早くも雪が降った11月のある朝、ケータイが鳴った。
「週末は信州にお出かけですよね。タイヤをスタッドレスに替えときますね」
いつも借りているレンタカー店からだった。行き先が標高1600メートルの山中で、途中に峠越えもある。すべてをお見通しの、ありがたいお言葉。
ずっと、駅から徒歩15分以内の賃貸物件を選び、近所でレンタカーを借りて済ませてきた。モノを持たない生き方が、シェアリング・エコノミーとして脚光を浴びているが、わが借りもの人生は年季が入っている。レンタカー歴は20年。
カーシェアリングが盛んになり、レンタカーにも価格破壊が到来した。近所のガソリンスタンドが、副業でクルマを貸しているが、1日借りても2500円だ。
その代わり、この種のクルマは相当くたびれている。ただ動いてくれればいい、という割り切りが必要だ。
2年前、いまの街に引っ越してきて、いろいろなレンタカー店を試した。そのうち、自宅から自転車で通える距離に、新しい店がオープンした。
小さな自動車整備工場の片隅に、レンタカーののぼりを立てている。とうちゃん、かあちゃん、ねえちゃんの一家3人で兼業する「3ちゃんレンタカー」だ。
クルマは、修理工場の客から下取りしたもので、走行距離も少なめ。メーカー系レンタカーに比べても、状態がいい。本業が自動車整備なので、メンテナンスや清掃は完璧だ。
すっかり気に入って、通い詰めた。この夏は、丸々ふた月借り切り、「禁煙車」のステッカーを外してもらって、マイカー気分を味わった。
クルマを借りに行くたび、一家の飼い犬に吠えられる。支払いにカードを出すと、おかあちゃんは読み取り機のエラーで、毎回真っ青になる。
でもそんなことは、まったく気にならない。
いつも、優先していいクルマを回してくれる。ただでさえ安い料金を、さらに値引きしてくれる。出発時は、一家総出でお見送り。クルマを返却した帰りには、ミカンや泥つき大根をおすそ分けしてくれる。
あいにく酒に弱いので、私には行きつけのバーがない。食に淡泊なので、行きつけのレストランもない。今回、生まれて初めて「行きつけ」ができた。レンタカー屋だけど。
つくづく、行きつけっていいもんだなあ、と思う。
ところが最近、にわかにクルマが借りにくくなってきた。3週間先の予約が、すでに一杯で取れない。店のおねえちゃんは、「先月は3日しか休めなかった」と、うれしい悲鳴を上げている。個人的にはうれしくない。
例えていえば、行きつけのクラブで、なじみのホステスを取られた男の気分だろうか。経験ないですが。
シェアリング・エコノミーが廃れて、ふたたびクルマの所有が流行る日を待望している。
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