2016年6月19日

東京は遠きにありて想うもの


西日を浴びて居眠りしていたら、急ブレーキ。電車が駅と駅の間で止まった。

「○○駅で人身事故が発生。この電車は、区間運転に切り替えます」

関東平野の端に越して以来、めっきり東京に出なくなった。久しぶりに会社の同期と会う約束をして、都心行きの私鉄に乗ったとたんに、これだ。

この路線での人身事故は、10中8、9が飛び降り自殺。私のような中年男が多い。よく晴れた午後、ホームから身を投げる刹那に思いをはせる。

すぐに思考は現実に戻る。いったい、いつになったら運転再開するのか?隣の大学生女子2人組、スマホをいじりながら「この前は20分で事故処理終わったよね~」。人命がかくも軽い、この東京砂漠。

電車はのろのろと次の駅まで動き、再び止まった。「振り替え輸送の準備中」「運転再開は○時○分ごろの見込み」。この駅からはう回もできず、手の打ちようがない。乗り込んでくる人たちで、車内が混みあう。動く気配はない。

突然、ドーンと大音響。苛立ったおじさんが、思い切りげんこつでドアを叩き始めた。誰もが無関心を装う。

この時ちょうど、「まだ東京で消耗してるの?」というタイトルの本を読んでいた。著者は満員電車に嫌気がさし、妻と幼い娘の3人で高知の限界集落に移住した。東京では「あなたがどうなろうと、私には関係ない」という排他性が共有されているが、それは同時に「自分がどうしようもなくなったときは、自分の責任だ」という刃を内包している、と書いている。

目の前の様子を見る限り、その通りだなと思う。

1時間待ち、ようやく運転再開。その後も徐行運転を繰り返す。東京までふだんの倍、3時間以上かかった。

最近まで、本社を都心に置く会社で25年働いた。転勤で何度か、地方や海外に出たので、本社に通ったのは16年。シフト制職場で、昼頃や夕方に出勤することも多かったうえ、自由裁量で働けた時はかってに時差通勤した。

それでも実質10年以上、満員電車に耐えた。ゆとりのある地方で暮らしながら、東京の給料がもらえた転勤生活は、いま思えば天国だった。

退職後、地域で3つの組織に属している。NPOだったり任意団体だったりで、通うべきオフィスがない。毎日、人けのない道を徒歩や自転車、車で直接、現場に向かう。たまに電車に乗っても、いつもガラガラ。

この人の少なさが、快感。地方暮らしは、人間らしさを蘇らせてくれる。

東京での飲み会に出た帰り。電車の中でつい、大きな声で友人に「たまに乗ると、満員電車も新鮮だね~」と言ってしまった。

 朝晩、満員電車にもまれる彼は、笑っていた。

 心の広い友だ。

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