーは3~4人。朝食に間に合わせるために、午前3時から着替え介助が始まる。食事の介助も順番待ちとなり、窮屈な車いすに座ったまま3時間も放置される(社会健康学者・河合薫の聞き取り調査より)。



私が属する移送ボランティアの利用者に、ある高齢男性がいた。週3回、老人ホームで暮らす奥さんを見舞う。ホームへの毎月の支払いが大変だと言い、真剣な顔で「ミヤサカ君、最後はカネだよ」と忠告してくれた。

最後はカネか。

でもホーム代さえ用意できれば、それで安心かというと・・・

終の棲家となるはずの老人ホームで、スタッフも入居者たちも追い詰められている。

先生の死は、決して偶発的な事件ではないと思った。



2017年11月18日

縮小ニッポンの衝撃


 移送ボランティアで、Kさんという男性を自宅に迎えに行った。

 海の近くの老人ホームまで、入所している奥さんに会いに行くという。

「いつも帰り際、私も連れて帰ってと泣かれてね」

 ある時、Kさんの行き先が病院に変わった。

 奥さんが脱水症状で入院したらしい。食べられなくなり、水も飲まないという。

 車中でKさん、堰を切ったように話し出した。

「明日は胃ろうの手術なんだけどね、まだ本人に言ってないんだ」「延命治療はしないで、と前に言われたんだけど」「このまま妻が干からびていくのは、見るに忍びなくて・・・」「息子も同意したんでね」

「でも本当の問題はこのあとだ」「前に入院した時、処置が終わったら早く退院して欲しいと言われた」「果たして、あの状態の妻を受け入れてくれる施設があるだろうか」

 話に気を取られて、曲がるべき交差点を直進してしまった。

 やっと病院に着くと、足の悪いKさん、杖にすがってヨタヨタ歩いていく。

「入り口に車いすがあるから便利だよ」

「車いすに乗りますか? 押しましょうか?」

「いやいい、自分で押す」

 空の車いすを押しながら、病棟に入っていく。その方が、杖より安定するのだろうか。でも後ろ姿が危なっかしい。



「縮小ニッポンの衝撃」NHKスペシャル取材班 講談社現代新書

 最新の国勢調査で、日本の人口が初めて減少に転じたことが確認された。私たちはいま、歴史の大きな節目に立っている。

 そして同書によると、東京オリンピック後の2025年には、東京圏でも人口減少が始まる。しかも人口は高齢化していて、75歳以上の3分の1が東京に集中する。

その結果、介護施設に入ることができない「待機老人」、医療機関の受け入れが困難になる「医療難民」が劇的に増加するという。

 さらに、東京では一人暮らし世帯が全体の47%を占める。身寄りのない高齢者がいったん入院してしまうと、退院した後に自宅での一人暮らしを続けることが難しくなる現実がある。

「これから7~8年という短期間に、解決困難な問題が一気に顕在化すると、社会保障の専門家や医療関係者は指摘している」(本文より)



 最近、Kさんからの送迎予約がばったり途絶えた。肝臓を壊して、奥さんとは別の病院に入院したという。今だに連絡がない。


2017年11月11日

時間どろぼう


 生活保護の子が通う無料塾で。

「あのね、ソロバン教室に通うの。近所のA教室と、遠いけど月謝が安いB教室、どっちがいい?」カンナちゃん(小5、仮名)が唐突に聞く。

「そんなのわからないよ。見学してカンナちゃんが気に入った方にしたら?」

「うんじゃあそうする」

 彼女はひと頃、学校で「離婚っ子」と言われていじめられた。少しでも異質なものを排除の対象にするのは、大人社会のマネか。

 でも本当は気が強い。ボランティアのおじさん(私)を平気で蹴飛ばす。

 数週間後。

「で、ソロバン教室どっちにしたの?」

「・・・ねえねえが予備校に行くことになったから、カンナは我慢する」



「なんとかする」子どもの貧困・・・湯浅誠 角川新書

「お金がない。つながりがない。自信がない。これを貧困と言う」。そして日本の子どもの貧困率は、7人に1人。 

著者は、子どもの貧困は理解されにくいという。特に高齢男性。「昔の方が大変だった」「大学に進学できない?自分は中卒で働いた」という。そして、この人たちが地方議員や自治会長など、社会で力を持っているから厄介だ。

 確かに途上国のストリートチルドレンや、栄養失調で腹が膨れたアフリカの子のような「わかりやすい」貧困ではない。でも、親の経済力によって子どもの希望が奪われている現実は、見るに忍びない。

 本書によると、子どもの貧困対策の、民間の2本柱が「子ども食堂」と「無料塾」だ。親が不在がちなひとり親家庭の子らに、居場所を提供している。

「子どもにはかまってもらう時間が必要だ。話しかけたり、耳を傾けたり」「一緒に過ごす時間の中で、子どもたちの中に何かが溜まっていく」「そしてある時、溢れる」「その時、子どもたちは何かやってみたい、と言い出してみたり、急に勉強し始めたりする」

自立には、依存が必要なのだ。

 著者は問う。子どもたちは「かまってもらう時間」を必要としている。「では、大人たちにその時間はあるのか?」



著者の湯浅氏とは、取材で2度会った。2度めは自宅に伺った。もし反貧困活動家が豪邸に住んでたら・・・道中、不安だった。

 内閣参与(当時)で大学教授なのに、手すりが錆びたアパートの一室で、奥さんとネコと暮らしていた。



2017年11月4日

催涙ガスの町


 テレビの旅番組で、アメリカ・シアトルが映っている。

 青い空と白銀のレーニア山。公園の芝生で散策する家族連れ。活気ある魚市場。カップルが憩う街角のカフェ。見とれるほど美しい。

でも私の中のシアトルは、銃声と硝煙の町だ。



「シアトルでWTO閣僚会議がありますが、来ますか? 会議取材は退屈でしょうが、デモ隊が生卵を投げるかも」

 出張でアメリカ東部にいた私に、経済部のA記者からメールが入る。

底冷えする晩秋のワシントンD.C.やボストンでの企画取材に、正直飽きていた。そこに、陽光あふれる西海岸からのお誘い。迷わず飛びついた。

 大陸横断の夜行フライトでシアトルへ。会議場周辺は、「大企業は途上国を搾取するな」と主張する反グローバル化のNGOや環境保護団体に占拠されていた。ウミガメの着ぐるみなど被り、まるでお祭り騒ぎだ。

 のんびりデモ行進について歩く。すると何時ごろだったか、にわかに雰囲気が変わった。デモの先頭が、警官隊と衝突したようだ。

怒号が聞こえる方を目指して進むと、参加者たちが一目散に走って逃げてきた。続いて発砲音が交錯し、まわりが褐色の煙に包まれた。

硫黄臭を感じたと同時に、マスタードとワサビを混ぜたような強烈な刺激が、目と鼻と口に突き刺さる。たまらずその場にうずくまった。

催涙ガス弾だ。

息ができない・・・苦しい・・・痛くて目も開けられない

しばらくして煙が薄れた。ハンカチで口を覆い、必死でその場を離れた。涙目の視界の中で、警官が若者の手足を4人がかりでつかみ、乱暴に引きずっていく。

ふと気がつくと、デモ隊も地元メディアの記者も、みな防毒マスクを被っている。日曜日の日比谷公園で行われる官製デモしか知らない日本人カメラマンひとり、丸腰で立ち往生だ。

やっとの思いで、プレスセンターがあるウェスティン・ホテルにたどり着く。エアコンが効いた部屋にはA記者が陣取り、ほんの数百メートル先で起きていることを、のんびりテレビ中継で見ている。

暴動はさらに激化し、シアトル市長の要請で州兵が展開、非常事態宣言と夜間外出禁止令が出された。暴徒化したデモ隊が、ナイキやGAP、スターバックスなどのグローバル企業を襲い、ガラスを打ち破って商品を略奪した。逮捕者400人余。

これは本当に「世界一豊かで自由な国」アメリカで起きているのか。わが目を疑った。まるで市街戦。次のアメリカ出張には防毒マスクが必要だ。

と、思っていたら、その後9・11同時テロが起きた。

9・11後のアメリカを思えば、あの日の出来事も、古きよき時代の1シーンだったようだ。

肉食女子

わが母校は、伝統的に女子がキラキラ輝いて、男子が冴えない大学。 現在の山岳部も、 12 人の部員を束ねる主将は ナナコさんだ。 でも山岳部の場合、キャンパスを風を切って歩く「民放局アナ志望女子」たちとは、輝きっぷりが異なる。 今年大学を卒業して八ヶ岳の麓に就職したマソ...