2016年8月17日

上司はバルチック艦隊司令官


 久しぶりの雨。車のフロントガラスに、濡れ落ち葉が張り付いている。お盆休みも終わり、季節は秋。

 いつもはシカとキツネが隣人だが、お盆の時期は、歩いていてヒトと出会う。森の中で、こんにちはと会釈を交わす。誰もが、自然な笑顔を見せてくれる。

 マダガスカルで刺繍を収集し、自宅で展示会を開いた元外交官夫人。ネパールの子どもたちの学費を集め、毎年現地に届けている女性。言葉を交わした人たちは、みな楽しげだ。リタイア世代が多く、時間にもお金にもゆとりがある様子。

 不機嫌顔が交錯する東京の月曜朝とは、まるで別世界だ。

 ちなみに外国に行くと、さらにハッピーな人が多い。タイ人やアメリカ人には、根拠のない明るさを感じる。根拠がなくても上機嫌でいること、これは大切だ。

 世界の幸福度を調べた調査によると、最貧国で治安も最悪のアフガニスタン人さえ、日本より幸福度が高い。ヒトはどんな環境にも慣れる、たくましい生きものだ。そして日本人は、平和でモノが豊富な時代に慣れすぎて、幸せ不感症。

「この国には何でもあるが、希望だけがない」 村上龍

晴耕雨読。町の図書館から借りた「坂の上の雲」全8巻を読み進め、佳境に入った。次のページは、いよいよ日露戦争の奉天大会戦と日本海海戦。

まだ日本に勢いがあった時代を描いたノスタルジー、と思っていたら、かなり違った。司馬遼太郎はなぜこの本を書いたのか、今これを読む意味はどこにあるのかに気をつけながら読むと、ゴツゴツした手ごたえを感じる。

小さな新興国家の日本が、巨人のような中国、ロシアと戦って勝った。それは相手国の退廃と自滅に助けられた、まさに薄氷を踏む勝利だった。

「この冷厳な相対関係を国民に教えようとせず、国民もそれを知ろうとはしなかった。むしろ勝利を絶対化し、日本軍の神秘的強さを信仰するようになり、その部分において民族的に痴呆化した」(単行本第2巻あとがきより)

 そしてこの物語の40年後、日本は無謀にもアメリカと戦い、負けた。

「240万人の戦死者の7割が、餓死か栄養失調か、それに伴う病死でした。そんな無残な死に方をする戦争なんてありえません」(同じ戦中派作家の半藤一利)

「勝利が国民を狂気にし、敗戦が国民に理性を与える」(第2巻あとがきより)。遺骨収集団の取材でニューギニアに行き、密林の土から下顎骨を見つけたときの、何とも言えないやるせなさを思い出した。

 ところで、登場する将軍たちの人物描写が、とてもリアル。元サラリーマンはつい、「こんな上司、いるいる!」思わず感情移入してしまった。

支局長室のソファーでごろ寝しながら、私をインドでもニューギニアでも、二つ返事で行かせてくれたバンコク時代のボスは、陸軍大将の大山巌タイプ。

部下の出張旅費を熱心に見ては、「もっと安いホテルがあるだろ」「レンタカーはいちばん小さな車で」と言った某部長は・・・

全滅したバルチック艦隊のロジェストウェンスキー司令官・・・





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