誰かがドアを連打している。
もうろうとして枕元の電気をつけると、檻のような空間が浮かび上がった。ここは四川省、1泊2500円の安宿。
大声で返事をしても、連打は止まらない。服を着てドアを開けると、廊下に立っていたのはフロントのおばちゃん。片手でパンをかじりながら、「さあ行こう」と手招きする。
外は真っ暗だ。時計を見ると、空港に行く時間にはまだ早い。
身振り手振りで「支度するから待って」と伝え、あわてて身づくろいする。その間も、断続的にドアの連打音。
階段でフロントに下りてみると、待っているはずの送迎バスの姿はない。おばちゃん慌てて電話を掛けはじめ、なにか大声で怒鳴っている。
結局、空港へのバスがやってきたのは約束の20分後。あらかじめ時間に余裕を持たせてあったので、飛行機には乗り遅れずに済んだ。
やれやれ、これが中国だ。
前の日の夜半、羽田から北京経由で成都空港に着いた。航空会社にトランジットホテルを手配し、「着いたら受付カウンターにお越しください」とのことだったが、到着ロビーのどこにもそれらしきカンターがない。
総合案内所もなければ両替所もない。銀行ATMもない。
同じ便で着いた中国人乗客は、足早に去っていく。異国の空港に、無一文で取り残される午前1時。
近代的な空港だが、猥雑さも残っている。わざとらしく右往左往してみると、すぐに一人の男が声を掛けてきた。思った通り安宿の客引きだ。言葉は通じないが、「1泊150元」「送迎無料」と言っているようだ。
「クレジットカードで払いたい」この大事な点が理解されない。言われるがまま、ボロボロのワンボックスに乗り込む。外は土砂降り。
運転席と助手席に男がいた。さかんに話しかけてくるが、彼らは英語を話さないし、私は中国語がわからない。
車は大通りを外れたかと思うと、どんどん暗がりに入っていく。右折と左折を繰り返し、やがて街灯もないゴミだらけの裏通りで停車した。
やばい、と思った瞬間、玄関に明かりが灯った。小さな宿の前だった。
案の定クレジットカードが使えず、門前払いに遭う。すると男たちは、私を乗せて付近の宿を回り始めた。
タバコを勧められて、10数年ぶりに喫煙する。暗くて顔は見えないが、実は親切な人たちだ。
「日本円OK」の宿が見つかったのが、午前2時すぎ。
東南アジアを放浪していた学生時代の旅を思い出した。
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